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第9章 光の翼

 ヴァイシャリーの街中から少し離れた場所にある丘に、毎日のように少女達が訪れていた。
 今日は月の最後の日。
 6騎士達が約束した日だからきっとあの人物も顔を出してくれる。
 そう信じながら、待っている少女がいる。
「ファビオ様と、会えるといいですね」
 お弁当を広げながら、稲場 繭(いなば・まゆ)が、その少女――アユナ・リルミナルに微笑みかけた。
「う、うん。わー、緊張してきたっ」
 アユナはどきどきしながら、もってきたお弁当箱の蓋を開ける。
「えへへ、今日のお弁当は特製ですよ」
 繭はおにぎりにサラダに煮物、揚げ物に、炒め物といった、沢山のおかずが入ったお弁当を次々に広げる。
「アユナはサンドイッチとから揚げ、ウィンナー」
「さ、皆で食べましょうか」
 繭が皆に言い、紙のお手拭で手を拭いて弁当を食べることにする。
「うん、美味しい」
 真っ先に手を伸ばして、サンドイッチを食べたのは繭のパートナーのエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)だ。
 繭はにこにこ笑みを浮かべながら、水筒を取り出して皆にお茶を入れてあげる。
「お、おにぎりって中に何が入ってるか楽しみだよね」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)もアユナと同じくらい落ち着かない様子で、繭が作ってきたおにぎりを受け取って食べ始める。具は梅干だった。鰹節がまぶしてあり、程よいすっぱさだ。
「ワタシも何か作ってこれればよかったのですが、いただくだけになってしまいすみません」
 そう言いながら、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、並べられている料理から、おにぎり、サラダ、から揚げを紙皿にとって、いただくことにする。
「食べてもらいたくて作ってきてるんだから、遠慮しなくていいんだよっ。教導団の近くでピクニックする時には、お願いね」
「ええ」
 アユナの言葉に、セラフィーナは微笑んで頷いた。隣で鳳明はなんだかそわそわしている。
「アユナさん、きちんと自己紹介していなかったですよね。ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)と申します。よろしくお願いいたします」
 ミクル・フレイバディに付き添って訪れたソアがアユナに挨拶をする。
「アユナ・リルミナルです。ファビオ様のパートナーのミクルちゃんを守ってくれて、ありがとうね、ソアちゃん!」
 嬉しそうにアユナは笑みを浮かべる。
「私は大したことはできていませんが、アユナさんも、ミクルさんも封印解除の役目を果たされたんですよね。凄く立派なことだと思います」
「えへへっ。怖かったけど、繭ちゃんやエミリアちゃんが側にいてくれたから、アユナ頑張れたんだよ。離宮で戦っていた鳳明の方がずっとずっと凄いけどね」
「ホント、皆、お疲れ様。僕こそ何も出来なかったけれど……お礼もお詫びもこれからしていくつもりだから。何をしたら皆は嬉しいかな」
 ミクルが軽く首を傾げる。
 百合園にいた頃のように女装はしておらず、彼はシャツにジーンズというラフな少年らしい格好をしていた。
「お詫びもお礼ももう十分ですよ! これからは護衛とかそういうことは関係無しに『友達』になりたいです!」
 お茶の入ったコップを手にソアがミクルに笑顔を向ける。
「ミクルさんが本当に頑張ってきたこと知っていますし、優しい人だってことも解っていますから。是非これからもよろしくお願いしますっ」
 ソアの言葉に、ミクルも笑顔を浮かべて、頭をぺこりと下げた。
「ありがとう。今まで、百合園で嘘ばかりついてきたから。本当の友達っていなかったんだ。沢山迷惑かけたけれど、ソアさん達には本当のこと沢山話したから。情けないところもみせちゃったけれど、だからこそ……友達になってくれたら、嬉しいなっ」
「喜んで!」
 ミクルは少し恥ずかしげに微笑み、ソアは満面の笑顔を浮かべて、頷き合った。
「わらわも戴こうかの」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)はそんな2人の様子に安堵しながら、料理に手を伸ばした。
 その時。
「お、皆集まってるな」
 百合園女学院の制服を纏った少女――いや、少年が姿を現す。
 姿格好は少女そのものだけれど、それはミクルの護衛や、ファビオの救出に力を貸してくれた緋桜 ケイ(ひおう・けい)であった。
「おや、誰かと思えば、裏切り者のケイではないか」
 カナタの冗談に、ケイは苦笑しつつ皆へと近づく。
 そしてミクルの前に立つと、ひらりと回ってみせる。
「……どうだ? すごいだろ」
「うん……女の子にしか見えないよ」
 ちょっと不思議そうな顔でミクルはそう答えた。
 ケイはミクルの隣に座ると、自分が何故こんな格好をしているのかを語り出した。
 以前、ミクルが自分は男だから百合園に戻れないといっていたことがどうしても気がかりであったこと。
 そのため、ラズィーヤ・ヴァイシャリーに頼み、パートナー達を残して自分はイルミンスール魔法学校から百合園に留学したのだと。
「もう1月程百合園で過ごしたんだぜ」
「う、うん……」
 ミクルは戸惑いの表情を浮かべていた。
「で……ミクルが凄く大変な思いをしてきたことも、少しだけ理解できた」
「……」
 性別を隠さなければならない以上、他の女子学生達を避けるような行動をしなければならない時があること……。
 何より、皆を騙さなければならないこと。
 そんな状態で築かれた友情が、果たして本当に真の友情なのか、ケイも疑問に思うことがったと、話していく。
「でも、それでも、みんなと過すのは楽しいし、そんなとき、確かに周りとの絆を感じることがある……。ミクルもそうだったんじゃないかな?」
「どう、かな……」
 迷いを見せるミクルの肩をケイはぽんぽんと叩いた。
「自分を知る仲間たちに支えられながらなら、こんな俺でも、百合園女学院で過すことができた。そして、今はミクルにも、本当のミクル知っている仲間たちが百合園女学院に沢山いるはずだ。……だから、「男だから無理」ってわけじゃ、決してないと思うぜ」
 それから、ケイはミクルに笑顔を見せる。
「……それに、ミクルの方が俺より可愛いしな!」
 途端、ミクルは軽く吹き出した。
「それ褒め言葉じゃないよ」
「うん、まあそうだけど」
「ケイちゃんの方がずっと可愛い!」
「いやいや、ミクルには負けるって!」
 そして、ミクルとケイは笑い合う。
 それから、ケイは以前ラズィーヤにも協力を頼んであり、復学するのなら彼女も力を貸してくれるはずだと話した。
 ミクルはしばらく考え込む。
「でも……ファビオも学校に所属したいみたいで。百合園は無理だし、一人にしておくのは心配だし」
 ミクルにとっては、ファビオが一番の友達だ。
 ずっと会ってはいないけれど、今は電話できちんとやりとりをしている。
「だけど、少しだけ、少しだけわがまま聞いてもらおうかな。だって僕、まだ皆にお礼もお別れもしてないし」
「そうだな、ファビオとも話し合って決めた方がいい」
「ありがと。大変な思いさせてゴメン。お陰で少し勇気が出た」
「おう!」
 笑顔に戻ったミクルに、ケイも笑顔を向けた。
「ファビオ、無事でよかったな。ミクルもこうして元気で」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がしみじみと言う。
「今回、少なくない犠牲者が出たことを考えると、こうして俺様達がこの丘に集まれたってだけでも、とても喜ばしいことだよな……」
 ベアの言葉に、飲食をやめて皆がしんみりと頷く。
「……おっといかん、つい湿っぽい話をしちまったな」
 場を暗くしてしまったことに慌てて、ベアはソアに目を向ける。
「よしご主人、こんな時のためのアレだぜ、アレ!!」
「はい!」
 ソアは荷物を持って立ち上がり、後ろへと下がる。
 そして、変身!で、魔法少女へと姿を変える!
「魔法少女ストレイ☆ソア、素敵なお菓子を届けに参上です!」
 ……。
 ぽかあんとした表情で少女達はソアを見ている。
「ど、どうしたんですか、皆さん!?」
 直後に、皆は笑い出した。
「ソアちゃん可愛い」
 アユナが手を振る。
「まあ、なんていうか、うん。頑張れぇ、ストレイ☆ソア!」
 ケイは自分の格好はおいておいて、ソアに声援を送る。
「ワタシ達もやろうか、あれ」
「い、いいです。準備もしてないですしっ」
 エミリアの言葉に、繭はちょっと赤くなる。
「ふふふふ……皆さんにお菓子のプレゼントです☆」
 ソアも笑い出しながら、バスケットに沢山入れてきたクッキーやスティックケーキを皆に配っていく。
「紅茶もありますよー」
「わーい、甘いものも食べたかったんだ!」
「戴きます!」
 アユナもミクルも大喜びで、ソアのお菓子を受け取って食べ始めた。