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仮初めの日常

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仮初めの日常

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「グロリア、レイラ、さあ……行こう」
 アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)は寂しげな笑みを見せて、グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)レイラ・リンジー(れいら・りんじー)を、墓石の方へと誘う。
 2人とも沈んだ表情のままで、まだ笑顔を浮かべられる状態ではなかった。
 ヴァイシャリーに日常が戻って来ているけれど、自分達は離宮に行く前のような平穏な生活に戻れていなくて。
 アンジェリカはそんな状態であることが悲しく。
 そして、2人が悲しみや苦しみを抱えていて、心の傷が癒えていないことも分かっていて。
 心から案じ、心配をしていた。
「2人とも精一杯努力したわ。そのこともちゃんと覚えておいて」
 その努力によって助けられた人もまたいるのだから。
 墓石の前で祈りを捧げた後、アンジェリカはグロリアとレインにそう言った。
 頷いて、グロリアも墓石へと近づく。
 軍に所属していたシャンバラ人の男性の墓だ。
「あなた方の命の代償の元に今ここに居ることを感謝いたします」
 目を閉じて、祈りを捧げるグロリアの隣で、レイラも同じように目を閉じた。
「出せる能力は有限とはいえ、決して私達は無力ではないわ」
 アンジェリカの言葉に、グロリアとレイラは頷いた。
「……」
 レイラもずっと重い気持のままだった。
 だけれど、この墓参りで犠牲となった人々のことを心に刻み、気持を切り替えたいと思っていた。
 そうして亡くなった方、一人一人の墓を回っていると、遺族と思われる人々、そして百合園生ともすれ違う。
 グロリアは墓地を見回して、白百合団員達の姿を見つけた。
 訪れていたのは――補佐班に所属していた団員達だ。
 グロリアはパートナー達と共に、彼女達の方へと歩いていく。
「こんにちは」
「こんにちは」
 挨拶を交わして、互いの怪我の具合について確認し合う。
 補佐班のメンバーは全員揃っていなかった。まだ入院している者もおり、班長を務めたティリア・イリアーノも通院が続いているという。
「私は救護班員として参加しましたが……力が及ばず、皆さんの力になれたか未だに疑問です。ただ、この事件は私にとっては大きな意味を持っています」
 グロリアは白百合団員達に語っていく。
「今後もこのことを忘れずに生きていく上でも、亡くなった方々に限りない感謝を捧げたいと思います。そして、一緒に戦った皆様にも」
 グロリアはそっと頭を下げた。
 レイラも何も言わずに、頭を下げる。
「ありがとうございました」
 感謝の言葉を述べて、アンジェリカも頭を下げた。
「こちらこそ、大変お世話になりました。沢山助けていただきました。別邸にいた私達の学友のことも、守ってくださり、ありがとうございました」
 白百合団員達もグロリア達に深く頭を下げる。
「百合園生の方々、そして皆さんと居れて本当に助かりました」
 頭を上げたグロリアはほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「いつかまた、お会いしましょう」
「はい。またよろしくお願いいたします」
 グロリア達と白百合団員は再会を約束して、逆の方向へと歩き出す。
(私の所属するシャンバラ教導団は西シャンバラ王国ですので現在幾ら自由に通行できるとはいえ、将来的にそれがずっと可能だと言う保障はありません)
 グロリアは振り返って、白百合団員の背を見ながら思う。
(いつかまた平和な場面において彼女らと再会することが出来ますように。エリュシオンとの緊張した局面において、もしかしたら敵対した場面での再会もありえます)
 そうならないことを切に願いながら、歩き出した。
「……忘れないで、いきましょう……」
 レイラがか細い小さな声で呟いた。

「あれ? 綾ちゃん……?」
 パートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)と一緒に墓参りに訪れていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、車椅子に乗った果敢なげな少女に気付いて、歩み寄っていく。
「こんにちは!」
 付き添っていた姫野 香苗(ひめの・かなえ)が元気な笑顔を見せる。
「こんにちは〜。皆でお墓参り、だね」
 香苗の他に、護衛と監視を担当していた氷川 陽子(ひかわ・ようこ)ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)
 それから、ミルディアと同様、綾の友人として組織の拠点へと赴いたことのあるメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と彼女のパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の姿もあった。
「こんにちは」
 彼女達に真奈も挨拶をする。
 真奈は早河・綾(はやかわ・あや)の動向を確認していたため、彼女が友人達とここを訪れていることは知っていた。
 ミルディアは知らなかったようだが、ミルディアも、綾に付き添っている人達も、特にいつもと変わりのない様子に真奈は密かに安心をする。
 だけれど場所が場所だから。あまり会話をすることなく、一行は歩くのだった。
 メイベルが綾の車椅子を押して、皆で一緒に墓を回っていく。離宮で命を落とした人達の墓を。
「今日は……それだけではなくて。お兄ちゃんと……待ち合わせしてるんです」
 回りながら、綾はミルディアにそう話した。
「お兄ちゃん……綾ちゃんのもう一人のパートナーだよね。連絡ついたんだ」
 ミルディアの問いに綾は緊張した面持ちで首を縦に振った。
「それじゃ、待ち合わせ場所まで送るね!」
 墓を回り終えた後に、全員で兄との待ち合わせの場所――亡くなった綾のパートナーの墓へと歩いた。
「待ち合わせか〜」
 香苗はちらちらと回りを見る。
 それらしい人物の姿はまだない。
(お姉さまや可愛い女の子ばかりで、香苗はとっっっっっても幸せだけどっ。綾ちゃんとお兄さん、2人きりにしてあげた方がいいのかなぁ……)
 綾が外出が出来るまでに回復したことで、一緒に遊びに行ける、とはしゃいでいた香苗だけれど。
 目的地は墓地で、しかも男性と待ち合わせと知って、ちょっとガッカリだ。
 でも、綾のことは香苗なりに案じているので、離れることはしなかった。
(病弱の女の子は献身的に接していれば恋愛感情がうまれる。同性であっても!)
 などという誤った常識故の下心でもあるのだけれど。

 花を手向け、少女達は無言で祈りを捧げていく。
 そんな彼女達に近づく、足音が響いた。
 振り向くと、10代後半くらいの青年が花束を手にこちらに近づいてきている。
「お一人のようですわね」
 ベアトリスが周囲を見回すが、こちらに向ってきているのはその人物だけだった。
「お兄、ちゃん……」
 綾が小さな声を上げる。
 会いたがっていたはずなのに、小さく震えだし、後ろへ下がろうとする。
「大丈夫ですぅ」
 メイベルが車椅子を押さえながら、綾を落ち着かせようとする。
「……久しぶり」
 青年――ルフラ・フルシトスはゆっくりと歩み寄って、綾の友人達に礼をした後、身を屈めて綾と視線を合わせた。
「ごめん……なさい。ごめんなさい」
「俺も綾に謝らなければならないこと、親に顔向けできないこと、色々やった。だから俺に謝ることは何もない」
「いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 陽子がルフラに尋ねる。
「答えられることなら」
「ではその前に、綾さんの状況についてお話しいたしますわ」
 陽子はこれまでの経緯について、ルフラに話していく。
 綾が闇組織に騙されて仲間にされてしまったこと。その後救出されたもののパートナーであったメイドのサーナを失ったこと。
 綾自身も足が動かなくなってしまったこと。
 そして、闇組織が壊滅したことを話す。
 ルフラは大半のことを知っているようだった。
 ただ、綾の足のことについては、詳しくは知らなかったらしくかなり辛そうな目を見せた。
「ルフラさんは自立して空京で生活されているとお聞きしました。どのようなお仕事をされているのですか?」
「地球人とパラミタ人の仲介を行っている会社で、接客を担当してた」
「綾さんの状況については、ある程度知っていたようですが、知っていたのに何故綾さんの元に駆けつけず、今になって訪れたのですか?」
 その質問に、ルフラは少し考えた後こう答える。
「……綾が狙われているんなら、俺の命も狙ってくるだろ? 迂闊に近づくことは出来なかった。組織が壊滅した今なら、大丈夫だから」
「確かに、仰るとおりですが、ご連絡くらい下さったもよかったのでは?」
 陽子の言葉に、ルフラは「すまない」とだけ答える。
「道中も今も、組織の者と思われる人の姿はありませんわ。ご安心下さい」
 警戒を払っているベアトリスがルフラと綾にそう言った。
 綾はようやくルフラと目を合わせる。
「あい……たかった」
「俺も。綾は大事な唯一の妹だから」
 ルフラは綾の頭を軽く撫でた。
 それから、彼女の肩に腕を回して、優しく抱きしめた。
 綾は泣き出してしまう。
 ルフラに頭を撫でられながら、首を何度も何度も縦に振っていた。
「綾さんは貴方とこれからも一緒にいたがっているようですが、それについてはどう思われますか?」
 陽子の問いに、ルフラは顔を上げる。
「……綾がそれを望むのなら。出来れば空京で暮らしたいな。向こうなら地球の医療もここより受けられるし。足を治す方法を探していきたい」
「何でもします。償いもしていきます」
 綾は涙を拭いながらそう言う。
「そうですわね」
 陽子とベアトリスは、密かに顔を合わせて微笑みを浮かべる。