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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 その後。
 エメを残して、見舞いに訪れた面々は病院を出た。
 病院の前で鈴子達と別れて、真紀とサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)は2人で墓地へと向うことにした。
 ジュリオや騎士達、事件に関わった人達のことを真紀は思い浮かべながら歩いていく。
 賢しきソフィアと呼ばれ、離宮を守っていた6騎士でありながら、ヴァイシャリーを制圧しようとした組織の元に走り、離宮での戦いで散った女性のことも。
「賢しきソフィア……彼女の情報の元から離宮探索が始まったことを思うと忘れられません。何故組織に走ったのか、それだけの理由があったのか」
 離宮封印の際に人柱となったジュリオは洗脳用のアイテムを装備させられていた。
 これは離宮封印前につけられていたと考えられる。
 いつどのように行われたのか知る術は真紀にはなかった。知って、どうになることでもないのだけれど……。
「5千年前の戦いに続いて、今回も沢山の死者がでちゃったね……」
 サイモンは悲しげに言う。
「昔亡くなった人の慰霊を行うためにも、遺品とかを回収したかったのだけれど……。それも叶わず、しかもまた沢山の犠牲が出て、その遺体や遺品も満足に回収、出来てない……」
 悔しげな言葉に、真紀はサイモンの肩に手を伸ばし、ポンッと叩いた。
「遺品がなくても、慰霊は出来ます。この土地の地下に眠っていることに変わりはないのだから」
 それでもやはり、一度地上に戻してあげたいと思いながらも……今はただ、慰霊碑に祈りを捧げることしか、出来なかった。

「団長〜私、前『無事に闇組織本部制圧できたら私を名誉隊員に、ファビオが無傷だったら名誉顧問』って言いましたよねぇ」
 ミルミと手を繋いで歩く鈴子に、リナリエッタが軽い口調で話しかける。
 並んで歩く3人の後ろから、こちは周囲に注意を払いながらついてくる。リナリエッタを守るために。
 今のところ、声をかけてくる者はいない。
「ファビオがいなくなったからそれってノーカン?」
「元々了承はしていませんわ」
 リナリエッタの問いににっこり鈴子は微笑んだ。
「あ、ズルイんだ〜」
 ニヤニヤと笑みを浮かべた後、リナリエッタは少し真剣な顔になる。
「そういえばぁ、無事に戻ってきたってきちんと言ってませんでしたよね」
 びしっと立って、敬礼してみせる。
「白百合団団員雷霆リナリエッタ、無事に任務を終えました。団長からお褒めの言葉を頂けると嬉しいのであります」
「うふふ、似合いませんわ」
 笑いながら、鈴子はそう言い、リナリエッタもすぐにいつもの笑顔に戻り笑いあう。
「お疲れ様でした。ファビオ様は病院からは姿を消されましたが、ラズィーヤ様とは密約か何かを交わされたようですわ。説明を受けておりませんので、多分、百合園には関係のないことです」
「イケメン集めてハーレムでも作るのかしらぁ。羨ましい〜」
 リナリエッタの反応に「言うと思いました」と、鈴子はまた笑うのだった。

〇     〇     〇


 白百合団に潜入していた御堂 晴海(みどう・はるみ)と、団には所属せず目立たない一般百合園生を装い百合園に潜入していたクリス・シフェウナは、怪我が完治した後、留置場へと送られた。
 彼女達の処分はまだ決定していなかった。
 ソフィアとパートナー契約を結んだ桐生 円(きりゅう・まどか)は概ね被害者として扱われた。
 円は回復後しばらくして、ヴァイシャリー家を通してクリスとの面会を求めた。
 護衛と監視付きではあったけれど、その申請は許可されて、円はその日、留置場の面会室でクリスと顔を合わせることが出来た。
「ボクはソフィアのパートナー、桐生円。クリスくんにお願いがあって来たんだ」
「知ってるわ」
 警戒心溢れる目と声でクリスは答える。
「ごめん、他に聞けそうな人思いつかなくて」
 不機嫌そうな彼女にそう断ってから、円は問いかけ始める。
「ボクはソフィアのパートナーなんだけど、実はソフィアの事、何一つ知らないんだ。好きな食べ物や、好きな飲み物、好きな花も何も知らないんだよ、情けないことにね」
「私も知らないわよ」
「でも、それを知りたいわけじゃ、ないんだ。クリスくんは、ソフィアの事どう思ってたの?」
 円の問いに、クリスは「別に」とだけ答える。
「ボクは好きだった、不器用で頑固で融通が利かなくて。自分で物事を抱え込む真面目なタイプで、最後まで抱え込んで行っちゃったのかな?」
「……」
 クリスは何も答えない。
「お願い教えてほしい。ソフィアの事、組織の事じゃなくて、ソフィアのやりたかった事。どんな世界にしたかったか、今や昔のどんな事が不満だったり。変えなきゃいけないことだったのか。教えてくれないかな?」
「知らないわ。仲良かったわけじゃないし」
「それでも、ボクよりは長く付き合っていただろうから。同じようなこと考えていたんじゃない? ソフィアは言ってた、優しく強い国家神に統治された安定した世界。地球人に支配されるのは絶対嫌だって」
 クリスは黙って円の言葉を聞いている。
 円はクリスに彼女が知らないソフィアの最後について、苦しみを感じながらも説明していく。
「解らないんだ、ソフィアに最後まで一緒に行くって言ったのに。連れて行ってくれなかった意味が、残された方だって辛いのに、護ってくれたのかな? それとも役立たずだったのかな?」
 円は次第に必死になって、クリスに哀願するように話していく。
「ソフィアの見てた世界で、今の世界に受け入れられる案はなかったのかな? それを叶えればソフィアも安心して眠れるのかな?」
 一通り疑問を投げかけた後、円はクリスを真剣な目で見つめて、返答を待った。
 しばらく、クリスは何も言わなかった。
 円とは目を合わさずに何かを考えいた。
 だけれど、円がじっとクリスを見つめ続けていると……観念したかのように、口を開き出した。
「ソフィアさんのこと、私もそんなに詳しく知っているわけじゃない。だけど……迷いがあったんじゃないかな、と思う。私と違って、自分から入ってきた人だし」
 ゆっくり、クリスは語っていく。
「何が正しいのか、間違っているのか私には関係がない。親であり家族であり、家庭である組織からの命令は私にとって正しいことだから。でも、晴海は違う。だから晴海は私より少し弱かった。組織は神楽崎副団長の殺害を命じたけれど、魅了の方がいいと言い張ったのは晴海で……出来れば殺したくなかったんだろうな、組織に疑問を感じていることもあったんだろうなって思う。あなたとソフィアさんもそんな微妙な関係のパートナーだった」
 クリスはソフィアが組織の男性に惚れていたこと、彼女は常に監視されたいたことを円に説明した。
「そんなソフィアさんがあなたとパートナー契約を結んだ理由は、あなたにヴァイシャリーを救う希望を託したんじゃないかなって私は思う。つまり……地球人のあなたが今のヴァイシャリーを守ることが正しいと思うのなら、命を賭せばそれをあなただけが行えたということ。組織を裏切ることが出来ない彼女が組織に怪しまれない範囲で、ヴァイシャリー側……地球人に希望を与えたんじゃないかと……思う」
「よくわからない」
 首を左右に振る円に、クリスはこう言うのだった。
「ソフィアさんは、自分が間違っているというのなら、殺してほしかったのよ、あなたに。……なんて、私の妄想でしかないけど、ね」
 ソフィアの言動が円の頭の中でぐるぐると渦巻いていく。
 円は、ソフィアに刀剣類のチェックはされたが、装備をしていた銃器類を取り上げられることはなかった。
 拘束もされなく、放送や携帯電話の使用の許可もされた。
 それらは策略のようで、策士にしては穴だらけでもあって……。
「あ……本当の、こと……教えて」
 ソフィアの姿が目の前に見えた気がして、円は手を伸ばした。
 酷いめまいに襲われて、ぐにゃりと世界が捻じ曲がっていき――円の意識は暗転した。

 気付いた時は、病院のベッドの上にいた。
 わからない。
 本当のことなんて、わからないのに。
 涙が一粒、二粒、零れ落ちていく。