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まほろば大奥譚 第一回/全四回

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まほろば大奥譚 第一回/全四回
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第二章 大奥の掟3

 大奥の女官が忙しなく働く大奥に、一人の男が立ち入った。
 マホロバ将軍家老中 楠山である。
 通常、将軍以外の男子は立入りが適わない大奥でも、老中や特定の上級官吏などは出入りを許されていた。
 彼らの役割は、主に大奥との意見交換や調整である。
 大奥は将軍に直接もの申すことができ、その力は時に表の政を動かすこともある。
 彼女たちの持つ権力は、老中をはじめ側近たちも無視できないものであった。
 もし、大奥のから疎まれたり、そっぽを向かれるようであれば、たちまち失脚の憂き目に遭うことだろう。
 大奥へのご機嫌伺いは、楠山にとっても欠かすことのできない大事な仕事である。
 彼は用意された部屋で待ち、程なく大奥取締役の御糸が現れた。
「楠山様。お忙しい中、わざわざお尋ねいただき恐れ入ります。それで何か、御用でしょうか」
 御糸のお付の女官には漆の箱を持たせている。
 老中は早速探りを入れた。
「なに、奥の様子を見に来ただけだ。葦原の房姫にも無事に輿入れいただいた。他にも器量良しの娘御たちが大奥入りしたと聞いている。誠にめでたい。そなたもご苦労であったな」
 しかし、御糸の表情はかたい。
「……ですが、御世継ぎを急ぐあまりに城下から娘御らを募ったばかりに、大奥の風紀が乱れぬか心配です」
「そなたは大奥きっての切れ者。大奥取締役が何を言われるか」
「しかし、楠山様。得体の知れぬものが大奥に入り込んでいるのは事実です。公方様にもしものことがあれば……それは」
「めったなことを申すでない、御糸殿」
 老中は言葉を荒げ、あたりを見渡しながら声を低く落とした。
「公方様は我らがしかとお守りしておる。若い、腕の立つ護衛も増やした。それに……血判状はもっておろう。大奥に入るときに『大奥御法度』に血の押印をさせた……」
 老中の目配せに、御糸はすかさず漆箱から紙の束を差し出した。
 それは大奥に入るものが誓約として書かされ、血判したものだ。
 楠山は嬉しそうに目を細めた。
「ほお、また随分と新しく入ったようだな――
『大奥の儀、見聞きした一切、何事も外様へ申すまじき事』
――これがあれば、大奥の秘儀は守られるのだ。そうだろう?」
「左様です」
「では何も安ずることはないではないか。そなたは公方様にふさわしい娘御たちを選び、急ぎ差し出されよ。何しろ、葦原藩と瑞穂藩のごたごたで、公方様の総触れが遅れているのだ。こんなことは前代未聞だ。わしも頭が痛い」
 総触れとは毎朝行なわれる将軍への謁見である。
 もしここで、将軍がお仕えの者の名を尋ねれば、それはその者に夜伽(よとぎ)つまり夜の共寝を命ずるという意味である。
「大奥の監督はそなたの御役目。しかと果たされよ」
「……承知、仕りましてございます」
 御糸は深々と頭を下げる。
 世継ぎ問題は急ぐようにと老中や側近連中からせっつかれている。
 マホロバ将軍家の政権を安定させるためには、世継ぎはいの一番の課題なのだ。
 しかし、そう簡単に片付くわけがない。
(頭が痛いのはこちらの方だわ。また大奥で死人が出るのは目に見えている……)
 御糸はこめかみを押さえながら退出するとき、ふい声を掛けられた。
「早速、この血判状を公方様にご高覧いただかねばのう、御糸殿。そう、あまり心配するな。美しい髪に白髪が増えるぞ」
「お心遣い、恐れ入ります」
 老中は笑いながら、血判状の束を団扇のようにバサバサと仰いでいた。
(古狸め……!)
 大奥取締役は再度頭を下げ、奥と戻っていった。
 男の知らない、女の戦場へと。