校長室
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
リアクション公開中!
「……皆、大胆というかなんと言うか」 北条 御影(ほうじょう・みかげ)もコインを求めてやてきていたが、服は着たままだった。脱ぐつもりは一切ない。 「悪いな。湯に入っててくれ」 無関係の女子達の方に目を向けずにそう言い、軽身功で湯の上を走り出す。 腕をまくり、湯の中に手を忍ばせてみるが、湯底までは届かない。薄暗いため、湯の上からでは底のコインを目視することも出来なかった。 「くそ……最後くらいまともにクリアしねーと」 阿呆者2人……というより2匹のせいで、御影はこの合宿で成果といえるようなものは出せていなかった。 なんとしてもコインを手に入れたいと思うのだが、手探りで探し出すのは非常に難しそうだった。 そうしている間にも、共に駆け込んだ男性達が次々にコインを入手していく。 「苦労してるみたいだねぇ、ハニー」 フォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)の声が仕切りの向こうから響いてくる。 「まあ頑張りたまえ。何かあったとしても心配は要らないよ? 実習なんて受けなくても、人工呼吸の遣り方くらいは心得ているからね」 「必要ない」 焦りながら、御影は湯底に手が届く浅い場所を探していく。 「僕と契約している訳だし、これを期にハニーも唇から生気を吸う練習をしてみてはどうだい? 教科書からでは学べない事を教えてあげよう」 「断る! 湯船には絶対入るかっ!」 何だか身の危険を感じ、御影はますます頑なになって、服を脱がず、湯にも入らないで探し続ける。 「頑固だねぇ」 フォンスはくすくす笑いながら、果報を待つことにする。 「このテスト一体……」 もう一人、音井 博季(おとい・ひろき)もスキルを駆使して、誰よりも早く女湯にたどり着いてはいた。 たどり着いてはいたが、誰よりも真面目にテストを受けようとしていたため、事態に困惑していた。 博季は互いの発想力や行動を学ぶためのテストでもあると考えていた。 でも考えてみれば、女湯に入るという行為自体、女子達の入浴の妨害なのだ。 こちらが妨害されることは当たり前。 そして、女子に裸をさらけ出さなければならないという……。 正義感が強く、女性の免疫が皆無な博季は、顔面真っ赤……というより、もう蒼白状態だった。 「なん、なんでしょう、このテスト」 少し疑問を覚えながらも、後には引けない。 コインを入手することだけを考え、裸で湯船の中に入り、女子達の厳しい野次を受けながら探していく。 皆、それぞれ目標や志があって、勝利を目指しているのだから。切磋琢磨し、お互い頑張りたいと思っていた。 負けるつもりはない。負けられない戦いだ……。主に精神的に。 博季は想像以上に心に深いダメージを受けてしまった。ビデオ撮影をしている娘もいるし。 「全部回収してやる!」 対して、素っ裸で飛び込んできた尋人は、少女達の存在を気にすることもなく、コインの回収に勤しんでいた。 「あたっ」 尋人は裸の体に小さな痛みを感じた。 「応援してる人がいるんだ、ごめんねー!」 鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が、エアーガンでバシバシ、現れた男性達を撃って妨害していく。 「ブラヌ、ちゃんとがんばってるー!?」 ヨルの応援している相手は、今こちらの山側の温泉にはいない。 だけれど、テストを受けるということは聞いていた。 「一等取って若葉分校の生徒会長だー!」 頑張れ頑張れとブラヌを応援しながら、ヨルは男性達にスプレーショット。 「いたたたっ」 エアーガンとはいえ、かなり痛い。 「もうちょっとゆっくりしていきなよー!」 湯から顔を出した海豹仮面のこともバシッと撃っておく。 「あつ……っ」 海豹仮面は再び、湯の中にもぐる……泳ぎが得意とはいえ、湯の中に長時間潜っていたらのぼせてしまう。 「大丈夫だ。俺には筋肉の鎧がある。入浴の邪魔をしたんだから、これくらいの報復は当たり前だぜ……あたたたっ」 ラルクはプラスチック弾から顔や手では隠しきれない大事なところを守りながら、コインをゲットしてすぐ更衣室の方に走っていく。 「し、失礼いたしました」 博季もコインを入手すると、少女達の方は見ずに深く頭を下げ、歯を食いしばり拳を握り締めて去っていく。 「もっとゆっくりしていっていいんだよー! えーい」 海豹仮面はコイン入手後、こそこそと端から上がろうとしたが、ヨルに見つかり、白い体にプラスチックの弾を浴びせられてしまう。 「ううっ……失礼しました」 そう言い残し、走り去る。体に赤い水玉模様が出来てしまった。 「ああ、やっぱり湯底までは手が届かない。悪い、どこかに落ちてなかったか」 御影は湯の中を探りながら、少女達に聞いてみた。 「湯の中にまだあるかもよ? 入っちゃえ〜」 ヨルの攻撃が飛ぶが、御影は踏ん張って耐える。 「た、たたしか、そ、そそそっちの方に……!」 隅っこの方でおたおたしながら、エリスが自分の頭に直撃したコインが飛んでいった先を指差す。 「っと、ホントだ。サンキュー!」 礼を言うと、御影も一目散に温泉を後にする。探索は難航したが、服を着ていたおかげで、エアーガンによるダメージは一番少ない。更衣室で服を着る必要もなく、そのままゼスタの元へ向かうことが出来た。 「……これは自制心と臨機応変さを見る試験でございましょうか?」 邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)が、隅の方で見守っているリーア・エルレンに尋ねた。 遅れて契約者意外のテスト参加者も姿を現し「テストだから仕方ないんだ!」「覗きじゃないぞ!」などといいながら、温泉の中に入っては、ヨルに撃たれている。 「それもあるわね。状況判断、目的を達するための発想力。あとは、パートナー以外の者との協力、その辺りも重要なポイントよ……多分ね」 ちょっと自信なさそうに言いながら、生徒達の方に目を向ける。 「良いのですよ、好きにしてくださって。素敵な宴を撮らせてくださいませ、うふふ」 「こ、こここっちにはあらしまへん。あらしまへんってぇ〜!」 温泉の中では、ティアにけしかけられた少年達が、コインを求めてエリスを追い掛け回していた。 そんな若者達の姿に、リーアは苦笑し通しだった。「なんで私、こんな試験の試験管やってるんだろう」などと呟いたりしながら。 「そろそろおしまいのようでございますわね。投げ入れられたコインはもうなさそうでございます」 壱与はリーアと一緒に監視務めていた。残っているのは、コインより女の子が目的な者が多いようだ。 「そうね。沢山回収した人もいるしね」 リーアはふうとため息をつく。 長い間湯に入っていたため、すっかりのぼせてしまっている。 「このお仕事終わったら宴の為のお菓子作りも……と思うのでございますよ。エリスもそのつもりでございましたし」 「ええ、少し休んだら、私も手伝うわ」 そんな風に和やかに2人は微笑み合う。 その後に、リーアはパンパンと両手を打って、試験の終了を知らせた。 ……さてこのテストの合格条件は、男子は銀のコイン。女子は金のコインをゼスタの元に持っていくことである。ゼスタが提示したルールさえ守っていれば、どんな手段を使っても構わない。 つまり、異性が入浴中の温泉の中から、自らの手で拾って持っていくことが合格条件というわけではないのだ。 「では、よろしくお願いします」 普通に山側の温泉に入って、妨害を全く受けずに銀のコインを拾ってきた沢渡 真言(さわたり・まこと)は、合流した少年に、コインを差し出した。 「う、うん。お願い……っ」 息を切らしながら、真言に金のコインを差し出したのは、川側の温泉に普通に入り、コインを拾ってきた皆川 陽(みなかわ・よう)だ。 2人はコインを交換しあうと、共にゼスタの元に走っていった。 「お互いの目的が果たせるといいですね」 走りながら、真言は陽に微笑んだ。 「うん……っ」 陽は走っているからだけではなくて、鼓動を高鳴らせながら頷いて合宿所の前に立っているゼスタの元に走りこんだ。 「持ってきました!」 「私は金のコインを」 1枚ずつ、2人はコインをゼスタに差し出す。 「おっ、確かに俺が投げたコインだ! おめでとう、君達が一着だ」 「……え、ええっ!?」 「ふふ、やりましたね。陽さんのおかげです」 陽は驚きの表情を見せ、真言は嬉しそうな笑みを見せた。 「うおーっ、持ってきたぜ〜!」 続いて、半裸の和希が駆け込んでくる。 「あ、ありがと、う」 「こちらこそ」 陽と真言は少し離れて礼を言い合って笑いあった。 「あの、沢渡さんの目的って?」 陽は勇気を出して聞いてみる。 「また、お話するのも恥ずかしいですが……。ロイヤルガードを目指してみようと思っています」 そのためにこの試験に参加したわけではなく、勿論この試験がロイヤルガード入隊試験ではないこともよく解っていた。 だけれど、試験を受けて、成果を出すことが出来たことで。先ほどまでより少し自信がついた。 執事の自分が出来ること。 武力で切り開くことが、ロイヤルガードの戦いというわけではない。 自分にも、ロイヤルガードとして出来ることはあるだろう。 真言はイルミンスールが大好きだから。 学校のためにも、ここにあった、平和なひと時を壊さないようにする手伝いをしたくなった。 軍人だけではなくて、ここに集った者達が。自分のような執事も含めて。 自分達で、望む空気を作っていかなければ、ならないのではないかと。 そんな思いを抱き……真言は一歩踏み出そうとしていた。 「あの……」 彼女を眩しいなと思いながらも、協力して成果を得られたこと。一緒に合格できて、そして笑い合えたことで、ほんの少し、陽にも勇気が生まれていた。 「沢渡さんのこと、お友達って思っても……いい、かな」 最後は消え入りそうな声になってしまった。 真言は陽の精一杯の言葉に、微笑みながら「ええ」と答える。 「これからもよろしくお願いします」 「う、うんっ」 陽は赤くなりながら、頷いた。 パートナーでもなくて、同じ学校でもなくて、同じ性別でもない人だけれど。 またこうして協力をして、最後に笑いあえたらいいなと、心から思った。 「むぎぎぎぎっ」 そんな2人の様子を、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は近くで隠れて見ていた。ルールによりテストに協力できず、応援しか出来なかったので近づきにくかった。 「一緒にテストを受けることが出来てたら、僕が一緒に一等だったのに!」 テディは陽のことを脳内で嫁と勝手に認定している。だから、他人と嬉しそうにしている姿には、嫉妬してしまう。 「けど、友達が増えるのは幸せなことなんだ……それに沢渡は良い奴だし……うぐぐぐぐっ」 べし、べしっと、木を叩きながら自分を納得させて叫ぶのだった。 「友達なら許す。だが恋人は絶対駄目なんだぞー!」 直ぐに2人の笑みが、テディの方に向けられた。 そして3人一緒に、合宿所に向かって歩き出す――。