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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回) 薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

リアクション

「よーし、ミルミちゃん温泉行こうか温泉。身体洗いっこしよう〜」
 しばらくして、少し正気を取り戻したアルコリアが、ミルミを解放してトワイライトベルトの方を指差した。
「うんっ。洗いっこかあ……ミルミ、したことないかも」
 ミルミはちょっと恥ずかしそうな笑みを見せた。
「んふふー。ミルミちゃんの身体きれーよね。食べちゃいたくなるかも」
「もー、噛んだりしないでよ〜。アルちゃんは吸血鬼じゃないんだし」
「でも、もしかしたら素質はあるかもしれないよ? 唇から生気を吸うことも出来るかもね!」
 よーし、実習ミルミちゃんとやるぞ〜。などと言葉を続けようとしたアルコリアだが。
 でも。
 できたとしてそんな騙すような方法でいいのかな?
 そんな思いが湧いてくる。
『ミルミちゃん』
『……キス、しよ?』
 唇は動くが、声は出なかった。
 何度も何度も頭の中の原稿用紙に同じ台詞を書くけれど。
 書いて、消してを繰り返してしまう。
「アルちゃん、どうかした?」
 会話と抱擁が途切れたために、ミルミが不思議そうにアルコリアを見上げている。
『あのね……ミルミちゃん』
 ミルミを見つめながら、アルコリアは唇だけ動かしていた。
 その後に続けるはずの言葉もまた、声にはならない。
 指先が震えていた。
 気づけば、肩も震えている。
「寒いの? 早く温泉いこう! 温まるよー」
 ミルミがアルコリアの手を引いて、早足で歩き出す。
「うん。寒くて」
 アルコリアの声が出た。本当のことではないのなら、こんなに簡単に声は出る。
 だけれど『望み』は声にならなかった。
 ただ、怖い――。
 怖くて、アルコリアは小刻みに震えていた。
 イコンと生身で戦うよりも、龍騎士に戦いを仕掛けるよりも。
 灰色のあの子に負けた時より、死を思うよりも怖い。怖かった。
(きっと私が普段何も怖くないのは、何も望まず諦めてるから……)
 望むのは止めようと、思ってたのに。
 望んでしまった、怖い……。
「どうしようもないくらい、弱いなぁ、私って」
「ん? アルちゃん何か弱点あるの?」
「……ある、かも……しれない」
「それじゃ、その弱点、ミルミが補えるようになるといいなー。アルちゃんと一緒にいる時は、ミルミの弱いところ全部アルちゃんが補ってくれるもんね! といっても、ミルミはまだ何の役にも立たないけどね……」
 アルコリアは首を左右に振った。
「そんなこと、ない」
「……ありがとう」
 ミルミは軽く笑みを浮かべた。
「ミルミちゃん」
「ん?」
 ミルミが小首をかしげる。
「お風呂で温め合おうね」
「うんっ」
 嬉しそうな笑みを浮かべるミルミを、アルコリアはまた抱きしめた。
 次は消さずに言えるだろうか。
 彼女を求める言葉を――。

○     ○     ○


「のんちゃん、のんちゃん? のんちゃん……!」
 七那 勿希(ななな・のんの)が川で溺れていると聞き、七那 夏菜(ななな・なな)は、七那 禰子(ななな・ねね)と共に駆けつけた。
 近くにいた契約者達に引き上げられた勿希は、河原でぐったりとしている。
 呼びかけても反応はなく、唇も紫色に変わっていて、とても具合が悪そうに見えた。
「息してないんじゃないか!?」
 禰子が、勿希の様子を確かめる。
「え!? 息が止まってるの!?」
「夏菜、さっき応急処置について習ってたよな!? 人工呼吸できるか?」
「えっ、えっ!? 息をふけばいいの?」
 泣き出しそうな顔で、夏菜は勿希の側に座り込んで震える。
「ただ吹き込むだけじゃ、ダメだ」
「違うの!? どうやってするのかわからないよぉ」
「いいか……って、教えてる場合じゃないぜ。よし、代われ!」
 禰子は夏菜をどかすと、勿希の気道を確保し、鼻を押さえて彼女の口に息を吹き込んでいく。
 胸骨圧迫をするまでも無く、勿希は水を吐き出して、呼吸が戻る。
「……大丈夫だ、気道がふさがっていただけのようだ」
 禰子のその言葉に、夏菜はほっと息をつく。
 そして、勿希の首に、いつも彼女がかけているお守りがないことに気づいた。
「ちょっと待っててね」
 そう言った後、夏菜は川の中に足を入れた。
 水は、凄く冷たかった。

 河原での応急処置を終えた後、禰子は勿希を医務室に運んで介抱を続けていく。
 遅れて戻ってきた夏菜はずぶ濡れで、着替えさせたものの、くしゃみと震えが止まらず。
 そのまま熱を出してしまう。
「どうして川になんか入ったんだ?」
 意識が戻った勿希に禰子が尋ねるが、勿希は「ごめんなさい」と謝るだけで、理由はいわなかった。
 勿希は、人工呼吸の実習の話を聞き、溺れたふりをして夏菜に人工呼吸をしてもらおうと企んだのだった。夏菜が大好きだったから。
 ゼスタには、夏菜に人口呼吸の指導をしてあげて欲しいとだけお願いをしてあった。
 協力してもらうために、自分の計画も話せそうなら話そうかと思ったけれど、立場上止めてきそうだったので、話さずに、実行することを優先した。
 そして勿希は、一人で川に向かって溺れた振りをしようとしたのだけれど……実体化したばかりで、泳いだこともなかったため、本当に溺れてしまったのだ。
「そうか。とにかく休め。身体も冷え切っているだろ」
 禰子の優しい言葉に、勿希の胸がちくちくと痛む。
「はいこれ……くしゅっ」
 赤い顔の夏菜が、探して拾ってきたお守りを勿希に差し出した。
「ありが、とう……。あの……っ。2人とも、本当に本当にごめんなさい……」
「ボクは大丈夫だよ、無事で本当によかった」
 夏菜は熱を出して苦しいはずなのに、嬉しそうに微笑む。
「あまり心配かけるなよ」
 禰子は変わらず優しい。
 勿希の胸は次第に罪悪感でズキズキと痛み出す。
(お姉ちゃんが寝込むことになっちゃって、どうしよう……。本当は私のせいなのに……。いっそ、怒ってくれたら……)
 でも、勿希は自分の口から言い出すことは出来なかった。
 風邪を引いてしまった夏菜はこのままここで年を越すことになるだろう。
 本当に申し訳ない気持ちで、勿希は変なことは考えず、誠心誠意夏菜の看病をしようと心に誓った。