校長室
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
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「……それにしても、意外と人気よねえゼスタ」 亜璃珠は、いつも通り好みの甘めのアールグレイティに、焼き菓子のセットを食べながら、ゼスタの腕を引っ張った。 彼は多くの男女に囲まれていて、会話さえもなかなか出来ない状態だった。 「お勧めのスイーツあるかしら? 私甘党だからそれなりの物をよろしく」 紅茶を飲みながら亜璃珠がそう言うと、ゼスタはテーブルの上からスイーツをいくつか選んで皿に乗せて、亜璃珠の前に置いた。 かなりの量だった。 「……」 亜璃珠はちょっと自分のお腹に目を向ける。 そして『こういう時は別腹……別腹のはず』と、心の中で捉えながら、フォークをつけていく。 ゼスタが選んだスイーツは本当に甘くて美味しいものばかりだった。 「あなたの周り、人は多いけれど、でもすこし、あなたを警戒している人もいる? 私は別にそういうものはなくなったけど……」 この場は和やかだったが、ゼスタに探るような目を向ける者や、疑念に満ちた言葉を浴びせる者もいる。 「なんで?」 クスリと笑みを浮かべ、ゼスタは亜璃珠の皿にスプーンを伸ばし、プリンを掬って自分の口に入れた。 亜璃珠はスッと、彼の届かない場所に皿をずらす。 「ええ、優子さんを俺の女扱いしてるのは気に入らないけど……。少なくとも、悪意のある人間でないことはなんとなく分かるし」 亜璃珠のその言葉に、ゼスタは何も答えなかった。 「……ああでも、前言は撤回しておくわね。あなたと二人で温泉なんて絶対に御免よ」 ぱくりと亜璃珠は、パウンドケーキを口に入れる。こちらもとても美味しい。 それから、こう言葉を続けた。 「この後の報告書作成は手伝うけど」 ゼスタはくすりと笑みを浮かべる。 「いいっていいって、正月だしゆっくり休んでろよ。報告書はヴァイシャリーに寄って、宿舎で優子チャンと一緒に作るし〜」 彼の悪戯気なそんな言葉に、亜璃珠は即こう返した。 「そうね。帰ってから私が優子さんと2人で一緒に作るわ。あなた不要だから、タシガンに帰っていいわよ」 目を合わせて、軽くにらみ合い。それから、笑顔を浮かべる。 「お前、なんか少しいい女になったじゃないか。俺の好みとは真逆だがな」 「光栄ね。これが普段の私よ」 色々あって、ありすぎて……亜璃珠ずっと低迷していたのだ。 自分では吹っ切って元気になったつもりでいたけれど、そうではなかったようだ。 「失礼します」 マリカが亜璃珠とゼスタに紅茶を注ぎ、そっとゼスタに笑みを向けた。 会場の隅。 明かりもあまり当たらない場所に、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)の姿があった。 「日奈々、どうぞ」 千百合が日奈々を引き寄せて、自分の膝の上に乗せる。日奈々は嬉しそうに笑みを浮かべた。 テーブルの上にあるスイーツは、伝説の果実を使って、2人で作ったタルトだ。 紅茶や軽食ももらってきて、2人で食べながら語り合う。 「今年も…もう、終わり、だけど…いろいろ、あったなぁ〜」 日奈々は一年を振り返っていく。 千百合に告白したのは――ちょうど、一年前だった。 今、こうして一緒にいられて。互いを本当に大切でいられて。 同じ時を過ごすことが出来て、とても幸せだった。 「あのとき…勇気を、出して…千百合ちゃんに、告白して…よかったって…すごく、思うですぅ〜」 「もう一年立つんだね。あのときはすごくうれしかったな。告白されてあたしも自分の気持ちに気付けて……」 千百合が愛しげに日奈々の髪を撫でる。 「告白して…恋人に、なって…いろいろなことをして…また、好きになって……。そんな…すてきな、時間を…過ごすことが、できて…本当に、幸せなことが…多かった、一年…だったですぅ…」 「うん、あたしも。本当に」 「悲しいこととか…いやなことも…多かったけど……」 「それも」 千百合は日奈々の頬に触れて、優しく優しく撫でながら、言葉を続けていく。 「日奈々がいたから、大丈夫だった。悲しいことも、辛いこともあまり感じずにすんだんだ」 あなたが、いてくれたから。 想いが通じ合っていたから。 こくり、と頷いて、日奈々は千百合の方に顔を向ける。 見えないけれど、千百合の顔がここにあることは解っている。 千百合は日奈々をより仰向かせて、顎にそっと触れて。 自らの唇を、彼女の唇に重ねた。 日奈々の手が、千百合の背に回る。 千百合は日奈々の後頭部に手を回して、より彼女を近づけて。 甘い甘い、キスをした。 長いキスを終えた後、ぼおっとしている日奈々に「続きは人のいないところでね」と、千百合がささやきかける。 顔を赤く染めて、日奈々は目をぎゅっと閉じて、こくり、と頷いた。 温泉に浸かりながら、新年を待つ者達もいた。 「一応向こう向いててね」 伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、魔鎧のレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)と一緒に湯に浸かっていた。 明子は女性。レヴィの性別は男性であることから、2人は背中合わせで入っている。 「……なんか聞きたい事があったらこの際だから答えるわよ。今回は色々引き回したし」 まだ契約して間もない彼を、温泉作り、龍騎士警戒、そして戦闘にも付き合わせた。 彼も色々混乱しているだろうと思い、明子はそう言ったのだった。 「ったく、新人を使い回すにも程があンぜこのおぜうさまはよ……」 ぶつぶつ言いながらレヴィは考え、少ししてこう尋ねる。 「……なァ。何で突然パラ実なんだ」 確かに、明子は手を出すのが早い。 だけれど、不良って柄ではない。 だから、何か事情があるんじゃないかと、思った。 「そぉねぇ。自分のやりたいことをそのまんまやるためかな」 明子は深く湯に浸かりながら、答えていく。 最初は単純にエリュシオンに喧嘩売りたかっただけだった。 「色々事情はあるみたいだけど、あいつら要するにいじめっ子よ」 他人に暴力振るうことを悪いと思ってない。一辺派手に殴り返されないと直るもんじゃない。 そう、感じた。 「……今回のゼスタさんのが良い例だけどね。普通の学校に所属してると、私達の手の届かないトコから横槍入ってくるのよ。そりゃ纏まってなきゃ出来ない事も山ほどあるけど、学校に迷惑がかかるって言ってやりたいこと抑え続けるのは一寸私向きじゃなかったのよね。……いや、今年一年で分かった事なんだけどね?」 明子の言葉に、レヴィは彼女の後ろで頭を抱えていた。 「……いや、帝国ひっくるめていじめっ子とか呼ぶのはアンタだけろうなホント」 そんな彼の様子を気にすることなく、明子は大きく息をついた。 「……あーあ。単純に人助けだけやってりゃ良い世界って回って来ないものかしら」 「人助けだろうが、悪事だろうが、したいことだけしてりゃ良い世界なんて、あンのかねぇ」 「そーねー」 明子はもう一度大きく息をつくと、表情を変えて僅かな笑みを浮かべる。 「ま、立場には余裕が出来たし。来年はもーちょっとしっかり筋通していかないと。ってわけで、これからも宜しく頼むわね? 新人さん」 湯の中で、コツンと肘でレヴィの褐色の肌を突いた。 「へいへい。マスターとリンカーは一蓮托生だ。クソ忌々しいが来年も付き合ってやりますよ」 諦めたような口調で、だけれど優しい音色でレヴィはそう答える。 「そろそろカウントダウンが始まりそうだよ」 九條 静佳(くじょう・しずか)が、湯着をまとって現れ、2人の側に近づいてくる。 パーティ会場から、若者達のにぎやかな声が響いてくる。 ネットを通じて、地球にいる人々の声も、このシャンバラに響いているのだろうか。 トワイライトベルト中のパーティ会場で、カウントダウンが始まる。 ピロリン ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)が、携帯電話で写真を撮った。 並べられた料理に、笑顔の人々の顔。 寄り添うカップル達。 目を輝かせながら、卓球で勝負をしている若者達。 「皆、楽しそう。残ってよかったな」 ジョシュアは西シャンバラのロイヤルガードだけれど、最後まで合宿に残って、人々の様子を写真に収めている。 西シャンバラのロイヤルガードに下された命令には、ユリアナのこともあったけれど、この場所で合宿が行われる意味を探ることも含まれていた。 でも、シャンバラは既に独立を果たし、西シャンバラと東シャンバラは1つの国となった。もう探る必要はない。 「地球の人も楽しそう」 パソコンに映し出された映像も、携帯電話で撮っていく。 パソコンには、日本の各地の様子が映し出されている。 北海道の札幌に集まった人々。 東京のタワーや、お台場の人々。 九州、沖縄で海の側に立つ人々。 「地球の家族に連絡をとってるのかな?」 メールを打っている人、テレビ電話をしている契約者の姿もあった。 そして――。 「3…2…1」 契約者達が声を上げる。 パソコンに写る人々からも声が上がっている。 直後に、花火の大きな音が鳴り響く。 空に、色とりどりの大きな花が咲いていく。 「明けまして、おめでとうー!」 「Happy New Year!」 明るくて元気な声が響き渡った。