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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

リアクション

第二章

1.

 なだらかな砂で描かれた地平線。その向こうの空が、藍色から、徐々に薄く紅く色を変え始める。やがて現れた光の筋が、まっすぐに四方を照らし、目にも眩しい太陽がその姿を現す。暁の光に、色彩を無くしていた砂漠が、赤く染まった。
 
「もう、朝ですよ」
「ああ……」
 ジェイダスの浅黒い腕の中で、ゆっくりと黒崎 天音(くろさき・あまね)は身体を起こす。どこか眠たげな、美しい猫のように。その様を、ジェイダスは目を細め、見上げていた。
 一夜を過ごすのは、ひどく珍しいことだ。しかし、天音にとっては、断る理由もなかった。ただ。
(なにかは……あるってことだろうな)
 ラドゥでも、他の小姓でもなく、天音であった理由。それをぼんやりと考えながら、昨夜はぎとられたシャツを拾い上げ、天音は袖を通す。やはり少しばかり、手足はだるい。けれどもそれも、不快なものではなかった。そんな天音の仕草ひとつひとつを、ジェイダスは見つめ続けている。
「……なにか?」
「いや……美しいなと、思っていた」
 それはジェイダスの口にする最高の賛辞だ。天音は薄く微笑み、その頬に指を這わせた。無論、自分一人に対しての言葉ではないだろうとは、わかっていた。ジェイダスが作り上げた薔薇の学舎、そこに学ぶ生徒たちにたいしての賛辞だ、と。
 それが誇らしいような、――ほんの少しばかり憎らしいような、だ。
 指先には、少しばかり、髭の感触があたる。身だしなみは常に調えているジェイダスの、この感触を知るものはほんの一握りだろう。それと同時に、微かに庇護欲めいたものもわきあがる。
 天音は再び起き上がると、小姓の少年を呼びつけた。そして、シェービングローションや剃刀といった道具を、一通り用意させる。
「よろしいですか?」
 ジェイダスは頷いた。
「では……」
 天音はベッドに腰掛け、ジェイダスの頭を膝に乗せると、その顔を背後から覗き込むようにして髭をあたっていく。
 蒸しタオルで下準備をした後、ジェルを塗り広げた。そして、二つ折りの剃刀の刃を開くと、毛の流れに沿うようにして、そっと冷たい刃を滑らせた。
 ジェイダスは目を閉じ、心地よさげにしている。全幅の信頼が、そこにあった。
「聞かないのか?」
 ややあって、ぽつりとジェイダスが呟く。
「なにがですか」
「ウゲンの正体だとか、イコンについてだ。お前のことだ、気になるのだろう?」
「お話してくれるなら、興味はありますが。……今は休息の時間かと」
 天音の言葉に、ジェイダスはくつくつと楽しげに笑う。筋肉が動き、天音はやや刃を離し、その振動が収まるのを待った。
「ウゲンの正体はともかく、……奴は毒のありすぎる薬だ。ただし今は、その薬を手放すわけにはいかない……」
 ジェイダスが目を閉じ、低く呟く。そして、不意に天音の手首を掴んだ。
 剃刀が滑り、ほんの一筋、ジェイダスの顎に深紅が滲んだ。
 天音は眉根を寄せたが、ジェイダスはただ、視線でもって、行為を命じる。
「…………」
 天音は無言のまま、背中を丸め、ジェイダスの傷口へと赤い舌を這わせた。微かな、鉄の味。昨夜、舌先に感じさせられたものとはまた違う苦さだった。
「……お前たちならば、その毒も制すこともできるはずだ」
 ジェイダスはそう囁くと、そのまま天音の後頭部を掴み寄せ、噛みつくように口づけた。
「ん、……は、……ぁ……」
 野蛮な甘いキスは、朝だというのに容易く部屋の湿度をあげていくようだ。一晩かけてじっくりと教えられた濃密な快楽を、無理矢理暴くがごとく思い出させられ、天音は涼しげな目元をうっすらと赤く染めた。
「……まだ、終わっていませんよ」
 濡れた唇で、少しばかり拗ねた調子で詰る天音に、ジェイダスは軽く笑った。
「そうだな。後は、……終わってからだ」
 「なにが」とは互いに口にはしないまま、彼の瞳は再び閉じられた。
(もしもこの先、世界を敵に回しても、汚れ仕事になっても……僕は、僕だよ)
 天音はそう、内心で呟いた。