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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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 ドバイの中心部にある、とある高層ビル。
 その上層部が、まるまるヤシュブの屋敷として使われていた。虹彩認証やパスポート預かりという厳しいチェックを抜けた者だけが入ることのできるスペースは、いづれも天井が高く、だだっぴろいという表現をしてしまいたくなるほどに広いタイル張りの部屋が続いている。ジェイダスとは違い、あまり派手好きではないのか、調度品や飾られたものはあまり多くない。だが、少ない家具はどれも、それなりの価値があるであろうことは推察された。
 生徒たちがそれぞれに観光などに出かけていた間、ジェイダスは、希望した生徒達数人を連れて、ヤシュブの屋敷へと赴いていた。抱えきれないほどのタシガンの芸術品を携えて、だ。
「ありがとうございます、お兄様。どれも珍しいものばかりで、嬉しいです!」
 興奮気味にヤシュブはそう語るが、ジェイダスは所用もあり、あまり長い時間は滞在することはできなかった。コーヒーを一杯飲むと、すぐにまた、他の王族への挨拶へと出かけねばならない。
「……すまないな」
「いえ。お気になさらないでください。お兄様がいらしてくださっただけで、光栄です」
 ヤシュブは健気に答え、もう一度微笑んで見せた。
「生徒達はもう少し残れるはずだ。色々と、パラミタの話を聞くといい」
「はい!」
 そう言い残し、ジェイダスは再び立ち去った。
「…………」
 後ろ姿をじっと見送ったヤシュブに、穏やかに神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が話しかける。
「初めまして、神楽坂と申します」
「俺は、山南と言います。よろしくお願いします。よろしければ、こちらに」
 山南 桂(やまなみ・けい)が言い添え、ヤシュブを彼らの輪へと誘った。
 本当ならば、せっかくの機会に、ヤシュブが望む場所へと連れ出してあげたいとも翡翠は考えていたが、やはりあまり無理はさせられないようだ。
 それに、……おそらく、狙われるのはこの非力な少年であろうと予測もされた。護衛の意味もあり、翡翠たちはジェイダスに同行を願ったのである。
 同じように、ヤシュブの面会に訪れた薔薇学の生徒は、藍澤 黎(あいざわ・れい)と、あい じゃわ(あい・じゃわ)、そして変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。黎は、当初は、彼の契約者であるフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)とともに、試合当日の護衛を考えていたのみだったのだが、変熊仮面が尋ねるとあっては放っておけず、こうしてあいじゃわと共にやってきたのだ。
 他に、イコンでの試合出場を必死で止められたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)も、ここに同行していた。イエニチェリを目指すことはとりあえず諦めたものの、せっかくやってきた異国だ。観光でもしようかとも思っていたが、ヤシュブの存在を薔薇学の生徒から知り、興味をもったのだった。
 サンルームのソファにおかれた、色とりどりのクッションの上に、彼らはもう一度腰をおちつけた。ヤシュブはやや緊張した面持ちながら、興味深げに彼らを見回している。その視線がとまるたびに、順に名前を名乗っていくと、ヤシュブの視線が、あいじゃわの上でぴたりと止まった。
「その方は……?」
「あいじゃわなのです!」
「ゆる族という、パラミタの一族なのだよ。ヤシュブ殿」
 手を差し出し、握手をしようとするが、あいじゃわの腕では届きそうにない。それを抱っこして支えてやりながら、黎がそう説明をした。
「……触っても、いいかな?」
「もちろんなのです」
 あいじゃわの了解を得ると、そっとヤシュブは彼を抱え上げ、その膝に乗せた。あいじゃわの外装部分である柔らかなマシュマロのような感触に、ヤシュブは驚きの声をあげ、それから相好を崩した。
「柔らかい、ね」
 あいじゃわも、ヤシュブに撫でられるのはまんざらでもないらしい。どこかくすぐったそうに微笑んでいる。
「少年、私の肌も柔らかい……ぞ、ッ!」
 ばっとマントをはだけようとした変熊のことは、すかさず黎がそのマントをひっつかみ、妨害することに成功した。ただし、勢いがつきすぎ、マントごと変熊が床に転がったのは、一種の事故だ。
「あ、あの、彼は……」
「お気になさらず」
 にっこり、と黎は微笑んでみせた。まったく、裸を禁忌とするこの中東においても、変熊仮面は自らのポリシーをまったく折ろうとはしなかったため、直と黎がどれほど努力したかは知れない。それはさておき。
「ねぇ、こんな不思議な人が、パラミタにはたくさんいるの? お兄様がいる、タシガンにも?」
「ヤシュブ君は、パラミタに興味があるんですか?」
 翡翠の言葉に、ヤシュブは頷いた。
「最近は、新幹線もできて、色々ニュースにもなるけど……よかったら、聞かせてほしいな」
「それでしたら、喜んで。ただ、あまり、話すのは得意じゃ無いですので、つまらないならすぐ、言って下さいね」
 翡翠はそう前置きをすると、微笑みかけた。
「タシガンは霧が多いところです。それと、深い森が多いですが、街もあります」
「パラミタ全体が、そうなの?」
「いや、僕のいるヒラニプラは、そうでもないよ」
 トマスがそう口を挟む。黎が持参したパラミタの地図を広げ、ヤシュブへと見せた。
「パラミタはこの浮遊大陸の全て、そのうち、このシャンバラが主に私たちのるところ。そして、ここ、タシガンが、ジェイダス校長がいる薔薇の学舎の場所なのだよ」
「うわぁ……広いんだね」
「まだ不明な点も多い地図ですが」
 桂がそう付け加えた。
「種族も、このゆる族以外にもたくさんいるしね。僕の先生は、怖いおじいちゃんだし」
 トマスがぼやいてみせると、くすくすとヤシュブは楽しそうに笑った。
 ――こうして改めてヤシュブにパラミタのことを話していると、自分たちもまた、初めてパラミタに訪れた頃のことが思い出された。地球から飛び出して、契約者と出会って、それから、様々なことがあった。
 今はもう半ば日常となっていたパラミタでの日々が、あらためて新鮮に感じられたのは、彼らにとっても意外な喜びであった。
 いつしか、彼らは笑いさざめきながら、互いに談笑を楽しんでいた。そのうち、不意に、ヤシュブがあいじゃわを両腕に抱きしめて、ぽつりと尋ねた。
「……ねぇ、お兄様のこと、好き?」
「…………」
 その問いかけには、一瞬不意をつかれた。しかし、すぐに黎が口を開く。
「校長には、認められたいと願っているよ。多くの生徒が、そうであろう」
「じゃわは、校長に撫で撫でされたです!」
 変熊はなにか口を挟みたい様子ではあったが、さすがにそこは自重をしたらしい。黎の言葉に、ほっとしたようにヤシュブは微笑んだ。
「わかってるんだ。明日、僕は行かないほうがいいんだって。……テロ組織が、お兄様の足を引っ張ろうとしているんでしょ? 僕は弱いから、きっと狙われる。それなら、ここで閉じこもってたほうが、いいんだよね」
「ヤシュブ君……」
 翡翠が、震える少年の肩にそっと手をおいた。年にしては小柄で薄いその肩には、しかし彼は確かに現実の重みを感じていたのだ。
「お願い。お兄様を、護って。僕にはなんにもできないけど、みんなには、色んな力があるんでしょう? お願い、お兄様の夢を、護って」
「夢?」
 涙目でそう訴えるヤシュブの言葉に、トマスは尋ねた。
「お兄様の夢は、……パラミタで、新しいエネルギーを見つけることなんだ」
「ああ、それは……」
 石油で財をなした人間だからこそ、あらたな財源のために、それを望んだ。それだけのことかとトマスは思っていた。しかし。
「今の戦いのほとんどが、エネルギーの所有権を巡ってる。でもそのエネルギーも、使えば使うほど、地球は汚れたり、ダメになるものばかりだから。……みんなが安心して使える、争わなくて良いほどの潤沢なエネルギーがあれば、もっと世界は平和になるんじゃないかって。それを見つけることが、お兄様の夢なんだ」
「エネルギー……?」
 黒い迷宮、シリウスの心、タシガンの宝。
 そんな数々の言葉が集約されるもの。ジェイダスがタシガンとの関係を悪化させようとも執着するもの。それは最初から、ジェイダスが変わらず求め続けていたものだった。
「タシガンに、それを見つけた、と?」
「……詳しいことは、お話してくれなかったけど。もう少しなんだって、言ってた。だけど、……嬉しそうには、見えなくて。だから、不安なんだ……」
 ぽろりと零れた涙を、すっと指をのばし、変熊がぬぐいとった。
「泣くな、少年。俺様が、約束しよう。華麗な勝利をプレゼントしてやろうではないか! ……だから、弱気になどならず、試合を見に来たまえ!」
「…………」
 驚きに目をまるくするヤシュブの前に、黎が膝をついた。ヤシュブの小さな手をとると、恭しく頭を下げる。――誓いを捧げる、騎士のように。
「ヤシュブ殿。我々薔薇の学舎は、必ずや貴殿と、校長をお守りする。我も、約束しよう」
「あいじゃわも、約束するです!」
 いつのまにかヤシュブの肩に乗っていたあいじゃわも、そう力強く告げた。
「自分たちも、同じです。ヤシュブ君。どうか信じてください」
 翡翠と桂が、ヤシュブの隣で頷く。トマスも、「僕は教導団だけど、……約束するよ」と頷いた。
「……ありがとう……!」
 ヤシュブは、今度は喜びの涙を滲ませて、彼らの頬に順番に感謝のキスをしたのだった。