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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション



【◎2―2・脱走】

 百合園女学院はかなり広大な面積を誇っている。
 それゆえ校舎内に存在する施設の多さも尋常ではない。
 普通の教室のほか、図書室や音楽室、調理実習室、あちこちに存在するカフェ、とてつもない量がある衣装置き場、演劇やバレエなどのための稽古場、お茶を点てる和室、お嬢様学校ならではのものからそうでないものまで様々なものが存在している。
 さらには、反省室や懺悔室というものまであって。そうした部屋が並ぶ廊下を、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は歩いていた。
 ふたりはここへ来る前、一度校長室へと立ち寄っていた。
 これまでと同じようにループが発生していると気付き、校長先生に相談しようと足を運んだのだが。

「それで、今回のループの原因は一体なんだと思いますか?」
「え? ああ、心配しないで。きっと猿の手の力がまだ残っているせいだよ。ラズィーヤが調べてくれてるし。そのうち元に戻るんじゃないかな」
「……? ずいぶんと、楽観的でいらっしゃいますのね」
「ん、そうかな? とにかくだいじょうぶだよ。それじゃ、僕は今忙しいから」
 なんとも素っ気無い応対で、目線を外して書類にサインをしていく静香。
 らしくないその様子に、ふたりはひそひそと耳打ちをし合う。
「ねえミルフィ、あの校長先生……何だか『校長先生』じゃないみたい……」
「ええ、恐らくは『偽者』でしょうね……本物の校長先生はどこに……?」

 不審を抱いたふたりは、すぐに校長室を後にして。
 その途中に大久保泰輔&フランツのペアに遭遇したのだった。
「ああ、きみらも異変に勘付いとるクチやろ。ちっと協力して欲しいんやけどな。もちろんタダでとは言わんで。校長はんから、ちゃんとお礼もらうつもりやからな」
 それから泰輔は政治と説得の特技を駆使しながら話しかけてきて。
 多少戸惑いはあったものの、手を貸すことに異論はなく。
 有栖達は今はこうして本物の静香を探しているわけなのだが。この場を訪れているのは、決して単純な勘からではない。
「こっちから、わずかだけど悪意を感じます」
 有栖は捕まっている場所には恐らく見張りがいるだろうと踏んで、その気配をディテクトエビルを使って感知してこの場所を特定したのだった。そしてそれは正しく、
 小窓からの光だけが照らしている通路を進むと、やがて格子戸の部屋の前に佇むひとりの百合園生を見つけ、慌てて有栖とミルフィは物陰に隠れた。
「ミルフィ。あれ」
「ええ……わざわざ見張りを立てている必要があるということは、あの部屋でしょうね」
 ふたりはこくりと頷き合うと、まず有栖が煙幕ファンデーションと光術をその生徒に向けて放った。
 突然のまぶしさの後、さらに視界を煙に塗りつぶされ、怯んだ隙をついて即座にその生徒の元へ駆けたミルフィが当身をくらわせ、あっという間に昏倒させることに成功した。もちろんちゃんと手加減はしてある。
「見張りの方ごめんなさいっ……とりあえず鍵を」
 有栖はすぐに彼女のポケットを探り、鉄の鍵を見つけてすぐに格子戸を開けた。
 中にいる亜美の姿をした静香は、ソファで眠っている。
「校長先生! 校長先生、起きてください!」
「んん……むにゃ、もう食べられないよ……」
「校長先生、お決まりな寝言を言っている場合じゃありませんわよ!」
 ゆさゆさとふたりがかりで身体をゆすられ、ようやく静香はうっすら目を開かせる。
「ん、え、あれ……? 今、僕のこと。『校長先生』って呼んだ?」
「そうですよ! 助けに来たんですから、しっかりしてください!」
 しばらく寝ぼけ眼だった静香だが、それを聞いて一気に覚醒する。
「良かった! 誰か気付いてくれないかなって思ってたんだよ」
「とにかく詳しい話は後ですわ。一旦、ここを離れましょう」
 静香は頷くとふたりに言われるまま、共に格子戸の部屋を後にした。
 その五分後。
 見張りだった少女は目を覚まし、部屋の中に誰もいないことに目を見開いた。
 しかし自分の不甲斐なさを悔いるより先に、行動を起こし始め。非常ベルのスイッチを鳴らし、警備室や校長室に次々連絡をとっていった。

 騒がしくなってきた校内に辟易したラズィーヤは、一度校長室を離れて来賓室に来ていた。猿の手について詳しく調べるためと、くつろぐためである。もっとも、ラズィーヤ本人からすれば耐久性の面でも一考した結果らしいが。
 そして来る途中会った久世 沙幸(くぜ・さゆき)も元凶を調べることに協力するつもりのようで、この場に同行している。百合園女学院の制服を着て。
「さてと、それじゃあ中を確認しますわよ」
「は、はい。私、準備オッケーです!」
 沙幸は光る箒を構えながら多少緊張しているが、ラズィーヤもわずかに慎重になっているようで。ガタガタと震動する鉄の箱に、すぐには手が出せずにいた。
「そ、それにしても猿の手ってこんなに暴れるものなの? ただのアイテムって聞いてたのに」
 沙幸としては今のは問いかけではなく呟きだったが、ラズィーヤは答えを返す。
「それが、今朝あたりからずっとこんな調子なんですの。箱に入れてすぐのときは、静かなものでしたのに」
 言いながら余計不安になるラズィーヤだったが、そのままいつまでも怯えていてもはじまらないとして意を決して箱についている鍵を外した。
 直後、なにかが弾けるように箱の中から伸びてきて沙幸は戦慄する。
「これが……猿の、手……?」
 名前の印象から、そのまま猿のような手の形状を思い浮かべていた沙幸なのだが。
 それは猿どころか、鬼か悪魔かと見紛うような毒々しく禍々しい手をしていた。
 五指から伸びたギロチンじみた黒い爪、皮膚は返り血でも浴びたかのように紅い色をして脈打っていて、腕のなかばで途切れているその手は箱に付属する鎖でがんじがらめにされてもなお、狂ったように抜け出そうともがいている。見ているだけで気分が害されていくようだった。
 隣のラズィーヤに視線を向ければ、彼女も顔色を悪くさせながら、そこにはわずかに驚愕も混じっていた。
「ど、どういうことですの? こんな形ではありませんでしたのに」
「えっ!? もしかして、形状が変化してるとか?」
「そのとおりですわ。はじめ見たときはミイラのような渇いた手でしたの。動き出した時から、おかしいとは思っていましたけど」
「あ、あの。もういっそ壊してしまったほうがいいんじゃないですか? 私、なんだかこれを放っておくと良くないことが起こりそうな気がして……」
 沙幸から言われて、ラズィーヤも当初は調べてみるつもりだったのだが。
 さすがに心配になってきたのか、試しに一度鉄扇で軽く叩いてみた。すると電流でも流したかのように大きく上下に跳ね、鎖を引き千切らんばかりに震動を増幅させていた。
 沙幸も試しに、光る箒から光術を展開してぶつけてみたが。やはり余計に暴れがひどくなるばかりだった。
「びくともしませんわね」
「ええ。傷ひとつついてませんよ」
 こうなったら手加減は無用かと沙幸は判断し、武器を栄光の刀に持ち替えて斬りつけていった。つられてラズィーヤもチェインスマイトを使ったりして休まず攻撃を行なった。
 が。
 十分くらいぶっとおしで攻撃しても、まったく壊せる気配はなかった。
「ああ……もう! 手が痛くなってきた。いったいどんな硬度してるのよ、これ!?」
「もしかしたら破壊できないよう、何かの力でガードされているのかもしれませんわね」
 それでも沙幸はチャレンジし続けていったが。
 ラズィーヤのほうは早くも根をあげて、ソファに横になっていた。
「すみません、こちらにラズィーヤ様がいらっしゃると伺ったのですが」
 そこへ、ノックの後に泰輔とフランツが入ってきた。
「あら? あなたたちはさっきの。ごめんなさい、今ちょっと休憩中ですの」
 ラズィーヤはそうことわって、ヒラヒラと手を振って目をつむってしまった。
 泰輔は軽くフランツを肘でつつき「はよう口説きにいきぃや」とか言っていた。
 フランツは半ば渋々といった様子で、
「そんなこと言わないで。僕はもっとラズィーヤ様とお話したいんですよ」
「……ごめんなさい、今ちょっと眠いんですの」
「ラズィーヤ様はお綺麗だし、人望もありますし、文句のつけようがない方だと思っています」
「…………ぐーぐー」
 お世辞にものってくる様子のないラズィーヤに、フランツは攻め手を変えてみるが。
「あ、そういえば校長先生がなにかヘンじゃありませんでした? 気になりません?」
「……静香が、なんですの? あの子がヘンなのはそう珍しいことでもありませんわ……では、おやすみなさいませ」
 どうやら協力を乞える状態じゃないと諦め、泰輔たちは部屋を後にした。