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なし

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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

リアクション


11:00〜


・レイヴン、起動


「さて、ちょうどパイロット科の授業が始まりましたね。この後、公開試運転が行われる機体との模擬戦も予定されています。こちらのブースで見学することとしましょう」
 海上を一望できるデッキの上に、見学ブースは設置されていた。
 アルテッツァが説明しているところへ、一機のコームラントが飛んできた。
「ゾディ、アンタのコームラント、持ってきたわよぉ!
 ……ってあら、転入希望者の学院案内中だったのね。ごめんなさぁい」
 コックピットを開けて降りてきたのは、アルテッツァのパートナーであるヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)だ。
「……ヴェル、見学者の皆さんが驚いて目を丸くしてますよ。すみません、ボクのパートナーなんですが……」
 苦笑しつつも、小声で耳打ちする。
(ご挨拶をして下さい、ヴェル)
 生徒達の前に立ち、レクイエムは自己紹介を始めた。
「うふん、初めましてぇ。天御柱学院高等部、音楽講師、ヴェルディー作曲・レクイエムよん。魔道書なの。初めて見た人、いるかしらん?」
 生徒の一部がざわついているが、それは彼の話し方のせいらしい。
「……誰よ、今『オカマ』って言ったの」
 声のした方角を睨み付ける。
 しかし、初っ端から心象を悪くするのもいかがなものかと思い、説明を続ける。
「アタシの格好を見れば分かると思うけど、教員でもパイロットとして出撃することがあるのよん」
 イコンに乗る以上、パイロットスーツを着るのは必須事項だ。
「……ってことで、ゾディ。学院案内がてらイコン操縦のデモンストレーションもするんじゃなかったの? 準備しなさいよ」
「了解しました。じゃあ、ボクも着替えてきますね」
 準備をするため、一旦離れていく。
 着替えを終え戻ってきたところで、コックピットの中を見せた。
「整備科に寄った際は見せられませんでしたが、こちらがイコンコックピットです。見ての通り、複座式になっています。パイロット科に所属しているのが彼ですので、彼にイコンの操縦を任せ、ボクが攻撃に専念する形になります」
 そして発進準備をする。
「じゃあ、イコンの動き方、じっくり見てって頂戴ね」
「ブース前にはボク達がいますので、安心して見学して下さい」
 そう言って、二人は機体を再浮上させた。

 アルテッツァのコームラント、【メテオライト】が飛び立ち、ブース付近を巡回している。
 海上ではちょうど射撃訓練が行われていた。
 ちょうどその頃、デッキ上には人が集まり始めていた。
「説明があったと思うが、間もなくレイヴンの公開試運転が始まる」
 パイロットスーツを着た女性――パイロット科長が告げた。
「それまでの間、しばし休憩時間としよう。もちろん、授業をこのまま見学してても構わない」
 イコンデッキを出ない範囲で、という条件は付いたが。

* * *


「寺院は……これに対抗するんですね」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は訓練中の機体を眺め、呟いた。
 彼女の側には、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が護衛として控えている。転入生は大丈夫かもしれないが、転入希望者としてこの場にやってきている人間の中にはよからぬことを考えている者もいるかもしれない。
 だからこそ、今日は転入生に対しても公に出せる部分だけしか、見学させていないのだが。
「機体のスペックだけ見れば、こちらの方が上だ。だが、向こうは全体的にパイロットの技量が高い。ほんの一部とはいえ、指揮官クラスともなれば、パイロット科の教官をもってしても一対一は厳しいだろう」
 科長がそう説明した。
 まだ話に聞いていた「真の力」は発揮していない。それでも、機体の動きや学院の生徒の雰囲気を見た限り、皆強い覚悟を持っているという印象を受けた。
 彼らもそうだが、彼らをそうさせた敵――今の寺院も、睡蓮にとっては未知数だ。とある一件で、カミロ・ベックマンという男を知りはしたが。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「構わない。答えられる範囲で答えよう」
 ひとまず寺院のことは置いといて、シャンバラのイコン全般に関して尋ねてみる。
「今後は鬼鎧やアルマイン等、学校によっては此方のものとは異なる技術が使用されている機体が持ち込まれると思いますが……それらの管理や整備、今後の戦闘への参加はどの程度可能なのでしょうか?」
「魔法技術に関しては門外漢だ。アルマインに関しては、管理は出来るが整備に関してはイルミンスールから技術者を派遣してもらう必要がある。鬼鎧に関しては、機体の技術面はどうにかなるが、完全起動――こちらで言う覚醒に必要とされる『鬼の血』ばかりはどうにもならない。基本的に、異なる技術で造られたイコンも学院のイコンと同様に管理・整備・戦闘参加は出来るが、本来の性能を発揮しきれないと考えた方がいい」
 もう一つ聞く。
「今後次第ではあると思いますが……現状では天御柱学院のイコンにしか適用されない技術も、技術交流によって使用出来るようになったりする可能性はあるのでしょうか?」
「私からは何とも言えん。その逆に、他校のイコンに使われている技術をこちらに転用しようという動きはある。ホワイトスノー博士がエネルギーコンバーターの開発を進めている。まだ試作段階だが、マジックカノンを武装として装備出来る程度になってはいる」
 その辺りは、どうやら当の技術者に会って確認しなければならないようだ。

 一方、見学会にやってきた榊 孝明(さかき・たかあき)はヴェロニカに話し掛ける。
「俺は榊孝明だ。パイロット科に所属している。ヴェロニカはロシア生まれかい?」
「いいえ。でも、どうして?」
 特に深い意味はない。
「なんとなくだ。この学院は極東新大陸研究所と提携してることもあって、ロシア出身が多いからな」
 とはいえ、やはり日本人率が高いのではあるが。
 今日の学院見学のことはここに来る前に知っていたので、ヴェロニカはある程度学院のことも知っただろう。
 本当なら朝から学院案内に付き合いたいところだったが、ちゃんと授業に出席し友人の代返までしていたため、今の時間になってしまったというわけだ。
「どうだい、この学院は?」
 まずは彼女がどういう印象を持ったのかを聞く。
「温かい人が多くて、いいところですね」
 その様子から、自分以外の学院の人とも接しているというのが分かった。
「そういえば、超能力科ってどんなところですか? 機密が多いみたいで、見学コースに入ってなかったの」
 超能力科は強化人間管理課と密接に繋がっている。彼女の問いに答えたいところだが、説明するには偏見を持っている強化人間の話題を避けては通れない。
(そうか、彼女は強化人間志願者だからな)
 ならば話しておく必要があるだろう。
「超能力科は元々、強化人間のために設立された所だ。そもそも、超能力研究が急速に発展した裏に、強化人間の誕生があるくらいだからな。契約者であれば訓練次第でそれが使えることも分かって、導入された。そこまでは聞いたことがある。だから、表向きは基本的な超能力の使い方を学ぶ場ってことになってる」
「『表向き』?」
「その裏で、強化人間達を『完成された兵士』にするための研究がなされていると噂されている。もちろん、あくまで噂だ。
 確かに、強化人間になるメリットは存在する。パラミタ人に会うというプロセスを踏まなくてもパラミタに適応出来るということ。これはパラミタに近く、契約出来るパートナーを探しやすい日本人以外では意外と大きなメリットなのかもしれないな。ただ、その代わりに失うものは、個々人によって違うとはいえ計り知れない……」
 強化人間をパートナーに持つ者として、伝えておく。
「うん……よく考えた方がいいって今日何度か言われた」
 自分と似た考えを持つ者は意外と多いのかもしれない。
「ヴェロニカがこの学院に入ったのは、何か理由があるのかい?」
「パイロットになりたいから。兄さん達に追いつくために」
 そのまま、彼女が続けた。
「私ね、ずっと戦争の中で育ってきたの。兄さんはパートナーが見つかって契約者になって、傭兵として戦っていた。仲間と一緒に。私はパートナーがいなかったから、守られてばかりだった。そんな皆の背中を見て、いつか私も兄さん達みたいになりたいって思ってたの。だけど……」
 見掛けによらず、過酷な人生を送ってきたようだ。
「あなたはどうしてここに?」
「君と似たようなものさ。守れなかったものを守れるようになりたかったから」
 きっと彼女も何かを失ってきたのだろう。
「そういうことだったら、尚のこと強化人間よりも、パラミタ人と契約した方がいいさ。きっと、君の大切な人もそう思ってる」
 そう告げて、一旦彼女から離れる。
「兄さん、グエナさん……」
 その呟きを彼が聞くことは出来なかった。

「少し、いいかい?」
 今度は、孝明のパートナーである益田 椿(ますだ・つばき)はヴェロニカに声を掛けた。
「あいつは、強化人間は地球人を兵隊の駒にする技術だって思ってるのさ。だから少しキツイところがあったかもしれないね……ただ、全部じゃないけどそういう部分もある、それは嘘じゃないから」
 普段の強化人間用訓練プログラムでも、そうだと思わせるものがある。
 むしろ、実戦に重きを置き、強化人間部隊を設立している時点で、ほとんど黒に近いわけだが。
「まあ、最後に決めるのは自分なんだから、よく考えなよ」
「うん、分かってる」
 だから心配しなくて大丈夫、と椿に微笑を向けてきた。

* * *


 その頃、ハンガーでは搭乗パイロットを交えて機体の最終調整が行われていた。
「早苗、ついにあたしの時代が来たわ」
 レイヴンの機体を見上げ、葛葉 杏(くずのは・あん)は嬉々としていた。
「超能力者や強化人間が乗る新型イコンと聞いてたけど、こんな姿だったとはね」
 後でレポートを送ることを条件に、レイヴンを知る知人から情報を聞き出し、すぐにパイロット科長に掛け合った。
 そしてどうにか今回の試運転パイロットの枠を得た、というわけである。それも、ちょうど普段乗ってるのと同じコームラントベースのTYPE―Cの。
「さて、この機体には何が搭載されているのかしら」
 コックピットに入り、武装の確認を行う。
「基本的にコームラントと変わらないわね。大型ビームキャノンとミサイルポッドがあるわ」
「じゃあ、私はレーダーとかパネルとか色々見てみますぅ」
 橘 早苗(たちばな・さなえ)が計器類をチェックする。
「BMIシンクロ率、それとPSIと書かれたメーターがありますねぇ」
 二人の目に、コードが接続されたヘッドギアが映った。どうやら、それを装着することによって脳波を読み取るらしい。
「それじゃ、認証するわよ」
 カードキーを差し、パイロットデータとの照合を行う。

「先生、この子に名前を付けても構いませんか?」
 杏達と同じようにTYPE―Cのテストパイロットになっている白滝 奏音(しらたき・かのん)が機体を見上げ、呟いた。
 その傍らには、天司 御空(あまつかさ・みそら)と管理課長、風間がいる。
「ええ、どうぞ」
 そして新たな相棒になるかもしれない機体の名を告げる。
「……鷹の舞う風。ホークウインド」
「君達らしい名前ですね。では、準備を始めて下さい」
 コックピットに向かう。
「行きましょう、御空」
 奏音と共に、機体に乗り込む。
 これまでのレイヴンの運用履歴は風間の許可を得て見せてもらった。設楽カノンですら、当初の起動条件のシンクロ率70%は出せていない。
 現在の起動条件はたったの10%。それでさえ、超能力の適性がない者やランクB未満の強化人間には厳しいラインだ。
(今はまだ補助装置、ってところが限度かな)
 
 そしてこちらはTYPE―E。
「さて……いよいよ公開試運転ですね。万に一つでも事故などは起こらないよう、細心の注意を……て聞いていますか、ミネシア?」
 シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)が、やたらと張り切っているミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)を見やる。
「……気持ちは分からないでもありませんが、私達も準備に入りましょう」

* * *


「うし、今からカタパルトに送っぞ」
 公開試運転であるため、レイヴンは屋外の電磁カタパルトへと誘導されていく。
「いよいよね……」
 コックピットの中で茅野 茉莉(ちの・まつり)はごくりと息を飲んだ。
 試運転の第一号として発進するのは、彼女とダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が搭乗するこのレイヴンTYPE―Eだ。
「絶対に起動を成功させるぞ」
 ダミアンも並々ならぬ決意で臨んでいるようだ。
 茉莉は適性がないにも関わらず、当時は凍結されていたレイヴンの起動テストを受けた。その代償として、魔法がろくに使えない身体となってしまったのである。
 それを機に、学院にいながら馬鹿にしていた科学――超能力の訓練に取り組み始めた。全てはBMIを使用するために。
 そして、悪魔であるダミアンに至っては、パートナーを重体にしてしまったことと、人間の造ったものごときを使いこなせていないことに納得が出来ていなかった。プライドをズタズタにされ、その悔しさからも、今度こそは絶対に起動させなければと考えている。
 機体がセットされた。
『RE―1、スタンバイ』
 漆黒の機体が白日の下に晒される。
『メインシステム、オールグリーン。BMIとの同期を開始』
 BMIによる脳波の読み込みが開始される。それに伴い、機体センサーが感知する情報の一部が流れ込み始める。
『エネルギー解放、覚醒へ移行』
 機体が光に包まれ、コックピット内部に静寂が訪れる。
「お願い、動いて!」
 BMIシンクロ率が徐々に上がっていく。
「起動……するのだ!」
 ダミアンが強く念じる。
 すると、PSIのパラメーターが上昇を始める。彼女からの力を検出したのだ。
 ダミアンもまた、超能力――本来悪魔が持ちうる力の一端を使えるようになったのである。
『発進!』
 シンクロ率が10%になった瞬間、スロットルレバーを一気に押し込んだ。同時に、電磁カタパルトから機体が射出される。
「すごい……」
 漆黒の機体が海上へと飛び出した。
『起動成功。しばらく上空にて待機します』
 機体の光が徐々に収まっていく。
 覚醒から普通状態に移行する。発進後機体が安定すると、自然と切り替わるように設定がなされているらしい。
 とはいえ、この状態でもイーグリットよりもエネルギーの消費が早い。

 こうしてレイヴンの公開試運転がついに始まった。