リアクション
* * * 「ふっふっふ〜、かっ飛ばしていくよー!」 レイヴンTYPE―E、【コキュートス】の中で、ミネシアがテンションを上げていた。 「最初から全力は危険です。まずは平常運転といきましょう」 「……え? 最初は抑えていくの? えー……」 どうやら、先手必勝、なノリだったらしい。 (基本的な機体スペックは従来のイーグリットと大差はありませんね。まずはシンクロ率10%のままで) デフォルト装備のビームライフルを構える。 (なるほど……センサー類を目視せずに距離が分かるのは助かります) 機体のレーダー情報が直接脳に送られてくるため、その分のタイムラグをカット出来る。 (シフ、五月田教官のビームキャノンの着弾予定まで四秒だよ) ビームキャノン発射直前のエネルギーの変化をミネシアが感知した。 (来ると分かっていれば、最小限の動作で避けれます!) 五月田教官のコームラントから放たれた光が、模擬戦開始の合図となった。 それをかわし、【コキュートス】は前衛として敵に向かって加速していく。そして後衛に控える二機が、砲撃態勢に入った。 「まずはこれ!」 相手小隊に向かって杏がトリガーを引いた。 大型ビームキャノンの砲撃が五月田教官機から放たれた光と交差し、一直線に伸びていく。 (コームラントに比べてエネルギー消費が少ないわね。威力はほとんど同じで、弾速は上っと) 撃ち出すときにサイコキネシスが働いているのだろう。それによってエネルギー消費を抑えて威力を維持し、速度を上げているということらしい。 (パイロットのデータから脳波を解析し、攻撃の際は自動的に念動力を引き出すようになってるみたいですねぇ) なぜ超能力者専用なのか、その理由が分かった気がする。 そして次弾の発射準備を行う。 (精神感応も使ってないのに!? 何ですかこの感覚) 早苗が奇妙な気分を味わっていた。 (どうやら意識して精神感応をしなくても、お互いの考えてることがわかっちゃうみたいよ) これでまだ10%だというから驚きだ。 (そこ!) 相手の動きが読める。 覚醒状態ほどではないが、照準を合わせてからトリガーを引くまでのタイムラグが大分短くなっているように感じられた。 それでも、パイロット科長と【トニトルス】はギリギリでかわし続けている。 だが、ある程度次の行動は予測出来る。パートナーと精神感応で示し合わせることもほとんど必要なく、機体はほとんど思い通りに動いてくれていた。 「新型はいい反応するわね、まるで私がイコンみたいだわ!」 段々と調子が良くなってくる。 それに伴い、10%だったシンクロ率を徐々に上げていった。 (そろそろ頃合かな) 操作感覚を掴んできた御空もまた、補助装置としてのBMIを試し始める。 「思考を現実に変換する装置……つまり、例えば狙撃のタイムラグを限りなくゼロにすることが可能ってことかな?」 覚醒が機体を自分の身体と同じように動かすことであるとするなら、BMIは思考のみで機体を意のままに操ることだ。 ならば、トリガーを引く動作をその手で行わなくてもいい、ということになる。 (発射!) そう念じると、機体の砲口から訓練用の非破壊性ビームが発射された。 「次は……」 発射後の射線変更を思考のみで行う。相手の機体配置はBMIを通して直接流れ込んできている。 そのまま、姿勢制御も同じ要領でやってみる。そして、トリガーを引くことと思考を連動させた。 (まだ反応が遅い!) それは御空の思考がBMIによってもたらされる情報に対処しきれていないからだ。わずかシンクロ率10%でも、パートナーの記憶・思考とセンサー類からの情報量は多い。その中から彼が無意識下で演算を行い、適切な情報を取捨選択出来るようになって初めて、レイヴンを使いこなせるようになるのである。 「さすがに、発射後にビームを『曲げる』のはまだ無理か」 そこへ、粒子反応があった。 すぐに回避行動に移る。 『いい反応だ!』 科長の機体がコームラントの砲撃の死角からビームライフルを撃ってきていたのである。 (次は……あっちか!) すぐに科長の機体へ射線を移すが、 (御空、射線変更。ミサイルが来ます) 奏音により、機体の向きが変更され、ビームキャノンが発射される。 (接近反応。科長機です) そのわずか一瞬の隙に、さらに科長の接近を許してしまった。 「まだまだ! この位じゃ終われない!」 パイロット科長は強い。 それを、最も近い位置で感じていたのは茉莉だ。 (速い!) 科長は自分達の相手をしながら、ビームライフルで後衛のTYPE―Cに牽制射撃をするだけの余裕がある。 さらに、接近してのビームーベルによる斬撃はほとんど意味をなさない。避ける位置を予測して先回りしようとするも、その茉莉の行動が筒抜けであるらしい。 (でも、この程度じゃ……あいつには!) 彼女が倒すべき敵は、こんなものじゃない。 たった一機でイーグリットによる一小隊を一瞬で消し去るほどの理不尽な強さを誇っているのだ。 「負けない!」 レイヴンに乗り込む前に、矢野 佑一から託されたレポートに書かれていたことを思い出す。 意志の力が、力を安定させるための一番の要因なのだと。 シンクロ率を上昇させ、20%にする。 そのとき、リミッター作動の旨がモニターに表示された。同時に、別の表示も出る。 『PSI―SHIELD』 どうやら、それが使用可能になったということらしい。 (シールド、展開!) レイヴンが二人のサイコキネシスを、シールドへと出力した。 それによって、ビームライフルや遠距離からのミサイル攻撃は無力と化す。 ブースターを起動し、一気に科長のイーグリットに迫る。 「ぁぁあああ!!」 本来のイーグリットのビームサーベルよりも、サイコキネシスによって強化されている。間合いに入り、一気に切り上げようとするが、 バシィッ!! とビーム同士が勢いよくぶつかり音が響く。 科長がビームサーベルを引き抜かざるを得ない状況にまで持っていったのだ。 『残り三分だ』 * * * 何かがおかしい。 模擬戦の最中も、【トニトルス】のサブパイロット席でルーチェはそう感じていた。 (今までは「三人で一つ」を意識して戦えてたのに、今は兄さん一人で戦ってるみたい……) 海京決戦のときは、それが出来ていたからこそ、寺院に勝てたのではないのか。確かに、一機ではあの男――エヴァンには及ばなかった。だが、一矢報いたではないか。 一緒にいるときの態度は普段と変わらないにも関わらず、違和感は消えない。 「兄さん、下降します」 「ルーチェ!?」 当初はそのままブースターで直進し、一気に上昇するつもりだった。しかし、相手の照準が修正されそうになったのを見て、急遽変更した。 「危ないところでした……」 やはり、以前ほど息が合っていない。 和眞の操縦技術自体は前よりも上がっている。だが、それが空回りしているかのようだ。 「ふう……さすが新型ッスね。でも、負けないッスよ!」 五月田教官の援護を受け、突撃する。 ショットガンを構え、スプレーショットの要領で弾をばら撒き、弾幕を張ろうとする。 しかし、 「シールドッスか!?」 先ほど科長とサーベルで鍔ぜり合いを演じていたレイヴンの前で、ビームが阻まれるのを目撃する。 (……くそ、こんなことで!) 強くならなくてはいけない。 彼は知る由もないが、今シールドを展開しているレイヴンのパイロットも、それは同じだ。 この学院にいる者の多くが、来るべき戦いのため更なる強さを求めているのである。 (このままじゃ俺……ここにいる意味がなくなっちまう……誰かを守るためにここに居るのに、誰も守れないんじゃ……何の意味もないじゃないか……!) だから、もう負けたくはない。 「ルーチェ、一気に決めるッスよ!」 「はい、兄さん!」 覚醒、起動。 イコンの真の力を持って、レイヴンに迫る。 シールドはあくまで遠距離攻撃を防ぐためにしか今は使えないようだ。ならば、覚醒状態のまま、一気に斬りかかる! 「そんなもの……!」 後方から来るコームラントの大型ビームキャノンの砲撃をサーベルで両断した。 そのまま突っ込み、一気にサーベルを振り下ろす。 攻撃はレイヴンの左腕に当たった。実戦だったら、相手の腕一本持っていけたことになる。 だが、レイヴンも学院製イコンだ。 今、四機が【トニトルス】同様に、覚醒状態へと移行する。 * * * (シフー、そろそろいいんじゃないかな?) (ええ、この機体の限界、確かめてみましょう) シフとミネシアがシンクロ率を上限の20%にし、さらに機体を覚醒させる。 「シールド展開、一気に攻め込みます!」 自分の身体のように機体を動かせることは、海京決戦で体感している。それとBMIによる思考制御、情報処理を併せることにより、相手の『隙』が見えるようになった。 (行きます!) 相手の射線が全て分かる。 ならば、それを掻い潜っていけばいい。さらに、その際どう対処してくるかも分かる。 まるで一秒先の未来を見通しているかのように。ほとんど予知能力と言って差し支えないだろう。 ならば、どのタイミングで射撃を行えば当たるかも大体予想がつく。最高速度を維持したままでも、射撃精度を維持出来るのだ。 そのまま五月田教官の駆るコームラントへと向かう。 『考えが浅いな』 相手がミサイルを一斉射出してくる。 それらが囮であることは、ビームのチャージが完了している時点で察しがつく。 それどころか、その射線は自分達が『当初予定』したコースとぴったり重なることも。だから、わざとミサイルに飛び込んでいった。 『ほう……』 ミサイルのうち、邪魔になるものだけをビームライフルで落としながら直進。 そして、ビームサーベルで大型ビームキャノンに斬りかかる。実戦ならば、これで武器破壊に成功だ。 だが、もう一門ある。 『近付き過ぎたな』 二門同時に扱うかと思いきや、片腕は始めから取らせるつもりだったらしい。 『チェックメイトだ』 その砲口は、コックピットに向いている。 そこへ、別のビームが飛んできた。 『あと一分だ』 間もなく模擬戦が終わる。 せめて……かすめるだけでもいい、パイロット科長の一撃当てなければ。 (美化かもしれませんけどね。これじゃまだグエナさんには勝てない。俺はそう思うんです) 科長のイーグリットに視線を送ったまま、御空は考えた。 結果的には撃墜した。だが、あれは本当に勝利と言えるだろうか。二小隊分の機体、それも覚醒した機体が総出で当たってやっとだった。 彼の在り方まではまだ遠い。それでも、諦めたくはない。 (……大丈夫です御空。私達は負けない) 奏音の声が頭に響いてくる。同時に、彼女の中にある設楽カノンへの敵愾心も。カノンに勝つことが自らの存在意義の証明。その確固たる信念があるからこそ、セルフモニタリングによって彼女は自己を安定させることが出来ている。 (……ただ一人のあの子なんかに……負けない) シンクロ率20%。 御空に奏音の思考が流れてくるということは、奏音にも御空の思考が流れ込んでいるということだ。 奏音には御空との契約以前の記憶がない。そして契約後の記憶の多くは共有している。過去の有無が、二人の場合自己を認識するための決め手となっている。 (以降、ホークウインド。君の力を貸して欲しい) 真の力を解放する。 (これが私たちの「力」です) パートナーとの完全な同調、そして機体との一体化と思考制御。 さすがは科長、予測線が何本も出ているだけでなく、全てが重なるポイントが存在しない。 それでも、当てようと一番可能性が高い部分を探す。 「そこだ!」 ビームキャノンのトリガーを引く。 と見せかけて、射線を変更する。発射直前のエネルギー反応を察知しているから出来る砲撃予測を逆手に取ったのだ。 そこからはBMIを介して射線変更から発射までの一連の動作を行う。 科長は放たれた砲撃をビームサーベルで切り裂こうとしたが間に合わず、回避行動をとった。 ビームは機体の左脇腹に被弾していた。 (私が橘早苗で葛葉杏でイコンで……) 一方、もう一機のレイヴンTYPE―Cの中では、早苗が自分を見失いかけていた。 (違う違う、私は橘早苗。そこだけ絶対譲っちゃ駄目) なんとか流れてくる情報から自分を認識する。 (そうよ、早苗。自分を見失っては駄目よ) (杏さんは何ともなさそうですねぇ) なぜ杏は記憶を混同することがないのか。その理由は単純だった。 (キャットストリート。コンジュラーにしか見えないんだから、その姿があるのがあたしの記憶) フラワシの有無で、自己を認識していた。 もっとも、20%のシンクロ率なら機体を降りてしばらく精神感応を行えば、多少情報が混同しても整理することは出来る。 それはパートナーが強化人間であることが前提となるわけだが。 (じゃあ最後にあれいってみましょうか) ここで、レイヴンを覚醒状態にもっていく。 そして、五月田教官のコームラントに向かって、遠距離射撃を行った。 (外したか) しかし、そのときにはもう中距離程度までは近付いていた。 (早苗、一気にエネルギー解放してとっておきの一発、いくわよ!) エネルギー充填、100%。 トリガーを引こうとした、そのとき―― 『終了時間だ』 十分が経過し、模擬戦が終了した。 |
||