リアクション
* * * 五月田は教官室に戻ってきた。 「お疲れ様」 先に戻っていたパートナーのケイティ・ノアが彼に弁当を差し出してくる。 「ありがとう、ケイティ」 「生徒達のためはいいけど、あんまり無理しちゃ駄目よ」 「それはお互い様だろ」 机の上に積み重なった書類の見出しを一通りチェックし、昼食を取ろうとする。 そのとき、インターフォンが鳴った。 『月谷 要です。五月田教官、今大丈夫ですか?』 『入れ』 ドアを開けると、月谷 要(つきたに・かなめ)の姿が目に入る。 「なんだ、深刻そうな顔をして。お前らしくもない」 生徒から相談を受けることは珍しくない。今回もその手の類だろう。 「教官、戦闘用義腕の整備、もしくは調達を出来そうな人を紹介してくれませんか?」 「そういえば、お前も義腕だったか」 自分の右腕に視線を落とす。ぱっと見は生身の腕とは変わらず、生身だったときと同じ感覚で動かせているものだ。 「いつ敵が来るか分からないから早い方がいいし、普段の授業でも弊害が出るから今のうちに何とかしておきたいんです」 「海京分所に行け。ホワイトスノー博士にそのことを言えば、何とかしてくれるだろう」 ロボット工学の第一人者なだけあって、博士はサイボーグ技術にも精通している。自分に義腕を適用したのも彼女だ。 「一応、俺の方から連絡を入れておく。あとは直接会って伝えろ」 「分かりました。ありがとうございます」 要が頭を下げ、去っていくのを見届けた。 * * * 「あれからもう一ヶ月か……」 霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)は廊下を歩きながら考えていた。 ベトナムでの偵察、「青いイコン」との遭遇、BMIの存在。そしてイコンの覚醒と、新たなる敵。 わずか三ヶ月の間に、色々なことが起こった。だが、それは自分にどんな影響を与えたのだろう。いい方向に向かって来ているのだろうか。 一度思考を中断する。 今はそう深く考えるべきじゃない。それだけ刺激的で有意義な学院生活を体験出来ているのだから。 ふと、一人の少女の胸……ではなく、姿が目に映った。 (彼女は、確か……) 穂波 妙子(ほなみ・たえこ)。東シャンバラでの戦いでは、要塞の主砲を狙撃して破壊するという功績を挙げている。 学院での生活面も含め、色々噂は聞いていた。 「やあ」 声を掛ける。 「ん、なんや?」 「ボクは霧積 ナギサ。狙撃に定評があるという噂を聞いて、気になっててね。穂波さん」 「そないに知れ渡ってるとは意外やな。まあ、よろしく」 とりあえず挨拶はそこまでにして、彼女を誘う。 「戦場も別々だったし、お互いが知ったことも違うと思う。この後時間あれば、情報交換しないか?」 「私、午後は空いてるで。せやけど、場所はどないするん?」 少し考える。一番落ち着いて話せる場所となると、 「ボクの部屋はどうかな?」 確かに、自分にとっては一番リラックス出来る場所だ。 「え、まあ構わんけど」 一瞬だけ戸惑いのようなものが顔に浮かんでいた。なぜかはナギサには分からない。いくら飛び級で学院に入学したとはいえ、彼はまだ十一歳。精神的には年相応の幼さだ。 初対面の女性をいきなり自宅へ誘い込むというのがどれほどアグレッシブな行為なのか、まだ知らないのである。 「じゃ、行こうか」 東地区の学生寮に向けて、移動を始めた。 * * * (あの子は、確か……) 村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は学院内をきょきょろ見回している青スカーフの少女、ヴェロニカの姿を発見した。 (まだ学院のどこに何があるのか分かってないみたいね……よし) まだ契約していない転入生ということもあり、どんな子なのか気になっていた。と、いうことでヴェロニカに声を掛ける。 「えーと、ヴェロニカ!」 「は、はいっ!」 つい大声が出てしまい、ヴェロニカがびくっとする。 「い、一緒にお昼食べてあげるわよ!? プラントに行く前にリラックスしましょ!」 「あ、ありがとう」 ヴェロニカが苦笑しているが、思わず彼女から顔を逸らす。 「ちょっと売店行ってくるから、待ってて。アール、頼んだわよ」 その場をアール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)に任せて、売店へと走る。 (任されたが何を話せばいいんだ……?) アールは戸惑った。 契約者でないということは、強化人間志願者に外ならない。が、いきなり強化人間に関する話をするのも心苦しいものがある。 「超能力科所属、アール・エンディミオンだ。えーと、ヴェロニカ・シュルツ……だよな?」 「はい。あの……」 何やら困惑している様子だ。 「もしかして、強化人間さんですか?」 「そうだという扱いになっている。この学院には純粋なパラミタ種族よりも、俺達のような存在の方が多い」 意外そうな顔を目の前の少女がしている。 「お、お待たせ!」 蛇々が戻ってきた。 「まあ、先ずは食べて落ち着くといい。朝早くから学院見学をしていたのなら、お腹が空いているだろう」 蛇々が買ってきた昼食を食べるよう勧める。サンドイッチの他に、チョコレートや飴のようなお菓子類もある。 「ありがとう」 どうやら、ヴェロニカは学食で食べる予定だったようだ。が、場所が分からないので校内を彷徨って探していたらしい。 とりあえず、適当なベンチに腰を下ろし、食べ始める。 「強化人間になりたいのか?」 「この学院にいるために、なるしかなければ」 彼女はあくまでパイロット科志望とのことだ。強化人間でも専攻とすることは出来なくはないが、多くの場合超能力科に所属することになる。 というのも、強化人間になった時点で超能力が使えるようになるためだ。しかも強化人間専用カリキュラムが組まされるため、単位取得も考えると超能力科を本科としておいた方が、都合がいいのである。 「……まあ、パイロットを目指すのもいいんじゃない」 ぶっきらぼうに蛇々が言う。 「やっぱり、ここに来たからにはイコンに乗れるようになりたいなって」 どうにもヴェロニカはイコンの話題のときの方が、表情が明るくなりがちだ。 とはいえ、一応強化人間について言っておくことはある。 「強化人間は精神不安定になりやすいから、もしヴェロニカがなったとして、もしそういうときが来たら構わず頼ってくれ」 こくりと彼女が頷いた。 「そして、新たな仲間として……ヴェロニカ。これから宜しく頼む」 「はい、宜しくお願いします!」 ヴェロニカが笑顔で応じる。 そこで終わらせておけばいいものを、 「悪夢ヲ見ないヨう……イのッテいる……」 などと独りごちたために、彼女から笑顔が消えた。 多分、引いている。 「ちょっと、何言ってるのよ!」 パシッ、と蛇々が慌ててアールに突っ込みを入れてきた。 「い、いつもこんな感じなのよ。だから、気にしないで!」 そんな二人の様子を見て、戸惑いながらもヴェロニカが顔を緩めるのであった。 |
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