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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

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・ナイチンゲールとの対話


 お昼のイコン製造プラント。
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、ナイチンゲールと話しながら研究を行っていた。
 アクセス権がレベル5になったことで、得られる情報は多くなった。ただ、未だにジズとナイチンゲールについては、彼女が語った以上のことは分からない。
「そういえば、マスターの声を聞いたって言ってたわね?」
 ナイチンゲールが静かに頷いた。
『はい。確かに聞こえてきました』
 どこか遠くを見つめている。
「もしかしたら、契約して肉体を取り戻したのかしら? あるいは封印から解かれたとか? ちょっと調べてみるわね」
 学院のデータベースにアクセスする。とはいえ、個人情報の閲覧は直接行うことは出来ないため、根回ししておいた教員経由で情報提供を行ってもらう。
「学院内にはいないみたい。でも、極東新大陸研究所海京分所にいる『罪の調律者』。これがそれっぽいのよね」
 博士がイコンの真の力を解放しに行ったということは耳にした。しかし、どんな手段を講じたかまでは詳しくは知らない。
『いずれこちらにいらっしゃることでしょう。私はそれを待ちます』
 機械である彼女に、願望というものはない、らしい。
 というのも、時折寂しげな表情を浮かべていることもあり、本当に感情がないのか分からなくなるときがあるからだ。
「彩羽殿、紅茶をいれたでござる」
「ありがとう」
 スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が紅茶を運んできた。
「後で【イロドリ】とのリンク調整もやるから、もう少し待ってて」
 彼女のサポートをしながら、彼女もまたナイチンゲールと話をする。
「ナイチンゲール殿はメイドな格好をしておるが、人のためになることをするにはどうしたらいいか分かるでござるか?」
『マスターの命令に従い、それを遂行すればいいと判断致します。人間の感情で例えるならば、「信じる」ということでしょうか』
 何かずれてる気がするが、彼女なりに応えているようだ。
「時間は……まだお昼ね。彩華、そっちはどう?」
「異常なしですぅ」
 いつものように、姉の天貴 彩華(あまむち・あやか)が警備を行っている。今は問題ないが、見学者が来たらもっと気を引き締めなければならなくなるだろう。
「ねえ、ナイチンゲール」
『何でしょうか?』
 彩羽は今のシャンバラの状況を伝える。
「今の学生は学校の言うことに従っているわ。そしてシャンバラの学校は地球の権力者たちの思惑で学生達をコマにしているわ。こんな状況で学生に力を渡せば、個人がどう想っても、その力は学校に、裏にいる権力者にいいように使われてしまう。それはあなたの望みとは違う結果を生んでしまうわ」
 だから、力を貸すのをやめるように、と。
『その判断をするのは私ではありません。私は機械であり、命じられればそれを成すだけの装置。それ以上の存在ではありません。
 今、私には「力を貸して欲しい」という命令と「力を貸すのを止めて欲しい」という二つの矛盾した命令が存在しております』
 ナイチンゲールが目を閉じる。
『ですので、どちらも保留としているのが現状です。聖像も私と同じ。力を貸すかどうかを自らの意志で選ぶことは出来ません――【ジズ】と【ナイチンゲール】を除いては。そして、マスターは聖像達を目覚めさせましたが、そのような望まれない状況になるくらいなら、再び力を封じるものと判断出来ます』
「……あなたは、本当に信じているのね」
『造物主の命に従うのは、被造物として当然の摂理です。例えマスターの想いが変わってしまっていたとしても、です。そうなったとしても、私がそれを覚えていればマスターは必ず戻って来ます。「人は変化の中で生き続けるもの」とも仰っていました。ならば変わることのない私だからこそ、変わってしまった想いをまた「変える」ことも可能だと判断致します』
 それを人は、『信じること』だと言うのだ。
「私はあなたの力が欲しかったわ。もちろん、ただ振るいたかったわけじゃない。それを功績にシャンバラにおける地位や権力が欲しかったの」
 心中を吐露する。
「学生達は駒にされたり戦争に巻き込まれているわ。姉の彩華は強化手術で心を壊されてしまった。力は守るために振るうのが理想だとは思うわ。でも、もう守れなかった私はどうすればいいの?」
 後の方は伏し目がちになっていた。そこではっとなり、平静を装う。
「私はそんな悪意から皆を守るために地位や権力が欲しいわ。暴力で駆逐すべき相手もいると思うわ」
 心を落ち着かせ、ナイチンゲールと目を合わせる。
「あなたのマスターと考えが違うのは残念ね。出来れば友達として応援してくれるとうれしいわ」
 ナイチンゲールの顔つきは変わらない。
『これは、「お節介」と呼ばれるものかもしれませんが……先ほど仰いましたように、「人は変化の中で生き続けるもの」です。どんなに本人が変わるまいと思っても、「不変」でいるのは非常に困難であると。力を得るための動機が希望から来るものだとしても、その希望を掴んだ先に見えるのは『虚無』。闇の中で小さな光をその掌に収めれば、自分を照らすものはなくなり、その者は闇に覆われます。そこにある感情を、人は「絶望」と呼びます。天貴様が光を掴むべき時を間違えぬよう、祈っております」