リアクション
* 天音の方は、客室へと戻る。天音らの他に人はいない。 窓の外を見つめている、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)。 「空を行き交う魔物たちか……どうやらここも得体の知れない何かがありそうだな」 天音の方を振り向き、 「天音。長を随分と気に入っているようだな?」 「ふふ。彼が男色家なら話は早かったのだけれど……まぁそう何度も同じ手は通用しないか。ん? パルボンもブルーズも変な顔をして、どうかしたのかい?」 「……」「……」 「さて、髪を洗ってあげるからパルボンも後で一緒に風呂に入ろう。一人じゃ洗えないでしょ?」 「……」「……」 パルボンは困ったような表情に、ブルーズは苦虫を噛み潰した表情になった。 * 長の方を待っていたのは……軍服、じゃないサロペを着た女性。大きなリボンの彼女は…… 「教導団の孔 牙澪(こう・やりん)であります!」 そう、堂々名乗りを挙げた。 「フム、ナニ、教導団! ……ムム!」 長は、四五倍の顔を前面に押し出して孔中尉ににじり寄った。 「わっ。……(なっ何でありましょうかっ、こっ、こわすぎる〜〜)」 「ム、ムム……コレが教導団……」 長は孔中尉の回りを数回くるくると回って顔を近づけ遠ざけまじまじと観察した。「ムムゥ……」 「(や、やめて……〜〜)」 「ナニしにきた。教導団め」 「そ、その」 「これでパンダ」 長の顔の前に、パンダ。ほわん ぽわん(ほわん・ぽわん)が立ちはだかった。 「ムムゥ、お、おお」 ほわんぽわんは長の顔面に銃口を突きつけた。 「ムゥ! 教導団め。ヤハリわしを潰しに来おったか。ムムゥ、こんなもの!」 長は銃口をねじまげてしまった。 「ああっ。今ヒクーロのナウいヤングにバカ受けな射的でパンダよ。ヒクーロの長に是非見てもらいたいということで面会を申し出たのパンダ」 「ナニ。射的だ?」 はぁ、そのパンダが是非にと言いましたもので……。ヒクーロの兵がほわんぽわんに長への非礼を詫びよと怒鳴りつけた。 「で、ではやはり、あなた様が、ヒクーロの」 親父。 「オウ。いかにも俺がヒクーロの親父と呼ばれる」 孔中尉はきりだした。単にに「力を貸す」とか「守ってやる」とか言っても逆効果そうですね……と思いつつも、信じてもらえるかはわからないと思いつつも、 「確かに、この通り、シャンバラ教導団はコンロンに来ているであります。しかし、決して、教導団は、シャンバラは、コンロンやコンロンの軍閥を支配しようなどとしているわけではないであります! あくまで……そうであります、帝国」 「ムゥ」 親父が顔をぐいと近づけてきたのに身を後ろに引きつつ、 「帝国、もコンロンへ来ているであります、……よね?」 「ムウゥ……」 「……。 もし、真正面から帝国と戦う事になったのなら……被害はかなりのものになるのであります。でも、ボクたち教導団がここで勝手に帝国と戦うなら……帝国と教導団が消耗するだけでヒクーロに被害は出ない筈であります。ヒクーロ領内での行動をある程度、黙認して頂きたく思うであります」 親父は、 「ナンじゃあぁぁぁぁ」 「きゃぁっ」 孔中尉はびっくりしほわんに抱きついた。 「親父の土地は、親父が守る。 それに、教導団が俺らの土地に近づいたから、驚かしてやったところ、落っこちおった。そこへそれ見たことか。龍騎士が来るやいなや攻撃を始めおった」 「えええ」「もしかしてレーゼマンのことパンダか……」 「それはまあ、やつら何とか撃退しおったみたいだが」 「ほっ」「ともあれ一安心でパンダ」 「しかし! どうだ。教導団が俺ら領内に入っていれば、龍騎士はそれを襲い、領内で争いが起こったゆうことではないか。ムム」 親父は髭をさすりさすり、また四五倍の顔を孔中尉とほわんぽわんに近づけてくる。 「や、やめて」「もういやパンダ……」 「帝国は更に、シャンバラに対し宣戦布告をも行ったらしい。ということは、教導団がおるだけでやつらは襲い来る」 「コンロンに対してはどうパンダ?」 「ム」 「そんな交戦的な輩がコンロンに、ここヒクーロにも来ていることはどうパンダ。ヒクーロに対してはどう言ってきているパンダ?」 「ムゥ……今のところ、宣戦布告はしてこぬが、威圧的だ。一発かましてやろうと思うておる」 「ヒクーロだけでパンダ?」 「ムムウ。俺が帝国に負けるとでも?」 「それに、もう一つあるであります。こんなときに、コンロンの魔物たちが出てくるのを止めるにはどうしたら良いのでありますか?」 親父の顔を押しのけて詰め寄るほわんに続けとばかりに孔中尉も反撃に出た。 「もちろん撃退する見返りにどうこうしろ、などとは言うつもりはないのです。魔物がいなくなることは……ボクたちにとっても、安全を確保できるというメリットがありますから。……ただ、それを達成できたなら……ボクたちがこの土地の災禍を取り除きたいという気持ちがあるということを少しだけ信じてほしいのであります……!」 「ムゥゥゥゥ貴様らは何故……」 兵が、また来訪者があると告げにくる。 ちょうどいいとばかりに、親父はそれを通せと言う。 女二人を連れた、黒い服装の剣士らしい若い男だ。軽く一礼して名を名乗った。 「俺はシャンバラにある湖賊の長・シェルダメルダの部下、『死神』の樹月 刀真(きづき・とうま)です」 「ナ・ナニ。貴様も、シャンバラの……」 「しかし、これからの話は個人的なものです。教導団とは関係ありません」 「ムウ……?」 刀真は、自らが見てきたヒクーロの村々の実情を語った。そして、 「貴方の軍閥の兵が巡回して村を守りに来ているのだから、貴方は状況を理解しそれに対応している。しかし、対応しかしていない。……コンロン最強の飛空艇を擁したと言われる貴方がたヒクーロが、守るだけで滝からとめどなく溢れる魔物を処理しきれていないということは、単純な数・武力での対処は難しいんですよね?」 「ム、……ウムム。それは事実なり」 親父はごまかすようにパンダのほわんをなでながら言った。 「や、やめろパンダ」 刀真は、至って真剣に続ける。 「ならば、俺たちだけでも解決はできるかもしれない。よそ者の俺たちが解決に乗り出しても其方の兵力に影響が出るわけではないし、問題が解決されれば儲けものでしょう?」 「ソ、ソレは確かにそうじゃ。だが、貴公どもは何故の利の為にそんなことをしようとする?」 「俺たち? 俺は先程『死神』と名乗りましたが詰まるところただの人殺しです。そんな俺でもだからこそ譲れないものがある……ある村はよそ者の俺たちをあたり前のように温かく迎えてくれました。その恩に報いる為にこのとめどなく溢れてくる魔物の問題の根本を断ち切る。そう決めたんです」 「ムゥゥゥ。死神、か。(シカシ人殺しにしては根は悪くなさそうだが……)」 「その為には、出来る限りの事情は知る必要がある。お願いします。俺に力を貸してください」刀真は、そう言って頭を下げた。 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も、刀真に続いて自らの意見を述べる。 「私も刀真と一緒に滝で魔物と戦った……魔物単体に脅威は感じなかった、それでも貴方たちが殲滅しきれないということは魔物が尽きない、それどころか滝付近の村に被害が出はじめ巡回して守っている兵達が空の魔物に困り果てていると言っていたし、恐らく増えている。 これは魔物が異常に繁殖するか、いくらでも湧き出る何かがあるか……例えば、シャンバラにおけるナラカ化という現象があってそれに対応したことがあるが、コンロンにもそのような現象か、もしくは何かがあるのでは?」 「嬢チャン。いいとこを突くのァ」 「嬢ちゃんじゃない……私は」 月夜はちょっとむっとしたが、親父は続けて、 「空の滝から多量の魔物が溢れておる。空の滝に流れる川を遡ったところに、おそらくその源はある、ということになろう」 「うん。それで?」 「それでって……そういうことじゃ。川を遡れば、コンロン山がありはするが」 「(うーん。どういうこと。憶測で調べているわけではない。民が魔物に困らされているけど放っているのか。それとも今のヒクーロにそれだけの余裕がない?)」 「我からも質問がある」今度は、玉藻 前(たまもの・まえ)が前に出る。 「クィクモと仲が悪いみたいだがあそこの何が気にくわないんだ? それに気にくわないのであれば攻め込んで取り込んでしまえば良かろう? 何故そうしない? 何、お前の一族がただ国を守るためだけに今まで戦い続け、コンロン最強の飛空艇団になったのならば」 「クィクモとの仲が悪いのはこれまでの歴史あってのこと。それを拭い去れぬだけで、別に今の俺らヒクーロの一族がクィクモに憎悪を抱いておるようなこともまたない。コンロンは衰退はしたものの、紛争がありつつもこの百年程までは各軍閥が国家のように成り立ちバランスを保っておった。それがここへ来て、エリュシオン……シャンバラ……らが介入してき、またコンロンにもよからぬ勢力が蠢き始めた。 コンロン最強と謳われたのは古い戦いの時代あってのことだが、俺たちの飛空艇で俺たちの国を守って何が悪い。ウム。夜盗ども亡霊ども、それに空の滝の魔物なんぞ、俺の飛空艇で幾らでも跳ね除けることができた。ムム。じゃが今は、ちと、帝国の龍が蝿のように煩いだけ。それを追っ払えばヒクーロの民をこれまでのように守っていける」 「ヒクーロは、帝国には敵対的なのか。それならば、逆にクィクモと一時、結ぶという選択肢は?」 「ムゥゥゥ。……ム。ナニ?」 兵が一人やって来て、親父の四五倍の顔の耳に何やらこそこそと話している。 「また来訪者? ナニ?! ウヌヌ……!」親父は何か気に障ることでもあったのか四五倍の顔を赤くしてどかどかと部屋を出て行こうとしたが、刀真に、 「しばし、待たれい」 と言い残していった。 「ヒクーロの親父、か。最後はかわされたか?」 「……少々頑固者というだけのような気もしますね。自分の一族代々受け継いできた飛空艇の力も過信していて、それで帝国も撃退できると思っているのでしょう。帝国はヒクーロに近づいたが、跳ねつけられた。そこで圧力をかけ、睨み合いが生じている……そういった状態だと。自分の民は自分で守るという……」 「頭の固い親父ということか。義理堅そうでもあるが。む、なんだ月夜」 「私も会話に入れて」 「うむ別に、そういうわけではないよ?」 玉藻は月夜を抱き寄せて頭を撫でる。「おや、刀真」 * どうやら外で一騒ぎあるらしい。刀真は窓の外を覗いて見ている。ちょうど、館の正面口が見える。見ると、この長の館の門前に、獅子の仮面を被った長身の男の姿がある。周囲に軍閥の兵が囲んでいる。大剣を背にかけているが、それは抜かれていなかった。 「ただ者ではないぞ……?」 刀真にも、そう思われた。 「ナンだ貴様は?!」 怒声だ。親父がズカズカと出てきた。 「ルドルフ・レーヴェンハルト」 「ルドルフ・レーヴェン……言いにくい名だのう。しかし、ナンだ! いきなり、我が兵(門番)を張り倒すとは!!」 「……。ルドルフ・……?」刀真も、その名を口にしてみる。「どこかで……? しかしあの男。些か事態をまずくしたのでは?」 「刀真」「様子を見よう」月夜、玉藻も刀真の横に並んで成り行きを見守る。 男は、怖じる様子もなく、仮面の下からくっく、……と冷徹な笑いをもらし、こう続けた。 「言葉ではなく行動で示せ、がヒクーロのやり方と聞いている」 「ハア?!」 くっくっく。 「此方も行動で力を示そう。この腕、買って益を得るも買わず損をするもお前たち次第だ」 言い、親父の四五倍の顔と面と向かい合った。ヲガナの顔は赤く膨張し六七倍にふくれあがった。プルプルと震えている。 「我々はティル・ナ・ノーグ傭兵団。あそこに居らせられるのが彼の名高き『ティル・ナ・ノーグの聖女』ルイン姫よ」 と、獅子仮面の男は後方を指差す。兵や見物人のヒクーロの人々らがのいて、輝くティアラ。同じく輝くドレス。手袋。靴。神聖なオーラを纏ったローブを羽織り、騎士の手綱を引く駿馬の上に同乗している。そして穏やかに微笑んだ。 「はい、私がティル・ナ・ノーグの姫。聖女と呼ぶ方も……いらっしゃいますね」姫は少々ためらいがちに、しかし堂々と言ってみせた。 「ナ…………ナンジャァ?」あまりの輝かしい輝かしさに親父の顎がポカーンと地面まで落ちた。 ざわざわ周囲はざわつきを増す。不安げな人々。親父の動きが止まってしまったので、この怪しい輩やはり拘束しておきましょう、と剣を帯びた兵らが前面に出てきた。 姫の両脇に側近らしい二人が出てくる。獅子仮面も兵に囲まれたが、剣を抜く様子もなく、っくっく。と静かに笑っている。 「おやおや、これはまた荒っぽい歓迎ですね」側近の内の一人が口を開いた。「姫、どうぞ此処からお動きになられないでください」と言い、「(……姫。なかなかの名演技でしたよ。演技指導のかいがありました)」などと呟いたが、周囲には聞こえていない。 「何を、ぶつぶつと。さあ、こっちへ来い。素性を明かしてもらうぞ」兵が拘束しようと迫ると、 「失礼。自分が此処に在る限り、姫には指一本たりと触れさせる心算……ありませぬ故」側近のもう一人が、するりと剣を抜いた。 「な、き、貴様〜」 かかってくる兵を見事な剣捌きで軽くあしらう。もう一人は銃を手に舞い、あっという間に兵に銃口を突きつけた。 「ふふ。あなた今、戦場なら三回は死んでましたよ?」 「うっ」もう一方の側近を相手に剣を振るった兵が、どさっと地面に倒れた。兵らが後ずさる。獅子仮面は、一歩も動いていない。 悲しげに眉を潜めた姫は、「誤解から来る争いとは……哀しいものですね」言って、倒れ怪我をした兵に癒しの魔法をかけ与えた。 「な、何なのだ。貴様らは……」しーんとなる周囲。ここで獅子仮面、再び口を開き、 「エリュシオン。教導団。コンロン内にも敵はあまた。 なれば我等が聖女こそが、ヒクーロに無駄な血の流れぬ勝利を齎そう」 仮面の男は如何にも堂々とした風体であり、誰にもその物言いは確かなもののように思われた。 「血の流れぬ勝利とは!」 男は再び、聖女に託した。 聖女はすうと一呼吸置いた後、 「ではこうしては如何でしょう。 ヒクーロ、教導団、帝国の三国の代表で雲海の魔物の原因が排除できるまでを競う。そして敗者は勝者に従う……というのは」 と、発言を投下し終えた。 周囲は誰一人として異議も唱えようもなかった。 側近の一人は、 「血の流れぬ見事な提案かと思います姫。 強いていえば、その間、互いの軍事行動の停止を約定に含めるべきかと。 ヒクーロからの提案とあらば、教導団も帝国も、従わざるを得ますまい」 くっくっく……獅子仮面の不敵な笑いが暫し、小ボリュームで流れていた。親父・ヲガナの顎は依然、地面にずれ落ちたままであった。 * 「……」 「樹月?」 長の部屋の奥から、一部部始終を見終え、等しく暫しの沈黙をしていた刀真に語りかける声があった。 「やはり樹月。こんなところで会うなんてね。ふふ」 見知った者同士であった。樹月刀真と、黒崎天音。 月夜は、そ知らぬ顔をする。玉藻は、「奇遇な」と呟いて二人の反応を待ったが動きなし。それからふと、天音の方が、窓の外に何があるのと歩いてきた。 「おや。何か、固まっているようだね、下の皆は。(聴衆が集まっているね。舞台でもやっているのかな?)それにしても、ヲガナ様はお口が大きい」 「黒崎天音。ここで何を……それで、その前にその姿は?」 バスローブ一枚の天音。美しい姿だ。月夜はそ知らぬ顔をしている。玉藻は平然であるが。 「ヲガナ様が遅いから、さきにお風呂の方に入らせてもらっていてね。 そうだ。樹月も、どうだい? 何だか、固まっているようだし、少し体を温めた方がいいよ」 「……」刀真は長に一室を与えられているという天音の後に着いていきつつ、「それで、何か情報などは聞けたのですか?」 「うん。多少、ね。お互いに、情報交換でも」 「風呂でするのか?」天音と一緒に今から風呂に、入る……? 「にゃー! 私も(水着を来て)一緒に入る!」と月夜。 「もしかして、あの長ともすでにそういう?」玉藻が問う。 「た、玉ちゃん!」 「ふふ。それは、どうかな?」天音は意味あり気に言うに留めた。 「……」天音と、風呂に入ることになってしまった刀真。ヲガナには暫し待たれよと言われたのだが……おそらく、いや固まったままのヲガナの出番は今回はもうありませんので、どうぞお楽しみください。「……ん?」 「そういうことだよ。樹月」 * 孔中尉は孔中尉で、すでに隣のパンダの湯に浸って疲れを癒していた。 「あの親父、怖かったでパンダ」 「それはほわんの台詞でパンダ。でもおそらく、親父と言われているからには、ヒクーロの諸々を全部取り仕切っている、ヒクーロの民みんなのお父さんのような存在ではある気がするのでパンダ」 「ところで、情報を集めにヒクーロに潜入している真白ちゃんはどうしているでありましょうか……危険な目にあってないといいでありますけど」 |
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