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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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「先程話にありました氷雪の洞穴、そちらと対等関係にあります『雪だるま王国』女王、赤羽美央です。
 イナテミス防衛戦で私が観てきた事を、お話ししたいと思います」
 装着されたサイレントスノーのサポートを受けながら、美央が氷結の精霊長、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)と仲間と共に戦った時の報告を行う。エリュシオン帝国を相手に再三の危機を迎えながらも、皆で力を合わせ、自ら提唱した【犠牲者ゼロ】を成し得たことを報告する。
「これは、ただの勝利ではありません。皆が力を合わせることで、一人ひとりでは未熟な私達が、不可能と思われるような事さえやってのける、その可能性を示したのです」
 言葉を紡いだ美央の心に、先日の襲撃が思い起こされる。
 犠牲者が出ないようにと願いながらも、自分たちを殺すため、死んでいった襲撃者たち。最善を尽くしながらも、容易に回復しない傷を負った生徒。
 ……そう、私達はまだ、未熟だ。
「……この場を借りて言うのも変な話でしょうが、この場にいる全ての人に、これだけは伝えておきたいと思います。
 本当に、簡単にイルミンスール魔法学校が力や裏切り如きに屈するとお思いですか?」
 美央の発言には、もう一つのイルミンスールの傷が含まれていた。思想の違いから、あるいは様々な理由で、イルミンスールに所属していながら同胞に剣を向ける者たちがいることを、今の発言は公にした。
 それでも、言う価値があるからこそ、美央はあえて言葉にした。どのような事態になったとしても決して屈しない、という意思を込めて。
「私達はあのニーズヘッグの襲撃も、アメイアさん率いる龍騎士団の襲撃も跳ね除けてきたのです。そして、最良と思える結果を残してきたと思っています。
 私達は、どんな裏切りや襲撃があろうと、決して屈することはないでしょう。アーデルハイト様が不在であれ、そうも簡単に崩されるような、柔いものではありません。
 私の、雪だるま王国女王の、そして、ミスティルテイン騎士団の名に賭けて……アーデルハイト様不在の間も、護り続けることを誓いましょう」
 最後の言葉は、サイレントスノーから美央のミスティルテイン騎士団本部入りが承認されたことを聞いての発言であった――。

「アーア……暇デスネ! 悪意を探りっぱなしも、疲れマス!」
 美央が熱弁を振るっている頃、とても珍しいことに美央から付いてこいと言われて付いて来たジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)が、警備の手を休めて大きく伸びをする。不謹慎ではあるが、実際警備の目は厳重で、よっぽど大掛かりか巧妙でもない限り、襲撃は行われない雰囲気を醸し出していた。
「取り敢えず、堅苦シイ会議を早く解決してもラッテ、ミーはベルギーでサイトシーイングデス!」
 既に意識を、この後のことに振り向けたジョセフが、また欠伸をしながら警備を再開する。
 ……この後、観光に繰り出したジョセフが、自分が美央に放っておかれたことに気付くのは、それから一日経っての話であった。


「お初に御目にかかります。イルミンスール魔法学校在籍、関谷未憂と申します。
 本日は報告の機会を設けていただき、心から感謝致します」
 発言台に立った未憂が、イナテミスを語る上で外せない、精霊との関係構築についてを報告する。
「私自身のことで恐縮ですが、私は日本出身です。そして、2年前の秋、契約を機にイルミンスール魔法学校へ入学致しました」
 一部の者が眉をひそめるのを目にしつつ、未憂が発言を続ける。
「過去に報告されている事と思いますが、当時はまだ精霊という種族との交流は僅かであり、人との接触をほとんど持たず、不明瞭な点が多い種族と認識されていたと記憶しています。
 ……私が入学したての頃、その精霊との交流を深めようと、魔法学校で精霊祭が企画されました。今でも思い出すほどに印象深い行事だったのですが、その際、お招きした精霊長のお二方がある組織に拉致されるという事件が起きました」
 そして未憂の口から、事件を解決するためにイルミンスール生や他校生の協力があったこと、アーデルハイトがそんな生徒たちを信頼し、事件の解決を全面的に任せたこと、事件を通じて精霊との絆が深まったことが語られる。アーデルハイトのともすれば奔放とも取れる教育方針が、この場合においては適切にかつ有効に寄与したことを示すものでもあった。
「私達はその後も何度かの冒険を経て、精霊に封じられていた龍、『雷龍ヴァズデル』『氷龍メイルーン』とも絆を繋ぐことが出来ました。……そうして今では、イルミンスールは精霊の長、『五精霊』と深く関わり合い、先程より度々話に挙がったイナテミスにて、精霊と協力した生活を営んでいます。
 私も、精霊祭の後、『サイフィードの光輝の精霊』である彼女と契約をしました」
 未憂に手を取られて、紹介を受けたプリムが優雅な佇まいで一礼する。
「……イルミンスールとイナテミスが落ち着かないことは、精霊長様も憂いています。
 ですが、この事態も必ず、人間と精霊、イルミンスールとイナテミスが力を合わせれば、乗り越えられると信じています。
 私達が結んだ絆は、簡単に解けるものではありません」
 普段は殆ど話すことのないプリムが、セイランから頂戴した言葉を自らの言葉で、懸命に伝える。
「私よりも長い時間を生き、多くの知恵を蓄えていらっしゃる皆様がご存知の通り、物事を成すには時間がかかるものです。
 もちろん、物事を一方向だけから見ていては誤った方向に行く可能性があります。ですので、ご出席の皆様方にはこれからもイルミンスールを厳しい目で見守り、時にご指導を賜りたく思います」
 それは未憂の、契約者というよりは一生徒の言葉であった。であるが故に、“先生”でもある議員たちの心に強く訴えかける。
「……関谷未憂のパートナーの魔女、リン・リーファと申します」
 そして、未憂の言葉が十分染み渡ったのを確認して、リンが一歩進み出て発言する。その胸に、一つの企みを抱いて。
「五千年前に一度命を落とし、彼女と契約を交わす事により再び現世に戻り、イルミンスール魔法学校に在籍する事となりました。
 ……昨今では各地でイコンの開発が進み、イルミンスールでもアルマインというイコンがアーデルハイト様の手によって配備されています。
 以前、鏖殺寺院が海京を襲撃した際、応戦に駆けつけたのですが、そこで出会った、ローゼンクロイツと名乗る男性曰く、「イコンとは絆の象徴だ」とのことです」
 リンが言葉を切り、『ローゼンクロイツ』という単語に反応する議員がいないか観察する。
「……君は、本当にローゼンクロイツと名乗る人物に会ったのかね?」
 すると、一人の議員が恐る恐る手を挙げて問いかける。他の皆も、言葉には出さないまでも、存在を気にするような反応を見せていた。
「まだ契約者の方が発言途中でございます。質問は発言の終了後になさいますよう」
 しかし、頭上からエーアステライトの静止する声がかかり、質問をした議員が申し訳なさそうに黙り、他の者たちも鳴りを潜める。
(……どう見るべきかな、この反応)
 リンの企みによる発言の結果は、様々な憶測をリンに生む。これはパラミタに帰るまで楽しめそうかな、そんなことを思いながらリンが一歩引き、そして未憂が発言を締めくくる。
「最後に、今後のEMUのより一層の発展と、所属する皆様の幸運と健康をお祈り致します。
 ご清聴、ありがとうございました」
 ぺこり、と一礼して、未憂がリンとプリムと共に、引き上げていく――。


「イルミンスール魔法学校所属、本郷涼介です。私からはイルミンスールのイコン、アルマインに関しての説明を行いたいと思います」
 発言台に立った涼介の言葉を聞いて、議員たちは明らかに興味を示す素振りを見せる。
(……やはり、食いついてきたか。EMUにとってアルマインは、喉から手が出る位欲しいものでもある。イコン運用のノウハウや機体そのものが無かったために、あの事件では後手に回ることになったのだから)
 議員の姿勢に、これからの発言が大きな影響を与えるという予感を抱きながら、涼介は口を開く。
「既に書類をお配りしていると思いますので、そちらを参照していただきながら、こちらで補足の説明を行いたいと思います。
 まずアルマインとは、アーデルハイト様がイルミンスール生徒用に作られたイコンです。内部は魔法の才がある者が効率よく動かせる仕組みになっています。
 運用実績としましては、先日のイナテミス防衛戦の際、エリュシオン帝国の龍騎士団と互角以上に渡り合う戦果を上げています。具体的な数値は不明ながら、帝国の竜兵一個中隊を壊滅、その後再度侵攻してきた三個中隊に善戦し、防衛戦勝利の大きな牽引役を果たしました」
 涼介の報告を耳にし、自分の席でふんぞり返るように座っていたファタが、満足気な笑みを漏らす。涼介がアルマインを切り口に発表を行うと知ったファタは、“伯爵”を仲介役に、自分がアルマインの研究をした上で判明したことを助言していた。
(詳細はぼかし、実際の被害は少なく、功績は大きく言うのが常套手段じゃて)
 ファタの言うように、涼介の言葉を聞く限りでは、アルマインというイコンが帝国の侵攻を跳ね返したように聞こえるから不思議だ。
「運用マニュアルや整備施設・訓練施設・生産施設はあるのですが、詳細な生産方法はアーデルハイト様しか知らず、また書類にありますように、飛行性能・火力・機動力などの面は本家イコンに勝るとも劣らず、また魔力の供給が十分であれば一定の損害を受けても自動修復が可能な点は優位に立てる面があるものの、ザナドゥの技術が使われていること等の不安面も存在し、現時点では大量生産・実戦配備の段階に至っていない次第です」
 次の涼介の発言は、アルマインという産物がまだまだ不安要素を含んでいることを示していた。これに対してはファタも、不服そうな表情を隠さない。
(それもこれも、大ババ様が厄介ごとを残したまま消えよるから……ま、それらの問題を解決するためにザナドゥに行った、と考えられなくもないがの)
 一応、元となっている素体がもげる程のダメージを負わなければ、魔力供給により治癒が見込める点を補足して涼介に言うよう伝えた。機械というよりは生物のイメージが強いアルマインならではの特性であり、今後研究が進めば、もげた部分の再生も可能なのではないかとファタに考えさせる分野でもあった。
「今後は地球にも配備される可能性をアーデルハイト様は示唆していましたが、地球とパラミタでは魔法の再現度に違いがあることが認められています。幸い、欧州とパラミタとでは殆ど魔法の顕現に違いはないとの報告がありましたが、その他の地域ではやはり影響を受け、性能の低下が起きることは否めません。
 また、現時点での大きな弱点として、寒冷地での使用が困難であることが挙げられます。これにつきましては、先程話のありました精霊の加護を得ることにより、機体に耐寒性・耐水性、耐熱性、耐電性などの特性をいずれか付与することが可能であると報告がありました。
 いずれにせよ今後は、これらに対する改良が求められている段階であります」
 次の涼介の報告は、ファタが最も修正を示唆した部分であった。そもそも以前より、地球とパラミタとでは魔法の顕現に違いがあるのでは、という話は挙がっていたのだが、修学旅行や何度か地球に降りる機会の際に検証した結果、魔法が復活した欧州では殆ど変わりないこと、その他の地域では多少の減衰が見られる、という結果にまとまっていた。……ちなみにファタの発言なので、真実かどうかは定かでない。
 精霊の加護を得ることで各種効果を得られるのは、イナテミス防衛戦の時にも例が見られた。その後、その点に目をつけたファタが研究を重ねた結果、炎熱→耐熱性、氷結→耐寒性・耐水性、雷電→耐電性の効果がそれぞれ得られるという結果をまとめた。……やはりファタの発言なので、真実かどうかは定かでないが、上の件と合わせて何となくそれっぽい感じがするのが不思議だ。
「私の方からは、アルマインの武装データに関して報告をしたいと思います。
 アルマインには現状、ブレイバータイプとマギウスタイプの二種類が存在し、それぞれに異なる兵装を付与することで様々な戦術を取ることが出来ます。
 兵装はそれぞれマギウスが支援タイプと大火力タイプ。ブレイバーは狙撃タイプと近接タイプとなっており、専用武器のほか機動力を爆発的に上げるマジックチャージャーなどオプションが付いています。
 今後、武器やオプションの追加も考えられますが、現状ではこれらの兵装で相応の戦果を上げることが可能となっています」
 その後、武装について補足説明を行ったクレアについては、ファタは特に口を挟まなかった。だいたいその通りだからである。
(んふ、わしとしてはマジックミラージュをマギウスタイプに応用したいところじゃがの……ほれ、汎用性を高めるという点でも、有用じゃろうて)
 そんな理由を盾に、アーデルハイトから研究費をせしめようとしていただけに、アーデルハイトの不在はファタにとって痛手であった。いっそルーレンに話を持っていこうか、そんなことを思う。
「……以上が、アルマインに関して現状判明していることの全てです。ご静聴、ありがとうございました」
 最後に一礼して、涼介とクレアが席へ戻る。
(さて、どう判断する? EMUの者たちよ……)
 ザナドゥの件しかり、イナテミスの件しかり、そしてアルマインのこと、ミスティルテイン騎士団に先導されたイルミンスールには、利用次第ではEMUの評価を格段に高める要素が潜んでいることが、契約者の報告により明らかになった。
 さぞかしご老人は、頭を悩ませているであろうな。そう、ファタは思い至る。