天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション公開中!

イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション


●ホーリーアスティン騎士団本部

「…………」
 自身のために用意させた椅子に身を預け、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は思案に暮れていた。閉じていた目を開け、傍に置かれた書類に視線を落とす。
 そこには、ホーリーアスティン騎士団“代表”、エーアステライトが掴んだ、『欧州魔法議会諮問会』に関する情報が記載されていた。それによると、イルミンスールはエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を諮問会へは送らず、代わりにフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)ルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)、多数の契約者を送る予定とのことであった。
(ルーレン・ザンスカール、ザンスカール家現当主……彼女の影響は流石に無視出来ないわね。六首長家の一つがミスティルテインと親密に結び付いていることが示されてしまえば、EMUの議員共もミスティルテインの功績を認めないわけにいかないでしょうね)
 ただの生徒が発言したところでどれだけ意味があるのか、そう考えつつも、ルーレンのもたらす影響は、たとえ本人がこれまで表舞台に姿を見せてこなかったことを差し引いても、無視出来るものではないとメニエスは踏んでいた。
(……ま、そっちの方はエーアステライトと、ミストラルに任せましょう。あたしはあたしで、奴らをできるだけ不利な形に持って行くよう、対策させてもらうわ)
 思考を打ち切ったメニエスの耳に、扉を叩く音が届く。
「入れ」
 入室を促せば、ローブを深く被り、僅かに口元だけを覗かせる女性、エーアステライトが入ってくる。
「考えはまとまりましたでしょうか?」
 エーアステライトの言葉に、メニエスはチクリ、と棘が刺さったような違和感を覚える。この、一見従順でありながらまるで人を試すような態度と物言いは、彼女がただの傀儡などではなく、何かの意図を腹に含んでいることが予想された。
「ええ、おかげさまで。あんたには諮問会の前に、一働きしてもらうわ」
「どうぞ、なんなりとお申し付けくださいませ」
 恭しく頭を垂れるエーアステライトを見遣って、メニエスは指示を与える。事前にエーアステライトが提示した戦力を用い、ドイツ、フランクフルト国際空港に到着した生徒たちを襲撃しろ、と――。

 メニエスから指示を承ったエーアステライトは、早速準備に取り掛かった。
 まずは、生徒たちをどこで襲撃するかをエーアステライトは検討する。ミスティルテイン騎士団に事前に悟られず、かつ、メニエスの言う『生徒を一人でも多く殺し、また、生徒を危険な対象であると一般人に流布させる』目的を満たすには、『目立たぬこと』と『目立つこと』を両立させねばならない。非常に矛盾しているが、例えばラウンジに襲撃者を送り込めば、不意を打てるかもしれないが襲撃の事実をもみ消される。かといって一般人が多く介在するフロアでの襲撃は、襲撃の事実を広めることは出来るが、契約者に傷を負わせることは叶わない。非契約者と契約者の力量は格段であり、『アシがつかないように』手配した者たちでは、正面からぶつかったところで瞬く間に鎮圧される。
 エーアステライトはPCの前に座り、契約者がパラミタから地上へ降りてくる際、使用するであろうルートを検索する。それは魔術結社の光景にそぐわないと思われるかもしれないが、世界各国、果てはパラミタをも繋ぐ情報網の利用は、たとえ魔法を信仰する魔術結社であっても受け入れていた。そうでもしなければめまぐるしく変化する社会で生き残れないし、既に高度に発達した技術に魔法を近付けるよりは、技術は技術、魔法は魔法の利点を生かした運用をした方がいいとの判断であった。
(日本からドイツまでは、日本のフラッグキャリアが利用されるでしょう。そして、ドイツからはドイツのフラッグキャリアが利用されるとなれば……)
 検索結果を元に、エーアステライトが目をつけたのは、ターミナル間を移動する交通システムであった。
 ここに働きかければ、襲撃の可能性を極力悟られず、生徒たちをターミナルビルから引き離し、かつ一般客を巻き込める。メニエスが襲撃者の一部を、一般人を装ってパニックを起こす役に命じたのも、この方法であれば有用に機能するだろう。パニック役が襲撃者に撃ち殺されでもすれば、一般人は確実に恐怖を抱く。生徒たちがパニック役を傷つけたり死なせたりすれば、もはや言い逃れは出来ない。彼らは二度と、パラミタに戻ることは出来なくなるだろう。
 エーアステライトの口が笑ったように歪み、白く細い手がキーボードを無尽に動き回る。然るべき所に手配を施したところで、扉を叩く音がエーアステライトの耳に届いた。
「ミストラル様より、諮問会のことでエーアステライト様に話があると伝えるようにと仰せつかりました」
 入室を促された世話人の一人が、メニエスのパートナー、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)からの言葉をエーアステライトに伝える。
「分かりました。準備を致します故、少々お時間を頂けますでしょうか、とお伝え下さい」
 エーアステライトからの言葉を受け取った世話人が一礼し、ミストラルに言葉を伝えに行く。再びPCの前に向かったエーアステライトは、諮問会に関する情報をまとめて整理する作業に取り掛かる――。

「お待たせいたしました、ミストラル様」
 その後、部屋に現れたエーアステライトを、ミストラルは特に労うでもなく、自身が座る向かい側に座るように言う。エーアステライトも特に何を思うでもなく、ミストラルの言葉通りに向かい側に座り、次の言葉を待つ。
「諮問会の前後、生徒の一部がこちら側に接触を試みる可能性が考慮されます。メニエス様は自身の顔が表に出ないようにと考えていらっしゃいます故、これらの者との接触は原則、避けるべきと判断します」
「……それは、敵味方問わず、でございますか?」
 視線でどういうことか、と尋ねるミストラルに、エーアステライトが二通の電子メールと二枚の写真を印刷したものを差し出す。短い文と写真を送ってきたのは『悪人商会』、長い文を送ってきたのはアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)であるとも書かれていた。


●イルミンスール

「…………」
 自室で、ローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる)を装着したゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が目を閉じ、頭にイメージを思い描きながら、デジタルカメラのシャッターを切る。同じことをもう一度繰り返し、目を開き、カメラをジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)に渡す。
「さてさて、出来映えはどうでしょうね♪」
 出来上がりを楽しみにする様子で、ジェンドがPCを操作し、ゲドーが念写した写真をモニターに映し出す。写真は、アーデルハイトがキマクの恐竜騎士団にいるものと、ネルガルと密談を交わしているように見えるものであった。
「あはは、ちょ〜うける〜。うさん臭い感じがすっごい出てる〜」
 魔鎧状態から人間状態に戻ったローゼが、モニターの写真を指差して笑う。恐竜騎士団の面々ももネルガルもアーデルハイトもゲドーは見ているし知っているが、それらが一緒にいた光景を見たことがない以上、ちょっとよく見ればその写真が切り貼りして作られた合成品であることはバレバレであった。
「面白いですけど、一応は依頼ですからね。ちょちょっと直して……」
 そう言って、ジェンドが写真を加工し、多少はそれっぽいものに仕上げる。アーデルハイト自体の胡散臭さもあって、『何を話してるかは分からないが、ともかくアーデルハイトと恐竜騎士団、ネルガルが一緒にいる』と思わせられるくらいの写真になっているようにも見えた。
「俺様も顔が知れちまってるからな、直接発言の場に立つのはちとマズイ。……まぁ、ホーリーアスティン騎士団とやらが受け取って、なおかつ諮問会の場で出さなきゃ意味はねぇだろうが、そこまでは知らん」
 呟くゲドー、一行はジェンドの所属する『悪人商会』から、ホーリーアスティン騎士団に加担してミスティルテイン騎士団の立場を不利にするよう依頼を受けていた。しかし、自らの立場を鑑み、諮問会の場で直接発言することは難しいと判断したゲドーは、こうして捏造写真の作成という手段に出たのであった。
「七曜にもなっておいて、やることがちっさいですね♪」
「うるせぇ! ホイホイと奴らの前に姿を見せて、腹ブチ抜かれでもしてみろ。奴らならやりかねんだろが」
「あはは〜、それは困るかな〜。パパがいなくなったら僕も動けなくなっちゃうし〜」
「パパとか言ってんじゃねぇ!」
 そんな軽口を叩き合いながら、作成された写真は短い文と共にホーリーアスティン騎士団へと送られたのであった――。


「それではこれを、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。必ず送り届けよう」
 スパルタクス・トラキウス(すぱるたくす・とらきうす)に書簡――長文をしたためたテキストデータの入った記憶媒体――を渡し、アウナスが一人になった部屋で一息つく。

 彼はイナテミス防衛戦の際、イルミンスールを裏切りエリュシオンに情報を流したことでアーデルハイトに晒し上げられた。
 その後、アーデルハイトがイルミンスールを離れたことで、結果として彼とパートナーは罰を免れた形になったが、既に多くの生徒の目に触れたアウナスを、諮問会に参加しようとする者たちが同行を許可するはずないことは、彼にも予想が付いていた。
 そこでアウナスは、まだ顔の知れていないスパルタクスに、自分がホーリーアスティン騎士団の権限で諮問会に参加出来るように取り計らってもらうよう頼んだ。イナテミス防衛戦で裏切りを働いた自分は、EMUの現体制を攻撃したい側にとって便利な駒になると踏んだからである。

「正義の尺度は声の多数ではない……私は現在のイルミンスールの方向性に、疑問を投げかけるのです」
 自らの思想を口にするアウナス。そのために彼は、諮問会で発言するつもりの内容を長文にしたため、スパルタクスに持たせた。自分の名、そして自分がイルミンスールの裏切り者であることを明かし、ホーリーアスティン騎士団にとって自分が少しでも有用な存在であることを印象付けようとした。
(今のシャンバラは亡国寸前……帝国に滅ぼされるのも時間の問題。その前に自ら降った方が、結局はシャンバラのためでもあるのですよ……)
 思案に耽りながら、アウナスはホーリーアスティン騎士団からのよい便りを待つことにした――。