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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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解かれた糸と絡まる糸
 
 人目を憚るようにタシガンを出立する一団があった。今、コンロンへ出立する。最も遅れてきた男。
 元教導団にして今は薔薇の学舎――イエニチェリ南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)とパートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)である。
 足は、どこからか、オットーがつれて来た小悪党崩れの船乗りたちだ。
「貴殿らの仕事はそれがしとこの男を無事にヒクーロまで運ぶことだ。いいな?」
「おう。まかせときなぁ。五月蝿いの見つからないように連れて行ってやるぜ。なぁ、野郎ども」
 威勢の良い返事が返ってくる。
「大船に乗った気でいてくれ。鯰の旦那。それから、大将」
「大将? 俺様のことか? ――悪くねぇじゃねーか。気に入ったぜ」
 耳慣れない呼称に首を傾げるものの 光一郎は満更でもない様子で、隣にたつ鯰――本来は錦鯉なのだが美しい赤い模様を黒に塗り上げているパートナーを小突く。
「やるじゃねぇか。これならヒークロまでは楽勝だぜ」
「おう。それがしの手腕も捨てたものではないだろう」
「お前のことだ。ちゃんと値切って、経費は抑えてあんだろ? 流石だぜ」
「……お、おう」
 経費は湯水のように使っている。
 オットーは彼等を危険手当と残業手当込みの破格の報酬、そして、ヒクーロの地で飲めや歌えやの無礼講で釣り上げたのだ。
 上機嫌なパートナーから思わず目を逸らす。
 何も知らない光一郎の笑い声が空に吸い込まれていった。
「俺様の仮説を証明してやる。――見ていろよ。獅子。フハハハハハ」
 
 * * * 
 
 コンロンはヒクーロ。その国境付近。
 はぜる焚き火の火に二枚の地図が照らし出される。
 一つはタシガンで手に入れたコンロンの一般的な地図。
 一つはヒークロの酒場で教導団員を上手く唆して手に入れたコンロンの地図。
 それを見比べてながら光一郎はふむと首を傾げた。
「おう。光一郎――何かわかったのか?」
 頭に大きなたんこぶを拵えた鯰もとい錦鯉が問う。
「――俺様のよみが外れたか? しかし、この地図。比較するには……」
 双方の精度が違い過ぎた。
 一般的なものは古いためだろう。新しいものとは微妙に地形や地名が違っている。
 これでは、どこが年月による変化で、どこが意図的な変化なのか判断しかねた。
「仕方ねぇ。こうなれば――撃墜された船を当たるしかねぇな。教導団の船だが、沈んだ船。警備してるとは思えねーし……」
 と、光一郎は身を起こした。
 ――行くつもりだ。ただ、己の勘を信じて。
 オットーも立ち上がると衣服についた埃を払い、ついでにパートナーの衣服についた枯れ草を摘む。
「なんだよ? 反対意見が飛んでこねぇじゃん?」
「――同行する。一人にすると何をしでかすかわからぬ」
 

 * * * 

 
「ヒクーロに入った南臣は、足に使っていた船乗りどもを残して街を離れました」
 そう報告するのはヒークロの酒場で光一郎に地図を譲った酔っ払いの教導団団員だ。
 報告を受けているのはエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)。教導団【ノイエ・シュテルン】の一員だ。
「――わかりました。あなたは引き続き、その船乗りたちの監視をお願いします」
「ハッ。失礼します」
 退出する団員を見送ってから、後ろに控えるコンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)を振り返った。
「コンラート」
「君のいいたいことはわかっているつもりですよ。効果のほどはしれませんが、薔薇の学舎には書簡を送ってあります。君の行動は報われますよ。私も手伝います」
「あぁ。ありがとう」
 エミリアはずっと。そう、彼が彼女から見て問題と判断できる行動を起こしはじめてから。
 長い間、その動向を監視し、追い続けていた。
 思い出すように目を閉じる。
「タシガンで大人しくしていればいいものを。わざわざ自分から捕まりに来るとは、一体どういう神経をしているの? 南部王国で自分が何をやったのか? たった一年で忘れてしまったとでもいうのかしら?」
「――エミリア」
「でも、奴は――タシガンを離れ、コンロンに足を踏み入れたわ。性懲りもなく、我等教導団に敵対行為を繰り返すならば――少し痛い目を見てもらいましょう」
 そこには強い意志――もはや執念とも呼べる炎が揺らめいていた。
 
 * * * 
 
 夜の闇に沈む谷間。
 そこにはかつて空を翔けた艇が眠っていた。
 周囲を伺いながら、二つの気配がそれに近付いていく。
「お? あれじゃないか?」
「ふははは。なんだ見張りいねーじゃん。よし、行くぞ」
 ――カッ、カッ、カッ
 谷間に強い光が注がれる。
「な、なんだぁ?!」
「――か、囲まれた?!」 
 照らし出されるのは光一郎とオットー。
 光源は落ちた艇の上に立つエミリアとコンラート。そして、周囲に控えた団員たち。
「こんな夜更けに、我が教導団の船に何の用かしら? 南臣光一郎」
「だ、誰だ?!」
「教導団【ノイエ・シュテルン】エミリア・ヴィーナ――ちょっとそこまでご同行願えるかしら?」
 こうして――南臣の目論見は破れ、エミリアの執念は成就した。エミリアはこのことを、同じノイエ・シュテルン三田 麗子(みた・れいこ)へテレパシーで連絡。クレーメックは南臣の逮捕を聞いて笑みを浮かべたのであった。
 
 * * * 
 
「殺すな、と? そう言われるのでありますな?」
「ええ。そうよ」
 クィクモにある本営の一角。廊下の、何の変哲もない壁の前で一組の男女が言葉を交していた。
「――心得ました。それで、エミリア殿。貴殿はこれから?」
「報告へあがるわ。あとはよろくしお願いします。ブラウディーさん」
 
 それは存在しないはずの場所。
 薄暗い闇の満ちたアンダーグランド。
「――ヒッ」
「――や、やめてくれおうおう」
 戒めれた金髪の男と墨を落とされた黒錦鯉に屈強な男の手が伸びる。
「ひ、ひゃははははははははは。あ、足の、うらは――ぎゃー!!」
「ゆ、黒の油性ペンは止めてー!! それがしの立派な模様がー!? ちょ、白もやめてー!!」
 薄暗い部屋の中に絶叫が響き渡った。
 
 
「あの陰謀マニアがそう簡単に引き下がるとは思えませんが、まぁ、しばらくは大人しくせざるを得ないでしょう。今回はそれでよしとすべきでしょうね」
 コンラートのもとへ戻ったエミリアに、彼はそう呟いた。