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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第ニ章 天子と扶桑と貞康と2

「世界樹イルミンスールと扶桑は、互いに歩み寄れるかもしれない。両者の未来のために、扶桑とその契約者を護りたいんだ」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)はマホロバ城の西の丸で、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)に詰め寄っていた。
 最近は警戒して遊郭通いを遠慮しているのか、貞康は夜中の茶会に興じている。
 そこには様々な菓子や茶だけではなく、薬草も持ち込まれていた。
「それは毒だ。捨てたほうが良いにゃ……」
「えっ、そうなんだ……じゃない、ちゃんと聞いてる? 扶桑はイルミンスールに助けを求めた。イルミンスールもその生徒も、助けを求めて来た者を、決して見捨てたりはしない。最後まで護り通すのが流儀だ。でも、コーラルネットワークの序列が最下位であるイルミンスールには、味方は多くないんだよ。扶桑と友好な関係を築けるなら、その可能性を守りたいんだ」
「雑草は弱々しそうに見えて案外強いもんだ。それに比べて桜は、折れた枝から枯れることもある……天子様もあの生命力を羨ましく思っておられるかもしれんにゃ」
 貞康はケイの手のひらにお茶菓子をのせてやった。
「そんなこと……俺はお菓子でごまかされないぞ! 天子様って扶桑の契約者なんだろう? マホロバのどこかにいて、身体を弱らせてるんじゃないか?」
「そうじゃ。扶桑が弱っているなら、その契約相手も、身体を弱らせていることに他ならぬ。原因不明の病で、長らく床に伏せっている者を捜し出せばよい」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)も、扶桑の契約者について気になっていた。
 扶桑がイルミンスールとつながったのも、地球人と契約していたかららしい。
 鬼一 法眼(きいち・ほうげん)が言った。
「扶桑はどういった経緯で地球人と契約を果たしたのか……もしかしたら、扶桑がこれまでその存在をひた隠ししてきたのも、契約者を護るためだったのかもな。そうだとしたら、扶桑に代わって今度は俺たちが護ってやらんとな」
 法眼が考えを巡らせていると、貞康は静かに呟いた。
「契約者……天子様のお身体は、わしが扶桑の……桜の樹の下に埋めた。扶桑と魂を一つにしたことで人として生きることもできず、死ぬこともできず。数千年もの間、マホロバを見守り続け、安寧だけを祈り、その時を待っておられる――噴花をな」
 三人は驚いて貞康を見た。
「イルミンスールとだいぶ違うんだな。どうして扶桑だけ……?」
「そうかもしれんな。それでも、他の世界樹とも全く関わりがないわけでもないと、イルミンスールのことで分かった。世界は繋がっているんだろう、人が地図上にいくら線を引いたことろで、それは人が勝手にやったことだ。それに、世界樹同士での同意に、人が異を唱えることも出来ん。きっかけは何であろうともな」
 世界樹にはもともと互いを癒す機能が備えられているのだろう。
 意思がある、ないに関わらず、相互補完的な性質をあるということが本能として『了承している』ということに他ならない。
 貞康はそういった。
「同じようにイルミンスールが危機に陥れば、他の世界樹にも変化があるかもしれん。天子様はそれを恐れたのかもしれんしな。しかし、こうあるとが分かった以上、その恩恵を受けたマホロバが、恩を返さないとは義に反する。この度エリュシオンを打ち払うことができれば、イルミンスールにも力を貸すこともできよう」
 その言語に、ケイは少し安堵したように息を付いた。
 マホロバ初代将軍、鬼城貞康は鎖国を進めた張本人と聞いたことがあったが、違ったのだろうか……?
「わしは、戦国の世で傷ついたマホロバを、天子様をそのまま外国の驚異に晒すことは難しかろうと考えた。直後に噴花もあり、マホロバを立て直して繁栄させることが使命だと思った……」

「その噴花についてだが、それに変わる新たなエネルギー供給システムは作れないのか。枯れるのを止められるのであれば、何も噴花だけではあるまい」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が貞継(さだつぐ)の身体を借りた初代将軍――を見て尋ねる。
 彼の傍らには、扶桑の中に囚われていたリース・バーロット(りーす・ばーろっと)もいた。
「必要とする物(エネルギー)と摂取方法。集積可能かどうか。リースは扶桑に命を吸われるのをどう感じた?」
 小次郎の問いに彼女は思い出すように眼を閉じる。
 扶桑の中に間、彼女は天子の目を通してマホロバを見ていた。
「天子様も苦しそうでしたわ。噴花は必然的な、諦めのようなものも感じました。哀れみと言いようのない孤独に飲まれてしまうようで……はっきりとはわかりませんが、噴花そのものに意味があるようです」
「それでは犠牲が出るだろう。死者を出さずにすむ方法はないのか。噴花を止めた鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)は、そのために自身を犠牲にしたのではなかったか!?」
 扶桑が噴花を起こしかけたとき、鬼城貞継は将軍継嗣を直前になって譲った。
 そのために噴花は失敗し、扶桑は枯れゆくのを待つだけとなったのである。
「あれはうつけだ。将軍としてやってはならんことをやったのだ!」
 貞康は吐き出すように言い、小次郎は鋭い視線を送った。
「もし、噴花なしでマホロバが維持できるなら……そのときはマホロバ人がマホロバ人でなくなったときだけだ」
 貞康は刀『宗近』を手に取った。
「わしはそんな甘い人間ではないからな。噴藩の決着もその後の責任も、貞継にとらせる」
「私も……いく。扶桑のもとへ。一緒に行こう」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)はいつの間にか貞康の側にいた。
「貞継にずっと、言いたい事があるの。あの人が守ってくれたから、マホロバも、私も、こうしてここにいる……」
 彼女は、「その為には貞康と行動を共にしていた方が早い。何より体は貞継のものだから」といった。

『噴花は、止めさせて頂く!』

 そう言った貞継の声が、今も彼女の耳の奥に残っていた。
「貞継の身体、勝手にさせたく、ないから」
「わしは随分と、この嬢ちゃんには信用されとらんようだな」
 貞康が前髪をいじっていると、作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)が横から微笑を浮かべていた。
「嬢ちゃんは守るつもりが、守られたままのことを気にしてるのよ。俺は、貞継兄さんより二千五百年前の事に興味あるけどね。貞康の兄さんと扶桑の関係がね。一見ちゃらんぽらんな貞康の兄さんが、これだけ恩義を感じているんだ。何かあったって考えるのが普通よね」
「ちゃらんぽらんは余計だろ! わしは石橋を叩いて叩いて――壊さねばならないものだけを残したのかもしれんな……」
「何があったのよ、兄さんと扶桑は」
「……言葉にするには、あまりにも重すぎるな」
 貞康はふと表情を曇らせる。
「今度はお前たちがそれを目撃することだろう。歴史の生き証人と……なってくれるのを祈るばかりだ。次の世代にできることを考えてほしい」


卍卍卍


「貞康、行くのか……って、直接、本人聞いたほうが早えな」
 『影』の時間の訪れを待っていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、小型飛空艇の前で待っていた。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が心配そうに見守っている。
「噴花でマホロバはどうなった? 人々は、鬼城家のもんは? 託卵の呪いを解く方法はあんのか? 「鬼」化した子供を地下に閉じ込め、その存在を殺し続けるようにしたのはオメーか? どうなんだ!」
 たて続けに質問するアキラを、貞康は一瞥している。
「そのうちわかる」
「だったら今教えるのも、早いか遅いかだけだろ。もし、このどれか一つでも当てはまんなら、俺はテメーを許さねえ」
「お前に許してもらわんでもわしは構わんよ」
「テメーは噴花しかないと思い込んでんだ。他の可能性を否定して、一つの未来だけを信じてる。皆で頑張って、皆で未来を創っていくもんじゃねえのか!」
「お前たちの働きはわしの思っていた以上だった。でなければ、マホロバはとっくにバラバラになっていたか、諸外国に蹂躙されていたことだろう。一度失敗した噴花の機会を、こんな短期間でまた得られるのもな」
「また……噴花が起こるのか?」
 一瞬たじろぐアキラの肩をルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が掴んだ。
 ルディは貞康の身の世話をし、側室のように振舞い、貞康もそれを許していた。
「四つの鍵が揃ったとき噴花が起きるのですわね、貞康様。そしてそれは、鬼城家に代々伝えてきた物……違いますか?」
「貞康と慶吉が話していた『刀』と『印籠』……『槍』、『皿』のことか?」
 アキラがあの夜のことを思い出す。
 ルディは含み笑いをしていた。
「皿は、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)様が持っていた黄金の天秤の受け皿なのではないですか? 槍も? だとしたら、なぜ貞康様は直ぐそのことに気付かれなかったのでしょう」
「わしの記憶は断片でしかない。用心のため、それぞれに力を記憶を分散させたからな。だが、ルディの言う通りとすれば、すでに瑞穂の手に渡っていたわけだ。あの瑞穂藩主がわしのことを知っていても、無理は無いかもしれん」
「四つ全て集まった時、心の欠片は一つになり……今おられる貞康様は失われるような気がします」
「そうであっても止める理由にはならんだろう。その為に作られた『影』だ。
「テメーは……消える覚悟でいるのか?」と、アキラ。
「消える、の。貞康?」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)はぎゅっと貞康の着物の端を握った。
「なんだ、やっぱりまだいて欲しいのか。二千年前にくたばった老いぼれが、未来の夢を見れたのだぞ。何の悔いがある。わしは、いま一度マホロバの土を踏めて満足だ」
 貞康の顔は何故か晴れ晴れとしたものだった。