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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第一章 つみの花3


「遊郭に、将軍家の何かが隠されている可能性があると……?」
 竜胆屋の舞妓透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)の問いに、璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が頷いていた。
「はい、それが何なのかは詳しくはわかりせん。ただ、怪しい金の動きを聞きました。私が得た情報が少しでも役立てばいいのですが」
 璃央は透玻の元気な姿に安堵しているようだった。
 このところ、竜胆屋の看板遊女明仄には良い話を聞かない。
 代わりに、桔梗という遊女が、売れているという話だった。
「なにか話をきけるといいがな……」
 透玻は思い切って明仄を訪ねてみたが、風邪をひいたといい部屋から出てきてくれなかった。
 仕方なく、透玻は竜胆屋(りんどうや)楼主の海蜘(うみぐも)に聞いてみた。
「銀鼓、お前さんどこでそれを」
 透玻も元は大奥の女官だったからとは言いづらい。
 しかし、だからこそ、将軍家には何かあると思っていた。
「東雲遊郭は初代将軍がつくったものだと聞いています。きっと何か、意味があると思うんです」
「それを知って、お前さんがどうしようってんだい。遊女になって、お偉さんと馴染みになってくれるなら、話してもいいけどね。それとも、他になにかツテでもあるのかい」
 透玻が自分の正体を明かすか、考えている時だった。

「明仄を身請けしたいだって? どういう風の吹き回しだい」
 海蜘の元を久我内 椋(くがうち・りょう)を訪ねてきた。
 椋は簡潔に言った。
「別に他意はありません。明仄殿もそろそろ郭を出てもいい頃なのではと思ってね」
「桔梗はどうするんだ。あの妓はアンタを待ってるだろう?」
「その聡子が、俺に勧めたんです。明仄殿の体調が芳しくないそうですね」
 海蜘はうんとも、いいえとも答えなかった。
「そりゃあ、幕府御用達呉服屋の若旦那に見染められたんなら、玉の輿さァね。けど、明仄は承知するかね。桔梗も? ただ金を積んでどうとなる話でもないよ」
「ちょっと話をさせてもらっていいですか」
 椋はニ階に登り、桔梗こと在川 聡子(ありかわ・さとこ)の部屋を尋ねた。
 天神となった彼女の部屋は驚くほど立派になっていた。
「聡子、いいのか。俺がこのまま明仄を身請けすれば、お前は彼女の代わりにマホロバ城の幕臣と繋がりを強く持つこともできるだろう。だが、お前は……」
 椋は戸惑いを隠せないようだった。
 聡子は微笑んでこう答えた。
「吐血するほどの病であれば、明仄様は竜胆屋にいてはいけないのです。一刻も早く身請けして頂いて……椋様なら安心です。明仄さんがお断りになっても私が説得しますから」
「俺はお前が思っているような男ではないのかもしれんのだぞ!」
 珍しく声を荒げる椋を聡子は驚いて見た。
「……すまない。医者も薬も用意はしておこう。明仄が、彼女が望めばだが」
 椋は聡子を置いたまま久我内屋に戻り、いつの間にか住み込んでいたモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)に怪我の具合はどうかと尋ねた。
 先の戦いで負傷し、治療中である彼女は一見すると美青年にしか見えない。
 椋は心に重い石を乗せたまま、モードレットに話をした。
「どうした、機嫌でも悪いのか。まったく、マホロバ人などに肩入れするからだ。所詮は異国の出来事ではないか。くだらん」
「俺は……何か、民衆のためにできることを考えたいだけだ。通行通商条約で輸出入の恩恵を受けたぶん、マホロバ人に還元したいと思っている」
「それは建前で、助けたいのはマホロバの女。遊女なのではないか?
「相変わらず意地の悪いことを言う」
 それでも椋は、これほどの軽口を叩けるほど回復しているモードレットを好もしく思った。
 「旦那、ただいま戻りました。明仄からの返事をもってきやしたぜ」
 久我内屋で働く坂東 久万羅(ばんどう・くまら)が、一通の手紙を差し出す。
 ふわりと良い香りがした
 そこには、丁寧な礼と『思いがけない幸運に心の準備ができていないので、時間がほしい』と書いてあった。
「へえ、脈アリみたいじゃねえですか。旦那」
「いや、これは断り状だろう。遊女がよく使う手だよ。直ぐに承知してくれるとも思ってなかったけどね」
 椋が手紙から目を離すと、モードレットが彼を鋭い視線で見つめている。
 椋は思わず目を逸らした。
「そうなんですかい? あっしはそういうことには疎いもんで。それより、例のマホロバ城のお偉いさんが、今月の『黄金色の菓子』はまだかといってるらしいですが、どうしやす? 正直、この久我内屋も、幕府御用達っていう看板で客も店のモンも増えたし。下手にするもの良くねえと思って」
 久万羅が気にするのも無理はない。
 今後の久我内屋の経営にも関わってくることである。
 若い店主はちょっと考えてこう言った。
「こうして久我内屋が上手くいっているのも聡子のおかげだ。彼女には、そろそろ戻ってきてほしいところだ」