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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

リアクション

2.


(いよいよ、なんだな……)
 儀式が行われる洞窟の装置周辺へは、薔薇の学舎生徒以外は立ち入り禁止だ。
 教導団のものものしい警備を抜け、洞窟を降りていく。その道すがらに掲げられた灯りも、今夜はどこか怪しげに見える。
 三井 藍(みつい・あお)の背中に隠れるようにして、三井 静(みつい・せい)は足元に注意しながら装置への道を降りていく途中だった。
 薔薇の学舎の生徒は、ぞくぞくと集まり始めている。皆、この結末がどうなるのか、息を潜めて見守っているようだ。
 そのなかに、よからぬ考えの者もいるのではないか。そう、静は不安だった。
「イエニチェリも、集まってきてるみたいだ」
 集まってきた人々の動きを気にかけつつ、藍は呟く。
「けど、静が来るって言うとは思わなかったぜ」
「そりゃ、僕だって、薔薇の学舎の生徒だもん。……どういう結果になるかは、まだわからないけど、邪魔はされたくないよね」
「まぁな」
 なんにせよ、静が周囲に対して興味を持ったのは良いことだ。閉じこもり気味のパートナーに対し、藍はそう思う。
 しかし実際には、静の想いは、口にしたこととは少し異なっていた。
 ジェイダスの願いが、どう結実されるのか。それが、見たかったのだ。
 自分がしたいように彼はするだろうし、それにパートナーは同意している。彼の願いのために、一緒に死んでも良いと。それが、なによりも強い絆に思えて、静は羨ましかった。
(僕はどうだろう? 藍は、いいって言ってくれるのかな?)
 だけどそれを、尋ねる事は出来ない。
 前を歩く藍の背中を、静はただ、じっと見つめていた。


 ラドゥの屋敷では、レモがようやく、再び目覚めようとしていた。
 レモはあれからずっと、こんこんと眠り続けていたのだ。
「……あ……」
 悲しい声が聞こえる。そう、少年は瞼をあげ……そして、絶句した。
「おお、目が覚めたか、少年」
 何故か目の前で、全裸にマント、マフラーと仮面のみという怪しい出で立ちの男……変熊 仮面(へんくま・かめん)が、レモの服を脱がしにかかっていたからである。
「え、ええええ!?」
「おお、目が覚めたか!」
「覚めたけどおお!!!」
 レモにしてみれば、わけがわからない。怯えるレモに対して、変熊いわく。
「満月の夜、13人のイエニチェリがかわるがわる校長に【シリ…何とか】を突き立て星を散らすだと? ……………なんてヤラシイ…。お前、エロ魔道小説だったのか!」
 というわけで、それならちょっと見せてみろと服を脱がしたのだという。
「身体には書いてないよっ!」
「なんだ、そうなのか」
 もうやだ、とレモは半泣きで、寝間着の前を握りしめて必死だ。
「レモ君ってかわいいよね〜。だが、全裸は何も恥ずかしがることはないぞ!」
「恥ずかしいよっ!! ……じゃなくて、僕、カルマのところに行かなくちゃ」
「カルマ?」
「装置のこと、なんだけど」
 そう説明をしつつ、レモはばたばたと制服に着替えている。まだ変熊を警戒しつつ、だが。
「では俺様が安全に連れ出してやろう」
「貴方が……?」
「だーいじょーぶだって! もとから、そろそろ案内する予定もあったからな」
(大丈夫なのかな……この人と一緒で……)
 支度を調えたものの、かなりの不安がレモを襲う。
 ラドゥはすでにこの屋敷を出ている。変熊と共に外へ出ると、そこには。
「ヒャッハァ〜! 可愛がって欲しいっつーラブレターに誘われてやってきたぜェ〜」
 奇声とともに、二人の男と一台のバイクが、夜風を切り裂いて落下してきた。マントをたなびかせ、彼らの前に降り立ったのは、織田 信長(おだ・のぶなが)。そして、ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)にまたがった南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
 せっかくなので儀式とやらの見学をしようと来たものの、洞窟内には薔薇の学舎生徒以外は入れないため、鮪が手みやげに薔薇学生徒のパンツでもとやってきたらしい。
「なんだ貴様ら! 俺様よりも目立つ登場をするとは!!」
(なんかまた変な人がーーー!!)
 ……怪しいモヒカン男に、レモはすっかり怯えている。まぁ、無理もないが。
「お、なかなか可愛子ちゃんだなァ〜」
「あ、あの……」
「おっと、手出しは困る。彼はもう俺様のお手つ……いや、ごほごほ」
 前門のパンツ好き、後門の全裸仮面。どっちに進んでも変態だ。
「噂の魔道書とやらか。なるほど、よく似ておる」
 信長の言葉に、レモはうつむきつつも、ようやくまともな会話ができるとばかりに近寄った。
「装置のところに、行きたいんです。ここを通してくれませんか?」
「あの男を助けるためか?」
 あの男、とは、ジェイダスのことだとレモにも察せられた。
「……わからないです。でも、僕に出来ることも、あると思うから……」
「ふむ。あの男の事。百も承知で己がイニチェリ共がより強き力と心を得る試練が為に掌が上で転がすつもりであったやも知れぬが。……人を見る目は確か、然し人が気持ちを見る目は今ひとつと言った所であったか」
 信長はそう呟き、レモを見据える。その迫力に、レモは息を飲み、しかし怯まずに見つめ返した。
「そうだなァ、コイツを貸してやってもいいぜ」
 そう言うと、鮪は終始アイドリング音を響かせているハーリーのボディを叩いた。
「ドルンドルンドルン(任せな)」
 主目的は見学だが、かつて薔薇学とは盟約を交わしている。今回、タシガンが揺れている問題のひとつは、当時からの延長と判断し、鮪は協力を申し出たのだった。
「それは助かるね」
 そこへ姿を現したのは、変熊とここで落ち合う手はずをしていた、黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。彼らは、ブルーズの愛馬であるシャーティルを連れていた。事前に、薔薇の学舎の馬場から、瀬島 壮太(せじま・そうた)が連れ出しておいたものだ。
「急ぐんだろ? 俺は儀式の会場には入れないから、手伝いだけだけどな」
 壮太はそう言うと、レモの顔を覗き込んだ。
「お、思ったより元気そうじゃねぇか」
「あ、あの……」
「頑張ってくれよ。応援してっから」
 レモは、壮太を見上げ、それから鮪を見やった。
 他校であっても、こうして協力をしてくれるのも、薔薇の学舎の生徒たちの今までの積み重ねのおかげなのだろう。そのことを、ひしひしと彼は感じていた。
 たくさん、優しくしてもらった。今、レモはその記憶を取り戻しつつあるが、だからといって目覚めてからの親切な言葉を忘れたりはしていない。
 彼らのために。こうして、手助けしてくれる人たちのためにも。頑張らなくてはいけない。
「ありがとうございます」
 心から彼らに礼を述べ、レモは頭を下げた。
「久しぶりだね」
 天音はそう、信長に微笑みかける。
「僕にも少しは望みも出来てね……お互いのそれを成し得る為の対立なら仕方ないかな」
「慌てるでない、何れ又この地を盗りに訪れる。又後日手合せして進ぜようぞ」
 信長もまた、不敵に挑発をしかえす。
「やすやすと奪って貰う訳にはいかないね。ただ、……貴方みたいな人物とやり合えるのはゾクゾクするよ」
 楽しげにそう答える天音に、ブルーズは渋面を作るのみだった。
「ドドドドドッドルンドルン…ブォンッ(急ぐんだろう? 乗りな…、最速で運んでやる)」
 気合充分のハーリーに、変熊とレモが跨る。シャーティルには天音とブルーズが乗り、彼らは一路、儀式が行われる洞窟への道を急いだ。

『ブルタ、レモが出発したわよ』
 その様子を隠れて伺っていたジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)が、テレパシーでブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)へと密かに伝えた。
 イエニチェリである魔鎧は、果たしてなにを考えているのか。それはまだ、彼だけにしかわからないことだ。
 今はただ、情報を正確に伝える。ジルの姿は再び、闇の中に溶けていった。