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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

 いよいよ開始時間となった。
 シャンバラ側の代表者が先に入る。交渉の席に武器を持ち込むことは出来ない。
「あとはこちらからの要求次第か」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は呟いた。
 政府の意向としては、調印する方向で交渉に臨んで欲しいとのことだった。「なるべく今後もシャンバラ側が優位に立てる」ように進めて欲しいとも言われている。
 今回はF.R.A.G.側に過失があり、向こうもそれを認めている。さらに、相手は調印済みだ。
 あとはシャンバラ側が調印するに当たり、必要があれば追加事項を提示する。それが受け入れられれば締結。だが、あまりにも突飛な要求を出した場合、決裂しかねない。
 その辺りの判断も、彼女達に任せられている。
「政府の意向もありますが、当事者だけではなく、『第三者』から見ても妥当な決着になるようにしなければなりませんね」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が言う。
 シャンバラ政府のこれまでのやり方を疑問視する声は、国内外に存在している。そういった人達でも納得出来る結論に出来れば、対外的なアピールにも成功するだろう。まして、エリュシオン帝国との和平も実現した今、不毛な争いを続ける必要はない。
 とはいえ、シャンバラにいる彼女達はF.R.A.G.や現在の地球情勢について分からないことも多い。それを知ることも重要となる。
 F.R.A.G.の代表者との交渉に入る前に、天御柱学院から聖カテリーナアカデミーに出向していた平等院鳳凰堂 レオが報告のために入場した。
「F.R.A.G.は確かにシャンバラに対し喧嘩を売りはしたものの、危険思想を持つのは上層部の一部の人間……あるいは、F.R.A.G.の『上』にいる何者かです。その『上』が教会なのか、それとも別の何かなのかまでは分かりません。組織そのものはシャンバラを支える学校勢力の方針に異を唱えてはいるとはいえ、それによって組織内の人間を扇動している様子はありませんでした。
 組織構成としては、ヴァチカンの『教会』に属していて、実働部隊としてのF.R.A.G.と教育機関としての聖カテリーナアカデミーからなっています。アカデミーは軍事校というわけではなく、一般教育とイコン操縦、整備などの専門教育を行う天御柱学院のような学校です」
 そしてもう一点。
「それに、あの声の主を止めなければ、世界が終焉を迎えてしまいます。もちろん、これがF.R.A.G.の『上』が仕組んだ自作自演劇で、世界なんて滅びないのかもしれない。けれど、元々、F.R.A.G.は地球を護ることを第一優先としたからこそゾディアックに手を出そうとしたんだし、シャンバラと地球が分断された後の立ち回り方も心得ていたから行動に移せたんだと思います。地球側の信用を失うようなことをするはずがありません」
 結果的に戦死したものの、あのマヌエル枢機卿が考えもなしに介入してくるはずがない。彼の言い分はもっともだろう。
 報告が終わり、F.R.A.G.側の代表者が入ってくる。
「『教会』から任を受けて参上した、F.R.A.G.第一部隊隊長のダリア・エルナージだ。彼女はパートナーのレイラ・サイード。こちらは同じく交渉役のF.R.A.G.第一部隊副隊長のカール・ウェーバーと、ケビン・トンプソンだ。宜しく頼む」
「シャンバラ王国ロイヤルガード、クレア・シュミットだ。彼はパートナーのハンス・ティーレマン」
「同じくシャンバラ王国ロイヤルガード、ロザリンド・セリナです」
 彼女らに続き、天御柱学院の教官達が挨拶した。ロイヤルガードであるクレア達がいるため、サトー科長や五月田教官はあくまで傍聴人だ。
 それぞれが所定の席に座り、本題に入る。
「いくつか質問を預かってきている。それについてお答え頂きたいが、宜しいか?」
「どうぞ」
 政府を訪れたフレデリカ・レヴィから託されたものを伝える。
「欧州同時多発テロの直後に行われた『聖戦宣言』にて、F.R.A.G.は『地球とシャンバラはお互いに住み分けを行えば良い』と言っていた。それにも関わらず今回歩み寄ってきたのは、F.R.A.G.の方針に転換があったのか? また、それはヴァチカンやF.R.A.G.の総意なのかを確認したい」
「方針が変わったわけではない。シャンバラはシャンバラ、地球は地球で住み分けるためには、互いに情報を集める必要があると判断されたから、こうしてやってきたに過ぎない。猊下の独断だったとはいえ、宣戦布告が行われてしまったのは我々の情報不足による部分が大きい。今回の件は教会から直接指示を受け、アカデミー、F.R.A.G.共に合意している――我々の総意だ」
 冷静に答えるダリア。
「承知した。
 続いてだが、欧州同時多発テロの時といい、今回といい、驚くほどF.R.A.G.の手際は良い。シャンバラとしてもその手際は学びたい所であるのでF.R.A.G.の情報収集の手法、組織体系を教えてもらいたい」
「教会独自のネットワークを使っている、ということくらいしか私からは説明出来ない。欧州同時多発テロの際は現地の教会関係者が不審な姿を察知したため、人々を誘導出来ていた。F.R.A.G.も数機ではあるものの、すぐに出撃可能な態勢にあったからこそ、被害を最小限に抑えることが出来た。猊下は常日頃から『不測の事態』を想定し、隙が生じないように対策をしていたのが大きい。
 ……聖下はマヌエル猊下に一任するのを躊躇っていたらしいと後になって聞いたがな」
 欧州同時多発テロの対応は、マヌエルの手腕によるものらしい。とはいえ、それまでは教会が「戦力」を保有することに対して、教会のトップは渋っていたようだ。
 テロを機にマヌエルが全権を預かったことであの聖戦宣言が行われたのだという。
「今回の場合はシスター・エルザから聞いた話だが、猊下が第二部隊を引き連れてシャンバラに向かった際、すぐに休戦協定の作成を打診したとのことだ。猊下が負けることを見越してのことだろう。それから海上都市、海京のクーデターと特務の離反、新たな脅威の存在を知り、追加事項を設けた。もっとも、被害状況は現地入りするまで分からなかったが」
 どうやら信者を中心にパラミタを除く世界各地にネットワークが形成され、それらを元に上層部が判断を下しているということらしい。
 彼女の言葉を信用するなら、マヌエルやエルザのような優れた判断力を有する者がいるからこそ、手際良く組織が動くのだろう。
「最後の質問になるが、『危機が去ったので協力する』というのは、新たな危機が発生した場合、『協力して対処する』という認識で宜しいか?」
「『その危機をもたらすのがシャンバラ王国ではない』ならば。基本的にはその認識で問題ない。ただし、それは『地球にも被害が及ぶ場合』だ。あくまで我々は地球を護るためにあるということは理解して欲しい」
「ならば、その点について追加事項として明記してもらいたい。現状では、具体的な協力について触れられているのは緊急依頼の方だけだからな」
 その要望を、相手は受け入れた。
「さて、ここからは戦後処理についてだ」
 クレアは続ける。
「国家、あるいはそれに準ずるレベルの組織が軍事行動に至ることについて、それが判断ミスであろうと管理不行き届きであろうと、『結果』についての責任は明確にされなければならない」
「その点については理解している。宣戦布告をした上で軍事行動に出た以上、立派な戦争行為だからな」
 例えマヌエルの独断であったとしても、彼に全てを押し付けて責任逃れすることは出来ない。それに、謝って済むような次元の話ではないのだ。
「ゾディアックの暴走が宣戦布告の理由を与えることになってしまったのは確かだが、それによって地球・シャンバラの双方を救うための対繭作戦行動に支障をきたした。F.R.A.G.介入による様々な損害について,一定の賠償をしてもらう必要がある」
 シャンバラ側は何とかF.R.A.G.第二部隊を撃退したものの、かなりの数のイコンを失った。第二世代機クルキアータ相手に善戦出来たのは、錬度の低さと数で勝っていたためである。
「なおこれは、『将来的に不要な戦争を回避するための措置』と理解していただきたい。戦争を仕掛けて、負けても謝ればすむ、などという例は極力作るべきではない。そういう例が、戦争に向けての安易な判断を呼ぶことのないように、『戦争行為を仕掛けることの重大さ』を示す必要がある」
 賠償金を提示するに当たり、ハンスが計算を行う。シャンバラ側を潤しF.R.A.G.側に経済的打撃を与えるためではないとはいえ、海京の復興支援もそうだが、シャンバラ各地で避難せざるを得なかった人々への補償は必要だ。
「大体この金額でどうだろうか?」
 ヨーロッパの通貨単位で換算して五億ユーロ。
 第二世代イコンをシャンバラに先んじて実用化しただけでなく、維持し続けていることも考えれば、このくらいは出せるだろう。
「カール、どう?」
「クルキアータ一機当たり一千万ユーロですから、ちょうど第二部隊分に相当します。シャンバラに対して出した損害も考えれば、妥当な金額ですね」
 ふむ、と頷き、F.R.A.G.側が結論を出す。
「その金額で応じよう」
 賠償金の支払いも決まり、それも追記される。
「他に、シャンバラ側からの提案は?」
 今度は、ロザリンドが声を発する。
「今回の協定、条約を締結した後に天御柱学院とF.R.A.G.の双方を地球、パラミタの情報窓口として相互に協力していくとのことですが、具体的にどうやって協力するかを盛り込んでみてはどうでしょうか」
 協定、条約の締結に対しては賛成であり、先の戦いがこれを蹴って反目し合う理由にはならない。彼女もまた、そう考えているようだ。
 聖戦宣言以降、マヌエル枢機卿が与えた影響は大きいものの、それが教会やF.R.A.G.の全てではない。これまでの話からも、それは窺い知ることが出来る。
「お互いをよく知るために、アカデミー、天学相互に技術者や監査役の人員交流を追加事項として加えることを提案します」
「それに関してだが……」
 天学のサトー科長が口を開いた。
「差し支えなければ、学生同士の交流も入れてもらいたい。次代を担う者達にこそ、機会を与えるべきだと私は思う」
「そうですね……では、姉妹校として提携するということでいかがですか?」
 それに対し、ダリアが応じる。
「エルザ校長も『どうせ協力するなら天御柱学院と姉妹校にでもしといた方がよかったかしら?』と言っていたくらいだ。とはいえ、ここに条文を加えても、正式な提携書も別途必要になる。そちらは目の前の問題を解決してからになるだろう」
 ロザリンドからの提案が追加され、緊急依頼の方へと移る。
「こちらに関しては、断る理由がない」
 協定もまとまった以上、調印してすぐに行動を起こした方がいいだろう。
「事態の重大性は認識しています。また、そちらの協力を必要としているのは私達も同様です」
 先の戦いで疲弊しているばかりか、空京と海京を繋ぐ天沼矛内にあるイコンベースもクーデターの影響で満足に機能しない状態だ。
「こちらからも是非お願いします。また、戦う相手の情報を互いに交換したいのですが、いかがですか?」
「我々から伝えられるのは、離反した特務のことくらいだ。声の主に関しては、そちらも掴んでいると思う」
 情報交換に入る前に、協定と条約、ならびに緊急依頼への調印を済ませる。
「それでは改めまして、宜しくお願い致します」

 こうして、『休戦協定と「教会」庇護下の地球諸国とシャンバラ王国との友好条約』は締結され、F.R.A.G.と協力して戦いに臨むことになった。