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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

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●ジャタの森の一角

 私は、全ての争いを否定します。
 総ての人が仲良く、争う事の無い世界が来ればいい。

 ふふ、今の私を見て一体何人が、私がこのようなことを考えていたと思うでしょうね?
 ……ああ、誰も思いはしない、とは言いませんよ。こんな私にも友人と呼べる人はいますので。

 私は、鏡になりたいと願います。
 正義の味方、悪人、サイコパス……ありとあらゆる人の行動を映す鏡になりたい。

 私のすることに、意味なんて無い。
 争うことに、意味なんて無い。

 だから私は戦う。
 総ての人に恐れられ、怖がられる。

 無価値な私がすることは無価値。
 ……だったはずなんですけどね。


 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の戦いは、千日手の様相を呈していた。それだけではなく、二人の戦いは徐々に、その結果が重要視されるようになっていた。
 エッツェルが勝てば、ザナドゥの魔族は突進力を失い、契約者は魔族をこの地から駆逐出来る。
 アルコリアが勝てば、ザナドゥの魔族は勢いづき、契約者は魔族の蹂躙を許してしまう。

 この戦いには、意味がある。
 価値が、生まれてしまった。それもプラスどころか、どちらかと言えばマイナスの価値が。

 総ての価値ある人は、価値ある仕事をする義務があり、対価を受け取る権利がある。
 仕事の価値がマイナスであれば、対価を受け取るのではなく、支払う必要がある。

 これが無価値な人の場合は、価値ある仕事をする義務もなければ、対価を受け取る権利もない。また、たとえプラスの価値がある仕事をしたとしても、対価が支払われるとは限らない。
 ただし、本人が望むと望まないとに関わらず、仕事がマイナスの価値だった場合は、やはり対価を支払わなければならない。
 無価値な己の、それこそ総てを捨てさってでも――。


 故に私は、この安っぽい命を対価として支払いましょう。
 ……尊い命を殺める私に、到底支払えるとは思いませんけど。

 何を差し出せとおっしゃるのでしょう。
 何を支払えとおっしゃるのでしょう。

 ……そもそも、私はどうして戦っているのでしょう。


 エッツェルの振るった連接剣が、肩より下、脇腹辺りを穿つ。抉れた肉が蠢き再生を図るも、その速度はそれまでと比べ明らかに鈍っていた。


 ああ、個人とは、かくも弱いもの。


 自嘲めいた笑みを浮かべるアルコリアを、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)からの加護の力が包み込む。好機と見てとった次の攻撃を、今度はかすることなく完全に避け切る。
 さらに、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の発動した魔法への抵抗を生み出す聖なる気と癒しの力により、アルコリアは完全回復……どころかさらに強化される結果となった。


 ……でも、まあ、弱いものにも相応の矜持があります。足掻けるだけ足掻きますよ。
 折角ダンスの相手を申し出てくれた相手に申し訳ありませんが、きっと私をぶん殴りに来る友人達の相手もしなくてはいけませんので。


「……」


 それは、果たして祈りの言葉か、それとも。
 真相を誰も知らぬまま、アルコリアの呼び出した天からの火柱が、周囲を焼き尽くさんばかりに燃え盛る――。


(ふむ……このままではいずれ、こちらが押し切られるのは確実ですか。
 何より、輝夜さんがもちそうにありませんね)

 攻撃で受けた傷を回復しつつ、『古きモノの呼び声』でアルコリアの再生能力を鈍らせながら対抗していたエッツェルが、周囲に視線を配らせて状況を確認する。自分とアルコリアとの戦いは、同じ能力・拮抗した戦力により、半ば千日手状態。
「ク……クハハ……アーハハハハ!」
「きゃははははは!」
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)による魔鎧同士の戦いも似たようなものであり、今から決定的に状況が変化するようには見えなかった。
 しかし――。

「ちょ、ちょっとコイツら……シャレになってないよ! 強すぎる!」
 アーマード レッド(あーまーど・れっど)と行動を共にする緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の、焦りと恐怖が滲み出た言葉が響く。

(個人では拮抗、しかし総合では相手の方が上。
 ……となれば、リーダーであるアルコリア嬢を一時であれ行動不能に持ち込むが上策ですが……)

 考えをまとめたエッツェルが、自身の“切り札”を切るべきかの選択に迫られる。
 自身の人としての寿命を縮め、身体や魂を侵食される耐え難い苦しみを強いるその手段を、用いるべきか。

(……まぁ、それを使わないで勝てるほど、甘くはないでしょうが――)
「うわあああぁぁぁ!!」

 エッツェルの思考を断ち切る声が響き、エッツェルがそちらに視線を向けると、恐怖で顔を引きつらせた輝夜がフラワシ『ツェアライセン』を腕に纏い、まるで武器のように操りながら、ナコト・シーマ組に切り掛っていた。
(ま、まだ死ぬわけにはいかないんだからぁ!)


(不思議なものだな……ここまで来ると、敵にも味方にも敵意すら湧かん。
 達観? それとも諦観? ……そんなものはまぁ、いいか。
 アルと契約したボクが、今更他の道を選び、往けるわけではない。やるだけのことをやる、それだけだ)

 輝夜の、嵐を思わせる攻撃のラッシュに対しても、シーマは表情一つ変えず、自らの得物と技でそれらを防いでいく。最初こそ相手の得体が知れず、ヒヤリとさせられる場面こそあったものの、繰り返されるにつれて動きも見切れてきた。相当な負担なのだろう、相手が徐々に疲労していく様すら伺える。

(……ボクは手を出さない。でも、他に手を出そうとする人を止めたりはしない。
 ボクに何も、言えることはない……)

 振るわれた攻撃を受け止めると、それだけで相手の体勢が崩れた。
 そしてシーマは、相手から視線を逸らす。相手が晒した隙を、ナコトが狙わないはずがなかったから。


(……わたくしも、人の心とやらを持って苦しめば、マイロードと共に歩めたのでしょうが……)

 輝夜の攻撃をシーマが受け止めている横で、隙を伺いながらナコトが一瞬の耽りに興じる。

(この身、所詮は書、所詮は道具。
 ……ならば! 人の心が無いと言うのならば! 道具として、最期までマイロードに尽くすまでですわ!)

 直後、シーマに攻撃を受け止められた輝夜が、大きく体勢を崩す。
 決意を固めたナコトを、阻むものはない。踏み込み、鱗を装備した腕をサッ、と払えば、身体に二筋の傷をつけられ、呆然とした表情で鮮血を迸らせる“モノ”の完成であった。


「がっ! あっ……」
 まず最初に痛みが来て、その後で自分が斬られたことを悟った輝夜が、その場に膝をつく。
「!!」
 仲間の危機にいち早く反応したのは、レッドだった。それまでの戦闘で各部位に負荷がかかっているにも関わらず、レッドは力を溜め、左手に装備したパイルバンカーを臨界状態に、全速で突っ込む。射出された杭は、しかしこれもシーマによって防がれる。
「……マダダ!」
 レッドの瞳が光り、それに呼応するようにパイルバンカーが二度目の杭を射出する。予想を遥かに超える挙動に、流石のシーマも対応し切れず大きく吹き飛ばされる。三度目の射出でナコトも退けることに成功するが、負荷のかかり過ぎたパイルバンカーが突如爆発、衝撃でやはり負荷のかかっていたレッドの左腕もろとも吹っ飛んでしまった。
「ぁ……ぅぁ……」
「喋ルナ」
 何かを言いたそうな輝夜を担いで、レッドが後退を図る。ナコトとシーマがいた地点を、三連装×2のロケットが襲う。


「ぐっ……ぅああああぁぁぁ!!」
 “娘”の惨事を目の当たりにして、エッツェルもついに覚悟を決める。ローブを脱ぎ捨て、身体に貼られていた呪符、それらを隠していた包帯を全て破り捨てると、左腕の開口部から“切り札”、超高密度な瘴気と呪いの凝縮体を引き抜く。
「さあ……そろそろ決着をつけましょうか……アルコリアさん」
 身体を蝕まれるような痛みを押し殺し、エッツェルが刀のようでもあり、連接剣のようでもあるそれを振るう。得体の知れない武器に対応が遅れたか、振るった刃はアルコリアの肩より下、脇腹の辺りを穿ち、肉と鮮血を迸らせる。
(娘を、死なせるわけには行きません!)
 引き戻した刃を、再びアルコリアへ向けて振るうエッツェル。このまま押し切れれば……彼がそれを願ったかは定かではないが、しかしその願いは容易く打ち砕かれる。刃がアルコリアに届く直前、アルコリアの身体がまるで弾き飛ばされるように動き、攻撃を回避する。次に姿を晒した時には、受けた傷も塞がり、かつ魔法への抵抗も付与されているようであった。
(……だとしても、退くわけにはいきません!)
 体勢を整え、エッツェルが瘴気をアルコリアへ放つ。絡み付く瘴気で動きを阻害し、再び連接剣の一撃を浴びせるつもりだったが――。

 その直後、世界が業火に包まれた。
「ぐわあああああぁぁぁーーー!!」
 その身体故、光輝属性には弱いエッツェルの身体を、天から降り注ぐ火柱が燃やし尽くさんとする。
 それでも彼は、娘を、輝夜を死なせるわけにはいかないとの思いから、持ち堪える。

「たとえ死んでても、更に焼くだけですから」

 クスリ、とアルコリアが笑った。
 そしてもう一度、世界が業火に包まれた――。


「ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち? きゃははははっ」
 ネームレスとの手数争いを制したラズンが、半壊したネームレスに向けてか、あるいはイルミンスールに向けてか、言葉を放つ。別に回答を望んでいるわけではない。今更何が分かった、あるいは分かってもらえた所でどうなるわけでもない。ただ言葉として出てしまうだけなのだ。
「正義、信頼、そういうのは嫌いじゃない。
 それらを振るわれた側の気持ちを考えないのが嫌いなんだ。それだけだよ」
 歌を囀るようにひとしきり言葉を口にして、ラズンがスッ、と表情を消して振り向く。
 ……そこには、消し去った四つの影に代わって、新たに六つの影が加わっていた。