校長室
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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クローラとシータの勝負は中断されてしまった。 超音波が谺し、図書室の壁に反響する。 クローラのいた場所が超音波で薙ぎ払われていた。 「悪いわね。こんなこと、したかったわけじゃないけど……」 パイだった。彼女はシータの側に立つ。 「来たわ」 パイの青い目は、シータをしっかりと見つめている。睨んでいるようでもある。 「……せっかくいい勝負をしていたのだけどね。まあいいか。よく来たね、パイ」 シータはパイの視線を受けても動じず、嬉しそうに眼を細めた。 身長差のある二人で、見た目からすれば教師と生徒のようにも見えないでもない。 ようやくパイに追いついた。 だがそれは、期待していたような状況下での出会いではなかった。 両開きの扉を開け、肩で息をしながら茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、パイとシータ、二人のクランジをかわるがわる見やった。 イルミンスールの危機の報を受け図書室に乗り込んだ衿栖は、途上、クランジΠ(パイ)がこの地にいるとの情報を受けその姿を探していたのだった。 「パイ……!」 戦闘の痕跡や途上でキャッチした情報、それらを総合しようやく子リスのようなパイの姿を見つけた。そのとき衿栖は、どれだけ心が躍ったことだろう。パイとは友人、そう信じていたから。 風のような速度で走るパイを追い続け、今、こうして追いついたのだが……。 パイが対面している相手は、まともな人間のようには思えなかった。知的だが、氷のように冷たい風貌をしている。 あくまで勘だが衿栖は確信していた。あの女性は、危険だ。 近づこうとする衿栖をパイは手で制した。 「衿栖ね……私に訊きたいことならわかってるわ。こいつは、クランジΘ(シータ)」 「こいつ呼ばわりとは随分だね。友達同士じゃないか」 「いつ友達になったってのよ! けれど、私はあんたに従うと決めた」 衿栖は耳を疑った。パイが突き放したような発言をしているのは照れ隠しとは思えない。パイは本当に、このシータというクランジを嫌っているのだろう。 それなのになぜ、パイはシータに『従う』というのか。 「操られているんですか? それなら私が解き放って……」 衿栖は思念を込めて両手を動かす。いまでは両手のように動かせる四体の操り人形が、カチリと音を上げ浮かび上がった。 「いや、待て」 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)が衿栖の肩を押さえた。小声で告げる。 「シータというクランジについては初めて耳にするが、これまでの連中とはタイプが違うように思う。シグマの影で暗躍していたのは彼女だろう。下手に動くべきではない」 ところが茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は別意見のようだ。背中に火をつけられたかのように猛り口を開く。 「朱里は反対! ああいう腹黒そうなやつは大嫌い! 斬り込み役ならいつでも果たせるわ、悪いクランジは真っ二つにしてあげる! さっさと攻撃命令を下して!」 いずれの意見にも耳を傾け、それぞれに賛成したくなる衿栖であったが、たまらなくなって一歩進み出た。 「教えて下さい! パイ! そのシータという人が……」 あっはっはと笑って、シータは衿栖の言葉を遮った。 「回りくどい言い方はやめて白状しようじゃないか。そうだよ。このシータが、今回の件の立役者さ。校長暗殺も私の計画、うじゃうじゃいる安物のクランジも私が連れてきた」 「イルミンスールには迷惑をかけたと思ってるわ。ごめんね、でも、あたしは自分の意思でシータに従っているの……実を言うと今日は、シータに会うためにやってきたんだから」 ひとつひとつの言葉を、重い鎖でも引きずるようにパイは口にした。 「衿栖、あんたのことは嫌いじゃないから……黙って引き下がれば危害は加えない。そしてシータ!」 きっ、と毅然とした表情でパイはシータに向き直った。 「あたしを引き入れる目的は果たしたし、クランジの脅威を知らしめることもできたでしょう? 付いて行くからもう手勢を退いて」 「私はそれでもいいが」 目を細めてシータは衿栖たちを見回した。 「衿栖くんというのかな? 彼女たちは納得していないようだよ」 もう一歩、衿栖はパイに近づいている。朱里は梟雄剣ヴァルザドーンを握りしめ、レオンは二人が飛び出さないよう警戒しながら従った。 「パイ、ローのことは聞きました? ローは蒼空学園にいるんですよ、戦いから離れ、穏やかな日常を過ごしているんです。あなたの居場所はローの隣でしょう? どうしてあなたは、シータを選んだのですか!?」 衿栖の問いは痛切な、身を切るようなものだった。しかし、 「それは衿栖が判断した幸せの尺度よね? ……人間でもない、純粋な機晶姫でもない、兵器として作られたクランジを差別し、憎む人たちのいる世界に私たちの居場所なんてないわ。ローのことは、世界を変えてから迎えに行く」 寂しそうな顔でパイは微笑したのである。 「これが私の出した結論……私は、やっぱりクランジなの。あんたたちとは相容れない」