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序章 〜眠り姫〜
――2021年8月。
そこには、眠り続ける少女がいた。
歳は十代半ばといったところだろうか。銀色の髪と透き通るような白い肌を持つ、精緻な造形の顔立ち。まるで、『神』という名の芸術家が己の技術の粋を集めて創り上げたかのようであった。
おそらく、その表現はあながち間違ったものではない。かつて存在した、『神』の領域に踏み込もうとしていた六人の天才。世界最高峰の知識と技術を持っていた彼らが、彼女の『親』なのだから。
「童話の中では、眠れるお姫様を起こすのは王子様の役割なんですけどね」
青年は自嘲するように呟いた。とてもじゃないが、自分は王子様という柄じゃない。そうやってあまり意味のないことに思考を巡らせることが出来る程度には、心に余裕が生まれていた。
(大佐。あなたから与えられた最後の任務、果たしてみせますよ)
掌の中にある、一枚のメモを握り締めた。
青年の脳裏には、その時の言葉が焼きついている。
――もし私が戻ってこなかったら、その場所に行け。そして私の代わりに彼女を起こしてやってくれ。あの子なら、私の残した理論の全てが理解出来るはずだ。
この世界に誕生するのが早過ぎた存在。彼女を目覚めさせることのリスクについても、あの人は説明してくれた。その上で、「あの子を頼む」と。
ここにいる少女の『正体』は、まだ公に知られてはならない。知られれば、彼女を……正確には『彼女の技術』を欲する者達に狙われることになる。
この少女を守るため、あの人はその存在を秘匿し続けていた。それでも、彼女は眠らせたままにはしたくなかったのだろう。その葛藤と、2012年の後悔をずっと抱えて、あの人は生きていたのだ。今は、それが分かる。
メモに記された手順に従い、少女を起こした。
「お目覚めですか?」
彼女は、ゆっくりと瞼を開いた。銀色の瞳が現れる。
「……あなたは?」
問われ、青年は自分の名を告げた。
「君を迎えに来ました」
それからすぐに、スーツのポケットからカードを手渡した。
「極東新大陸研究所のIDカードです。これが君の身分証明書になります」
「…………?」
少女が首を傾げている。その反応は当然かもしれない。彼女には名前がなかった。今この瞬間、彼女は一人の人間としての名を得たのである。
(この有様だと、白雪姫というよりは眠れる森の美女ですよね)
青年は改めて彼女の身分証の名前へ視線を送った。
「君の名前です。戸籍上は氏の親戚ということになります。氏のことはご存知ですね?」
「肯定(イエス)」
彼女の『親』の一人だ。あらかじめ記憶されていたとしても何ら不思議なことではない。
「質問」
少女がじっ、と真顔で青年を見てきた。
「私が『何』か、知ってる?」
「はい。大佐――ジール・ホワイトスノー博士から聞きましたから」
微笑を浮かべ、少女に向かって手を差し出した。
「行きましょう」
「了解(ラジャー)」
まだぎこちない動きながら、青年の手を取り、彼女は立ち上がった。
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