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なし

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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

リアクション


・1月28日(金) 11:00〜


「そろそろ、約束の時間かー」
 桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)は、海京北地区にいた。飛行機でやってくるであろう、メアリー・フリージアを待っているからだ。
 何か癒しが欲しい。
 そう思ったのは、学院からの通知が原因だった。出席単位がギリギリであり、あと一度休めば留年確定という内容だ。休まなければ、ちゃんと卒業出来る。だが、それは彼にとって決して容易なことではなかった。
 ネトゲのやり過ぎで、生活サイクルが完全にそれに馴染んでしまっているからである。しかも、よりによってその単位というのが一限の科目なのだ。なぜそんな科目を取ってしまったのかと言えば、過去に取りこぼした必修単位であるため、選択せざるを得なかったのである。
 今、彼は境界に立っている。
 地球とパラミタではなく、卒業と留年の。
 しかし、悩んでいても仕方ない。そこで、気分転換と近況確認をかねて、メアリーにメールを送ったのだ。
 半年前に、世界を見て回ってくると言ってたが、どんなことを考え、そして彼女はどう変わったのだろうか。
「それにしても、何で私だけいつも授業受けてるんですかねー?」
 リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)が景勝を横目に見てくる。なお、この期に及んで一度その科目の出席を彼女に任せていた。担当教員にバレてないことを祈る。
「あ、例のものは用意しました。サイズは合ってるはずです」
 必要なものは揃った。
「お久しぶりですわね」
 メアリーの姿はすぐに見つかった。髪型こそ変わり、以前の半分くらいの長さになっていたが、変わりなく元気なようである。
「メアリーちゃん、髪切ったんだ」
「ええ、ちょっとした心境の変化ですわ」
 世界を見て回る、ということで気持ちを入れかえるためにそうしたのか。ただ、彼女の様子を見る限り、悲しいことがあったとかではなさそうだ。
「じゃ、ニーバー。例のものを」
「じゃーん! これメアリーさんの制服です」
 というわけで、早速着替えてきてもらう。
「おお、似合ってるぜぇ。さすが、ファッションモデル」
「こ、これでいいんですか?」
 今年で二十五歳になるんだったか。しかし、普通に着れてしまうあたりがすごい。違和感なく十代の学生で通るだろう。
「それで、本日はどちらへ?」
「その格好で分かる通り、学院だぜぇ!」
 そのままメアリーの手を取り、天御柱学院まで案内した。
「俺達からすると、日常系っていえば学園生活! ということで、今回は天学に潜入して日常生活を楽しもうって趣向だぜぇ!」
 自信満々に叫ぶと、ニーバーから肘鉄が飛んできた。
「ばれたら不味いって言ったじゃないですかー」
「す、すまん」
 世間的には、デザイナー活動を休止し、ブランドの経営も他の人に任せているため、休養中ということになっている。それが、制服コスプレして学校にいるというのは非常に問題だ。それよりも、彼女は世界的な知名度が高い。学院も大変なことになってしまうだろう。
 そういうわけで、ここからは気をつけることにした。
「ちょうど今、選挙活動期間中かー」
 学院には気が向いた時しか行かないため、知らなかった。というよりも、1月になってから何度か来てはいるが、ほとんど興味がなかったので気付かなかったというのが正解だろう。とはいえ、ここ最近の不祥事を考えれば、イコンの最終的なキーは学院が管理した方がいいんじゃないか、程度には思っていた。
「綺麗な校舎ですわね」
「とりあえず、オススメスポットを紹介するぜぇ」
 ラウンジから談話室にかけての昼寝スポットを教え、それから無線LANの使えるポイントまで案内する。学院の中では基本的にどこにいても繋がるが、電波が悪い場所というのはどうしても存在する。快適なネット(ゲーム)環境のある場所をメアリーに伝えた。
「何だか、わたくしの知らない世界ですわね。色々なものを見てきましたけど……世界って本当に広いですわ」
 感心するところも、紹介する場所も間違っているような気がするが、気にしない。この授業を受けるのも面白いだろうが、それは午後になってからだ。
「じゃ、学食にでも行くとするか」
 そこでゆっくり話すことにしよう。
 景勝としては、メアリーは気になる子だ。だが、恋愛感情として好きなのかは分からない。ただ、彼女のことをもっと知りたいし、仲良くもしたい。
「本当に色んなことをしてきたんですね」
 メアリーが写真を景勝の前に広げた。普通の旅行のようなものもあったが、ヒマラヤ登山やアフリカの少数民族との交流、インド人とダンス、貧しい孤児院で洋服を繕うなど、本当に世界一周をしているようであった。
「ですが、まだ訪れた国は百にも満たないですわ。この世界には、わたくしが思っていたよりもたくさんの国があると知りました」
「かっこいい男の人いましたー?」
「何十回かは口説かれましたが、皆さん魅力的な方でしたわ。全て丁重にお断りしましたが」
 メアリーが目を細めた。
「どうしてですかー?」
「好きな人がいるのに、他の男性とお付き合いは出来ませんわ」
 ちらりと景勝を見た。それが本気なのか冗談なのかは分からない。
「オススメのBL本ありますー?」
「びー、える?」
 聞きなれない単語のせいか、メアリーがきょとんとしている。
「えーっとですねー」
 何やらニーバーが耳打ちすると、メアリーが顔を真っ赤にした。
「そ、そんなものが! 何とまあ奥が深い……いえいえ、しかし世界には本当にわたくしの知らないものが溢れかえっていますわね」
 前々から思っていたことだが、メアリーは天然なところがある。ただ、それもこうしてゆっくり出来ることになったから、強く感じられるものだ。
「おっと、もう予鈴か。じゃ、メアリーちゃん。授業受けに行こうぜぇ」
 三人は、パイロット科の講義へと向かった。