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なし

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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・最終演説


「はい、生徒会役員立候補者インタビュー最新版ー! 演説、投票の前におさらいしてはいかがですかー?」
 最終演説前、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)はパートナーのひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)が描いた漫画記事を配布していた。
 

* * *


「さてさて、おなもみ、あなたが頑張るのはもちろんだけど、インタビューしてなかったコがまだいるみたいよ?」
 数日前、スケジュールの都合から取材出来ていない立候補者が残っていたことに気付いた。
「そっちも取材行こうよ。小さな不公平は銀河の崩壊を招くわ」
 なるべく公平に、というのもあるが、実際にはインタビューして回るのが楽しいだけだったりする。そんなこともあり、おなもみと共に残りの候補者の元へ向かったのだ。
「こんにちは」
 会計監査立候補者の蜂須賀 イヴェット(はちすか・いう゛ぇっと)に声を掛けた。
「あ、私は愛のピンクレンズマンですが、今日は記者なんです。えへへー、なんかかっこいいでしょー。あ、そうでもないですか?」
「えーっと……ってことは何かの取材かしら?」
 あゆみは頷いた。
「立候補者さんのところを回ってお話を聞いて、このおなもみが漫画にして配るということをやっています」
「新聞部も変わった試みを始めたみたいね」
「いえいえ、あゆみは新聞部じゃなくて……これは、ビジュアルで訴えた方がいいものもあるんだぞっていうのを分かってもらうための手段です。このコの武器って漫画しかないですからね」
 そこまで口にしたところで、相手も気付いたようだ。選挙活動のやり方がやり方なため、立候補者であるおなもみの名前が分かっていても、顔までは知らなくても不思議ではない。
「そうです、うちのおなもみも立候補中だからあなた方と同じ立場なんですよ。一緒に生徒会の役員さんになれたら、仲良くしてあげて下さいね」
 笑顔を向け、取材を始めた。
「QX。じゃ、早速おなもみが漫画にしたのを刷って、配って来ますね。んじゃ、お互いクリア・エーテル」
 ウィンクし、印刷室へとあゆみとおなもみは駆け出した。

「さてさて、おなもみ。演説とかちゃんと考えてるの?」
「演説……そうか、最終演説五分、だったよね。旧イコンデッキの特設会場でやるくらいだから、多少パフォーマンス的なことをしても大丈夫みたいだけど、さすがに漫画でするわけにはいかないもんね」
「これだと小さいってことなら、大きくすればいいじゃない。ええと、学院の備品を借りるには……」
 あゆみは印刷室の内線を使って問い合わせしようとしたが、
「あ、いやいや、大っきいホワイトボードとか頼まなくていいいから。あゆみ、落ち着いて」
 と、制止された。
「おなもみがそう言うんならいいけど……でも、やるからにはやっぱり当選したいよね。ま、あれだよ。落ちたら焼肉でも食べに行こ」
「当選したら?」
 おなもみがあゆみに問う。
「焼肉パーティ☆」
「一緒じゃん」
「あははは、一緒だね。そう、あゆみが食べたいだけだよ。
 ま、いいじゃん。どっちにしたって、この一ヶ月頑張ってきたんだしね」
 あとは、やるだけのことをやるだけだ。

* * *


 最終演説は、庶務、会計監査、会計、書記、副会長、会長候補の順で行われる。今は、会計候補のセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)が終わったところだ。同じ会計候補である六連 すばる(むづら・すばる)が壇上に立ち、演説を始める。
「今回生徒会執行部会計役員に立候補致しました、パイロット科二年六連 すばるです」
 意志のこもった瞳で会場を見渡し、言葉を続けた。
「今回は、この場にて最後のお願いを致したいと思います。
 ワタクシは、この学院の旧体制によって捻じ曲げられた『強化人間』への偏見を払拭するため、この役職に立候補致しました。強化人間という種族、パラミタ化されたワタクシ達の存在は地球とパラミタを繋ぐ新たな架け橋に、また、この天御柱学院を支える力の一つになる、そう思いたいのです!
 どうか皆様、ワタクシに清き一票をお願い致します」
 演説が終わると、拍手が巻き起こった。
 続いて書記候補の番となり、おなもみは檀に上がった。
「生徒会執行部書記役員に立候補しました、中等部のひっつきむし おなもみです。『週刊少年シャンバラ』で漫画家やっています」
 会場には、立候補者インタビューの漫画記事を手にしている者の姿も覗える。そのことに、やや安心感を覚えた。
「書記という役職に立候補したのは、ビジュアルで伝えられることってもっとあるんじゃないかなって思ったから、そしておなもみの能力が皆に喜んでもらえると嬉しいから……皆様、清き一票を☆。
 以上、よろしくお願い致します」

 順当に演説は進み、いよいよ会長候補の番となった。
 天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)は、壇上から学院の生徒・教職員を見渡した。生中継を行っている放送研究会のカメラの姿もある。
 生徒達の顔には戸惑いの色があった。それもそうだろう。今の鬼羅は、普段の女装でも全裸でもなく、天御柱学院の男子制服を着用し、そこそこに長い髪もちゃんと整えて、後ろで縛っている。彼をよく知る人間からすれば、「誰だお前」状態だ。元々顔立ちがいいため、キッチリとした今の姿はまさに「出来る男」だ。
「生徒会長に立候補する高等部二年パイロット科所属! 天空寺 鬼羅だ!!
 まー基本的に言いてぇことは以前の演説で言った通りだ」
 世界のバランスはさして重要ではない。自分達が過ごす日常を大切に積み重ねていけば、自ずとバランスは取れる。誰かが間違えたなら、仲間がそれを正してやればいい。それが、鬼羅の主張であり、彼なりのバランスの取り方だ。五艘姉妹に真っ向から対立し、かつ聡よりもストレートだ。
「最後に今日言っておきたいことがある! オレは抗ってきた。そしてたくさんの間違いも犯してきた。だがこの学院へ来て、恩師や仲間が出来ていろいろな思い出が出来た。そして省みることが出来た。日々の積み重ねを経て、オレは今こうしてこの場にいることが出来ている。強さを手に入れるためにもがけている! ありがとうと言わせてくれ!
 選挙の結果がどうなろうとオレ達なら何とかなる、何とか出来ると信じてるぜ! 以上だ!」
 言い終えるなり、鬼羅は自らの制服を掴んだ。
「ってことでオレは脱ぐぜ! どんどん脱ぐぜ!!」
 その下には、いつものセーラー服があった。髪も解き、歯を見せて笑った。
「かたっ苦しい挨拶は終わりだ。今日は授業も休みだ! まー投票した奴はバカ騒ぎでもして楽しもうや!!」
 仁王立ちした状態で腕を突き出し、親指を立てた。
 拍手の音が耳に入る中、鬼羅は壇上から降りた。

「よし、行ってくる」
 続いて、ドクター・バベル(どくたー・ばべる)の番だ。
 五分で語れることは決して多くない。それは、ここまでの候補者を追っていれば分かる。公約や自分の掲げる理念は、選挙活動期間の間に伝えた。「最高技術の導入」と「技術者の倫理教育」、特に後者は重要だ。倫理教育カリキュラムの導入と共に、ひたすらに発展を望む「技術的に出来る」ことと、それを制御する「倫理的にやっていい」ことの両輪を確立する。理想論も実際に描かなければただの絵空事で終わってしまうため、その一歩が必要だ。倫理観の欠如は、旧体制の忌むべき闇だ。6月事件の悲劇を繰り返さないためにも、まずは礎となる人――技術者でなくとも、契約者には自分の持つ能力とそれを行使することに対する自覚と責任を持たさなければならない。
「最後に。誰が会長になろうと演説を聞いた皆へ、これだけは肝に銘じて欲しい。新体制になれば、一人の超人によって理想の学園が贈呈されるわけではない。これが始まりであり、一人一人の努力、それなしには造れないのだということを。そして願わくば、諸君らの動機を作る者が、この俺であることを願い、演説を終えよう」
 一礼し、檀上をあとにした。
 選挙に負ければ、唯の人……ではない。自分の考えを伝え切ったなら、ここからが始まりだ。自らの最終目標に至るための。
 神に並び、超える技術。それが幾つも出てきたら、それは神の叡智ではなくありふれた技術となる。そうなれば、奪い合うことなく日を浴びる場所に存在出来る。第一世代までのイコン技術やそこに使われていた機晶技術が、今では地球に広まっているように。

「お疲れ様」
 ノア・ヨタヨクト(のあ・よたよくと)は、演説を終えたバベルに飲み物を差し出した。
 現在、バベルは高等部一年。会長に当選し、来年も再選すれば二年間の時間を得ることになる。だが、バベルの目標を考えると、それはあまりに短い。それでも、生き急ぐほどにひたむきな彼女を、ノアは見守る。
 答を与えることは出来るが、最悪の状態は回避出来ても真っ白な明日は作れない。身を引いた者は、この位置にあるのだろう。あくまで、明日を作るのはその人自身だ。この学院の大人とはそれを弁え、若い世代に対し信頼と期待を抱いているのだろう。
 そして演説は残すところ、山葉 聡と五艘 なつめとなった。