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リアクション
十四
一直線に伸びた「憂うフィルフィオーナ」が触手に絡みついた。その瞬間、【爆炎波】を乗せた糸は、いとも容易く触手の胴体を断ち切った。
しゅるり、と手元に糸が戻っていく。
「ここは危険です、今の内に早くお逃げ下さい」
壊れた家屋の陰で震えている親子に沢渡 真言(さわたり・まこと)は話しかけた。ここからなら、空港が近いだろうと経路を細かく指示する。
親子が何度も頭を下げて立ち去ると、真言は触手に目を向けた。再生が始まっている。
「さて、どうしますか」
毒や石化が有効なのは既に連絡を受けて知っていたが、生憎、真言は役立ちそうなアイテムも術も持っていない。
「そこの人」
振り返ると、眼鏡をかけた男が立っている。殺気や敵意はない。
「もしかして、毒をお探しかな?」
茶目っ気のある言い方だ。真言が頷くと、その男――ヤハルは小さな袋をぽんと放って寄越した。
「痺れ薬だが、役には立つだろう」
「ありがとうございます。あなたは?」
「僕はヤハル。今、手分けしてそれを配っているところだ。そいつらを滅ぼすのは難しいが、時間を稼いでくれれば、きっとカタルが奴を封じるはずだ」
ヤハルとカタルの名を聞いて、これが例の、と真言は頷いた。別の用事で町を訪れていたのだが、この騒ぎですっかりそちらを忘れていたのも思い出した。
「ところで、怪しい奴を見なかったかい?」
「怪しい奴――ですか」
咄嗟にある人物を思い浮かべたが、それは違うだろう。
「どんな人ですか?」
ヤハルは困ったように笑った。
「人かどうかも分からないんだ。敵だとしか」
「それはつまり、この化け物を甦らせたということですか?」
「おそらく。難しいだろうが、気になった奴がいたら教えてくれ。じゃあ」
ヤハルが瓦礫の向こうへ去っていき、真言は再生を進める触手と手の中の袋を見比べ、これをどう使おうか考えた。
火動 裕乃(ひするぎ・ひろの)は、茶屋から出た漁火たちを【隠形の術】で尾行していた。触手が暴れているルートを器用に避け、町外れに向かっているようだ。
一行が材木置き場に差し掛かったとき、
「お姉さん、だーれ?」
不意に背後から声をかけられ、裕乃は飛び上がりそうになった。少女が裕乃を見上げている。
「お、お嬢ちゃん、何してるのかな? お父さんかお母さんは?」
「知らなーい」
少女は首を傾げた。
「何だ。女が一人、か……」
反対側から今度は別の声がした。男だ。更に、
「忍びですか。一人でなかなか、いい度胸ですね」
と、別の少女が現れた。斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)、それに大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だ。
三人に囲まれ、裕乃は材木置き場の塀に追い詰められた。
「ねーえ、このお姉さん殺したら、あのお姉さん、ハツネのこと、褒めてくれるかな?」
「ああ、多分な」
と鍬次郎が頷くと、ハツネはクスクスと笑った。
「黒炎で殺されるのと、切り殺されるのと、バラバラにされるのと、どれがいーい?」
無邪気な、そしてあまりにも恐ろしい問いである。――ちなみにハツネがボディガードと知るや、エッツェル・アザトースは逃げ出した。
裕乃はガバッと土下座した。
「すみません! 実は僕、覗きが趣味で、何だかぞろぞろ妙な一団がいたのでつい尾行を! でも面倒には関わりたくないし、あの、今日のことは誰にも何にも言いませんから!」
しくしくと泣き出す裕乃の頬に、鍬次郎が「大和守安定」の刀身をぴたりと当てた。ひんやりとした感触に、裕乃の涙が引きそうになる。
「うーん、そうだなあ。俺の好きなものを当てたら、考えてやってもいいぜ」
「す、好きなものですか?」
「分からないか? 分からないよな、そうだよな。教えてやるぜ。俺はな、死体が好きなんだ。死体を嬲るのがな!」
鍬次郎が言い終わるや否や、裕乃は材木を倒し、しゃがんだ体勢のまま飛び上がると塀に手をかけた。
「甘い!」
葛葉の刀が、裕乃の脚を切り裂いた。「くっ!!」
それでも裕乃は、腕の力だけで塀を乗り越えた。直後にどぼんと大きな水音がした。
「逃げたか」
鍬次郎は刀を鞘に戻した。塀の向こうは、材木を運ぶための川だ。
「簡単に探せますよ」
「いいさ。その気がありゃあ、また襲ってくる。楽しみはそれまで取っておこう。今はあれだけで、腹いっぱいさ」
鍬次郎が指差した先には、触手が何匹もいた。
「クククッ、全く面白えことしてくれるぜ。なあ?」
鍬次郎のことは嫌いだが、それについては全く同感だと思う葛葉だった。
美味しい和菓子を食べられると喜び勇んで葦原島にやってきたリリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)は、大蛇に生えた腕を見て、焦った。あんなに腕があっては、この町の和菓子全てが取られてしまう!
何とか阻止しようと走っていたリリアは、漁火一行と、パートナーである三途川幽を見かけた。
「あれれ? 幽、また迷子さんかと思ったら……」
ぴょんっと漁火たちの前に飛び出し、リリアは八十度ほど腰を折り曲げ頭を下げた。
「幽を保護してくれて、ありがとうです」
久我内椋は咄嗟に柄に手をかけた。それを漁火がやんわりと止めた。
「お嬢さんはこのお人のお友達ですかね?」
「はい、そうです。お世話をおかけしました」
「いいえ、いいんですよ」
漁火は悪戯っぽく微笑むと、幽の耳元で何事か囁いた。
虚ろな目のまま、幽はゆっくりと頷く。
それじゃあ、と手をひらひら揺らしながら漁火は椋の後に続いたが、不意に足を止め、
「ちょいと面白いことを思いつきました。また後で連絡しますよ」
にんまり笑い、たちまち姿を消してしまった。
やれやれと椋は嘆息する。漁火が何を考えているか、今一つ分からない。だが、面白い女ではある。しばらく、様子を見るのも悪くないだろう……。
ちなみに。
「まったくもうっ、私に黙ってお菓子を食べようとするから迷子になるですよっ! 一体、何を食べたですかっ?」
というリリアの頓珍漢な説教を食らっていた幽は、エンシャントワンドで突然彼女に殴りかかった。
驚いたリリアが咄嗟に【子守歌】で眠らせ事なきを得たが、目を覚ましたとき、茶屋で漁火に会って以降のことを彼は全く覚えていなかった。
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