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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   十七
 地上で大蛇を相手の死闘が繰り広げられている頃、カタルたちは社に足を踏み入れた。
 何重にも張られていた鎖は断たれ、扉は開いている。その中央に、小さな箱が置かれていた。“玉”を入れてあった木箱だ。
 練は木箱を覗き込み、持ち上げ、引っ繰り返した。
「ただの木箱だよ?」
 耳元で振ってみたが、二重底になっているようでもない。
「これも、ただの水晶玉のようだが……」
 ダリルは拾った“玉”の欠片を指先で弄び、眉を寄せた。割れたために、本来ある「力」が消えたのだろうか?
 オウェンは懐から、手の平程度の小さな鏡を取り出した。丁寧に綿で包んである。
「それは何?」
と、ルカルカ。
「“玉”の代わりだ。――どうだ、カタル?」
「ミシャグジは飢えています……」
「どうやらヤハルたちは、うまくやっているようだな」
 オウェンは鏡を床に置いた。カタルがその前に座り、目を閉じた。
「それに封じるってこと?」
「少し違う。そもそもこの社は、“玉”を置くための物だ。悪しき感情を持つ者は入れぬよう、入り口に封印を施してあった」
「切られてたよ?」
と、練。
「破った者には、感情がなかったのだろう。敵も考えたものだ」
「封印とした者と、あの忍者を置いた者は同じだな?」
「それも少し違う。封印をしたのは我らが祖。そのために力を貸し、傀儡を置いた者は同一人物だ。この社は、他の社祠とは違う。この洞窟で唯一、安全な場所――」
 オウェンが柄にもなく饒舌になっているのは、カタルに余計な質問をさせないためと、ここに来て彼も興奮しているからだろう。
 カタルが布を外し、両目を開いた。
 ダリルは瞬間、息を飲んだ。カタルの右目には、布と同じような文字が浮かんでいた。ただし、意味は全く違う。
 飢え。虚ろ。空。欲……。
 そういった言葉が彼の右目の中で渦巻き、そして消えた。カタルの右目は、全くの空洞と化した。
 ウオォン、と獣のような声が響き、社が揺れた。
「何!?」
 練とルカルカは、咄嗟に身を寄せ合った。
「ミシャグジが暴れているのだ」
「どういうことだ?」
「この洞窟は、ミシャグジそのもの、いや一部。つまりここは、既にミシャグジの体内なのだ」
「何だと!?」
「見て!」
 練の声にカタルを見ると、少年に何かが吸い込まれていくのが分かった。何か、強い力、気、或いは――、
「ミシャグジが蘇るためには、多量の生命エネルギーを必要とする。奴はそのために触手を伸ばし、人を食らう。故にそのエネルギーを奪えば、再び眠りにつく」
「では、あれは」
 カタルの「眼」にミシャグジの生命エネルギーが吸い込まれていく。ミシャグジが人々から、生き物から奪ったものが。
 カタルが膝立ちになり、その体が激しく震える。大量の生命エネルギーが、小さな体では収まりきれぬと暴れている。
 カタルの「眼」には、一つの光景が映っていた。

 ――生命エネルギーを吸い取られ、次々に倒れていく一族の者たち……。

「吐き出せ!!」
 オウェンの声を合図に、カタルは鏡を覗き込んだ。今度は少年の口から、同じものが流れ出ていく。鏡はそれを、事もなげに吸い取る。
 やがて全てを吐き出すと、カタルはその場に倒れ込んだ。
「カタルさん!」
「カタル!」
 練とルカルカがカタルに駆け寄り、オウェンは鏡を拾い上げた。
「それをどうする?」
「前と同じだ。箱に入れ、ここに置く。うまくすれば、また五千年は持つだろう。そして侵入者を駆逐する」
 あっとダリルは声を上げた。
「あの忍者たちは、このエネルギーで動いていたのか!」
 ミシャグジ自身の力を利用して、その復活を企む侵入者を撃退する。誰だかは分からないが、これを考えた人物は相当捻くれているとダリルは思った。
 オウェンは箱に鏡を入れ、封印の準備を黙々と続けている。
 彼は遂に、カタルを振り返ることはしなかった。


 そして地上では。
 突然触手と大蛇は力を失い、地面に落ちた。ぴくりとも動かない。
 封印が成功したのだと、契約者たちは悟った。
 だが、葦原の町は壊滅的なダメージを受け、多くの人々が犠牲になったのだった。