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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~

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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~
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第四章  御狩場に潜む者達

「セルマ殿、リンゼイ殿。申し訳ありませんが、御狩場奉行様は、皆様にはお会いにならないとのことです」

 御狩場巡察役、有野 誠一郎(ありの・せいいちろう)は、苦渋に満ちた顔でそう告げた。
 
「そんな……どうして!」
「昨日のお話では、会って頂けると――」

 予想外の返事に、有野に詰め寄ろうとするセルマ・アリス(せるま・ありす)リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)
 御狩場に不法侵入者がいる件について、調査の許可を願い出たセルマとリンゼイに対し、御狩場奉行は『今日の夜、会って話を聴く』と約束していたのである。

「まずは、お聞き下さい。御狩場の不法侵入者については、調査が行われることになりました。それも、御奉行様直々に」
「御奉行直々……?」
「『御狩場は、我等東野の者が将軍様より代々管理を任されし処。その差配を外国の方々に委ねたとあっては、我等御狩場役一同、面目丸潰れにござる。我等のみの力にて、きっと解決してみせます故、何卒手出し無用に願いたい』御奉行様より、こう言付かって参りました」

 そう言われても、セルマとリンゼイとしては収まるものではない。
 リンゼイは、なおも食い下がろうと口を開きかける。
 その時、目の前で頭を下げている有野の身体が、わずかにではあるが震えている事に気がついた。
 まるで、何かに耐えているようにも見える。

「どうしたのですか、有野さん。――何か事情がおありなのですか?」
「は、はい……」

 そう消え入るように返事をしたものの、有野は尚も顔を上げようとしない。

「有野さん、何か困ったことがあるなら、遠慮なく話してくれよ。そりゃ、俺たちは外の人間だけどさ、項坂馬(こうはんば)みたいな、この島の自然を守りたいって心は、有野さんにも負けないつもりだぜ」

 自分の気持を、切々と訴えるセルマ。

「セルマ殿。なんという、かたじけないお言葉……。では、恥を忍んでお話致します」

 セルマの言葉が有野の心に届いたのか、彼は顔を上げると、訥々(とつとつ)と話し始めた。

「どうやら御奉行様は、何者かの圧力を受けているようなのです」
「圧力っていうと『今回の件を調査するな』という事ですか?」
「はい。私も詳しい事は分からないのですが……。今回の皆様の申し入れに対し『調査は自力で行うから協力は必要ないと言って調査団の介入を防げ。しかし調査はせず、そのまま放置しておけ』という上からの指示があったようなのです」
「上って……誰なんですか、一体?」
「それは、私にはわかりません。御奉行様にも直接お聞きしましたが『そなたは、知らぬほうが良い』とだけ……」
「余程の大物、ということなんでしょうか……」
「……話はわかったよ、有野さん。でも、そこまで聞いちゃ、引き下がる訳にはいかないぜ」
「せ、セルマ殿――?」
「要するに御狩場には、知られたら困る何か、しかもお偉いさんに関わる何かがあるってことだろ。なら、調べにいかない訳にはいかないぜ。なぁリンゼイ?」
「もちろんですわ。許可が頂けないのであれば、勝手に行くまでのこと――申し訳ありません、有野さん。私たち、ここからは自分の判断で動きます」
「リンゼイ殿まで!!」
「有野さん。悪いけど、俺たち行くよ。出来れば有野さんには黙認してもらいたいけど……。御奉行に訴えるっていうんなら、それでもいいぜ」
「もし黙認して頂けるのであれば、そもそもここでのお話は無かったことにして下さい。私たちが行動を起こすことを知らなかったのであれば、有野さんがお咎めを受けることも無いはずです」
「セルマ殿、リンゼイ殿――」

 何かを考えるように、じっと床に目を落とす有野。
 やがて意を決してように、顔を上げた。

「――それは、出来ません。しかし、御奉行様に注進することも致しません。――私も、お二人と一緒に参ります」
「有野さん!?」
「そんな事したら、有野さんの身が――!」
「私は大丈夫です。私は昨年の大水で家族を全て失い、今は天涯孤独の身。私に何か遭っても、悲しむ者はおりません。それに、この東野とは何の関わりもない皆様がそこまで覚悟を決めておられるのに、私が何もしないとあっては、我等東野の侍は末代までの笑い者となりましょう」

 有野は懐に手を入れると、一通の書状を取り出した。
 表には、『辞表』と墨書されている。

「御奉行からお話を聞いて、自分の仕事に誇りが持てなくなりましてね……。いつか出そうとしたためておいたのですが――こんなに早く使うことになるとは思いませんでした」

 有野は、何かが吹っ切れたように笑う。

「有野さん……!」
「あんた、本物の侍だぜ」
「さぁ皆さん、そうと決まれば善は急げです。現地には、私が案内致します――さぁ、参りましょう!」

 有野に従い、外に出るセルマとリンゼイ。
 彼らの行く手を照らすように、空には、煌々と月が輝いていた。
  


「待てぃ、曲者!」
「待てと言われて、待つ奴がいるかっ!」
「おのれ、ちょこまかと!」
「へへっ、捕まえられるものなら、捕まえてみろっ!」

 鬱蒼と茂った御狩場の森の中を瀬乃 和深(せの・かずみ)が駆け抜けていく。
 手に手に刀や弓を持った追手が追いすがるが、【疾風迅雷】で加速した和深に、いいように翻弄されている。

 『静森(しずもり)の主』を名乗る巨木の精に、森を荒らす謎の武装集団を追い払うよう懇請された和深たちは、まずその規模を探るべく、威力偵察を行なっていた。

 具体的には「忍びである和深が敵に陽動を仕掛け、注意を引き付けている間、パートナーのウォドー・ベネディクトゥス(うぉどー・べねでぃくとぅす)と和深の【下忍】たちが敵の懐深く入り込む」という作戦である。

 森を上手く使って追手を巻いた和深は、待ち合わせ場所まで来ると、【隠形の術】で姿を隠した。
 彼を探す男たちの声と足音が、徐々に遠ざかっていく。

 (ウォドーのヤツ、そろそろ戻ってきてもいい頃合いなんだが――)

 撤退を示す《インフィニティ印の信号弾》が上がってから、かなり時間が経っている。
 下忍はともかく、【ナノマシン拡散】で姿を隠しているウォドーなら、それほど撤退に時間がかからない筈だ。

(まさか、何かあったか……?)

 和深が、ウォドーの身を案じ始めた時――。

「わりぃ、遅くなった!」

 不意に、和深の耳元で声がした。

「うわわっ……!なんだ、ウォドーか……。脅かすなよ、もう!」
「そんなコトより、逃げるぞ!!」

 和深の文句にはまるで耳を貸さずに、すごい勢いで逃げていくウォドー。

「逃げるぞって……つけられたのか、あんた!」

 慌ててウォドーの後を追う和深。
 その背後から、追手の気配が迫る。

「見張りの中にやたらと勘のいいヤツがいやがって、俺様に気が付きやがった」
「それじゃ、偵察は失敗か?」
「いんや。完全に失敗って訳じゃねぇ。連中の本拠地までは辿り着けなかったが、だいだいの兵力は分かった」
「どのくらいなんだ?」

「ヒュン!」と風を切って飛んで来た矢を咄嗟にしゃがんで避けながら、和深が訊ねる。

「かなりの数だ。馬が数百に、人間はその倍くらいはいる。もしかしたら、千以上いるかもしれねぇ」

「千……!この静森だけで、そんなに!」

 この静森以外にも、御狩場内の各所で、不審な侵入者が確認されていることは、和深も知っている。
 和深も本部も、それらが全て関連しているものと考えていた。

「あぁ、食わせてくだけでも大変だしな……って、そんな冷静に考えてる場合じゃなさそうだ」

 いつの間に先回りしたのか、森の向こうの草原に、騎馬の兵が行く手を塞ぐように立ちはだかっている。

「そ、そうだな……。それじゃ、続きは後で!」
「死ぬなよ!」

 追手の手前で、左右に分かれる和深とウォドー。
 とにかく今は、この森から生きて帰らなければならない。
 二人の姿は、あっという間に森の木立の中に消えた。



 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)は、東野藩から北嶺へと向かう物資の一大集積地である大野津(おおのづ)で、米の流通について調査を進めていた。

 藩から商人たちに下げ渡される量と、実際に北嶺藩に向けて積み出される量との間にわずかな差のある事を発見したサオリは、尚も調査を進める内、駅渡屋が怪しいという情報を手に入れた。

「月に一度、夜中に小舟が駅渡屋の廻船に横付けになって何かを積み込み、何処かへ去っていく」

 という人足の話を聞いたのである。

「あれが、駅渡屋の船でございますねぇ。必ず、尻尾を掴むですぅ」 

 小屋の影に身を潜めたサオリは、夕日に染まる船をきっと睨むと、頭からムシロをかぶった。


 ――そして、夜も老けた頃。

 ついに、待っていたモノが姿を現した。

 水面にチラチラと小さい灯が瞬いたかと思うと、揺らめきながら、移動していく。
 一艘の小舟が、駅渡屋の船へと近づいているのだ。

 さらに待ち続けていると、灯は小一時間ほどして、今度は船から離れていく。
 
(一体何処に行くのか、跡をつけさせてもらうですぅ!)

 《翼の靴》を履いたサオリは「スゥ」と浮き上がると、物陰を巧みに利用しながら、灯の後を追った。


 港を出た後、3時間ほどかけて川を遡っていった小舟は、一本の支流へと舳先を向けた。
 サオリは河沿いの茂みに身を隠すと、地図と懐中電灯を取り出して、現在地を確認する。

「え……っと……この先は…………。はわわ……た、大変ですぅ!!この先は御狩場ですぅ!」

 念のためもう一度地図を確認するが、間違いない。
 御狩場といえば、謎の侵入者の存在が確認されている場所である。  

「いよいよ、怪しくなってきたですぅ……」

 サオリは、緊張のあまりノドを「ゴクリ」と鳴らすと、小舟の跡を追う。


 さらに、30分ほど進んだだろうか。

 小舟が川沿いの森に近づいていき、その動きを止めた。
 よく見ると、森の奥の方から幾つかの灯が近付いて来る。
 松明だ。
 松明を手に持った10人ほどの男たちが、森の中から姿を現したのだ。
 馬も何頭か連れている。

 彼らは、岸に乗り上げた小舟へと近づいていくと、舟から何かを下ろし始めた。
 松明のお陰で、荷物の大体の大きさもわかる。一抱え以上もある、かなり大きい荷物だ。

 男たちは、手際よく荷物を馬の背に積むと、現れた時と同じように森の奥へと姿を消す。
 一方小舟の方も、二人ほどの男たちによって再び川に戻されると、元来た方へと川を下っていく。

(ど、どうしましょう……。森に消えた男たちの跡を追うべきでしょうか。それとも、小舟の方を押さえるべきでしょうか……。気になると言えば森の方ですが、わたくし一人で跡をつけたとして、うっかり見つかったら大変ですし……。小舟の方なら二人だけですし何とかなるでしょうけど、荷物はもう下ろした跡ですし……。悩みどころですぅ)

 「悩みどころ」と言ってはみたものの、ゆっくり悩んでいる時間は無い。
 サオリは決心すると、行動を起こした。



「あー、キミキミ。ちょっと待って。今そこに行くから……ちょっと、待ってってば」

 葛葉 明(くずのは・めい)はそう呼びかけながら、脅かさないようにそろそろと近づいていく。
 だが、明の呼びかけなどまるで意にも介さないように、シシュウオオヤマネコはプイと後ろを向くと、歩き去ってしまった。


 明は昨日、シシュウオオヤマネコの母子を発見し、思う存分モフモフしたばかりである。
「母親がいるのなら、当然父親もいるはず」と考えて探し歩いていたトコロ、運良く見つけることができたのだが――。

「むぅ……つれない。昨日の親子は、あんなにフレンドリーだったのに」
 
 シシュウオオヤマネコは、オスとメスで性格が違うのかもしれない。

「仕方ない。昨日のあのコたちの所に行こう」

 嫌がる者を無理やり追い回すのは、自分の流儀ではない。
 明は、昨日母子を見かけた場所へと足を向けた。


「確かここだったわね。おーい、ネコやーい。どこにいるんだーい」

 明は、昨日ヤマネコが枝の上で丸くなっていた大木の下まで来ると、取り敢えず呼びかけてみた。
 さらに声をかけながら、周囲を歩きまわってみる。

「……反応が無い。今日は、森の奥にいるのかしらね?」

 昨日ネコが歩き去っていった方向に、巣があるかもしれない。
 明は、取り敢えず移動を開始した。


「見つけたわよ、とりあえずモフモフしてあげるわ」

 昨日の今日とばかり、ヤマネコのフカフカの毛皮を思い切りモフモフする明。

 ひとしきりモフモフを堪能すると、今度は《デジタルビデオカメラ》を取り出して撮影を始める。
 ヤマネコの可愛さをカメラに収め、本部に報告するためだ。
 四州が外国に解放されからこのヤマネコも、人間によって絶滅に追い込まれた多くの生き物のようになるかもしれない。
 そうならないためにも、今のうちから保護の必要性を訴えておく必要がある。

 ……明とて、考え無しにモフモフしている訳ではないのだ。たぶん。


 ヤマネコは相変わらず、腹をさらけ出してされるがままになっている。
 とても、お腹の袋の中に子供がいるとは思えない。
 シシュウオオヤマネコは、胎生動物なのである。

「んー……。でもなんか、今日はお子様はいないみたいね」

 もう、かれこれ15分以上モフモフしている。
 昨日ならとっくに子供が出てきてもおかしくないのだが、今日は一向に姿を見せない。

「巣にいるのかもしれないわね」

 ふとそう思った明は、ネコをモフる手を止めた。
 カメラを構えたまま、ゆっくりと遠ざかる。
 放っておけば、巣に帰るかもしれない。

 ヤマネコは、その後もしばらく明を見つめていたが、不意に立ち上がると、森の奥へと歩き出した。

「それじゃ、跡をつけますか」

 あまり近いとネコも警戒するだろうと思い、距離を空けて後をついていく。


 小一時間ほども進んだだろうか。
 行く手に、小さな洞窟が見えてきた。
 明はカメラをその洞窟に向ける。
 迷うこと無くその中に入っていくヤマネコ。
 すると、洞窟の中から子ネコが3匹姿を現した。
 昨日見かけたのは1匹だけだったから、2匹は洞窟で留守番していたのだろう。 
 母ネコは、じゃれつく子ネコたちを誘い、洞窟の奥へと消えていった。
 
「よし、子ネコの映像ゲット」

 明は満足そうに頷くと、持って来た地図にここまでのルートを記した。
《追跡》の技術を生かし、目に付く地形や目印となるものを付け加えていく。

「では、今日はここまで」

 暗くなる前に戻ろうと、明はそそくさと巣穴を後にする。
 多少名残惜しくはあるが、目的は達したし、思い切りモフモフもしたから悔いはない。

「今度は、張り込み用にキャンプの用意もしてこようかな?」

 すっかり、シシュウオオヤマネコにハマりつつある明だった。