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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~

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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~
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第七章  「闇」の戦い

「わ、わかった。言うよ、言うから!だから、その物騒な槍を引っ込めてくれ!」

 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の構える《蒼炎槍》を見る男の顔は、恐怖にひきつっている。

「わかりました。話してもらえるのなら、この槍は収めましょう。僕も、乱暴な事は好みませんから」

 槍の穂先を立て、構えを解くコハク。
 彼の周囲は地面は至る所、焼け焦げたようになっている。
 コハクが威嚇のために槍を振り回した後だ。

「さぁ、洗いざらい吐いてもらうわよ!一体、何処に行こうとしたの!」

 どっちが悪人かわからない勢いで、男に迫る小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
 男は、この間三道 六黒(みどう・むくろ)に壊滅させられた新市街最大の犯罪組織興龍会(こうりゅうかい)の構成員である。
 小舟に乗ろうとしていた所を、張り込んでいた美羽たちに捕まったのである。

「お、大野津(おおのづ)だよ」
「大野津?」
「あぁ。そこで待ってる仲間と合流して、御狩場(おかりば)に行く手はずになってたんだ」
「御狩場に?一体何しに行くの?」
「そこが、今の俺たちの潜伏場所なんだよ」
「潜伏って、隠れてるってコトだよね?どうしてそんなコトを?」
「知らねぇよ、新しいお頭の命令なんだ」
「新しいお頭って、三道六黒のコト?」

 美羽たちは、先日六黒一味が興龍会本部に姿を現した事を、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)達の報告で知っている。

「さぁ、名前までは知らねぇ。外国から来た大男で、無茶苦茶強えってコトは聞いてるけど」

 男の言う特徴は、六黒と一致する。

「それで、その『新しいお頭』ってのは、どこにいるの?」
「だから知らねぇって!」
「それじゃ、何処に行くとかは聞いてないかな?」
「さ、さぁな……。あ、でも『広城の組を全て支配下に置く』って言ってるらしいから、下町の組を張ってりゃ来るんじゃねぇか?」
「下町の組って言っても、沢山あるじゃない!」
「それなら大丈夫だ」
「どうして?」
「今下町の組は、東州弘道会(とうしゅうこうどうかい)の下にまとまってる。新市街の組が片っ端から潰されてるから、手を組んだ方が利口だと思ったんだろうな。弘道会の本部で待ってりゃ、必ず来るはずだ」
「……本当?」
「嘘じゃねぇって!」
「仮にも、君たちのお頭なんだろ?お頭を売るような情報を、そんな簡単に教えてくれるものなのかい?」
「お頭も何も、昨日今日なったばかりの奴だぜ!しかもシマを捨てて、森に引っ込めとか言いやがる。そんな奴に忠義立てする義理はねぇって!」

 疑いの眼差しを向ける美羽たちに、男は必死に訴える。

「どう思う、コハク?」
「お、オイ、もういいだろう。話すことは話したんだ、見逃してくれよ!」
「うん、いいよ。嘘をついてるようには見えないし」
「え、コハク!?」

 いきなり「逃がす」と言われ、驚く美羽。

「でも、御狩場に行くのはあまり勧められないけど……」
「行かねぇよ。このまま組にいると、とんでもねぇ目に遭わされそうだしな。俺は足を洗うぜ――命あっての物種だからな」

 男はそう言い捨てると、ほうほうの体で逃げていく。

「確かにあれなら、大丈夫かもね――」
「興龍会の件、取り敢えず本部に連絡しておくね。御狩場の方を調べてる人たちもいるはずだし」

 本部から貸与された小型無線機を取り出すコハク。

「あ、コハク!あと、弘道会の場所も調べてもらって」
「了解!」
「今度こそ逃さないわよ、三道六黒!」

 何としても先回りしようと、意気上がる美羽だった。
 


「そこをどけ。貴様の様なザコには用はない。俺が用があるのは、三道 六黒(みどう・むくろ)だけだ」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はそう言い捨てると、行く手に立ちはだかるに戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)向かって一歩踏み出した。
 本部からの連絡を受け、東州弘道会(とうしゅうこうどうかい)へと急いだ唯斗だったが、そこには既に六黒の仲間が待ち受けていた。

「ここを通す訳には行かぬ。どうしても通りたければ、それがしを倒して行くが良かろう」
「やっぱりそうなるか――。なら、遠慮なく行かせてもらう!」
 
 【千里走りの術】で、一瞬で無弦の懐へと入り込む唯斗。
 鞘走る《妖刀白檀》が、無弦の喉笛へと迫る。

「キィン!」

 激しい金属音と共に、火花が飛び散る。
 間一髪、無弦の【受け太刀】が間に合ったのだ。
 《ハイパーガントレット》を身に着けていなければ、間に合わなかっただろう。

(は……早い!)

 無弦の見えぬ目が、驚愕に見開かれる。
 唯斗の一撃は、早く、そして重い。
 唯斗の剣を受け止めた《七支刀》がジリジリと圧され、刃が喉へと迫る。

(このまま押し切る気か――だが!) 

 起死回生の一撃を、無弦は振るった。
 右手の七支刀で唯斗の刀を凌いだまま、【抜刀術】で抜き放った《無光剣》で、唯斗の腹を狙う。
 刀に全体重を載せている唯斗には、この攻撃は避けられない――。

「な、ナニ……!」

 思いもしない者によって、無弦の目論見は外されていた。
 それは、唯斗の影。
 【忍法・呪い影】で動き出した影が、無光剣を受け止めたのである。

「ば、バカな……影だと……!」
「これだけじゃねぇぜ、爺さん」

 身体を覆う影に、頭上を振り仰ぐ無弦。
 無数の唯斗の影が、無弦へと殺到した。

「ぐはぁ!」

 全身に走る痛みに、苦悶の呻きを漏らす無弦。
 力を失った身体が、よろよろとたたらを踏む。
 
 もう用は無いとばかりに、すぐ横を駆け抜けていく唯斗。
 影たちが、その後に続く。

「後を頼むぞ、沙酉……」

 《ザクロの着物》を纏った無弦の身体は、闇に溶けるように消えた。


 唯斗は弘道会本部の門を飛び越えた。そこは、広大な屋敷になっている。
 六黒の狙いが弘道会を従えることなら、必ず奴はそこにいるはずだ。
 事前に調査させた屋敷の間取りは、既に頭に入っている。
 
「ゆ、唯斗ししょー!」

 連絡役として唯斗に同行しているデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)の声が聞こえるが、唯斗は振り向きもしない。
 
 屋敷の中は、既に酷い有様だった。
 六黒を止めようとして返り討ちにあった弘道会の者たちの骸が、そこかしこに転がっている。

 唯斗は、死体を辿るようにして奥へと向かった。


(むくろ、しんにゅうしゃだ。むげんがやられた。かなりのてだれだ)

 九段 沙酉(くだん・さとり)からの【精神感応】に、三道 六黒(みどう・むくろ)は、《梟雄剣ヴァルザドーン》を振るう手を止めた。

「切らぬのか……?」

 最後まで六黒に抗う事を決心した弘道会会長は、とっくに死を覚悟している。
 しかし、寸前まで迫っていたはずの死は、何時まで経っても訪れない。

「命拾いしたな。死をも厭わぬその矜持故か――まあいい、さらばだ」

 六黒はそう言うと、《黒檀の砂時計》を取り出し、ひっくり返す。
 六黒の巨体は、半ば呆然としている組長の前から、あっという間に消え去った。


「待てよ、オッサン!この間の借りを返そうと、わざわざこっちから来てやったんだ、少しは付き合え!」

 唯斗が追いついたのは、六黒が用意しておいた馬にまたがった、ちょうどその時だった。

「それはわざわざ痛み入る――だが、儂も色々と多忙でな。またにしてもらおう」
「またにしろだと?そいつは笑えない冗談だな!」

 千里走りの術で、あっという間に六黒との距離を詰める唯斗。
 しかし、六黒を刀の切っ先にかけるよりも早く、何処からとも無く現れた《ワイヤークロー》が、刀を絡めとる。
 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)の【防衛計画】に従って、沙酉が【非実体化】させたワイヤークローを仕掛けておいたのだ。

「何度も同じ手が通用するかって!!」

 隠し持っていた《桜花手裏剣》で、ワイヤーを切断する唯斗。
 その瞬間、唯斗を中心とした空間を、猛烈な爆発が襲った。

 ワイヤーの先は、【封爆のフラワシ】が仕掛けたチャックにつながっていた。
 ワイヤーに強い力がかかるとチャックが開き、爆発が起こる様な仕掛けになっていたのである。

「ゲホ……ゴホッ……あ、アイツら……!」

 全身至る所に焦げ跡を作った唯斗が、爆発の炎の中からまろび出る。
 視界の効かなくなった《守護狐の面》を上げ、辺りを必死に探すが、二人は既に影も形も見えない。 

「だ、大丈夫ですか、唯斗ししょー!」

 ようやく追いついたデメテールが、心配そうに駆け寄るが、唯斗にはまるで目に入らない。

「クソッ!」

 唯斗は腹立ちまぎれに、面を力一杯地面に叩きつけた。
 
 
「あともう一息という所だったが……。惜しい事をした」
「いえいえ、今彼等と真正面からぶつかり合うのは、得策とは申せません。それに、命あっての物種と申しますからね――」

 逃げてきた六黒と沙酉を、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、屋形船の上で優雅に出迎えた。
 奥には、全身に包帯を巻いた無弦が壁にもたれかかるようにしている。

「無事のご帰還を祝って、まずは一献」

 悪路の差し出した盃を受け取ると、六黒は一気に飲み干した。

「おぬしの方は、どうなのだ」
「情報なら、色々と入っておりますよ」

 悪路は《籠手型HC弐式》を開く。

「御狩場に逃した者たちから、連絡がありました。御狩場には、既に相当数の騎馬の兵が潜伏しています。おそらく、九能 茂実(くのう・しげざね)の息のかかった者たちだろうと、申しておりました」
「九能茂実か……。由比はどうした?」
由比 景継(ゆい・かげつぐ)の手の者が、契約者たちを見張っているとの事です」
「亡霊の方は?」
「そちらは、未だ新しい報告は入っておりません」
「そうか……。どの程度効果があるかな。あの舞とやらは」
『東遊舞(とうゆうまい)』ですか。亡霊たちは、あの男の支配下にあるのでしょう。あの舞が、あの男の呪力を打ち破れるかどうかですが……」

 「結果が楽しみで仕方ない」という顔で、盃をあおる悪路。
 雲間から覗く月が、水面を行く船を怪しく照らしていた。



「スゴイ……。辺りが、一望できます。……ここから見る景色は……本当に、素晴らしい……」

 九十九 昴(つくも・すばる)は切り立った崖の上に立ち、ぐるりと周りを見回してみた。
 《ホークアイ》で強化された視力によって、太湖(たいこ)の向こう岸までを一望することが出来る。

「地図に載っていない場所を探して、次の調査の足掛かりにしたい」

 そう思い立った昴は、西湘との国境地帯を訪れた。
 この辺りは西湘(せいしょう)との国境になっている太湖(たいこ)の沿岸であり、御狩場ほどでは無いものの、手付かずの原生林が広がっている。
 先日の御狩場でのシシュウオオヤマネコの母子との出会いのような、素敵な巡りあわせがあるのでは、という期待もある。

 昴は、かつてスプリガンであった時に培った【妖精の領土】の力に導かれるままにさすらった。
  鬱蒼とした森に行く手を阻まれると、蔦や茂みは【金剛力】を乗せた一撃で切り払い、しかし木々を伐採することは極力避けた。
 山や川は【歴戦の飛翔術】で飛び越え、あるいは《光竜『白夜』》の背に乗って迂回した。

 何が見つかるかわからない、まさに運任せの旅だったが、(こういった冒険もたまには悪くない)と昴は思っていた。

「そのお陰で……こんな素晴らしい景色を、見ることが出来た訳ですから……」

 どこまでも広がる太湖の水面を、飽きること無く見つめる昴。
 その視界の端に、何か動くモノが映る。

(あれは……?)

 もう一度目を凝らす昴。
 
 ――人だ。

 馬を連れた人が一列になって歩いている。

(5人……10人……まだ、いる……この御狩場に、あんなに、沢山の人が……)

 よく見れば、馬の背には、荷物が山積みになっている。
 ここは、西湘との国境地帯だ。咄嗟に「密貿易」という単語が浮かんだ。

(あの人たちが、何をしているのか……確かめないと……)

 昴は、跳ねるようにして崖を降りると、断崖へと急いだ。


 そこには、確かに人の往来の後があった。
 かなりの数の人間が歩いたようで、地面にははっきりとした踏み分け道がついている。
 昴は踏み分け道を避け、岩肌の陰や茂みに身を隠しながら、しかし軽々と崖を登っていく。
 

(あれは……洞窟……でしょうか?)

 しばらく進んだところで、昴は、岩肌に黒い穴がぽっかりと口を開けているのを見つけた。
 幸い穴の周りには、人の姿はない。
 昴は足音を忍ばせて、穴に近づいていく。
 中を確認しようと、そろそろと首を出したその時――

(誰か、来ます……!)

 洞窟の奥の方から、人の声が聞こえて来た。
 何人かが、こちらに歩いてくるようだ。馬の足音もする。
 昴は踵を返すと、茂みの中に身を隠した。

「あと、何往復すればいい?」
「さあな。あと10往復か、20往復か……」
「ゲェ……。そんなにかよ!?」

 穴から出てきた男たちは、陽の光に眩しそうに目を細めながら、ダルそうに身体を動かす。
 どうやら、ウォーミングアップをしているらしい。これから肉体労働でもするのだろうか。

「1000人からの人間を食わせようってんだ。それくらいはかかるだろ
「まぁ、俺たち以外にも当番はいるし、テキトーにやればいいさ」
「こんな所に隠れっから、メシ運ぶのも一苦労だぜ」
「そのおかげで今まで見つからずに済んでるんだ。文句言うな」
「あーあ、いつになったら広城に帰れんのかな〜。折角苦労して興龍会の正会員になったと思ったら、この有り様だ。これじゃ、実家で田んぼ耕してるほうがマシだったぜ」
「グズグズするな、行くぞ」
「「「「へ〜い」」」」

 リーダーらしき男に急かされ、いかにもダルそうに歩いて行く男たち。
 昴は、必死に身体を小さくしながら、男たちが通り過ぎるのを待った。
 やがて話し声が、小さくなっていく。

(今の話……。興龍会、とか、千人、とか……。もしかして、町からいなくなったっていう、犯罪組織の人たち……?)

 今聞いた話を反芻(はんすう)しながら、昴はその場を離れる。
 とにかく、一度本部に連絡を取る必要がある。
 周囲を確認すると、昴は無線機を取り出した。