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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
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●ザナドゥ:メイシュロット

「これは……予想以上に、酷いな」
 全てが瓦礫と化した中を、和深が歩く。ロノウェとの話の中で、『戦争の傷跡を知りたければ、メイシュロットに行くといい』ということを聞かされた彼は、その足でこの地へと足を踏み入れた。
(まるでこの街が、全ての災厄を背負ったかのようだ)
 そんな感想を和深は抱く。他の地では着実に復興が進んでいる中、この街だけ取り残されたようにそのままなのは、今自分が思ったようなものがあるからではないだろうか、そんな事を思う。
「…………」
 一通り見て回った和深は、この地もやがて何もなかったように治されていくのだろうか、そう思いながら帰路につく。


 バルバトスの『墓』とされている場所は、崩落激しい周囲にあってしっかりとした家屋の中にあった。バルバトスを模した精巧な像と、彼女が生前愛用していた槍の周りには、色鮮やかな花がいくつも供えられていた。
「綺麗なお花です……きっと、ナベリウスさんですね」
「この像は、アムドゥスキアスが作ったのかな。僕が見たのとは全然違う……」
 ベアトリーチェが新たな花を供え、コハクは季節の果物(桃に似たものと、杏に似たもの)を供える。バルバトスの像の前に立った美羽が目を閉じ、手を合わせる。
(バルバトス……あなたのことを、ロノウェに聞いたよ。
 正直……まだ私はあなたのことを理解できていない。……でもそれは、私がどこかであなたのことを憎んでいるからかもしれない。恐れているからかもしれない。
 それは魔族に対しても同じこと。恐れていたり、憎んでいたりしたら、何時まで経っても理解できない。お互いに理解し合いたいと思うなら、どこかで恐れや憎しみを断ち切らないといけないんだ)
 それを今すぐ、全ての魔族に対して出来るかと問われれば、多分、出来ない。そう出来るほど、自分は大人じゃない。
(……でも、一歩を踏み出すことは出来る。
 一歩、また一歩。歩き続けることは出来る)
 目を開けた美羽が、微笑んでいるようにも見えるバルバトスの像を見つめ、やがて満足したように踵を返し、待っていたコハクとベアトリーチェと共にその場を後にする――。


 街の端に降り、徒歩で街……いや、もはや廃墟とかしたそれらの中へ入っていくザナドゥ魔王、パイモン。
 少し歩いた所で、自分の後を追ってくる気配に振り返り、声をかける。
「……私に話があるのですか? 話ならここでよければ、聞きましょう」
 ややあって、物陰から十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が姿を現す。
「流石、魔族の王といった所か。後をつけるような真似をして済まない。俺は十文字 宵一、バウンティハンターだ」
 自らの素性を明かした宵一が、まるで目の前の人物を見定めるような鋭い眼光でパイモンを見つめ、言う。
「俺は、あんたがこれから、パラミタの平和のために尽くしてくれるのかを見定めたかった。
 正直に言おう、俺はあんたの事をまだ疑っている。もし今後厄介な事をしでかそうとしたら、その時は俺は容赦しない。
 あんたを……討たせてもらう」
 剣の如き視線を浴びて、パイモンは泰然として頷く。憎しみや恨みを持っているというわけではなく、また嘘を言っているとも思えない彼を、パイモンはまず受け入れる姿勢を取る。
「しかし、あんたがパラミタの平和のために尽くしてくれるなら、バウンティハンターとして力を貸すよ。
 人探しにボディーガード、犯罪人の捕縛なら任せてくれ。おっと、いくら金を積まれても犯罪だけはしないからな」
「私があなたにそのようなことを頼もうものなら、あなたに討たれても仕方ありませんね。
 愚かな真似はしないよう、努めさせてもらいます」
 見方によっては皮肉にも聞こえる発言だが、彼としては思ったことを口にしたまでであった。
「確かに、言う通りだな。……そうだ、相棒を紹介していなかったな。こいつは俺の相棒だ。
 ザナドゥとパラミタの平和の使者をお探しながら、このリイムに任せてくれ」
 そう言って、隣に立つリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)を示す。
「リイムと言いまふ。是非とも僕を、抱き枕にいかがでふ?」
「抱き枕……? 初めて聞く言葉ですが……眠る時に使うものですか?」
「そうでふ! 僕を抱いて眠ると、朝までグッスリ眠れまふよ」
 もふもふとした毛並みをアピールするリイム。彼は『パラミタ一の抱き枕になる』という夢を持っており、ザナドゥの王であるパイモンに認められればザナドゥで人気者になれるはず、と思っていた。
「……ありがとうございます。今はお気持ちだけ、受け取らせてもらいます」
「そうでふか……僕が必要になったら、いつでも呼んで結構でふよ!」
 希望が叶わずしゅんとするリイムだが、気を取り直してそう口にすると、宵一と共にその場を後にする。


 ――にしても、他と違って華がねぇ場所だ。
 まあ、こんな場所に来る奴なんてよっぽどの物好きか、噂通りだとしたら奴くらいか――。

 そう思っていたから、彼、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が廃墟の中にあって明らかに違和感の漂う建物を見つけた時、そしてその建物の中からパイモンが出てきた時はいっそ笑い出したい気分になった。
「よぉ、魔王サマ。魔王サマがこんな場所で油売るくらいには、地上とザナドゥの関係調整は滞り無く順調ってところか?」
「あなたは……ええ、お陰様で」
 竜造の姿を認めたパイモンが、泰然として応える。何を言うでもなく、こちらの言葉を待っているような素振りに乗ってやる形で、竜造が口を開く。
「墓参り……じゃねぇな。確か噂じゃ、城のどっかに遺体が安置されてんだろ?
 概ね、ここを復興させようと考えてるか、それとも別に思う所があるのか……ま、言いたくないなら構わねぇけどよ」
 半ば沈黙を予期した発言、しかしパイモンは意に反して口を開く。そして放たれた内容は、竜造を動揺させるに十分な内容であった。
「あなたには、話しておいた方がいいでしょう。実はバルバトスの身体を納めた壺ですが……先日、あの戦いの後、割れていました」
「なんだと……!? おい、どういうことだ」
 問い詰める竜造にパイモンは、階全体に封印をかけた上で壺を監視させていたが、先日イルミンスール上空で行われた戦いの後城に帰ってみれば、バルバトスの身体を納めている壺が割れていたのだという。そして中身は、消えていた。どうなったかは、パイモンにも分からないという。
「……憶測に過ぎませんが、父が……クリフォトが連れて行ったのではないかと私は思っています。
 真相はともかく、そのような次第です。ですから私はここに、バルバトスの『墓参り』に来たのですよ。ここに彼女の面影を遺していますから」
 後ろの建物を示して、パイモンが言う。そこにはアムドゥスキアスが作ったバルバトスを模した像と、彼女が生前愛用していた槍が据えられているのだと。
「…………。
 何故、俺に話した」
 事実を受け止めるのは後にして、竜造はそれを問う。このことが他に知れれば、また面倒な事になるかもしれないというのに。
「あなたが、バルバトスの羽根を身に着けているからです。その羽根は、『彼女が』この世界に遺した品」
 言われて、竜造は胸元の羽根を見つめる。白から黒へグラデーションする羽根、それは彼が荒野を歩いている時に落ちてきたもの。
「……てめぇが言うなら、こいつは紛れも無いあの女のモンってわけだ」
 竜造が視線を外して、そして周りの瓦礫に語りかけるように、言葉を落とす。
「俺は、こいつが俺の所に落ちてきた理由を、ずっと考えていた。
 悪趣味な奴の悪戯でもねぇ、とんでもねぇ偶然の産物ってわけでもねぇ。あの女の仕業ってんなら、じゃあ意図は?
 曲がりなりにも最期まで傍にいた俺への労いか? バカ言え、論外だ。あいつは人間に対してそこまで慈悲深くねぇ。
 あの女の気まぐれか、もっと他の意味があるのか。だとしたらそれは何なのか……考えてたら足がここへ向いてた。無意味だって分かっててもな」
 竜造の言葉を立ち聞いていたパイモンが、尋ねられていない返答をあえて口にする。
「私にも、バルバトスの真意は図りかねます。……ですが一つ言えるのは、確かに彼女は『地上の者』を敵に見、『魔族』を導かんとしていましたが、地上の者全てを軽んじていたわけではなく、また魔族全てに優しかったわけではないということです。事実、彼女は多くの魔族をその手にかけています。人間に対して慈悲深くないというあなた、バルバトスはそのあなたに対して慈悲深くなかったとは言い難い。いや……あなたに羽根を遺した以上、慈悲があったと言わざるを得ません」
「…………。
 だとしてよぉ。じゃあ何が言いたくて、あいつはこの羽根を遺したってんだ」
 今度は明確に返答を求めた竜造へ、パイモンはあくまで想像に過ぎないという前置きの下、告げる。
「『生きなさい』」
「…………はぁ!?」
 放たれたたった五文字の言葉は、他のどの言葉よりも竜造を震撼させた。何せ言った(かもしれない)相手が相手である。
「ふざけんな! 認められるかんなもん!」
 吐き捨て、竜造が背を向けてその場を後にする。

 ――ああ、やっぱり無意味だった。こんなふざけた言葉を聞いちまうなんて。
 こうなったら直接聞いてやる。その時までふざけた回答をするなら、今度こそ殺してやるからな――。