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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
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●カフェテリア『宿り樹に果実』

「エイボンさん、そちらのフレンチトーストとコーヒー、8番のテーブルにお願いしますね」
「はい、分かりましたわ」
 ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が完成させた料理を、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)がトレイに載せ、指示された場所まで運んでいく。
「ミリィ、棚からサラダボウルとグラスを取ってちょうだい」
「はい、お母様」
 ミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)が食器棚から白いボウルと透明のグラスを取って、ミリアに差し出す。ボウルに色とりどりの野菜が盛られ、グラスには搾りたての果実ジュースが注がれ、戻って来たエイボンの手によって運ばれていく。

(ここのところ色々な事件があったが……。やっと、落ち着いてきたかな)
 調理場から一枚遮られた休憩所で、休憩をとっていた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が妻と『娘』の働きぶりを見守り、イルミンスールに平和な時間が戻って来たことを実感する。
(……確かに、平和を維持するのは何よりも難しいことだと思う。そのためにやらなければならないことは山積しているだろう。
 だが、この平和な時を次の世代に繋げることが出来るのは私たちである、これは決して忘れてはならない)
 たとえ目の前にどれほどの困難が待ち受けていたとしても、道を違えることなく自らの為すべきことを為す。それが何より大切なことだと、涼介は数々の戦いを経て実感するようになっていた。
(私が出来る事……それは、何があってもこのイルミンスールを離れないことだ。
 戦いの時だけではない、こうして平和な時間の中でも、私がイルミンスールに在り続ける……私の力をイルミンスールに寄与出来る道……卒業後はイルミンスール魔法学校の養護教諭になるのもありかな。
 そうすればイルミンに残ることが出来る。何よりここで、家族を養うことも出来るだろう)
 『家族』という言葉を想像して、涼介はある日の出来事を思い返す。ミリアに子供を、と言われ、あの時は恥ずかしさとその他諸々とで何も言えなかったが、こうして改めて考えてみれば、それはきっといつか訪れる未来であるように思うし、その時には自分は家族の大黒柱として、ミリアや『子供』を支えていかなければ、と思う。
(……ふぅ。休憩のつもりが、あれこれ考え過ぎてしまったな)
 思考を切り上げ、涼介は立ち上がる。時計を見れば、ちょうど休憩終了の時間。
「ミリアさん、交代の時間です。休憩にしてください」
「あら、もうそんな時間なのね。ふふ、なんだか楽しくて、あっという間に感じたわ」
 ミリアが微笑み、エプロンを外してフックにかける。
「昼食、作りますよ。何かご希望はありますか?」
「そうね……じゃあ、『お父さんのオススメランチ』で」
「わたくしもそれにいたしますわ」
 言って、ミリアとミリィがふふ、と微笑み合う。これはどうやら、二人で事前に話を通しておいたようだ。
「分かりました。……二人の希望に、応えるとしますか」
 休憩所に行った二人を見送り、涼介はキッチンから辺りを見回す。イルミンスールの生徒にとって憩いの場であり、勉強や修練の合間に羽を休める場所である、『宿り樹に果実』。そこで自分がやることは、いつものように美味しいものを作って、ここに来たみんなにゆっくりしてもらうこと。
(……この平和なひと時を、大切な人たちと共に)
 大きく息を吸い、この場の空気を胸一杯に取り込んだ涼介が、リラックスした気分で調理、そして接客に励む――。

「こんにちはですー」
「あっ、豊美様! ようこそいらっしゃいました」
 カフェテリアにやって来た豊美ちゃんを見つけて、エイボンが嬉しそうに微笑む。
「今日は『豊浦宮』はお休みですか? 毎日お忙しいと聞いていますけど」
「そうなんですよー。ウマヤドが「大事な用事がある」って言って出て行ったんですけど、すっごいオシャレだったんですよー。
 気になって付いて行ってみたらですね……」
 ひそひそ、と豊美とエイボンの間で会話が交わされ、エイボンがまぁ、と口に手を当てる。
「馬宿様にも素敵な出会いが訪れたのですわね」
「そうなんですよー。これからが楽しみですー。
 エイボンさん、今日のオススメはなんでしょう」
「ではわたくし、クッキングウィッチマギカ☆エイボン特製のフルーツパフェをお作りしますわ。
 馬宿様への祝福も兼ねさせていただきます」
「はいー、お願いしますー」
 注文を承ったエイボンが、厨房へ足を運ぶ。……その頃別のテーブルでは、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)がドリンク片手に、ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が目の前に料理を並べつつ、行方不明になってしまったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)に関する情報を整理していた。
「あれから全員各地に散って、色々情報を集めてきたけど……うーん、やっぱりというか、被害報告ばっかりだなぁ」
 集めた情報に目を通して、輝夜ははぁ、とため息をつく。こんな調子で被害が拡大すれば、そのうちシャンバラ政府から直々に討伐指令が下ってしまうかもしれない。もうそうなってしまえば、今のエッツェルの行動がもしかしたら何か意味のあるものだったとしても、全て無意味に帰してしまう。ただ化け物として処理される、そんな目に遭わせるわけにはいかない。
(エッツェル……なんとか探し出して、正気にもどしてやんないと)
 気を取り直して、輝夜はもう一度、各人が持ち帰った情報の精査に移る。まずは、アーマード レッド(あーまーど・れっど)
「葦原方面デモ 目撃談……イエ 被害報告ガ アルヨウデス。
 人的被害ハ出テイナイヨウデスガ 楽観視ハデキマセン。
 マタ 契約者達トノ 戦闘ガ 発生シタヨウデス」
 巨体故、連絡用の端末を通じて寄せられた情報は、やはり被害報告。契約者との戦闘が発生したという情報を追加し、ミストに番が回る。
「「ククク……北カナン辺でも……被害の報告があるようですね……。
 国境付近で……モンスターを貪り食っている姿が目撃されているようです。
 家禽等が食い荒らされたりもしていて……それも、怪しい……ですね」
 ただ物を壊すだけでなく、家禽を襲う理由は何? というメモを付け加えて、輝夜が口を開く。
「ツァンダ東の森辺りにでも、目撃談があったよ。ただ……獣人の集落が襲われたらしくて、怪我人も多数でたみたいね。
 居合わせた契約者達も協力して撃退したみたいだけど」
 以上が、これまでに集まった情報の主な内容であった。
「うー……ん、やっぱり話を纏めてみても、共通点……うーん」
 輝夜が頭を抱え、うんうんと唸る。せめて法則の一つでも見つけられれば、先回りして待ち伏せることが出来るのだが。
「……共通点カハ ワカリマセンガ。
 葦原デノ目撃談ト ホボ同日ニ契約者ヘノ依頼ガアッタウヨウデス。
 北カナン ヤ ツァンダ東ノ森モ ソウデハナイデスカ?」
「ふむ……依頼……確かにあったようです……。
 ここでも契約者たちとの戦闘もあったようですね……」
 輝夜もレッドに同意する旨の言葉を発する。どうやら目撃された場所のほぼ全てで、契約者との戦闘が発生している。
「契約者への依頼……契約者等が集まる場所……でしょうか?
 そのわりには……学校等の周辺では目撃例が無いようです……が」
「……集落の獣人達に聞いた話だと、理性は無いようだが知恵は回る最悪の化け物って言われてた。
 そうだとすると、学校周辺は自分にとって危険だから姿をあらわさず、少数の契約者が集まった所を狙って行動している……感じなのかな?」
 まだまだ抽象的ながら、それでもとりあえずの法則を見出した一行。
「はぁ〜……」
 ぺたり、輝夜が机に頭をつける。長時間の思考で、すっかり頭がエネルギー不足を訴えていた。
「なんか頼もうかなぁ……でも今月わりとピンチだしなぁ……」
 エッツェルという稼ぎ頭(彼はイルミンスールの研究者であったため、相応の額の給料が出ていた。しかし彼は行方不明になる前、イルミンスールを辞している)を失い、三人はあちこちを調査に行っていたりで、手持ちの額はみるみる減っていった。加えてレッドは維持費がかかり、ミストは見かけによらず大食い(両者とも『質を問わない』のが救いだが、だからといって劣悪なものを与える、食べさせるのも輝夜は憚られた)である。ここからは節約していかないと、肝心な時に移動することすら出来なくなりそうだ。
「お待たせいたしました、フルーツパフェと季節の果実の搾りたてジュースになります」
 そこにエイボンがやって来て、二人の前にパフェとドリンクを置いていく。
「ん? あたし達、頼んでないけど……」
「わたくし達からの、お気持ちですわ。随分と悩まれているようでしたから……」
 微笑み、別の席に呼ばれたエイボンが一礼してそちらへ向かう。
「ははっ……あたし達、もうここの生徒じゃないのにね」
 言いながらも、こうして誰かが気にかけてくれていることは、とても嬉しかった。
「……ちょうど……飲み物がほしいと思っていました」
 見れば、ミストは既に飲み物に口をつけている。輝夜もじゃあ、とパフェにスプーンを差し、掬い取られたフルーツやクリームを口に運ぶ。
「……ん〜! おいし〜い!」
 これまでに食べたどの料理よりも、そのパフェは格別に思えた――。

 ……その頃、ザンスカール家新屋敷では。
「ルーレン、お疲れ様。クッキーを焼いてきたから、一緒に食べよう」
 ルーレンの下を訪れたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、陣中見舞いにと持参したクッキーを振る舞う。直ぐに飲み物が用意され、椅子に腰を下ろして二人、しばらく他愛も無い話を交わす。
「ここのところろくに休んでないでしょ。駄目だよ、いくら復興関係で忙しいからって、きちんと休憩も取らないと。
 無理をしてルーレンが倒れでもしたら、心配する人がたくさんいるんだから」
「そうですわね。もう少し、と思うとつい働き過ぎてしまって……。気をつけますわ。
 友人の頼みですものね」
「そうそう! 分かってるじゃないルーレン。私たちは友人、だものね」
 ルーレンの言葉に同意するクレア、しかし表情は笑顔のそれから、真剣なものへと変化していく。
「? どうしましたの、クレアさん」
 首を傾げるルーレンへ、クレアが意を決して話し始める。
「……私ね、ルーレンが正式に当主の座を受け継いだときからずっと考えてたの。
 ザンスカール家に仕える騎士として、私もきちんと剣を捧げないとって」
「クレアさん……」
 ルーレンが押し黙る。今でこそ二人は友人、と言ってはいるが、本来の立場を考えれば二人は主従関係であると言える。ルーレンが現当主の地位を拝するなら、強制ではないにしろクレアは彼女の守護騎士として、彼女の剣となり盾となる定めにある。
「言っとくけど、私、本気だから。
 もちろん、最終的な判断はルーレンに任せるけど」
 そう言ってクレアが立ち上がり、ルーレンの前に移動すると剣を抜き、膝をついて額に剣の腹を押し当て、告げる。

「友として、一人の騎士として。この剣をあなたに捧げます」

 永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた沈黙の後、ルーレンが口を開く。
「騎士クレア・ワイズマン。あなたの意志、受け取りました」

 ここに、一人の守護騎士が誕生する――。