天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

リアクション公開中!

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

リアクション

 
 第5話 『書』を護る者
 
 
 
 
    出会う為に、思い出すのか
 
    思い出す為に、出会うのか
 
 
 
 

▽ ▽


 シルフィアが、ティーヴラに報告を届けた。
「例の作戦についての報告です」
 シルフィアは、ティーヴラに仕える忠実な戦士だった。
「何者かの妨害に遭い、目的は果たせなかったと」
「ちっ、使えねえ奴等め」
 ティーヴラは、忌々しく舌打ちする。
「ふん、胸糞悪いな。何か景気のいい話はないか?」
 そう言って、ティーヴラは、前から考えていたことを思い出した。

「ああ、そうだ。
 そういやお前等、もういい年じゃねえか。一緒になったらどうだ?」
 ティーヴラはシルフィアに、傍らの男を顎で示す。
「婚姻、ですか。シャウプト殿と?」
 シルフィアは、ティーヴラの専任の警護役として、常に傍らに従っている彼を見た。
「ティーヴラ様のお勧めでしたら、私に否はありませんが……」
 シャウプトの方も、ティーヴラの案を今聞いたようで、意表をつかれた表情をしているが、概ね同じ意見らしい。
 同じ、ティーヴラの部下として、彼とは見知った間柄だ。
「……よろしく頼む」
 そう言ったシャウプトに、シルフィアも頷いた。
「ええ。よろしくね」


「ご結婚されたそうですね。おめでとうございます」
 話を聞いたナゴリュウが、二人に祝辞を述べる。
「ありがとう」
 満更でもない、二人の幸せそうな様子に、穏やかに微笑みながら、ナゴリュウの心の底がざわめいた。
 理由の無い、どうしようもない、怒り。これは嫉妬だ。
 ナゴリュウは、シャウプトから目を逸らした。
(あの人は、僕と違って深刻な悩みもなく、いつも誰かと親しくしている……。
 ……わかってる、あの人と僕は全然違っているから、しょうがないことだって。
 それでも、それでも…………)
 言い聞かせようとしても、自分の闇の部分から、どうしてもこみあげてくる感情を、抑えられないのだった。


△ △


 白砂 司(しらすな・つかさ)は、イルミンスール大図書室で網を張り、魔女アニスが現れるのを待った。
 そこで騒ぎを起こすつもりは無い。
 恐らくアニスは追い出されるか、『ジュデッカの書』が此処にないことをすぐに突き止めるか、いずれにしろ、此処に居座ることはないだろう、と判断した。
 向かう先へ尾行して、様子を監視しようという考えだ。
 危うい言動の魔女を野放しにはできない。
 ザンスカールの森は、彼の思い入れの深いジャタの森と隣り合わせているのだ。

「それにしても、前世、か……」
 大の男の前世が、狐の獣人の少女だった、と知った時の、パートナーの獣人、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の爆笑ぶりといったらなかった。
 恥ずかしいことこの上ない。
 けれど、妙に納得しているような自分もいる。
「……こういうのを、運命っていうのか?」
 獣人と契約し、獣人達と深く関わり、彼等の中で生きる。
 それは前世の自分が、新しい世界で求めていた生き方なのだろうか。
 だが、とふと思う。
 最近思い出した記憶で、前世の自分が、マーラの青年、レンと結婚したことは、とりあえずサクラコにも秘密にしておこう、と思った。

 高い青空から、ぱらぱらと降り注ぐ天気雨が心地いい。
 この人と共に生きよう、そう誓った。

 ……とか、何というかもう……恥ずかしいといったらなかったので。


▽ ▽


 司の前世、ククラの少女、ヴィシニアが、監禁されているアレサリィーシュを見つけたのは、全くの偶然だった。
「大丈夫っ!?」
 牢を破って駆け寄るが、アレサリィーシュは、虚ろな瞳をヴィシニアに向けるだけだった。
「酷い。誰がこんなことを……」
 何が理由であれ、こんな風に閉じ込め、痛めつけるなど。
 そこへ、侵入者に気付いた衛兵達が駆け込んで来た。
「何者だ!」
「行くよっ!」
 咄嗟に、ヴィシニアはアレサリィーシュの手を取り、衛兵達に突っ込んで行く。
 片手に持った戦斧でその場を突破した。

「捕まえろ! 殺しても構わん!」
 次々と現れる衛兵を蹴散らし、追っ手を切り抜けて、二人は何とか脱出に成功した。


「申し訳ありません、逃げられました」
「そうか」
 その報告に、イデアは頷くだけだった。。
「いいのですか。その……」
「構わない。
 逃がすも、追うも、生かすも、殺すも、好きにしたらいい」
 言いよどむその男に、イデアはそう言うだけだった。


△ △


 風馬 弾(ふうま・だん)が、しげしげと自分を見ているのを、ジュデッカは面白そうに見返した。
「なぁに?」
 笑みを浮かべて、その純粋そうな少年に訊ねる。
 弾はまだ、パラミタという世界に慣れていない。
 魔道書、という存在が、こうして人の姿を取り、話をしていることに、興味が尽きないのだ。
 是非とも話がしてみたいと思ったが、今はそれどころではないだろう。
「う、うん。
 本なのに喋ってるとか、すごいなと思って。この件が終わったら、色々話を聞きたいな」
「この件が終わったら」
 ふふ、とジュデッカは笑って、弾に顔を近づけた。
「願いを叶えてあげるわ。どんな願いでも」
「えっ……」
 動揺する弾の目をじっと見据えて、ジュデッカは微笑む。
「あるでしょう、願い事。私に教えて」
「ちょっとー。
 いたいけな少年をたぶらかして遊んでる場合なのっ!?」
 リンネが、ぺしぺしとジュデッカの肩を叩いた。
 くすくすと笑って、ジュデッカは弾から離れる。
「そうね。終わってからだったわね?」
 肩を竦めて、ジュデッカは歩いて行く。
「もー。君も射竦まれてたらダメだよ!
 えーっと、弾ちゃんだっけ?」
 硬直が解けたようにほっと息をつく弾に、リンネは、両手を腰にあてて説教した。

「あーゆーのが好みなわけ?」
 緋王輝夜にからかわれて、ジュデッカはくすりと笑った。
「さあ、どうかしらね。あなたも願いを叶えて欲しいの?」
「書の中身に興味はないけど」
「あら、つまらない」
 ジュデッカは、肩を竦める。
「興味があるとすれば、ジュデッカ、あんたにかな」
「ふうん?」
 物珍しげに、ジュデッカは輝夜を見る。
「『書』狙い以外で、私に近づく奴なんていないでしょ」
「そんなことないんじゃん?」
 輝夜の言葉を、ジュデッカはふふんと笑い飛ばす。
「『書』が身近に在って、最後までその誘惑に耐えられる人なんて。
 ましてや欲求を抱かない人なんていやしないわ」
「あたしは、書じゃなくて、あんたと喋ってんのよ」
「ふふ。いいわね、そういう考え方」
 軽く聞き流して、ジュデッカは歩いて行く。輝夜はふっと息を吐いた。


◇ ◇ ◇


 アニスが、いつ『書』を狙って来るかは解らない。
 この潜伏が、一日や二日では終わらないという可能性もある。
 ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックは周囲を調べて、森の中にある狩猟小屋を拠点に選んだ。
「テントも用意してたけど、此処なら暖炉もあるし、何日か凌ぐくらいなら問題ないよね」
 自分達は、数日の野宿くらい平気だが、全員森で雑魚寝というわけにもいかないだろう。
 交代で見張りをする必要になったら、不寝番に慣れた自分達が夜を担当しよう、とも考える。
「ああ。
 出来ればこの小屋は更に囮に使って、リネンは俺のマントの中にくるんでリネンごと隠れ身をする位で臨みたいものだが」
「……夫のいる女性にそれはマズイよ、ダリル」
 呆れ顔のルカルカに、ダリルは首を傾げる。
「何故だ? ターゲットは隠した方がよくないか?」
「……うーん」
 解っていないダリルに、笑うしかないルカルカだった。


「『ジュデッカの書』さんの表紙のコピーを大量に用意して、偽物の『書』を沢山作ってばら撒いたらどうかな」
 弾の提案に、ルカルカや他の者も賛成した。
「全員でそれ持ったたらアニスも混乱するかもね。
『書』は博季に渡してるんだっけ。リンネはとりあえず、判例六法持っててね」
 ルカルカが、袋に入れた本をリンネに渡す。
「重い〜」
「本物は、僕が持っているということでいいですか」
 博季・アシュリングの言葉に、異論のある者はいない。
「いいんじゃないかな。よろしくね」