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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 礼拝堂のような廃墟の外。
 冷たい雨が降りしきり、ヴィータの服を濡らしていた。
 十メートルほどの距離をおいて、ヴィータと二人の契約者が対峙している。
 異常な雰囲気がこの場を支配していた。
 呼吸をすることさえためらわれるほどの緊張が、この場を支配していた。

「さぁ、愉しみましょうか。
 脳髄が蕩けちゃうほどの戦いを行う準備はいい?」

 静寂を破るように、ヴィータがそう言い放った。
 リカインは静かに構える。透き通る声で歌を口ずさみ、《レゾナント・アームズ》の真価を発揮させる。
 彼女はヴィータを睨み、冷たい声で言った。

「ええ――自力で止まることのない貴方を、ナラカに送り返してあげるわっ!」

 それが、開戦の合図だった。
 リカインが歩み出ると、ヴィータが先に仕掛けた。

「きゃははは♪ やれるものなら、やってみなさいな」

 《暴食之剣》を右手で持ったまま舞うように一回転。
 十メートルの距離をゼロにする踏み込みと斬撃が神速で振るわれる、デタラメと言える剣技。
 打ち合わされる剣戟音。
 リカインは《七神官の盾》を前に突き出し、凶刃を防御していた。

「行くわよ、ヴィータッ!」

 リカインは盾の僅かな丸みを利用して、ヴィータの剣を逸らし、一歩前進。
 懐に潜り込むと同時に、《レゾナント・アームズ》による拳打を叩き込む。避けることのできない、至近距離からの一撃。
 鈍い音が鳴り響く。驚愕の表情を浮かべたのは、果たしてリカインだった。
 ヴィータの左手が、寸前でリカインの拳を掴んで止めていた。
 彼女が陰惨に嗤い、右手をパチンと鳴らせた。<降霊>したのは凶悪なフラワシ、モルス。

「あ゛ああぁぁあああああああああアアアアアアアアア!!!」

 モルスは咆哮をあげ、リカインの頭を粉砕するために剛腕を振り下ろす。
 が、すんでのところで、狐樹廊が<降霊>した《鉄のフラワシ》の強靭な腕によって止められる。

「……っ!」

 狐樹廊の腕に甘い痺れが走った。
 降霊者とフラワシは文字通り一心同体。フラワシが受けたダメージは、使用者本人に返ってくる。
 ならば、と狐樹廊は思う。

(《破邪滅殺の札》にてそのフラワシを、あるべきところへ送り返させて頂きます。
 それがフラワシであるというのなら、彼女も無事ではすまないはずですから)

 狐樹廊は《破邪滅殺の札》を抜き取り、モルスにお見舞いしようと駆ける。
 モルスは《鉄のフラワシ》以上の怪力で力ずくで組み付きを外し、狐樹廊を殺さんと叩きつけるように剛腕を振るった。
 雨が降っているお陰で、その挙動を追うことは容易い。
 狐樹廊は横に飛び、迫り来る剛腕を避けた。巨大な拳は地面を打ち抜き、砕き、破片を撒き散らせる。

(好機は今しかないでしょうね)

 片腕を振り下ろし出来た隙を逃がさず、狐樹廊は《破邪滅殺の札》をモルスに投げつける。
 魑魅魍魎を滅する強力無比なお札が、モルスを送り返そうと飛来する。
 が、そのフラワシに当たる寸前で――パギィンという割れ鐘を力の限り叩いた異音がして、御札が消えた。
 いつの間にかモルスの傍にヴィータが現れていた。彼女の《暴食之剣》に御札が切り払われたことに気づき、狐樹廊は目を剥く。
 普通、御札は接触と同時に効果を発揮するモノだ。
 なのに、ヴィータのその剣に触れたはずなのに、《破邪滅殺の札》は発動しなかった。

「……なんでありますか、その武器は?」
「えっ、この武器?
 ああっ、そっか。まだ教えてなかったわね」

 ヴィータとモルスは後方に跳躍し、距離を開いてから、《暴食之剣》を前に掲げた。
 刃に刻まれた精巧な魔術式が、キィ……ンと光り輝く。

「これはね、《暴食之剣》っていうの。
 生前にハイ・シェンが愛用していた伝説の武器。その効果は『物理以外の全ての攻撃を食べて、自分のモノにする暴食の力』よ」

 ヴィータは「それと……」と呟き、一歩踏み込んだ。
 つぃっと黒のケープが揺れて、《暴食之剣》が振るわれる。
 ――瞬間、狐樹廊の顔のすぐ横を、《破邪滅殺の札》の力を有した衝撃波の牙が突き抜けた。

「こんな風に食べた力を衝撃波として放てるわ。まぁ、一回につき一発限りだけどね」

 ヴィータがこんな風に自分の手の内を明かすように説明をしたのには、理由がある。
 それは、相手の暴力を受けきり、更なる暴力で蹂躙したほうが楽しい、という好戦的な理由だ。
 ヴィータはそこまで説明を終えて、<メンタルアサルト>の無形の位の構えをとった。

「さて、続けましょうか。
 もっと、わたしを愉しませてよね」

 ヴィータがこれから起こる戦いに期待を込めて、凄惨に嗤った。
 と、その時。<テレパシー>により、彼女の頭の中で和輝の声が響く。

(『ヴィータ、聞こえるか?』)
(「……何よ。今、いいところなんだけど」)
(『急報だったもんでな。すまない』)
(「急報……?」)
(「ああ。酒場からの情報だ。
 どうやら、時計塔の頂上で、何やら実力者が張っているらしい』)
(「ふーん、そうなんだ」)
(『……向かわないのか?』)
(「向かいましょうか?」)

 ヴィータの悪戯めいた返答に、和輝はため息を吐き、言った。

(『……君が決めろ、ヴィータ』)
(「きゃは♪ 怒んないでよ。
 まぁ、あそこには用もあるし、今からでも向かわせてもらうわ」)
(『そうか』)

 和輝のその言葉を最後に、<テレパシー>は切れた。
 ヴィータは《暴食之剣》を収め、気迫を消し、二人に告げる。

「ごめん、ちょーっち用事が入ったからそちらに向かうわね」

 ヴィータはその場から立ち去ろうとする。
 勿論、二人がそれを許すはずもない。ヴィータを追いかけようと地面を蹴り――。
 ズドン、と。足元に銃弾が撃ち込まれ、二人はその動きを止めた。

「きゃは♪ やるじゃない、吹雪ちゃん」

 ヴィータは、吹雪が狙撃するために潜んでいるであろう、遥か彼方の建物の屋上を見上げてそう呟いた。
 そうしている間も、背後では銃弾が地面や床に着弾する音が聞こえてくる。
 どうやら自分が逃げる間の足止めをしてくれるらしい。その意図を汲み取ったヴィータは走り出し、小さく一人ごちた。

「そう言えばあの事を、協力してくれてる皆にも伝えなきゃね……」

 ――――――――――

 ヴィータが逃げ始めて数分後。
 吹雪が狙撃しているとある建物の屋上。<カモフラージュ>をして、《軍神のライフル》を構えていた。
 彼女が詩を歌うように、言葉を呟く。

「――One shot,One Kill」

 それは吹雪が狙撃するときの、癖だ。
 まじないのようなその台詞を言い終えた瞬間、銃口が光を放ち、一発の銃弾を吐き出した。
 狙いすまされたその狙撃は、契約者の一人の頭を撃ち抜き、ヴィータの追跡者達の足を止める。 
 吹雪の横で、観測手としての役割を全うするコルセアが口にする。

「ヴィータ、逃走完了。
 これで、コルニクスを除き、全ての傭兵が撤退したわ」

 吹雪は短く返事をし、スコープから目を外し、装着していた《ノクトビジョン》をおでこまで上げる。

「それでは、自分達も撤退をするであります」

 吹雪は狙撃銃をテニスのラケットのように自然に肩にかけ直し、その場を離れるために踵を返した。
 彼女に続くように、コルセアが《双眼鏡『NOZOKI』》を外し、その後ろをついて行く。

「……ねぇ、吹雪」

 コルセアが心配そうな表情で、吹雪に声をかけた。
 吹雪が振り返り、首を小さく傾げる。

「何でありますか?」

 その表情は、任務を全うしているときのいつも通りのモノだ。
 罪悪感など微塵も感じていない、非情な戦士の顔つきだった。

「……ッ」

 コルセアは吹雪に言いたいことがあった。
 このままで本当にいいのか、と。
 ヴィータに協力するままで本当にいいのか、と。
 ただ、いつもと同じその表情を見て、その言葉をかけることは出来なかった。

「……やっぱり、何でもないわ」
「? ――っと。はい、吹雪であります」

 吹雪の耳に装着した無線から、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の声が聞こえてきた。
 イングラハムはここから少しだけ離れた場所で、吹雪の周囲の警戒をしている。

『撤退するのだな?
 ならば、こちらが観測した上で最も安全なルートを教えてやろう』
「ええ、ありがとうございます。でも、合流をしないのですか? それほど離れていないのに……」
『我は『シリアスな空気』の有る所では存在できぬ』
「……そんなものなのですか」
『そんなものだ』

 イングラハムはそう言って、逃走ルートを簡潔に説明し始めた。
 吹雪はその全てを聞くと、彼にお礼の言葉を伝える。

「ありがとうございます、イングラハム」
『気にするな。何かあればまた連絡する』

 イングラハムとの通話はそこで切れ、吹雪は背中越しにコルセアに言った。

「ついて来て下さい。敵の少ないルートを通り、一気に逃げるであります」

 吹雪は足早に屋上から去っていく。

(吹雪、あなたは禁忌の術式に憧れてるって言ってた。
 そのためにヴィータに協力しているんでしょうけど……)

 その後ろ姿を見ながら、コルセアは思った。

(あんな危険なモノを学んで、あなたは何をしようとしているの……?)