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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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▽ ▽


「消えろ。お前はもう要らない」
「トーガ? どうして」
「理由? 今言ったことで全部だよ」

 あたしは、トーガと誓った。
 例えどちらかが戦う力を失ったとしても、戦いからは決して逃げないと。
 フランベルジュは、トーガとの誓いを思い出す。
「彼があたしを捨てたのはきっと、あたしの力を制御できず、あたしに殺されると思ったから……」
 トーガの身体は蝕まれていた。彼は弱さを見せることを嫌っていた。
 だからきっと、一人孤独に、死ぬまで戦うことを選んだのだ。
「あたしは誓いを守る」
 新たな主と共に、最後まで戦う。
 その相手とは、信頼関係で結ばれているのではないけれど。

 トーガの身体には、異変が起きていた。
 最初は病の類かと思ったが、違った。
 誰かが意識を乗っ取ろうとしている。
 そしてその誰かは、フランベルジュも殺そうとしていた。
 このままだと、この身体があいつを殺してしまう。
 そう思った時、トーガはフランベルジュとの別れを決めた。
 そしてトーガは、その後も戦場に立ち続けた。
 立ち塞がる敵を全て殺す為に。
 何故なら、自分は、フランベルジュの使い手は、最強でなくてはならないからだ。
 だからもしも、自分を殺せる者がいるとすれば、それは


「ようやく、見つけた」
 その戦場で、対峙する男が向ける魔剣を見て、トーガはにやりと笑った。
 男は、冷たくトーガを睨む。
「貴様は俺を知らないだろうが、復讐を果たさせてもらう」
「は! 殺せるかよ、俺を!」

 ――数々の戦場を、レンと共に切り抜けていく中で、フランベルジュもまた、限界に達しようとしていた。
 きっと、生き急いでいたのだろう。
 死に場所を求めて、ただ力を振るい続けた。
 ああ、間に合ってよかった。
 初めて、レンに感謝する。

 トーガに挑んだレンは、その戦いの最中、突然トーガの身体が異常な変化を見せたのにぎょっとした。
 けれど、それは大きな隙でもあった。
 変化の完了を待たずに、レンの魔剣はトーガの身体を貫く。

 ふ、とトーガは笑った。
 胸を貫くその刀身に向かって、囁く。ありがとう、すまない。
 ぱきん、と、その刀身が折れた。


 ――トーガの言葉は、届いただろうか。
 もしも剣化していなかったら、彼女は最後に、何かをトーガに伝えたろうか。
 レンは、身を貫く剣と共に死んでいるトーガをしばし見下ろし、やがて立ち去った。


△ △


「次にあの方が現れるとすれば、此処かと思ったのですけれど……見当違いでしたかしら」
 フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)は嘆息した。
 白鯨には既に賊が入り込んでいて、その中にイデアの姿は無い模様だった。
 後から合流して来るかもしれない、と思っているのだが。
「それにしても……現世のトーガは何処にいますの?」
 フランベルジュの記憶の、殆ど全てを思い出したとフランチェスカは思っている。
 けれど、あとひとつ、何か大切なことを思い出せていない気がするのだ。
 トーガに会えれば思い出せる。そんな気がするのに。



 樹月 刀真(きづき・とうま)は、侵入者達を倒す為、自ら前世のトーガに同調した。
 テメエが会いたがっている女に必ず会わせてやる。だから力を貸せと。
 光条兵器は使わない。トーガにとって、刀真の黒の剣は、耐え難いことだろう。
 白の剣のみを使い、ウエポンマスタリーの技で振るう。
 いつもは冷めた感情で剣を振るう刀真だが、今は、戦いの熱に当てられたかのように興奮した。
 トーガと同調している影響だろうか。
(この興奮のままに自分の女を抱いたら……)
 ふと、刀真の脳裏に浮かぶ顔があり、すぐにそれを振り払った。
(……今は余計だな。早く敵を殺そう)


▽ ▽


 戦場と化した街に、雨が優しく降り注ぎ、ヴァルナの傷を癒して行く。
 受けた傷が塞がり、起き上がれるようになると、ヴァルナは他にも負傷者がいないかを見て回った。
 怪我をしている人を見かければ、水の精霊の力を使い、力を使い果たすまで怪我を治し続けた。


△ △


 会いたい。山葉加夜はその思いを、前世の自分に同調させた。
 護る為には、戦わなくてはならないこともある。
 けれど、同調してヴァルナの想いを感じ取ると、涙が溢れてきた。
 きっとそれはヴァルナが、誰かを傷つけることを深く悲しんでいるからだろう。
「でも、私は大切な人達を護りたい。
 奪わせない! 悲しみは繰り返しません」
 イデアの仲間を倒し、同調が解けると同時に、頭に激痛が走り、加夜は頭を抱えて蹲った。



 攻撃は通用しない。だからソア・ウェンボリスは話しかけた。
 自分達と同じように前世を思い出し、そして、向こう側まで行ってしまった人々。
 彼等は、何を思ってイデアに協力しているのだろう。
「教えてください。イデアの狙いは何なんですか? オリハルコンを、何に使うつもりなんです」
 その娘は、少し迷った様子だったが、ソアを見据えると口を開いた。
「――無論、大陸を、我等の世界を具現化させる」
 世界の創造。
 ソアは驚きに目を見開く。あまりに常軌を逸している。
「そんな……無理です」
「無理ではない。具現化させた我等の世界を、パラミタ大陸とすげ替える。
 お前も早く、こちら側に戻って来るのだな」
 そう言い残すと、娘はさっと走り去った。


▽ ▽


 テュールに渡された指輪を手に、やれやれ、と瑞鶴は笑った。
「こら、起きやがれ、寝ぼすけ」

 ――暖かい。
 誰の手にあっても、指輪の姿で眠り続けていたローエングリンは、まどろみの中で、その温度に気付いた。
「ローエングリン、俺だ」
 降り注いだその声に、頭の靄が晴れる。
 人化したローエングリンを、瑞鶴は抱きとめた。
「……瑞鶴、くん」
 瞼を開け、そこにある顔に、呼びかける。
「おう」
 その表情で、彼が自分をどれだけ捜してくれたかが分かった。
 照れ隠しに、手を伸ばしたローエングリンは、瑞鶴の頬をつねる。
「……痛ぇよ」
「お腹ぺこぺこです」
 瑞鶴が笑う。


△ △


「おいっ、大丈夫か?」
 光臣翔一朗は、オリハルコンに至る途中で、潰れて倒れている柊恭也を見つけた。
「く、くそお、これしき……」
 オリハルコンに近づくにつれ、プレッシャーが重くなる。
 立って歩けなくなっても尚、這って進んでいたのだが、ついに力尽きたのだった。
「つーか絶対もう少しだったのに……何かゴーレムが出て来やがって摘み出されたっ……」
 余程悔しいのか、じたばた暴れる恭也の足を持って引きずって帰る。
 成程、それでこんな所で倒れているのかと翔一朗は納得した。
「見上げたもんじゃのう。さ、怒らせない内に退散じゃ」
「あ、そうだ。
 何か白い感じのガキがゴーレムと一緒にいて、長は鯨の内部にはいないっつってたぞ」
「それを早く言え!」



「おじょーさん」
 トゥレンに声をかけられて、その少女は振り向いた。
「の、中に入って何やってんの、ナラカの民が」
 白鯨の頭上付近に、フリッカに憑依した奈落人は立っていた。
「鯨の中でバタバタ騒いでんのは囮?」
「そういうわけでもない。邪魔者が来るとは思っていなかった」
「オリハルコンを単体で入手するのは不可能って聞いてたけどね。鯨ごとってわけかよ。さっさとその子から離れな」
「そうはいかない」
「じゃ、その子ごと死んで貰おっか」
 トゥレンは剣を抜き払い、奈落人はたじろいだ。
「本気か? この娘を助けに来たのだろう」
「お生憎。世界を救う為なら、一人の犠牲くらい仕方ないって誰かが言ってた、ような違うような。
 ま、いいんじゃない。殺した後、鯨から放り投げとけば誰にもバレないよ」
 にやりと笑うトゥレンに、奈落人は街の方へと走り出す。
「逃がすか!」
 トゥレンはあっという間に追いついて、剣を振り上げる反対の手で、固定させるようにフリッカの頭を押さえた。
 馬鹿め、と、奈落人はほくそ笑む。
 その一瞬、接触部分を伝って、彼はトゥレンに憑依した。
「――!?」
 何だ、これは?
 そして、その直後。
 状況を確認する余裕もなく、その身が剣で貫かれた。

 トゥレンの左手を、剣が貫いている。
 ころ、と手のひらから、二つに割れた目玉が落ちた。
「安い挑発に乗るもんだね」
 奈落人が憑依したのは、トゥレンが手のひらに仕込んでいた、大帝の目玉だった。
 手から剣を引き抜き、倒れているフリッカの息を確認したところで、街の方から誰かが走って来るのが見えた。



 フリッカは、弱々しく目を開けた。
「フリッカ、大丈夫?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ヒールを施す手を止めながら、心配そうに覗き込む。
 その後ろには、他にも多くの人達の顔が見えた。
「……皆さん……」
「賊は一掃しました。もう心配ありません」
「悪いね、ちょっといい?」
 トゥレンが刀真を押しのけて、フリッカに、向こうを見て、と、指差す。
 示された方を見て、フリッカは驚いた。
 白鯨が、大陸の上を飛んでいる。
「進行方向が元に戻らないんだけど。どうしたらいい?」
 フリッカは、途方にくれた表情でトゥレンを見た。
「私には、そういった能力はないのです」
 あちゃあ、と、トゥレンは額を覆う。
「殺すんじゃなかったかなあ。失敗した……」