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リアクション
【幕の開けるその前:3】
エリュシオン帝国の北西。
機晶技術に特化したカンテミール地方の中でも、特に発展の進んだその一帯は、高層ビルが立ち並び、高度な都市整備の進んだ、エリュシオンの中でも異色の地域だ。その景観がどことなく地球の一都市を彷彿とさせるのは、開発に関わったドワーフ達が「かの地」へのリスペクト溢れるあまりだったそうだが、その結果どうなったか、というと。
「何かねー、思ったんだけど」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)がぼやくように口を開いた。
「パラミタ大陸の伝統あるエリュシオン帝国で、アキバとかシブヤとか言いながら戦争してるってシュールだよねー」
その呟きに、関谷 未憂(せきや・みゆう)はあはは、と苦笑するしかない。そんな彼女等の視線の先で、二人の少女の口論は、目下続行中だった。
「大体ですねぇ〜、技術の粋をマニアックな方向に突き進んでくのはぁ、ダサいしぃ、需要を狭めるっていうかぁ〜……て、言うかぁ、流通は流行で回ってるってぇ、判ってますかぁ〜?」
『目先のことばっかりに飛びつこうとするなんて、流石スイール()。流行に流されるだけ流されて、主体性失ってオワタになるのが目に見えるのだぜwww』
「主体性とか何ソレ、マジうけるんですけどぉ〜。サブカルチャーの方がよっぽど流行り廃りおっかけてて主体性ないじゃないですかぁ〜」
『流行のジャンルの移り変わりなんて表面上のもんだしwwアキバって都市の性質の話に決まってるだろjk』
カンテミールのシブヤ的都市改造論を掲げる、地球人アイドルティアラ・ティアラと、”エリュシオンのアキバ”としての都市状態維持を主張する、天才ネットゲーマーのエカテリーナの主張は、小難しいことを言っているようだが、つまるところ「アキバとか何それダサイ、シブヤにすべき」と『アキバは聖域、シブヤとか意味フ』といったところである。が、何故か未憂は。ギャザリングヘクスを味方に配りながら、興味深そうに二人の会話に耳を傾けている。とは言え、所々理解できないのか、小首を傾げたりしているが。
「…………??」
それ以上に理解が追いついていないのはプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)で、畳み掛けるような二人の言葉に目をぱちぱちさせている。とてもではないが未憂と同じ言語圏の会話とは思えないのは、そのスラングや独特の言葉遣いのせいだろうか。かろうじて、お互いにとって譲れない主張であることは判ったが、イコンを持ち出した規模の割りに、ただの口喧嘩のようにしか見えない。
「……けんか、は……だめ」
どうしたら止められるんだろう、としゅんと表情を曇らせるプリムとは対照的に、リンの方はむすうっと頬を膨らませたかと思うと、だむだむ、と地団駄を踏んだ。
「キミたちはそれでいーのか! どっちにしたって二番煎じじゃん! もっとこう、オリジナリティを発進していく気概は無いのかぁっ!」
声を大にしたリンだったが『アキバって名前は聖域名だぜ』とエカテリーナは妙に気合の入った合成音声で答えた。
『先駆者を敬う意味でも、聞いてぱっとイメージ化できるシンボリックな意味でも、名前って重要なのだぜ?』
本音の方がちらりとうかがえる言葉で誤魔化したエカテリーナは、モニターの点滅に気付いてスピーカーを切ると、味方側の通信チャンネルを開いた。
『マップデータのダウンロードが完了したのだぜ。画像データと併せて転送するから、後はヨロ』
「了解。3Dマップ化しておくね」
『tks。そうしてくれると、地理が視覚的に把握できて助かるのだぜ』
通信用にカスタム下マリアのコクピットの中でのエカテリーナと裏椿 理王(うらつばき・りおう)のやり取りに、通信網の確認をしながら桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は息をついた。
テキストを読み上げる音声上は、少女同士の気さくな会話だが、実際には、両者は無言無表情でキーボードを叩いているのだから、シュールな光景だ。
「四天王さんの判別信号の入力完了。これで味方機は、全機マップ上に表示可能だよ」
屍鬼乃の言葉に「あとはリアルタイムの映像だけど」と理王が呟くと、国頭 武尊(くにがみ・たける)が「なあ」とエカテリーナに声をかけた。
「監視カメラはどうだ?」
これだけ先端技術の揃った都市である。監視カメラくらいあるだろう、と踏んでの発言だったが、果たして『それなら』とエカテリーナは、監視カメラの映像に直接アクセスできる場所をマップに表示させた。
「それじゃ、俺はそっから映像拾ってくるぜ」
猫井 又吉(ねこい・またきち)がそう言ってポイントへ向うのを見送りながら、屍鬼乃が地図データ上の味方機表示の確認などをしていると、今度は理王が「そうだ」と声を上げた。
「3Dマップのテクスチャなんだけど、あえて単色にした方がそれっぽいかな?」
『だったら、マーカーなんかも統一できるかな。ボク的にレトロゲー風のがムネアツなんだけど』
「オーケー、やってみる」
軽快なテンポでキーボードが叩かれているせいか、互いに機械音声であるはずなのに、妙に弾んで聞こえるのが不思議だ。
「理王、楽しそうだな」
エカテリーナが、直接対話よりパソコンごしのキーボード会話派という「お仲間」だったことが嬉しいのだろう。そういう屍鬼乃の方も勿論喜んではいるのだが「病んでるなあ、お互いに」という感想も拭えない。
「こちら青の四天王。準備完了したんだお」
そうやって会話すること暫く。エカテリーナの了承を取りつけて、エカテリーナ、ティアラ両名の対決プロモーションサイトを立ち上げてみたりと、理王が作業並行で進めている中、地上の主力である四天王たちからも、準備完了の合図が入ってきた。
「しかし、戦闘開始の合図までお互い2時間の猶予を持つ、とは……悠長ですな」
「それが戦争の流儀というものですよ」
そのやり取りを聞きながら、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は「そういえば」と、思い出したようなそぶりで首をかしげた。
「姿が見えないようですけど、四天王の皆さんは、どちらに?」
『遠隔操作可能領域の都合上、近くにはいると思うけど……』
エカテリーナはわずかに言葉を濁した。どうやら場所は明らかにしておらず、逆探できないこともないが、それはやりたくない、とのことだ。それには、キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)が「残念です」と首を振った。
「ご高名なゲーマーとうかがっておりましたから、ぜひお話をしてみたかったのですけれど……」
『オフ会は別として、ボクらゲーマーは基本体力の無い引き籠りなのだぜ』
表に出ようなんて思わないって、とやや自嘲気味にいったエカテリーナに、それなら、とファトラは眉を寄せた。
「裏を返せば、ご本人の所へ攻め込まれたらアウト……ということですわね?」
操っている機晶姫がいかに強くても、遠隔操作しているということは、本体は無防備だ。万が一攻め込まれた場合、生身の上引き篭もりとくれば、逃げる間もないだろう。
「よろしければ、私が護衛に向いましょうか?」
『ボクは構わないけど……場所は本人達に聞いてほしいのだぜ』
オンラインゲーマーのマナーのようなものだろうか、リアル事情を暴くのは気が進まない様子のエカテリーナは了解と頷いたファトラを画面越しに見ながら、もしゃりとアップルパイを頬張った。先日の蹄鉄のお礼にと、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)から受け取った、約束のアップルパイだ。小声で「……ごちそうさま」と呟いて一息つくと、工房の様子をモニターで確認して、首を傾げた。
『あとちょっとで完成できそうだけど……仕様は本当にこれでおk?』
その言葉に、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は「ああ」と強く頷いた。リリとララの二人が頼んでいたのは、ラルクデラローズにとりつける浮遊砲台だ。表示されたその完成予想図に、ララは満足げに頷いた。
「この配置、薔薇のようだ……うん、美しい」
ほわわ、と恍惚気味の声を背に、理王からもマップデータの作成完了のメッセージが入った。
「鳥瞰、主観モードの切り替えも出来るようにしておいたよ」
データ上、抜けは無いと思うけど、という理王に「おおお」と四天王から歓声が上がった。
「これはまさしく”あの”画面! 裏椿氏、いい仕事すなあ!」
「久々に我が右腕が疼く……っ」
興奮冷めやらず、といった様子の四天王は、マップデータと監視カメラの映像を参照に、味方機と相談しながら各ポイントへと散っていく。残念ながら、ティアラの居る位置には監視カメラは無い様で、敵の配置を完全に網羅することは出来なかったようだが、凡そのコースは掴めたようだ。
そんな中、同じように指示されたポイントに向うアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)とザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)が、密かに目配せしていたことに、気付いた者は居なかった。
「どんな感じだい?」
「何とも言えないな」
タマーラから預かったというアルケリウスの欠片を受け取って、あれこれと眺めたドミトリエは、それを黒崎 天音(くろさき・あまね)に返しながら、息をついた。
学習をするらしいナッシングが、秘宝を使って黒い光を生んだように、何かしら進化をするなら、対抗策を取る必要がある、ということで、欠片の持つ力を利用する手段が、ドミトリエならばその卓越した機晶技術によって作り出すことが出来ないか、と持ちかけていたのだが、ドミトリエの顔は難しいものだ。
「単純に、能力の底上げなら何とかならないこともないんだが」
その分エネルギーの消費は激しくなるが、その補給策を講じれば、解消は出来るだろう。問題は。
「ナッシングに対抗できるかどうか、というのは難しいな」
というのも、ナッシングについては、良くわかっていない部分が大きいのだ。それに対抗するというのであれば、性質や特質について、確認しておく必要がある、とドミトリエは続ける。
「こればっかりは、ぶっつけ本番になるだろうから、出来るだけ詳細なデータが必要だ」
「その件だけど、もしかしたらこれが役に立つかもしれない」
そう言って、天音がドミトリエに渡したのは、デスプルーフリングだ。遺跡で対峙した手のナッシングが放った黒い光。それに、デスプルーフリングが有効だったことを考えれば、その性質はごく近いと思われる。それを受け取って、なるほど、と何かを考え込んでいたドミトリエは、ふと思い出したように「遺跡といえば」と首を傾げた。
「例の秘宝のほうはどうなったんだ。本当にもう、使えそうも無いのか?」
「それについては、確認を取ったが……こちらもなかなか難題のようだ」
答えたのはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。
以前、超獣事件の折に使われた遺跡と、龍の遺跡と類似した部分を感じて、術式などの応用できないかとディミトリアス尋ねていたのだ。ディミトリアスであれば、遺跡の遠隔操作は可能であるから、試してみれなくも無いが、遺跡の起動には大きなエネルギーが必要だ。まだ完全な復興を遂げたわけではないトゥーゲドアの町と大地に、これ以上負担を強いる訳には行かない、というのもあって、エネルギー源は別に用意する必要がある、ということだ。
「超獣の力は、大地に還してしまっているからな。同じだけとは言わないまでも、遺跡龍を動かしていたのと同じ程度の力を使えば、土地が枯渇してしかねないのだ。
「ただ逆を言えば、代わりのエネルギーを用意できれば、遺跡を使って秘宝を活性化させることも出来る、ってことだね」
天音が言うのに、ドミトリエは再び沈黙すると、先の欠片のこととあわせて、本格的に考え込み始めたようだった。
そんな横顔を眺めていたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、隣で自分以上に熱心にドミトリエに視線を送るサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)をじろり、と見やって「……余計なことは考えるなよ?」と釘を刺した。
「お前との『シャムシエルを倒す手伝いをする』って契約に、親族は含まねぇぞ」
「知ったばかりの人間に切りかかるほど、ボクは狂戦士じゃないってば」
そう言ってザビクは肩を竦めたが「大丈夫」と言った傍から多分と付け加えたのに、シリウスが「本当だな」と念押ししていると、そのやり取りを耳に挟んだのか、スパナのような槍を取り出して、戦闘準備を進めていたドミトリエが、二人を振り返った。
「……と、悪い」
その視線とぶつかって、シリウスはばつが悪そうに苦笑した。
「シャムシエルのことになると、ちょっと過敏になっちまって」
その言葉に、ああ、と思い出したようにドミトリエは口を開いた。
「エカテリーナから聞いている。探しているんだったな」
「……何か、知ってること……無いか?」
物は試し、とシリウスが尋ねたが、ドミトリエは申し訳なさそうに首を振った。
「悪いが、思い当たることは無いな。ミルザム……の、血縁と言われてはいるが、顔も見たことが無いしな」
「そうか……」
言ったきり、自分自身も孤児だったために、その話題の繊細さを良く知るシリウスが、考える余り黙り込んでしまった様子に、ドミトリエは苦笑した。
「別に気にしてない。両親の顔を知らないのは、エカテリーナも同じだしな」
「にしては、浮かない顔だけど」
シリウスが止める間もなく、ザビクが首を傾げると、ドミトリエは図星を突かれた、と言う顔で溜息をついた。
「気にしていないのは本当だ。ただ……ここに来て煩わされることになるとは、思っていなかったからな」
「選帝神のことか?」
その境遇がふと、ミルザムとして担ぎ上げられた瓜二つの少女のことを思い出させるのに、眉を寄せたシリウスにドミトリエは頷いて、エカテリーナの乗るイコンを見上げた。
「エカテリーナは俺のそれを血筋って言うが……実際、遺伝的なものだけで、産んでもらったわけでもないしな」
「……産んでもらってない……って、あれ?」
その呟くような声に、ザビクが首を傾げるのに、ドミトリエが苦い顔をすると、それを見咎めて天音が目を細めた。
「……もしかして、君も、そうなのかい?」
「君も……というのはどういう意味だ?」
ドミトリエが首を傾げるのに、天音は何故か直ぐには答えず、ぼそりと「確か」と呟くように口にした。
「カンテミールには、神の墓場、って言う場所があったね?」
『お若いの……何を気にしておるんじゃい』
反応を示したのは、エカテリーナのイコンに乗る、七人のドワーフ達だった。
「ちょっとね……エリュシオンの龍騎士達は、もしかして……作られた存在なのじゃないか、と、ね」
エリュシオンが強大な力を手に入れるために、作られた龍騎士という神々。そしてドミトリエもまた、同じようにテレングト・カンテミールによって作られた生命なのではないか、と疑っているのだ。
『……』
天音の言葉に、沈黙の落ちること数秒。深い溜息と共に『まだ確証は無いがの』とドワーフ達は口を開いた。
『わしらの間では、そう考えておる者も多い。遠い昔、本来突然変異によって生まれてくる筈の神を、人工的に増やすために、「エリュシオンの龍騎士」は生み出されたのではないかと、な』
その返答に、一同は一瞬言葉を失って沈黙した。それが本当なら、最もその「人工の神かもしれない存在」を多く抱えているエリュシオンと言う国家の根幹が、酷く不気味なもののように思え、ぞわりと背中を冷たいものが這う感覚を飲み込んで、天音は詳しく続きを聞こうとしたが、それより早く『まあ、その話は後じゃな』とドワーフが息をついた。
『今は、目の前のことを何とかすることが先決じゃて』
そう、戦闘開始の合図は、今まさに鳴り響かんとしているところだったのだ。
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