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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『ルピナスはこの世界で何を望むのか?』

「ねえ刀真くん、今こうして契約者の思惑通り、デュプリケーターは出てきたわけだけど。
 ここにあの女の子はやって来ると思う?」
「そうだな……円の話や他の情報を総合して考えるに、彼女は無闇に俺達の前に姿を現そうとはしないんじゃないか?
 デュプリケーターをけしかけて、彼女自身は裏で手を回す、そんな風に俺は受け取ったが」
 周囲のデュプリケーターに応戦しつつ、桐生 円(きりゅう・まどか)樹月 刀真(きづき・とうま)がデュプリケーターを束ねる少女の事を話題にする。
「円ー、この辺のデュプリケーターはだいたいやっつけたぞ。潰さなきゃ死なないっていうからべったんこに潰してやったら塵になって飛んでった!」
 デュプリケーター掃討に当たっていたミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が戻ってくる。デュプリケーターに関する情報を手に入れたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の助言に従い、溶けるようにして粘性の液体になった後もさらに攻撃を加える事で、デュプリケーターを完全に消滅することに(おそらく)成功していた。その他の戦場でも契約者はデュプリケーターに対して有利に戦闘を進めている。彼らの背後では龍族が『ポイント32』に対して猛攻を加えていた。このまま状況が変わらなければ、契約者はデュプリケーターを掃討し、龍族は『ポイント32』を取る事になるだろう。
「ボクねー、色々持って来たんだよ。彼女はどうであれ、契約者に話をしにやって来た。全く興味がないわけじゃない、むしろ結構な興味を持ってると思うんだよね。
 だから個性的な物、目新しい物を見せることで、興味を引けるんじゃないかなって。どんな反応をするか、見てみたくない?」
「それは……確かに色々と知りたいとは思う。しかし結局、それらを用意した所で彼女がやって来るとは限らないんじゃないか?」
「そこを言われるとそうなんだけどねー。とりあえずボクはこの前会った場所にもう一度行ってみるつもりだよ。接触を果たしたらしい契約者も単独で行動していたって聞くし、こんな大勢契約者が居るよりは会ってくれるんじゃないかな」
「……分かった。疑いをかけられても困るからな、責任者には話をしておく。それと俺も行こう、俺も色々聞きたいことがある。
 もし万が一戦いになるようなら円、君は先に逃げてくれ。道は俺が作る」
「お、やっぱ男の子だね、カッコいいこと言うじゃない。でもあんまり他の子に構ってると、月夜くんが怒るよ?」
「……そこでどうして月夜の名が出てくるんだ?」
「さあね、言ってみただけー。それじゃ、行ってみようか」
 振り返り、円がオリヴィアとミネルバと、前回件の少女と遭遇した場所へ向かう。
「刀真さん、私も一緒に行きます。刀真さんは私が必ず、お守りします」
「ああ、頼りにしてる。それじゃ俺達も行くか」
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)と共に、刀真も円の後を追って進み出す。


(……少女に会いに行く、だって? アテがあるわけではなさそうだが……)
 一行の話を、たまたま耳にしたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が考え、物陰に移動して気配を消す効果のあるコートを纏う。
(デュプリケーターを討つのが先であり、そしてデュプリケーターを束ねている少女を討てば、早期に決着を付けられる。
 危険だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず……いっちょ、賭けてみるか)
 決意を固め、エヴァルトは先に進んだ一行の後を追う。


「さて、確かこの辺りだったと思うけど。……おーい、ボクの声が聞こえてるかな?
 渡したいものとか話したいこととかあるんだけど、出てきてもらえないかな」
 前回少女に遭遇した場所に到着した円が、辺りに呼びかけてみるものの、返ってくる声はない。
「出てこない……、いや、違うな。“あえて”出てこないのか」
「あっ、なんかいやーな気配を感じるよー。どっかに居るねー」
 刀真とミネルバが、殺気に近い何かを感じ取ったようで、警戒の姿勢を崩さず辺りを見回す。『彼女は何処にでも存在できるかもしれない』という円の予想通りなら、とんでもない所からこちらを奇襲する可能性も考えられた。

「ふふ。気付かれてしまったみたいですわね」

 だが、その少女は予想に反し、一見ごく普通に一行の前に姿を見せる。前回円が見た時は巨大生物と融合したような格好だったが、今度はちゃんと人の姿をしていたし、ファッションのつもりか、ひらひらのついた傘を持っていた。
「ご挨拶がまだでしたわね。わたくし、ルピナス、と言います。あなた方がデュプリケーターと呼ぶものの、そうね、生みの親と言っておきましょうか」
 傘を傾け、ふふ、と微笑む少女ルピナスは、ただそれだけなら肌の白さも相まってどこぞの深窓の令嬢に見える。だが同時にデュプリケーターを操り龍族と鉄族を取り込もうとしている首魁でもある。
「ルピナスくん、だね? ボクは桐生 円。一度会ってるんだけど、覚えてるかな?」
「ええ、覚えていますわ。あの時は醜い格好をお見せしてしまいましたわね」
 和やかに進む会話を、他の者たちは大なり小なり違和感を抱きつつ見守る。これまでの行動を思えば、誰もルピナスの言動を素直に受け取れない。
「そうそう、これ、持って来たんだ。見たこととか使ったこととかある?」
 他の者たちが成り行きを見守る中、円は持って来た漫画、絵、歴史書、携帯ゲーム機、洋服、恋愛小説……等々、いわゆるサブカルチャーと類されるアイテムを取り出してはルピナスに見せる。
「見たことはありませんが、それが何なのかはだいたい分かりますわ。わたくしが元居た世界にも同じような物がありましたもの」
「……その話、もっと詳しく聞かせてもらえないか?」
 ルピナスの元居た世界の話に、刀真が食いつく。その後のルピナスの話では、彼女は元々『マパタリ』という世界に居て、その世界の住人はパラミタで言う所のヴァルキリーや守護天使と非常に近しい特徴を有していたのだという。
「その『マパタリ』で、君は一体何をしていたんだ?」
 刀真が尋ねれば、ルピナスはどこか落ち込んだような顔をして答える。
「わたくしは、ある施設で隠れていただけですわ。わたくしと同じ他の皆さんは、マパタリの種族に担がれて戦わされていました。わたくしたちに課せられた使命……『最後の一人になるまで戦い、種族に繁栄をもたらす』その為に」
 ルピナスの種族は、同種族同士で戦い合い、勝った方が負けた方を取り込む事で力を得る特性があるという。そして最後の一人になった時、自らを従えていた種族に繁栄をもたらす、という。その種族『聖少女』は、当時の絶対的な支配者であった者たちによって生み出された。最初から支配されることが決まっていた種族、とも言える。
「聖少女……? 君は、この写真の者と同質の存在である、ということなのか?」
 刀真が、ミーミルが写った写真をルピナスに見せる。
「……あぁ、そちらの世界ではそのようになりましたの。えぇ、同じといえば同じでしょう。多少の違いはあるかもしれませんが」
「は〜い、私からも質問、いいかしら〜。
 貴女方は何故デュプリケーターと言うんですか? 鉄と龍族はなぜ貴女方をデュプリケーターと呼ぶんです?」
「あなた方はもう感付いていると思いますが、わたくしはあなた方が戦っているモノを“複製”することが出来ます。単にモノ、と称しては味がありませんから、“複製されたモノ”の意味を込めさせていただきました。龍族と鉄族の方々にも、直接ではありませんがご挨拶をしていますので、名前くらいはご存知なのでしょう」
「ふ〜ん、そこに深い意味はない感じね〜。
 こっちばっかり質問しても不公平だし、貴女の興味あるものは何かしらぁ? 答えられる質問なら答えてあげるわぁ」
 オリヴィアの言葉に、ルピナスはふふ、と口元に笑みを浮かべ、一行を見回し、刀真に視線を定める。
「わたくしはえぇ、そう……あなた方契約者に興味がありますわ。わたくしに色々と教えてくれた契約者はそこそこに切れる者のようでしたが、力に関しては不十分でした。……あなたは見た所、とてもお強い。是非あなたの力を、知りたいですわ」
 手を差し伸べてくるルピナスに、語りかけられた刀真はどう反応するか迷う。ここでルピナスの誘いに乗ってしまえば、何が起きるか分からない。巨大生物を取り込んでしまった彼女のこと、契約者一人を取り込むなど造作も無いはず。しかし無碍に断れば、これまた何が起きるか分からない。戦闘になる可能性も考えられ、そうなれば相手の手の内が読めない段階での交戦は、必然危険を伴う。
 全員が何となく緊張感を漂わせる中、一人ルピナスは何も感じていないようにスッ、と手を降ろし、傘を両手に持って背を向ける。
「……いえ、あなた方がわたくしを警戒するのは当然の事ですわね。
 ですが、とても良いものを知ることが出来ました。やはりあなた方は非常に興味深いですわ」
 そのまま、では、と呟いてルピナスが立ち去ろうとした瞬間、

「待ちな」

 響いた声に一行が振り返れば、飛空艇で後を追って来たらしい竜造の姿があった。
「てめぇがデュプリケーターの親玉か。……てめぇ、俺に気付いていながら無視したろ? どうせこいつの存在にも気付いてんだろ」
 言って竜造が指差した先、存在をバラされたエヴァルトがコートを剥いで歩み出る。
「この場で戦うつもりか? 彼女に戦う気なんて無さそうに見えるぞ」
「ケッ、あいつが戦うつもりかそうでないかなんて関係ねぇ。あいつは強ぇ、そしてそいつを意図的に隠してやがる。
 何よりあいつの態度が気に入らねぇ。……あの女を思い出させやがる」

 首から提げた羽をなびかせ、竜造がおもむろに大剣を抜き、構える。
「強いんだったら、殺し合おうぜ。てめぇもどうせ、その手で多くの命を奪ってきたんだろ?
 臭うんだよ、てめぇからは“臭い”がする。俺も似たようなモンだが、てめぇのはとびっきりくせぇ」
「……はぁ。何かと思えば人の事を臭い臭いと。可愛げな少女に向かってその物言いはどうかと思いますわ――!」

 神の領域とも称する速度で迫り、振るわれた大剣が傘の柄の部分で止められる。そこから竜造がどれほど力を入れても、刃は傘を潰せないし、少女はピクリとも動かない。
「……それほどわたくしの事を臭いと罵るのでしたら、こちらも相応の措置を――」
「覚悟おおおぉぉぉ!!」
 ルピナスの上空から、身体能力を強化したエヴァルトが刀を抜き、脳天から真っ直ぐ切り裂かんとする。……しかしエヴァルトが切ったのはルピナスが持っていた傘で、当の本人は涼しい顔をして立っていた。
「あらあら……お気に入りの傘でしたのに」
「てめぇ……からかってやがるな」
 大剣を構え直し、竜造が飛び出すタイミングを図る。エヴァルトも覚悟を固め、刀を構えその時を待つ。

「うぉらぁぁぁ!!」
「うおおぉぉぉ!!」

 竜造が真正面から、エヴァルトがやや横から、ルピナスに迫る。
「……どのようにしてさし上げるべきか考えていましたが、こういたしましょう」
 ルピナスが微笑み、二人が剣を振り下ろそうとしたその持ち手に触れる。瞬間二人の身体は吹き飛ばされ、それぞれ持っていた武器を落とし、武器を持っていた腕のそこかしこから骨が突き出していた。
「いかがでしょう? 自分の身体の一部が自分の身体を突き刺す感覚は」
「ど、どういうことだ、チクショウ!」
「あら、まだ話す気力がございましたのね。並の生物であれば痛みで気が狂ってるでしょうに。
 簡単なことです、わたくしにとっては、ね」
 呟き、ルピナスが今度は円の元へ歩み寄る。
「円さん、そちらの絵をわたくしにいただけますか? わたくし、その絵が気に入りましたの」
「うん、いいよ。何かリクエストある? 今度会った時にプレゼントしようか」
 ある細工を施してある絵を渡しながら尋ねる円に、ルピナスは少し考えて、こう答える。
「幸せな絵を。わたくしは幸せが大好きですの」

「あー、緊張したー。ちょっと本気で腕の一本くらい持ってかれるかと思ったよ」
 ルピナスが去った後で、円が心底安堵したため息を吐く。重傷を負った竜造とエヴァルトは、白花の癒しの力で身体自体は元通りになった。
「円……わざわざ絵を選んで持っていったのは、全て分かっての事だろうか」
「そう考えるのが妥当だよねぇ。絶対誘ってるよね、アレ。でさ、来たからには覚悟は出来てるでしょうね、な感じ?
 さっきはあの程度で済んだけど、今度はヘタしたらボクたち、殺されちゃうかな」
 円が用意した絵には通信機器が隠されており、場所を知ることが出来る。ルピナスが絵を自らの拠点に持ち帰ったのなら場所が分かる事になるが、先程の光景を見せられてはおいそれと訪れるわけにもいかない。
「……まずは、この事をエリザベート達に報告だな。デュプリケーターを当面の敵に定めている以上、情報の共有は必要だ」
 得られた情報をまとめ、一行は契約者の拠点へ帰還する――。


(……鉄族は『龍の眼』を取り、龍族はおそらく『ポイント32』を取る。これで互いに後はなく、いつでも最終決戦を行う用意をするはずですわね)
 歌菜が向かっている場所より少し離れた場所にて、傘を指した格好のルピナスが戦場を睥睨していた。
(契約者は、デュプリケーターを集中的に狙う方針に切り替えた、と彼が教えてくれました。……今日の戦いで契約者が相当の力を持っていることは理解しました。さて……わたくしの策で、龍族と鉄族はどのような態度を契約者に対して取るでしょうか)
 今の戦力で、流石に契約者が大挙して襲い掛かってくれば、こちらは負ける。契約者の力を手に入れたおかげで、龍族と鉄族の力を完全に取り込まずとも計画を進めることは出来そうだが、その契約者にこちらがやられる可能性も浮上してきた。
(こちらに向けられる目を、少し逸らしておきたいですわね。そうすれば計画を達成するのに必要な時間を捻出できますわ)
 ルピナスがふふ、と微笑んだ直後、こちらに向かってくる機体の姿を確認する。それが前回見たものである事に気付いたルピナスは、多分彼女は話がしたくてわざわざここまで足を運んだのだろうと推測して、余興に付き合ってあげる事にした。先程円たちと話をした事が多少は影響しているのかもしれなかった。

「会うのは2度目、ですわね。あの時は自己紹介もしませんで、改めて、わたくしはルピナスと言います」
 機体を降りた歌菜と向き合い、ルピナスが自己紹介をする。同じく名乗った歌菜へ、円たちに話したような内容を会話の節々に織り交ぜていく。警戒の姿勢を崩さない羽純の疑惑の目も気に留めず、ルピナスは最初に歌菜に会った時とは全く異なる態度で接していた。
「ねえ……ルピナスはどうして、天秤世界に来たの? どうして、こんな事をしているの?」
 そして、歌菜が尋ねた“なぜ”に、ルピナスは一瞬瞑目して、口を開く。
「わたくしたち『聖少女』の境遇については、既にお話しましたわね? わたくしは考えたのです、わたくしたちは何故このような境遇になったのかを。わたくしたちを作った者がそうさせたのかと思いましたが、その者もまた、何か別のものによってそう思わされたのではないか、わたくしはそう考えたのです」
「何か別のもの……?」
 オウム返しに尋ねる歌菜。いわゆる“神”的なものかと想像したが、ルピナスの回答は違っていた。
「世界は世界樹によって管理されている、わたくしはそう考えました。そして調べた結果、どうもそうらしいという推測に至っています。つまり、わたくしたちの境遇は世界樹が定めたもの、と言えるのではないでしょうか」
 歌菜を見つめるルピナス、その目には到底言葉にし難い何かが宿っているように歌菜には見えた。

「天秤世界もまた、世界樹によって管理されている世界。
 わたくしがこの世界に来た理由は、世界の管理者……世界樹への反逆のため。そして『聖少女』の……わたくしの幸せのため」