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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『その他の地域での動き』

●『“回流”の植林地』

「ああ、君か。よく来てくれたね。……おや、そちらは君の友人かい?」
 鉄族でありながら戦いを忘れ、植林活動に精を出す“変わり者”、“回流”の下を再び訪れた多比良 幽那(たひら・ゆうな)は、前回の時は連れて来なかったアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)ネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)を“回流”に紹介する。契約者はパラミタの住民とそれこそ10人、20人契約を結ぶことが出来るという話を、“回流”は不思議そうに聞いていた。
「私はあなたに尋ねたい事があります。龍族と協力して植林をする気はありませんか?」
「龍族と? ……ふぅむ、今まで考えたこともなかったよ。
 ……だが、龍族にも僕のような変わり者がいて、もしも協力出来るというなら、僕はやってみてもいいとは思うね」
「ええ、私もあなたと同じ可能性を考えていました。龍族にも植物を愛し、植林を鉄族と協力して行おうとする者は必ず居るはずです」
「常々思うが、母のあの自信はどこから来るのであろうな」
「余には分からぬ根拠があるのではないか? ……しかし、これほどの戦いが起きている世界で植林とは、何ともらしいな」

 アッシュとネロが、小声で会話を交わし合う。二人は幽那が天秤世界で、龍族と鉄族それぞれが大規模の作戦を行おうとしていると知り、「あぁ、また自然が失われてしまう……一人でも多くの住民に植物の偉大さを説かなくては!」と奮起した結果巻き添えを食らった(半ば強引に連れて来られた)のであった。
「それともう一つ……あなたは何故植林をするようになったのかしら?」
 幽那の言葉に、アッシュとネロ、ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)が“回流”の回答を注視する。というのも幽那の言葉は外に、「回答次第ではぶん殴る」という意思が垣間見えていたのを気付いてしまったからである。
「ここでもし、“回流”が『贖罪のため』なんて言ったりしたら惨劇が起きるわネ」
「あぁ……母はその辺り厳しいからな」
「いざという時に備えて止められるよう、控えておいた方が良いだろうか」

 植物に関する事で激昂した幽那のもたらすものは、ちょっとやそっとでは済まない。これ以上肥料が増えても困るとパートナーたちが身構える中、“回流”は少し考えて口を開く。
「……昔、この世界に来る前の事さ。僕はいつも通り、隊の一員として出撃した。その途中には森林地帯があってね、僕はそれを眺めるのが好きだった。
 行きは「よし、今日も頑張ろう」と思えたし、帰りは「あぁ、今日も無事に帰って来ることが出来た」って思えた。時間、月日が経つにつれて変わる光景も、僕を癒してくれた」
 どうやら“回流”が前に居た世界でも、季節の変化はあったようである。彼はその光景を懐かしむような顔をして、話を続ける。
「ある時、僕は別の隊に転属になった。しばらく別の方面で戦って、その森林地帯を見ることも無くなっていた。
 どれくらい経ったのかな。たまたま近くを通る機会があって、ちょっと行ってみようと思ったんだ。……そしたら、見事に無くなっていたよ。あれだけ青々としていた木々が、全てね」
「なんてこと……! そうなってしまったのも、戦争が原因なの?」
 尋ねる幽那に、“回流”は首を横に振る。
「いや、戦争が確かに原因かもしれない。けれど爆撃や戦火で失われたわけではなかった。
 人間がね、樹を切って砦や要塞の建築材にしていたんだよ。そして樹が消えた跡地には対空火器が設置されていた。その兵器は僕の仲間を次々と落とした後、爆撃によって破壊されたって聞いた。
 僕は悲しくなったよ。僕をあれだけ癒してくれていたはずの光景が、僕の仲間を葬る光景に変わっていた現実にね」
 その後しばらくも経たない内に、鉄族はこの天秤世界へやって来たのだと言う。“回流”はしばらくは龍族との戦いに参加していたが、どうしても戦う意味を見出だせなくなって“灼陽”の下を去り、今こうして植林活動をしているのだと。
「何のために植林活動をしているのか、という質問には、僕も何と答えていいのか分からないのが正直な所だ。僕は植物が好きだと思っているけれど、もしかしたら僕はただ癒されたくて植物を育てているだけなのかもしれない。現実から逃げているだけかもしれない、それは果たして誉められるべき事なのか、とは考えてしまうね」

 “回流”の話の後、幽那は思う所があるのか、言葉を発さず植林活動に勤しんでいた。お供として付いてきたアルラウネやニンフたちも、主の意を汲んでか粛々と作業をこなす。
(ぶっちゃけ、反応に困る回答よネ。お祖母ちゃんは知っての通り植物ラブ! だけど、一人一人が集まった『人間』はその限りじゃないワ)
 幽那やアッシュ、ネロ、ハンナという一個人と、『人間』は全く異なる生き物である。“回流”の話しぶりからして、彼は『人間』を嫌っているようだったが、幽那たちの事は嫌っていない。それはもしかしたら彼が幽那たちの事を『契約者』という種族だと思っているからかもしれないし、そこでもし幽那が人間であったと知ればどうなってしまうか分からないのが、怖くもあった。
(……マ、お祖母ちゃんの事はアッシュとネロに任せまショ。ワタシは“回流”に聞きたいことがあるんデスよネ)
 そう思っていると、いいタイミングで“回流”がやって来る。ハンナは意を決して踏み出し、“回流”に聞きたかったことを尋ねる。
「もう一度、戦いたいと思っていますカ?」
「…………。鉄族の為というのならば、僕はもう戦わない。戦いがあるから樹々が失われた、どうしてもそう思ってしまうからね。
 もちろん、鉄族が戦いに負けてほしいとは思っていない。……それに、もしこの樹々を無慈悲に破壊しようとする者が現れたなら、その時は僕も戦おうとしてしまうだろうね」
 “回流”の回答に、ハンナはお祖母ちゃんならこの後どう答えるだろう、と想像する。状況が状況なら“回流”を一発殴った後で「樹々を護るため戦うのではありません、失われたとしてもまた植えればいいのです。何度失われても植え続ける、それが植物を愛する者の行動です」と言いそうである。
(……デモ、ワタシは“回流”を殴れないシ、諭せもしないわネ。ワタシも戦ってしまいそうだモノ)
 その事を悔やむでも恥じるでもないものの、納得というわけにもいかないハンナであった。


●ザナドゥ:ロンウェル

「……うぅむ。確かに俺は『ザナドゥには天秤世界やその影響について、何か記録や記憶は存在しておらぬか?』と聞いたが、その結果がこの作業とはな」
「仕方ないでしょ、私だってそんな記録があるかどうか分からないんだから。覚えている限りでは天秤世界に関係した特異な事例はなかったと思うわよ」
 書物庫に二人、夏侯 淵(かこう・えん)魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)の声が響く。天秤世界でパイモンと作戦を展開しつつあるルカルカからの連絡を告げた夏侯淵は、少し考えて「付き合って頂戴」と言ってきたロノウェに付いて、こうしてロンウェルに保管されている書物を手当たり次第に調べていたのだった。
「パイモン様が王位に就かれてからの五千年は、起きた戦乱もザナドゥもしくはカナン内だけで済んでしまっていたから、誰かが天秤世界に送られたということは無いはずだし。あるとすればそれより前だけれど、流石に私が覚えているより前の記録が書かれたものなんてないわ」
 ロノウェが8600歳なので、それより前となると9000年前以上の事になるが、その時書かれた書物は流石にないし、書き継がれた書物もやはりない。五千年前のシャンバラ崩壊の時から徐々に増え始め、それからはそこそこな量がある所を見ると、パイモンがこれら書物の編纂を指示したのかもしれない。
「一応、リュシファルからも該当しそうな書物を持ってこさせたわ。そっちは別の者に担当してもらってる。
 それでなかったら、無いということにして頂戴」
「うむ、分かった。……なぁ、そろそろ休憩にしないか? ヨミ殿のためにマシュマロを持ってきたのだ、甘い物は頭の疲れを癒してくれるぞ」
「もう少し頑張りなさい」
「はは、ロノウェ殿は手厳しい。分かった、もう少し頑張るとしよう」
 背伸びをして凝り固まった身体をほぐした後、夏侯淵が書物の山に手を伸ばす。


「ぐおぉ……お、俺はもうダメだぁ。
 身体を動かすのはいいが、延々と文章を追っているのは負担が掛かり過ぎる」
 書物を閉じ、神代 聖夜(かみしろ・せいや)がぐったりと机に倒れ込む。その横では陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)がゆったりとした動作ながら物凄い速さでページを捲り、内容を確認していく。
「聖夜、刹那、これで最後だそうだ。疲れる作業だとは思うが、頑張ってくれ」
 神崎 優(かんざき・ゆう)神崎 零(かんざき・れい)が現れ、これで最後という書物を机の上に追加する。ここロンウェルとリュシファル、ザナドゥを代表する2つの都市の書物を調べ上げれば、天秤世界に関係する事例がザナドゥでも起きていたかどうかがおおよそ判明するであろう。
「今のところ、そのような記述を見つけることは出来ませんでした。書かれている内容が主に五千年前以降の事で、それからは大小の戦乱こそあれ、ザナドゥとカナンのみを対象としています。出てくる人物も魔族とカナン人以外は居ませんし、他の種族が現れた、または消えたといった記述は確認出来ませんでした」
「か〜、そこまで確認してたのか。俺は文章の内容を理解するので精一杯だぜ」
 刹那の報告に、聖夜が頭を抱える。しかしながら刹那は魔道書、やはり書物に関しては理解力がずば抜けているのだから、聖夜が気に病む必要は全くなかった。
「さぁ、みんなで残りの書物を確認してしまいましょう」
 零の言葉に皆が頷き、それぞれが作業に当たる――。

「ご苦労様。状況はどうかしら?」
 それからしばらくして、ロノウェがヨミ、夏侯淵を連れて様子を見にやって来た。
「お、終わったぜ……俺はもうクタクタだ」
 まるで机に溶け込んでしまいそうな勢いでだれる聖夜、刹那が確認した書物の内容を簡潔にロノウェへ伝える。
「そう……こっちにも関係する記述はなかったのね」
「はい……すみません」
 申し訳なさそうに頭を下げる刹那へ、「あなたが悪いわけじゃないわ」と労いの言葉をかけたロノウェが、表情を柔らかくして皆に告げる。
「これから休憩にしようと思うのだけれど。後、話しておきたいことがあるから、付き合って頂戴」
「マシュマロの準備はバッチリなのです!」
 えっへん、と胸を張って自慢するヨミの背後で、夏侯淵が笑いを懸命に堪えていた。
「あ、じゃあ私、お茶を淹れてきますね。キッチンをお借りします」
 零が席を立ち、優が零を支えるように横に位置する。その様子をロノウェが微笑ましげと取れる顔で眺め、他の者を庭園へ案内する――。

「はふー。マシュマロおいしいですー」
 ヨミが、まるで枕のような大きさのマシュマロに飛びつき、いかにも幸せそうな表情でかぶりつく。他の者たちもマシュマロと他に用意されたお菓子と、お茶を飲みつつ他愛もない会話に興じる。
「さて……唐突だけれど、あなたたちは今回の事、どう思うかしら?」
 話を振られた優が、カップをテーブルに置いて表情を改め、答える。
「天秤世界の事を詳しく調査しなければ何とも言えない状態だが、天秤を傾けないように行動するのであれば、あらゆる可能性を考慮し慎重に行動しないといけない。
 龍族・鉄族と協力関係になり、デュプリケーターと対峙がベストな着地点だが、その逆も視野に入れておく必要はある」
 優の発言通り、アーデルハイトの示した方針の当面の着地点は、龍族と鉄族が自分たちに協力し、デュプリケーターと戦い決着をつける、である。だがその為には龍族と鉄族の狙いの矛先を、互いの種族からデュプリケーターに振り向ける必要がある。これを誤ると、矛先が自分たち、契約者に向きかねない。
「ルカルカは、いざとなれば私達が剣を止める、と言っていたな。個人としては勇ましいが、契約者全体に波及させるにはちと難しい点もある」
 契約者も千差万別であり、積極的に行動する者、そうでない者がいる。そのどちらかが優れている劣っているの話ではない。そして、全ての契約者が納得する方針を定めるのは、不可能に等しい。しかし厄介なのは不可能だと端から決めてしまうと、その後が全く続かなくなってしまう点だ。結局の所は試行錯誤を繰り返しながら少しずつ方針を修正していく方向に落ち着く。アーデルハイトの掲げた方針も当初に比べ、修正が加えられている。
「ロノウェ、貴女ならどう行動する? もちろんパイモンと協力して行動するとは思うけど、俺は貴女自身の意見を聞きたい」
 今度は優に話を振られ、ロノウェは少し考え、口にする。
「……あなたたちの協力のおかげで、ザナドゥ各地を統制するためのネットを張ることが出来た。たとえ不測の事態が起きたとしても、パラミタに戻って来られる限り対処は出来るはず。
 その上で私は、天秤世界での争いを止めてみたい。……過去に争いを起こした私達が争いを止めることが出来るのか。推測ではあるけれどパイモン様も、同じ事を考えているのではと思うの」
 ロノウェが、時折パイモンが思い悩むような顔をしていたことを皆に話す。今思えばそれは、『自分に何が出来るのか』というのを考えていたのではとロノウェは語った。
「パイモン様の定めた方針も、全ての者に受け入れられるわけではない……もしかしたら修正を迫られるかもしれない。その時に的確な意見を出せるように、私は自分の目で天秤世界の成り行きを見たいと思うの。……ごめんなさい、ハッキリとした意見を言えていないわね」
 申し訳なさそうにするロノウェへ、優が首を横に振る。率直な言葉を聞けることは信頼の表れであるから。
「俺の方針は、『龍族・鉄族・デュプリケーターすべてと対話をする。そして共に協力し合い、天秤を傾けずに解決する方法を見付け出す』。
 ……俺の方針も、現地に着いてからの行動で変わることがあるかもしれない。もしそういうことがあるとしても、俺は俺で納得して決めたいと思う」
 優の言葉に零、聖夜と刹那が頷く。……こうして、大方の方針は決定されていった。

「ちょっと、いいかしら」
 後片付け中、零がロノウェに呼ばれる。
「失礼な事を聞いてしまうかもしれないけれど。……あなた、新しい命を宿しているわね」
「……気付かれていましたか」
 頬を僅かに染め、こくり、と零が頷く。
「あなたはどうするつもりなの? やっぱり優と一緒に行くの?」
「……この事を話せば、優は引き留めるでしょう。けどそうなれば、私は優を護ることが出来なくなってしまう。その事が耐え難く不安なのです」
 それは零が守護天使であることも影響しているし、何より優の事を愛しているからこそ、傍にいられない事が果てしなく苦痛に変わる。
「…………、あなたがどうするかは、あなたが決めることだけれど。あなたがここに残ってヨミと仕事をしてくれるのなら、私は嬉しいと思うわ。
 優の事は、私が無事にあなたの下へ帰れるようにするわ。……彼はそんなの嫌うでしょうけど」
 そこまで言って、ロノウェが背を向け足早に歩き去ろうとする。
「……そこまでしていただけるのは、何故ですか?」
 ふと気になって零が尋ねれば、足を止めロノウェが答える。
「……一人ではないということ、かしらね」
 今度こそ振り返らず歩き去るロノウェの背を、零が見送る。