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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●vs八岐大蛇

 永井託が倒されたのが契機、一気にすべての契約者が行動を起こした。
 一気にすべての『眷属』も行動を起こした。
 しかし両者がいままさに激突せんとするその寸前、
「待った待った、まだ終わってないんだけど、俺のセリフ」
 声は弱っており、ところどころ血の気泡が破裂する音が混じっていたけれど……それでもやはり悠然と、そして飄然とした声だった。
 言うまでもない。声の主は永井託だ。
 立っていた。
 衣服はぼろ布のようにけば立ち、頬にも真っ赤な血が流れているけれど、確かに託は立っていた。
 負傷に構う様子もなく、彼はきっぱりと言ったのである。
「八岐大蛇くん、ちょっと驚いたかい? 意外とタフだろう、僕? それとも大蛇くんが見た目ほど強くない、ってことかな」
 このとき託の口元に浮かんだ不敵な笑みは、大蛇には脅威、味方には力強さとして映ったことだろう。八岐大蛇を『くん』づけで呼ぶ大胆さ。さらにこの挑発。この戦場、本日の度胸第一は間違いなく彼、永井託であろう。
「余を侮辱すると……!」
 怒髪天をつくといった様子で眦(まなじり)を吊り上げた大蛇だが、その声は爆発的な怒号にかき消された。
 地鳴りのような声は多くの契約者から飛び出したものだ。
 託の体を張った行動が、彼らの魂に火をつけた。
 士気のボルテージは一気に上昇。熱い。まるでマグマ煮えたぎる噴火口だ。
「やるじゃない」
 オリヴィア・レベンクロンは桐生円に潜在開放を成す。さらに即、自身も熾天使化し、呪縛の弓を引き絞る。
「さて、勝ちに行きましょうか、気持ちで負けてたら面白くもないわよねぇ」
「ミネルバちゃんもがんばーるよー」
 その真横を駈けるはミネルバ・ヴァーリイ、盾を構え目指すは大蛇側面、同時に潜在解放を円にかけている。
 黒い影が彼らを追い越し、空中から大蛇の頭を狙った。
 樹月刀真だ。
「貴様!」
 大蛇はその視線だけで刀真を吹き飛ばすが、彼は肩口を抉られ血を飛ばしながらも、空中で後転して着地する。
 大蛇の攻撃が刀真の急所をつけなかったのにも理由がある。
「我が一尾より煉獄がいずる!」
 と一声、空から玉藻前がファイアストームを放ったからだ。荒れ狂う炎の嵐は大蛇のみならず、その眷属を巻き込む巨大な威力を有する。
 然れどもそのすべてを、押し返すほどの黒い突風が襲ってきた。
 岩すら吹き飛ぶ勢いだ。緋桜遙遠はこれに足を取られ石柱に背中をぶつけた。
「遙遠は、そう簡単に挫けませんよ……」
 風はただ、彼らを吹き飛ばすに留まらなかった。細かい針で突き刺したような痛みを与えていたのである。遙遠の唇が切れ、赤い一条の血が流れていた。
 遙遠に、手を差し出す者があった。
「カーネ!」
 彼はその手を取って立ち上がったが、カーネリアン・パークスは手を放すと何も答えず、ジャケットに袖を通し身を下げ、再突撃の姿勢になった。カーネの前髪がはたはたと踊っていた。
 ラックベリーが大きく傾ぐ。やはり黒い風のせいだ。
 舞手の多くも風にさらされ、手傷を負っているが舞を止めないでいる。
「くっ……さすがは」
 ベアトリーチェ・アイブリンガーはなんとかその場所に留まることができたが、裁きの光をうまく放てず苦しそうだ。
 小柄な小鳥遊美羽は飛ばされてしまい、コハク・ソーロッドに抱きとめられている。
「大丈夫?」
「ありがと……さすがにやるよね、大蛇」
 敵の実力こそ認めているが、美羽は圧倒的な戦力差は認めない。たとえ今一時的に不利だとしても逆転の目はある。仁科耀助たちの作戦が奏功すれば……。
 黒い風が巻き起こした勢いに任せ、無数の『眷属』が舞手目がけ襲いかかった。
「ここから先へは絶対に行かせないわ!」
 それを妨害するのはエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)
「必ず」
 と宣言すると同時に鉄壁の護り、インビンシブルを発動して眷属の突進を受け、これを下方に叩き落とす。
「守りきってみせる!」
 エリスの頭から帽子が吹き飛んだが彼女は躊躇しない。
「龍の眷属だかなんだか知らねえがトカゲもどきに、あたしらが負けるわけねえだろ!」
 まだ黒い風の余韻はあるが、これを押し返す勢いでエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は叫んだ。
 叫び声だけではない。エヴァは紅蓮の炎を伴う。
 パイロキネシスだ。当たるを幸い、火炎放射器よろしく噴きあげる。炎に包まれ、たちまち有翼の虫が落下した。無論エヴァとて何度も敵の反撃を喰うが、これで逃げたら永井託に申し訳が立つまいと、奥歯を噛みしめて踏ん張る。
「がまんだがまん!」
 エヴァが炎というのなら、リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)が使役するは氷雪、剣で斬りつけてくる人型の甲虫を紙一重でかわし、大剣『フェンリルの牙』で逆襲する。
 しかしリーゼロッテの剣も、甲虫が繰り出した方形の盾に防がれていた。
「残念、ハズレ」
 けれども、人形のように美しい少女……リーゼロッテは氷の笑みを浮かべたのである。
「本命はそっちよ」
 彼女の攻撃に交差するかのように、逆の方角から桐ヶ谷煉が踏み込み、両手握りの斬巨刀にて、一撃。横殴りに叩きつけたのだ。
 どすんと強烈な手応え。煉は甲虫の鎧などものともせず、これを一刀両断にしていた。鎧がぱっと砕けて細片を散らした。
「全員生き残ってこそ意味がある戦いだ。無茶をするなよ、皆」
「当然!」
 煉をかすめ、黄金の髪をなびかせ疾走するのはパティ・ブラウアヒメルだ。
 彼女と併走するのは誰か。他でもない、七刀切である。
「そんじゃラスボス戦だ。気合入れていこうぜ!」
 その切とパティを守護するように、後方からぴったりと黒之衣音穏が追う。
「我も負けぬよう気合を入れていくとするか!」
 
 その頃、永井託は、
「まあ、脇役にできることはこれくらいがせいぜいかな?」
 と満足げに呟いて、膝を折り地に伏せた。
 気を失っていた。