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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●龍の舞と眷属と(2)

 沖田総司からの合図を受けて、諸葛亮孔明はトレーラーを後退させた。
「あまり良い流れはではないようですね……第一波は小手調べといったところだったのでしょうか」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)は呟いた。だがすぐに言葉を引っ込める。
 ――いけない。北都を守るのが私の望み、気弱なことを言っては。
 龍鱗化した身に力を込め、清泉 北都(いずみ・ほくと)のそばに伺候した。
「多少、押されてはいるようですが、きっと跳ね返してみせます。どうか心安らかに」
 北都はしばし舞うのをやめていた。見回すと周囲のメンバーも同様にしている。
 それでいい。
 龍の舞はその優美さとはうらはらに、精神的肉体的負担が大きい。それでいて集中力を絶やせない。休めるときに休んでおかなければとても保たないのだ。
 実際、北都にとっても肉体的な疲労はかなり蓄積していた。
「大丈夫」
 北都は短く、それだけ伝えた。
 この危機的状況……しかも目の前に怪物が迫ってる状態で『穏やかな心』を保つのは簡単ではない。実際、最初の時点でも危ない場面はあった。
 けれど信じている。北都はクナイを、護衛の仲間たちを信じている。
 信じているからこそ舞えるのだ。
 北都の視線が、クナイの視線とぴったり一致した。
 これ以上言葉はいらない。
 自分の意思は伝わっている。そう北都も、クナイも理解していた。
「龍の鳴き声は『がおー』なのでしょうか?」
 ところがそんな二人の間に、なんとも長閑な声が割り込んだ。
 リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)だ。リオンだってずっと舞に集中していたはずなのだが、疲れが顔に出ないタイプらしくけろりとしている。
「え?」
 クナイは怪訝な顔をするも、北都がにこやかに答えた。
「それはちょっとわからないなあ……龍の鳴き声については、後で那由他さんに聞いてみるといいよ」
「なるほど」
 なんだか腑に落ちた様子で、ポンとリオンは手を打った。
「それを確認する為にも、那由他さん達を救わねばならないというわけですね。いえ、それ以外の理由も勿論ありますよ」
「まったく……」
 リオンらしいといえばこの上なく『らしい』言い様だ。溜息つきつつも、クナイはなんだか、重苦しい気持ちが少し軽くなった気がしたのである。
「がおー?」
 リオンの妙なコメントを断片的に耳にして、レン・リベルリア(れん・りべるりあ)は「それなに?」と訊きたい気持ちに駆られたものの、今はそれどころではないと考え直して奏輝 優奈(かなて・ゆうな)の元に戻った。
「優奈、敵の第一波はほとんど、この舞台に近づくこともできなかったよね。優奈の……いや、ウィアも含めた優奈たちの舞がそれだけ高い効果を発揮したとも言えるよね!」
「ほんま? そう言ってもらえると嬉しいわあ。あれやね、でも、聞いた話ではこっからが本番って感じやね」
 溌剌としたレンに優奈は微笑みを返す。ところが、ウィア・エリルライト(うぃあ・えりるらいと)としては一言含むものがあるらしい。
「ちょっと、レン! ウィア『も』ってどういう意味ですか、ウィア『も』って」
 私も一生懸命舞ったのですからと、ウィアは気色ばむ。
「ごめん、ウィアを無視していた訳じゃないんだ」
「本当ですか? 私だって……優奈と同じ思いを込めて舞っていたのですよ」
 これは少し、嘘だった。
 正直に言うならば、ウィアには、周りのもの全てを守りたいと思えるほどの強い想いを持てる自信はなかった。
 しかし、仲間を……優奈を守りたいという想いなら、誰にも負けているつもりはない。こればかりはレンにも負けない……はずだ、多分。いや、多分ではダメなのだが。
 そのあたりの考えは表にせず、ウィアは彼に言ったのである。
「とにかくレンは自分の目を果たすこと! そのツンツン髪もしっかり立てておきなさい!」
「え……いや、あほ毛レーダーは期待しないでよ!」
「二人の会話を聞くのは、飽きんなあ……けど、そうとばかりは言ってられんみたいやな」
 優奈が彼方を指さした。
 黒い群衆……いや、黒だかりのような『眷属』が近づいて来つつあるのだ。
「レンはもちろんとして」
 優奈はクナイやクローラ、風祭優斗、源 鉄心(みなもと・てっしん)ら、護衛の任にあるメンバーに会釈する。
「ほな皆さん、難しい役目や思うけど、護衛よろしくお願いします!」
 そして……と、正面を向き、新たな龍の舞のためにステップを踏み出して彼女は言ったのである。
「舞手の皆さん、せやったらまた、いっちょがんばろか〜!」

「再開でありますな!」
 葛城吹雪も再び龍の舞の姿勢に入った。セイレム・ホーネットと並んで舞い始める。
 それを確認すると、コルセア・レキシントンは艦に指揮を下したのである。
「対空砲火! 『眷属』を近寄らせない!」
 吹雪のこの晴れ姿! 過去彼女の傭兵時代に同僚だったものが見れば、どんな気持ちになるだろう。見違えてしまうのではないか。
 なぜって、今の吹雪は、まるで別人のようであったから。
 吹雪は強化外骨格に迷彩柄のバンダナ、服装は実にいつも通りである。
 だがその動きは、一挙一動は、神楽を舞う乙女以外の何物でもなかった。精密にして流麗、まるで無駄のない動き。流れる川のように自然、それでいて確固たる意志と毅然たる美しさを見せる動き。
 思わずため息がもれそうになるのではないか。見とれてしまったとして、誰が責められよう。
 葛城吹雪、今この時彼女は、彼女自身が見たとしても、やにわには自分と信じられないほどに清く、美しい姿であった。
 そんな吹雪の頭上を、灼熱の砲撃が駆け抜けていく。
 くくった髪が熱風に煽られて暴れたが、吹雪の舞はいささかも狂わなかった。
 対空砲火が命中した。爆発が起こった。弱い『眷属』は焼かれてけし飛ぶあるいは墜落していく。しかし、攻撃をかいくぐって攻め寄せてくる者たちがあった。
 地上を走るものはまだなんとかなる。
「蒼空学園は俺達が守る……ルミーナのところには行かせるかよ!」
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)の射撃は正確だった。額を撃ち抜かれ、二足歩行するバッタのような眷属は受け身も取れずに斃れ伏した。
 隼人はトレーラーの直前で敵を食い止めることに注力した。
 ときには、慈悲のフラワシを用いて味方勢の回復も行う。
 だが、たとえ八面六臂の活躍をしようとも、今度の敵勢には天(そら)から攻めてくるものが多すぎた。
 黒い塊のように朱い空より攻め寄せてくる有翼の『眷属』は、簡単に叩き落とせるものではなかった。
 飛来するのは蝶ではなく蛾、大量の虻に大量の蝿、まだ蛆であるのに翅が生えている変異体もある。しかもそのそれぞれに呪われた爬虫類の頭部が付いているのである。大きさは大小さまざまだが、最初のものでもバスケットボール程度あった。
 それらが花の蜜を求める蜂のように、一斉に隼人に襲いかかったのである。
「冗談じゃ……」
 ない、と言葉を言い終えることができなかった。肩口を虻に刺された隼人は、有毒の熱いものが体の中に流れ込むのを感じていた。頭が重くなり崩れ落ちそうになる。
 差し伸られた手があった。迷わず掴む。
「ルミーナ?」
 どうしてだろう。ここにはいないはずの恋人が助けてくれたのに感じたのだ。
「そんな人違いをされるとは思ってもみませんでしたね」
「優斗か……」
「持つきべきものは双子の兄弟、隼人が危ない気がして駆けつけたんです」
「……勘かよ。まあ、外れちゃいないが」
 見ると優斗の足元には、さっきの虻が落ちて崩れ始めていた。
「隼人さん、優斗さん、加勢します」
 うわんうわんと降りかかる有翼『眷属』を斬り払いながら緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が姿を見せた。『紅い悪魔』の異名をとる槍を投じ手にした戦鎌で、当たるを幸い斬りまくる。
「知っている人が傷つくのを見るのは嫌ですから」
 独り言するように呟いて、遙遠は隼人をかばうように前に立った。
 だが形勢逆転とはいかない。隼人が受けた毒は香りで他の眷属を呼ぶというのか、遙遠、優斗、隼人の三人を押し潰すかのように黒い昆虫が密集し押し寄せてくる。
「カタストロフィで手近なものを滅してもきりがない……! それにそもそも、連発できるものでもありませんがね……」
 退くか。しかしそれはそのまま、この密集する有翼昆虫を龍の舞手にぶつけてしまうことになる。
 味方を呼ぶか。だが、すでに視界は黒い昆虫に埋められ突破もままならない。
「テレパシーを正常に作動させるにはもう少し集中が必要です……」
 優斗は迷った。このまま隼人を放り出せばあるいは可能かもしれない。
 ――隼人にこのことを告げれば、迷わず「やれ」というでしょうが……。
 それができるような優斗でないのである。
 救いは、予想せざる方向から来た。
 ――頭上!?
 ドームのように三人を覆っていた昆虫の群れが、わっと二つに割れた。
 正確には天井が割れたような状態。
 血のように赤い空であって、昆虫の黒よりはよほどいい。
 優斗は素直にそう思った。隼人は朦朧とする頭を振った。
 そして遙遠は、彼女の名を呼んだ。
カーネ!
 アサシンダガーと通称される反りのない短刀、これを両手に逆手に握って、百合園女学院の制服姿の少女が着地した。肩から黒いジャケットを羽織っている。
「……」
 かなりの距離を翔んだに違いない。両脚に衝撃があるはずだが彼女は、まるで意に介さずに立ち上がった。そればかりか、短刀で手近な『眷属』の翅を断ち切った。断末魔のもがきを見せる甲虫にはしかし、一顧だにしない。
 ナイフで削った上にヤスリがけしたかのよう、少女の紅い眼はそれほどに尖り、
 生来一度も陽を浴びたことがないかのように肌は白く、青い血管が浮くほどに皮膚は薄く、
 華奢だが、それでも暗殺者らしく、柔軟で均整の取れた体つきをしていた。
 少女……カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)は呼びかけに一言もこたえることなく、無言のまま遙遠と背中合わせになった。
「手早く片付ける。ここを凌げば、有翼種は暫く現れない」
「カーネ、来てくれたんですね……どうして」
 詳しいことをカーネは語るつもりはないらしい。ただ、投げ捨てるように言った。
「知っている人間が傷つくのを見るのは、趣味ではない」
 故意か偶然か、彼女の言った言葉はまるで遙遠をなぞっている。
「いいか。遙遠。貴様に借りを返すのはこれが最後だ」
 アサシンダガーが閃いた。カーネリアンが投じたのである。甲虫の外骨格ではなく外骨格の継ぎ目にこれが、根元まで突き立った。
「これが片付けば、もう自分と貴様らは他人! 縁もゆかりもない!」
「違います! 切ろうとして縁は切れるものではない。カーネは私の家族だったし、これからもそうです!」
 しかし遙遠の言葉には応えず、カーネリアン・パークスは口を閉ざした。
 ダガーを投げた彼女の右手には、もう新しいダガーが現れている。

 伊勢の甲板。
 踊る吹雪・セイレムとは別に、いつの間にかここに姿を見せているものがある。
「まるで殺戮兵器か……面白い」
 うら若い少女だ。髪は麦穂のごとき黄金、ワンポイントで髪を留めるのは赤いリボン。健康そうな血色。
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)だった。
 しかし、今のオフィーリアはオフィーリアっであってオフィーリアではない。
 普段の彼女はどこへいったのだろう。同じなのは見た目だけ。口調も目の色も、並々ならぬものがあった。邪悪で凶悪なもの……たとえるならば、暗黒の黒いフィルターを通ってきたかのような。
 ほんの少し前まで、オフィーリアの他に、さらにこの甲板には人の姿があった。それがカーネリアンだ。彼女はマシンのように正確に、戦場を目指し飛び降りていった。
「なかなか有能らしい。我が『兵器』に匹敵するほどのものかな……」
 しかし満足げだったオフィーリアの表情が曇った。
 注目していたカーネリアンが、遙遠に話しかけられてこれを突っぱねるような動作をしたからである。距離があるので会話までは聞き取れないが、無視をしているようで少なからず動揺しているかに見えた。
「素質はあろうに……惜しい」
 そしてオフィーリアは、自らの『兵器』、すなわち八神 誠一(やがみ・せいいち)に目を移した。
 ちょうど誠一は、遙遠たちのところへ向かっている。
「さて、静観させてもらうとしようか」
 誠一は一本の剣。
 比喩ではなく、本当にそのように思い込んでいる。いや、心が染められている。
 彼は走りながら対イコン用手榴弾を正確な動きで投じた。契約者たちを巻き込むことに躊躇はなかったが、その行動で敵認定され結果的に的を増やしてしまうのは賢明な行動ではない。
 だから誠一の手榴弾は有翼の『眷属』たちの手前で破裂した。
 だがそれでも効果としては十分、誠一の行く手を遮るものは一掃されたからである。
 さらに加速する。まるでテレポートしたかのように、超高速で鋼糸刀・華霞改の届く範囲内に到達する。
 そして刃で、一颯する。
 パクッという音がしたのは、割れた甲虫の内側から空気が漏れたから。
 華霞改を鋼糸状態にして数匹の眷属を絡め取り、一つにまとめて真空波を浴びせたのだ。こう文字にすると簡単なようだが、実際には高度な熟練技術を必要とする難解な技である。
 誠一の戦鬼ぶりはこれに留まらない。斬られ落下する死骸を一気にに蹴り散らし、礫のようにして残存兵力の勢いを削ぐ。
 そこで生じた隙に対し、先読みして虚空を凪いだ。
 刃が白く奔るその瞬間には、ちょうど標的が入り込み斬撃をまともに浴びている。
 一方で刃を振るった隙を狙う敵に対しては、影衣の攻撃機能を機動、鋭利な刃と化す裾で切刻んだ。
 さらに切り込む。攻撃を受けても逆襲する。多少の傷などものともしない。いや、かまって暇がないのかもしれない。今、誠一の心にあるのは、『殲滅』の二文字でしかなかった。
 かくて誠一が踏み込んだ途端、一気に的な数を減らしたのである。
「奴は特別な力を持つわけでもない、人外の存在をその身にを宿すわけでもない、ただ戦術を会得しただけの人間でしかない。それが異形を駆逐してゆく、実に愉快ではないか」
 修羅と化した誠一を見るオフィーリアの表情に、獲物をいたぶる肉食獣に似た満足げなものがあった。
「人の中より生まれ出で、人の姿をした鬼ども中を生き抜き、愛する者の血溜りより這い出でたる、我が愛しき悪鬼よ」
 すっとオフィーリアは目を細めた。
「死を纏い、舞踊るが良い」
 その言葉はまるで呪いだ。
 しかし、現在のオフィーリアにとっては最大の祝福でもあるのである。
 呪いであり、祝福……それが矛盾であると誰が言い得よう。
 誠一の参加で勢いづき、カーネリアン、遙遠、優斗は飛来する敵を殲滅した。優斗はすぐさま、隼人の毒の治療を開始する。
「カーネ、さっきの話ですが……」
 肩で息をするカーネリアンに優斗は話しかけたが、彼女は答えるかわりに鋭く振り返った。
「……何者だ」
 ダガーを抜いて突きつける。
「『兵器』の使い手。お前のことは知らないな」
 誠一が戦っている間に伊勢の甲板からは降りたのだろう。オフィーリアが目の前に立っていたのである。
 オフィーリアは、白刃を目にしてもなんら動じなかった。
「クランジ・パイの仲間か?」
「仲間ではない。カーネリアン・パークスという名がある」
 カーネの声に苛立ちが混じるのをオフィーリアは察した。だがそれを顔に出さず続けた。
「お前は機晶姫……それも戦闘用に作られたものであろう?」
「……」
 冷たい無言と刺すような視線を、軽くいなすようにして続ける。
「だがお前は兵器などではない。真に兵器であるのならば、迷い悩むことは決してなかろう」
「私……いや、自分の中に『迷い』があるというのか!」
「ある。なぜなら我は本当の『兵器』を知っているからだ」
 オフィーリアは、まっすぐに誠一を指差した。
 誠一は戦いを止めてはいなかった。
 もう新たな敵を求め走り出している。
「アレが兵器だ。あの戦いぶりを見たであろう?」
 オフィーリアは含み笑いして歩き出した。
「人と言う名の、進化を続ける兵器だ」
 そして彼女はカーネリアンの前をかすめ、そのまま歩み去ったのである。