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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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(……確かに、この決闘の目的は勝利ではないが……なんというか、大丈夫なんだろうか)
 不安な面持ちで、決闘の様子を見守る酒杜 陽一(さかもり・よういち)。今回決闘の舞台に立ったのは彼ではなく、パートナーの酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)なのだが――。

「なんてったって私は最強のアリス! このくらいのハンデがちょうどいいわ!
 ……! ちょ、ちょっと待って――オゲェェ……

 威勢よく啖呵を切ったものの、途中でうっ、と顔を歪め、慌てて差し出された洗面器に内容物をぶちまける。
 そうでなくとも顔面は蒼白、全身から脂汗、膝はガクガク、目は虚ろといった具合で、既に試合前からリタイア寸前であった。ケレヌスも果たして戦っていいのか、言葉にはしないものの戸惑っているようであった。
「ふ、ふふふ……流石龍族の若き部隊長。やるわね……」
 美由子が不敵な笑みを浮かべる。陽一は心の中で、「まだ何もしていないんだが……」とツッコンだ。
「剣を交える前に一言、言わせてもらうわ。
 あなた達が手合わせを挑んできたのは、契約者を理解する為なのよね?」
「あ、ああ。そうだ」
 突然の問いかけに、ケレヌスが佇まいを正して答える。それまで倒れる寸前だった美由子は何故かこの時だけ、決して目を逸らせない雰囲気を醸し出していた。彼女の身体に貼られた、いかがわしげな契約書が彼女の生命力を奪い取って、その分をたとえるなら『意思力』に還元しているのかもしれない。ツッコミ役が居たら「んなわけねーだろ」とツッコまれそうだが、ともかくそういうことにしておこう。
「お兄ちゃんは、確信は知識ではなく無知から生まれるという言葉があるって言ってたわ。
 契約者達を知ろうとするその気持ちを、どうして今戦っている相手に向けられないの? 敵だと決めつけてる相手の何を知っているというの?
 お互いに近付いて遠くから見えないものを見る努力をすれば、友達を失う事もなかったんじゃないの?」
「っ……」
 そして、美由子の放った言葉がケレヌスに深々と突き刺さる。思えばただ剣を向けるだけで、相手を受け止めようとしてこなかったのではないか、と。
「私の言いたいことは言ったわ。……さあ、ここからは真剣勝負よ」
 微笑を浮かべた美由子が、自分の髪を掴んだかと思うとそれを“取り”、ケレヌスへ向けて放る。宙を舞いケレヌスの足元へ落ちたのは、ウィッグ。
「!?」
 そしてケレヌスは見る、頭髪を綺麗に剃り上げた美由子が、手にした槍――実は竹槍――を振りかぶるのを。

「この一撃に全てを懸け――!?」

 しかしその一撃が振るわれることはなかった。槍を振りかぶり、引き戻そうと力を込めたその反動が残り僅かの生命力を奪い去ったのだ。竹槍を落とし、音もなく美由子が崩れ落ちる。
「す、すみません! 今すぐ片づけます!」
 慌てて陽一が飛び出し、泡を吹いて倒れている美由子とウィッグを回収して退場する。契約書を剥がし治癒を施せば、美由子はほどなく意識を回復させた。
「溢れ出るパワーに肉体が耐えられなかったか……。強さゆえに勝利できないとは皮肉なものね……」
「……そうだな……」
 何もかも面倒なので、とりあえず乗っておくことにした陽一を見、美由子が何かを確信したような表情で呟く。
「だけど、ツルピカ頭のように輝かしい私の雄姿に、ケレヌスさんも心打たれたはずよ!」
「……ある意味な……」
 フッ……と笑みを残して眠りについた美由子にため息を吐き、陽一はどうしていいか分からないでいるような気がするケレヌスに、申し訳なさを含めて頭を下げる。


 続けて挑む事を宣言した鷹野 栗(たかの・まろん)ミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)、まずは栗が使い慣れた武器である槍を構えてケレヌスと対峙する。
(今だからこそ、私は龍族の彼と戦う……私の持つ力の全てを懸けて)
 一つ息を吐いて、吸って、とん、と地を蹴り、爆発的な加速でもってケレヌスに接近、先制の一撃を繰り出す。ケレヌスの表情に驚きが浮かぶが直ぐに変わり、振るわれた槍を受けて流すと同時に崩れた体勢を戻し、栗の次の攻撃に備える。
(バーストダッシュ……私がパートナーとの力で手に入れた、最初の力。
 次はチェインスマイト……ナイトとして覚えた戦い方)
 自分の力の由来を思い出しながら、栗が槍を突き出すのではなく、薙ぎ払うように続けざまに繰り出す。ケレヌスも下手に避けようとせず、最低限の動作で槍を弾き、いつでも次の動作に移れる姿勢を取る。
(そして、龍飛翔突……今度は龍族の戦い方も取り入れることが出来たらいい)
 地を強く蹴り、栗が上空高く舞い上がる。空中で回転する時に今度は宙を蹴り、勢いをつけてケレヌスへ振りかぶった槍を叩きつける。
「……っ、なるほど、この力が契約者の力か」
 槍を掲げ、渾身の一撃を受け止めたケレヌスが呟き、距離を開けた栗の上空に反動をつけて飛び上がる。
「おおぉぉぉ!!」
 空中で二回転し、段階的に加速を付けたケレヌスの、振り下ろされる槍を栗も同じようにして受け止める。
「っ!!」
 全身を駆け巡る痺れに気が遠のき、膝が崩れそうになるのを懸命に堪える。ここから距離を空けようとするのに合わせて爆発的な加速で接近し一撃を繰り出せば、その思いは既に次の攻撃動作に映っていたケレヌスの姿に掻き消える。
(速い――)
 攻撃を受け止められた反動を利用して体勢を整えた、その身体能力に敬意を払った所で、ケレヌスの槍が栗の槍を弾いて勝負が決する。
「次、行くよ!」
 栗が退くと同時、詠唱を済ませたミンティが手をかざし、横に奔る電撃を見舞う。
「!? これが魔法というものか!」
 魔法というものに経験が浅いケレヌスは、ミンティの魔法に最初は防戦一方となる。武器で受け止めるわけにもいかず、回避に専念するが若干の幅を持つ攻撃は完全回避とはいかず、少しずつではあるがケレヌスの体力を奪っていく。
「それそれー!」
 得意な魔法だけあって、ミンティの表情にも余裕が見て取れた。……それでも、十を超える頃から疲れの表情が浮かび始める。肉体的な疲労も精神的な疲労も、全体の動作を遅くさせることにおいては変わりはない。
「……!」
 明らかに空き出した攻撃間隔を見切ったケレヌスが、飛び荒ぶ電撃を若干の掠りをものともせず避けると、地を蹴ってミンティに飛び込む。疲れ切ったミンティに次の詠唱を終えるだけの余力はなく、牽制として用いていた弓を弾かれて勝負が決する。
(……失うばかりが戦いではないと思います。戦いで失ったものは大きいけれど、得られたものもあった筈。
 同族で諍いを起こすことは他の世界ではよくあるけれど、あなた方龍族は互いに支え合って生きている。だから私は、あなた方の力になりたいと思ったのです)
(あたしと栗は最初から上手くやれてたけど、精霊と人間が争ったこともあった。
 ……でも、今ではすっかり打ち解けてる。龍族と鉄族にも、いつかそんな日が来るかもしれないよ)
 栗とミンティ、ケレヌスの間に会話はなく。
 それでも、伝わるものはしっかりと伝わった。そんな充足感を胸に、二人はケレヌスへ一礼する。


「アム、その格好は……まさか、君も戦うというのか?」
 フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が驚いた様子でアムドゥスキアスを見る。アムドゥスキアスも、ナベリウスを代表してナナも、戦装束と呼ぶべきであろう衣装に身を包み、それぞれ得意とする武器――アムドゥスキアスはクロスボウ、ナナはクロー――を身に付け、準備万端といった様子だった。
「うん、そのつもりだよ。友人の頼みでね、一肌脱ぐことにしたよ」
「アムくんとみつきと、がんばるよー!」
 決意を述べるアムドゥスキアスとナナ、二人の後ろには一組の少年少女の姿が見えた。どうやらアムドゥスキアスとナナは、彼らと共に一戦交えるようだ。
「……勝算は、あるのか?」
「うーん、どうだろう。負けるつもりはないけど、勝てるかどうかは分からないなぁ」
 その言葉を聞いて、フィーグムンドは嘆息し言い聞かせるように口を開く。
「アム、君がたとえ魔神としての力を有していても、流石に正面から殴り合っては無事では済まないだろう。
 私は君の友人として、君の身に何かあってはと懸念を抱くよ」
 その言葉は本当にアムドゥスキアスを心配しての事であるが故、アムドゥスキアスも表情に申し訳の無さを滲ませる。だからといってここで手を引くわけにも行かずどうしたものかと思っていると。
「見つけたぞ、ナナ。ここに居たのか」
「わぷ! あっ、かずま!」
 ナナの頭をくしゃくしゃ、と撫でる神条 和麻(しんじょう・かずま)。そして彼の腰には、二振りの刀が提げられていた。
「かずまもたたかうの?」
「……ああ。彼らに知ってほしい事があるからな」
 ? と疑問符を浮かべるナナの頬を、両方の指でぷに、ぷに、とつつきつつ、和麻は心に思う。
(俺は鉄族と龍族が争わない道を模索したい。
 もう戦争は始まっているのは知ってる、今更止めようとするのが難しいのだって知ってる。……けど、俺は目の前にいる全てを救いたいんだ。
 俺はこの意思を、伝えたいんだ)
「いや待て、ナナ、君も戦うべきではない。……それでもというなら私が代わりに――」
「フィーグムンド」
 普段は温厚なアムドゥスキアスの、この時ばかりは鋭く放たれた言葉が、フィーグムンドの動きを止める。
 恐る恐るフィーグムンドが振り返れば、しかしアムドゥスキアスは元の温厚な笑顔を浮かべていた。
「今日ばかりは、ボクとナナたんのワガママを許してほしいな」
「…………、そこまで言うのなら、分かった。私は万が一の事態に備え、待機していよう」
 無念の面持ちを残し、フィーグムンドがローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と事の成り行きを見守るべく後方に下がる。
「それじゃ、俺が先に行く。……ナナ、それにアムドゥスキアスも、ケガには十分気をつけろよ」
「うんっ! がんばれー、かずまー!」
 ナナの応援を受け、和麻が手合わせの場に立つ。腰から二刀の刀を抜き、両手に構える。
(どんなに綺麗事を並べても全員を救える訳じゃない、それが戦争なら尚更だ。
 けどさ、そこで諦めたら駄目なんだ。諦めたら救えるかもしれない命を見捨てる事になる)
 脳裏に、ナナやモモ、サクラの顔が浮かぶ。彼女たちを救えたのは、自分や他の契約者が諦めなかったから。
(俺は家族を失った、けどこうして諦めなかったからアイツらを救えたんだよ。
 俺達……いや、俺はこの世界でたった一人の愚か者でありたい、この世で最も叶わない夢想を抱く愚か者に!)
「俺は全てを救いたい!! その意思をこの刃に乗せて、行くぞ!」
 和麻の気合が篭った言葉に、ケレヌスは構えた槍を闘気を乗せて繰り出すことで応える。距離を開けての衝撃による攻撃に和麻が身構えている所へ、踏み込んだケレヌスの槍が突き出される。
「くっ!!」
 その出先を見切り、和麻が二刀を重ねて受け、防ぐ。槍を引いたケレヌスが今度は振り回すようにして横から和麻を薙げば、それを片方の刀で受けると同時に槍使いの弱点である懐へ潜り込む。
(槍の弱点は至近距離……この距離から、回避不能な一撃を浴びせる!)
 飛び込みざま、疾風の速度で刀を突き出す和麻。うち一刀がケレヌスの身体を捉えるものの、彼の手はしっかりと槍を握っていた。
「ふんっ!!」
「っと――」
 身体を突き刺した刀を引き戻す前に、ケレヌスによってそれは引かれ、和麻は大きく体勢を崩してしまう。その時点でほぼ決着が付いていたようなものだが、和麻は諦めず足を踏ん張り、再度の突きを繰り出すものの、既に見抜かれていたケレヌスの一閃で、和麻の刀が手を離れ宙を舞い、二刀ともドス、と地面に突き刺さった。
「くっ、俺の負けか……!」
 少しでもこの意思は伝わっただろうか、そう思いながら和麻が痛めた腕を押さえながら退く。
「お疲れ様です。あの、良かったら痛めた箇所、治療させてください」
「あ、ああ。すまない、頼む」
 和麻の言葉に、はい、と柚が微笑み、治療を開始する。その向こうでは三月たち契約者サイドとケレヌスたち龍族サイドの手合わせが開始されていた。
「同じ弓使いとして、撃ち負けるわけにはいかないね」
 相手の弓使いに対し、アムドゥスキアスは俊敏な動きの中にもどこか優雅さと気品さを漂わせた動きで翻弄する。
「くっ、速い……!」
「むふふー、はやさはだれにもまけないのだ!」
 一方ナナは、常人ではとても追えない動きでもってヴァランティを圧倒する。と、視界の端に、剣に炎を纏わせ斬りかかった三月が剣を弾かれ、尻餅をつくのが見えた。
「ナナたん!」
「うん!」
 三月のピンチに、アムドゥスキアスが矢を放ち踏み込もうとしたケレヌスを足止めし、ナナが斬りかかって後方へ退かせる。
「だいじょうぶ、みつき?」
「ああ、うん、大丈夫さ。
 一度やられたぐらいで、諦めなんてしない。何度だって立ち上がって、挑んでみせる!」
 体力を消耗しつつ、三月が再び剣を構える。両脇のアムドゥスキアスとナナとは、目の動きや心の声で連携を取り、助け合いながら戦う。
「なるほど、見事な連携……これはこちらも奮起せねばならないだろう。ヴァランティ、ロータス!」
「ええ!」「はっ!」
 ケレヌスがその連携に賞賛を送る意味で、ヴァランティと弓使いのロータスに声を飛ばし、対抗する――。

 戦いの結果は、三月たちの負けであった。三月は何度武器を落とされても立ち向かったが、流石に5回、6回とやられるともう立ち上がれないほどに疲労してしまった。
「もう、三月ちゃん張り切り過ぎですよ。……お疲れ様でした」
 柚が柔らかく微笑んで、三月に治癒を施す。三月は全身に走る痛みに顔を歪めつつ、それでもなんとか笑みを顔に浮かべた。