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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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「カヤノさんから、デュプリケーターの出現ポイントを押さえたと連絡が入りましたです」
 同じ頃、土方 伊織(ひじかた・いおり)セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)の一行は、地図でいう所の【A2d】辺りを調査していた。連絡によるとカヤノは、同じく調査をしていた契約者を助けた後、彼らと【A4a】を目指しているという。
「この広い迷宮の中で、デュプリケーターの出現場所が一つだけとは考えにくいですね……出来る限り見つけ出して封じておくのがいいでしょうか」
「その方がいいだろう。ここはうさみん族の住みかが近い、デュプリケーターに侵入を許さないためにも、必要だ」
「では、デュプリケーターの出現ポイントの捜索を第一目標にするです。もし見つけた場合はサラさん、ベディさんが前衛を、サティナさんが中衛、僕とセリシアさんが後衛を担当するです」
 伊織の方針にサラとベディ、セリシアが頷く。一人サティナが、悪戯っ気を多分に含ませた顔でもって伊織に言う。
「なんじゃ、自ら己とセリシアを後衛にするとは、おぬしまだりあじゅうとやらが足りぬのかの?」
「そ、そんなんじゃないですってば。からかわないでくださいです」
「……伊織さん、こんなところまで私と……いえ、伊織さんが好まれるのでしたら、私はどこでだって」
「セリシアさんまで何を言い出すですかー。恥ずかしくなるからやめてくださいです」
「うん? おぬし、何を想像したのかの?」
「ぁ、ぁぅぅ……」
 サティナだけならまだしも、セリシアが絡んでくるとまだまだからかわれてしまう伊織だった。
「あの、もしかして伊織さんを困らせてしまいましたか? お姉様からこのようにすればかわいらしい伊織さんが見られると……お姉様、伊織さんを困らせるのはいくらお姉様でも怒りますよ」
「おぉ、こわいこわい。セリシアの本気は我でも難儀するでな」
 サティナが舌を出して、セリシアの追求の目から逃れる。

●天秤世界:深峰の迷宮【A3c】

 ……っと。我のカンが告げておるぞ、この先にデュプリケーターなるものが大勢集まっておるとな」
 サティナの発言に、一行の間に緊張が走る。すぐさま一組のデュプリケーターが現れると、剣使いと槍使いを先頭に、彼らを弓使いと杖使いが援護する形で布陣する。
「ふむ、所詮木偶人形と思っておったが、役割分担を行えているのか。
 じゃが、我々の連携の前ではそれも無力に等しいわ。というわけでベディ、やっておしまい!」
「サティナさんも戦ってくださいですー」
 伊織の懇願に、仕方ないのぅと呟いてサティナは両手に雷光をまとわせると、それをわっかにしてセリシアと伊織を囲う。
「前の二人は心配しとらんが、飛び道具持ちはちと厄介だの。あやつらがこちらに気遣いする必要がないようにしておくかの」
「ほわぁ。サティナさん、こんなことが出来たんですねー」
「伊織、我がただ寝てばかりいたと思っておるのかの? この程度、雷光を操る我には造作もないこと。戦闘が終わるまでは二人でりあじゅうしておるがよい」
「だから、しませんってばー」
「……しないんですか?」
「セリシアさーん……」
 ふふ、と笑うセリシアに、伊織は参りましたと言わんばかりに頭を下げる。

「お嬢様はご立派に、りあじゅうをなされているようですね」
「……それはそういうものだっただろうか。まあいい、後方の憂いはない、こちらは全力で前衛を叩くぞ」
 サラの手に炎の剣が握られ、颯爽と躍り出ると向かってきた剣使いを一刀の下に切り捨てる。
「騎士ベディヴィエール、参ります

 ベディヴィエールも続き、こちらは槍使いに対しひとつきでもって無力化させる。徐々に数を減らされていくのに慌てて、デュプリケーターが前衛を援護するべく射撃を浴びせるが、今度はプレッシャーから解放された後方の三名が魔法で援護射撃を行い、前衛を支える。サティナの言う通りの連携により、デュプリケーターは割合短時間で制圧されていった。

「うむ、あらかた片付いたの。
 ではセリシア、あとのことは任せるぞ」
「任せるぞって、サティナさん、セリシアさんに何をさせるんです?」
「まあ見ておれ」
 サティナが首をほれ、と振る、そちらを伊織も見ると、セリシアがゆったりとした様子で立ち、掌を下に向け、意識を集中させていた。
「……ハッ!」
 声と共に、地面や壁、天井が僅かに震動を発し、そこかしこにあった穴や隙間が塞がっていく。
「……ふぅ。終わりました、お姉様」
「うむ、ご苦労じゃった。やはり勝手が違ったか?」
「ええ、ですがこの地も命を育て得る力を秘めていることが改めて分かりました」
 サティナがセリシアを労い、セリシアが微笑む。
「今のは何です?」
「この周囲の地に呼びかけて、デュプリケーターの出現経路になっていると思われる穴や隙間を塞いでもらったんです。シャンバラと勝手が違って不安でしたが、上手くいったようです」
 そう言うと、セリシアは伊織をぎゅむ、と胸に抱きしめる。
「わぷ! せ、セリシアさーん」
「伊織さん分の補給です♪」
「僕はサプリメントじゃないですー」

 こうして、二つ目のデュプリケーター出現ポイントも封じられたのであった。


「許さない……許せない……。
 木偶人形の……玩具程度の分際で私にあんな屈辱を味合わせるなんて……」
 月明かりだけが差し込む、まるで氷のように冷たい部屋の中で、ノワールが蒼に揺らめく炎を滾らせていた。それは自分を戦闘不能に陥らせた者への怒りであり、また、所詮木偶人形と評していた者に敗北を喫した自分への怒りでもあった。
「……決めた、決めたわ。あのゴミとその同属……次会うときは遊びなんていれない。脅える暇も与えはしない。
 只々、狩り殺してあげましょう……ふふ……うふふ………アハハハハハハ……」
 ノワールの、狂したのとは違う、しかし狂ったような笑い声がいつまでも響いていた――。

「……は」
 目を覚ましたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)は、自分がベッドに寝かされていることに気付く。
「痛っ……」
 起き上がろうと身体に力を入れると、ミシッ、と響く悲鳴があちこちから上がる。どうやら全身を硬い場所に強く打ったらしいが、どうしてそんなことになったのかは思い出せない。
「……また……記憶が途切れて……。
 この世界に来てから……何かおかしいことばかりです……」
 一体自分の身に何が起きているのだろうか――その疑問は、扉がノックされウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が顔を出した事で一旦棚上げされる。
「よーレイナ、目ぇ覚めたか。腹減ってないか? 何か持ってきてやろうか」
「ウルさん……いえ、今は大丈夫です。その……」
「? どした?」
 顔を覗き込んでくるウルフィオナに、レイナは目を逸らしていえ、なんでもないです、と答える。
(ウルさんなら何か知っているかもしれませんけど……どうしてでしょう、聞いてはいけないような気がします)
 まるで自分の内から、聞くことを拒むような得体の知れない感覚にレイナが首を傾げる。その時隣のウルフィオナもまた、苦々しい表情でため息をつき、頭を掻く。
(んー……あいつが出てくる回数、目に見えて増えてるよなぁ……この前も見事にしてやられたし。
 この世界のなんかが、アイツを惹きつけてんのか?)
 天秤世界に来てからの僅かの間に、ウルフィオナは既に2度、レイナのもう一つの人格であるノワールと遭遇している。彼女が出てくることは今では珍しくなくなったが、それでもこれほど短期間となると何かあるのだろうか、と勘繰ってしまう。
(……ま、考えたってアタシ程度じゃ分かんねぇか。
 ……とりあえずはこの前みてぇに、レイナを一人にしないようにしとかねぇとな。また一人で行かれて重傷でも負われたら、あの駄メイドに何言われるか分かんねぇし……)
 それに、とウルフィオナは思う。
(自分自身が無茶して怪我するならまだしも、アタシの手の届かねぇ……知らねぇところで家族……仲間が大怪我するってのは、あんまり経験したくねぇしな)
 それはレイナはもちろんだし、雪だるま王国の女王や仲間もそう。それに、ノワールも含む。
(……ま、今のところはアイツは出てきてねぇみてぇだし、このまま様子見しておくか……)
 出来る事ならこのまま彼女が出てくることなく、そしてレイナの周りでは事件が起こらないままでいてくれることを願っていたのだが――。

●天秤世界:深峰の迷宮【D2b】

「チクショウ、油断した!」
 自分への怒りを吐き出しながら、ウルフィオナが飛び出してきた剣を持ったデュプリケーターと思しき存在を蹴り飛ばして先へ急ぐ。
 あの後、自分は美央に挨拶をするついでに手伝いをしに行くつもりだったことを思い出したレイナは、美央がカヤノと『深峰の迷宮』を探索すると聞いて同行を願い出た。
 当然ウルフィオナも付いて行ったのだが、美央とカヤノ、それに途中で一緒になった翠やリンセン、テューイと【D】への道を見つけた所で、レイナが姿を消していたことに気付く。
「まさかこのタイミングで離脱するなんてな!」
 仲間から借りた端末で、自分の現在位置を確認する。【A4a】から【D】へと入り、今は地図で言うところの【D2b】という所であった。
「なんだか剣とか槍とか持ったヤツが出てきてんな。レイナなら負けることはねぇだろうが、アイツは病み上がりだ。
 無理してなきゃいいが――」

『――!! ――!!』

 直後、ウルフィオナの優れた聴覚が、この先で奏でられている戦闘音楽を拾う。金属音が時折、そして肉片を切り裂く音が複数回。
「あっちか!」
 その音の出処に検討を付け、ウルフィオナがそちらへと向かう。上下に入り組む迷宮を抜けて辿り着いた先、広間になっているそこで目撃されたのは、鎌を手に翔けるレイナ――いや、ノワールのワンサイドゲームであった――。

 ――それより少し前のこと。
 美央とカヤノ、それと他の者たちがこれからの方針を検討するのを横目に、レイナは心にわだかまる何かモヤモヤしたものに突き動かされるようにして、もう一つ発見された別フロアへの入り口へと向かっていた。
(どうしてでしょう……デュプリケーターの事を思うと……何かこう、身体が勝手に動いて……そして、何もかも壊してしまいたくなるような感覚に……。
 嫌……こんな、私が私でないかのような――)

『いいえ。それも確かに『あなた』よ』

 どこからか聞こえてきた声に、レイナの足が止まる。
「……誰? どういうことなの……?」
 辺りに呼びかけるも、反応はない。
「……これも、『私』なの? ……」
 胸に手を当て、レイナが思い悩む。そこに声を聞きつけたか、剣と槍、弓矢に杖を持った者たち――デュプリケーターが出現すると、レイナを捕食対象と定め襲い掛かる。
『フフフ……来たわね。
 あなた、『変わりなさい』」
「え……うっ――」
 レイナの身体から力が抜け、地面に崩れ落ちようとした所で踏み留まる。そして顔を上げたそこには、既にノワールが現れていた。
 そのまま無言で鎌を出現させると、近くまで来ていた剣使いを迎撃する。まずは武器を持つ手を斬り落としてから、首と大腿部を斬り落とした後胴体に深々と傷を入れる。人間と同じ外見特徴を持ち、しかし人間のように首を落としただけでは死なないデュプリケーターを相手にするに当たり、ノワールは『いかに迅速に、かつ確実に殺せるか』を突き詰めた。そうして得られた結果は、人間にとっての『致命傷』を可能な限り迅速に、複数回効率よく与えることであった。
(回復する暇なんて与えてあげない。一切『遊んで』あげない。
 あなたたちはただ私に殺されるだけ……その程度の価値にまで貶めることが私のあなたたちへの復讐よ)
 同じ要領で槍使いを葬り、離脱した弓使いと杖使いの背中を追って、彼らが向かった先を特定する。
(そこに大勢の仲間が居るのね。それだけ集まったなら少しは狩りがいがあるかしら?)
 楽しげに微笑んで、自身が葬ったデュプリケーターを氷の魔法で完全に凍らせてから、ノワールは逃げ出したデュプリケーターの後を追う――。

(レイナ――じゃねぇ、アイツ……ノワールか。
 何だよこの……アイツらしくもねぇ振る舞いはよ)
 目の前で繰り広げられる、『最も効率的なデュプリケーターの殺し方』を目の当たりにして、ウルフィオナが顔を歪める。ノワールの戦い方はウルフィオナの知る限りでは、どこか遊ぶような、徐々に苦しみを与えていくようなものだったはずなのに、今のノワールはそういうのを一切行なっていない。
「……あら、ウルさん。私を心配して来てくれたのね」
 そして、あらかたデュプリケーターを殺し終えた所で、ノワールがウルフィオナへ振り向く。
「おまえ、なんだってこんなことすんだよ」
「どうしてですって? 私がこのゴミ共に受けた屈辱、あなたも知っているでしょう? 私は復讐をしただけよ」
「だからって――」
 レイナの身体でこんなことすんじゃねぇ、と言いかけたのをウルフィオナはギリギリの所で止める。何故止まったのかは分からなかったが、それを口にしてしまったら何か良くないようなそんな気がしたから。
「……そうね。とりあえず復讐は済んだし、今日の所は帰ってあげるわ。
 本当は巨大生物にも復讐したいところだけど……それはこの身体じゃ難しいもの。あなたを悲しませるのは私の本意でもないし」
 本音なのかそうでないのか判断のつきかねる台詞を吐いて、ノワールが目を閉じると、糸の切れた人形のようにガクリ、と力が抜け、浮いていた場所から真っ逆さまに落ちていく。
「うぉっと!!」
 慌てて落下地点まで走り、レイナを受け止めてやる。眠っている以外は傷もなく、ウルフィオナは安堵のため息をつく。
「まったく……心配させるなよな」
 頭を撫で、ウルフィオナはレイナを背中に背負い、美央達と合流すべくその場を後にする。

 結果として、【D】エリアのデュプリケーター出現ポイントの一つは封じられたのであった。