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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【十二 レオン逃亡】

 戦闘終結後、バランガンの街のそこかしこで、復旧作業や負傷兵への治療作業が開始された。
 そんな中、スティーブンス准将が改めて、関羽の責任を追及する声明を発表したものだから、戦闘直後の脱力感に見舞われていた第八旅団は、再び緊張に満ちた空気に支配されるようになった。
 教導団医師として負傷兵や傷ついた市民の手当てに当たっていたクエスティーナが、スティーブンス准将の真意を確かめようと、第八旅団の作戦司令本部が新たに接収したホテルのロビーへと足を運んだ。
 ところが、スティーブンス准将はクエスティーナと会おうともせず、門前払いを食らわせる始末である。
 関羽が総司令官として動いていた時の、誠実で実直な人柄とは似ても似つかぬ程の横柄な対応であった。
 だが、こんなのはまだ、序の口といって良かった。
 次に動いたのは、ヴラデル・アジェンである。
 彼は、教導団上層部の腐敗が領都ヒラニプラに富を集中させ、結果として地方が疲弊し、特に南ヒラニプラの領都への不満が、今回の事件に直接繋がっているとの談話を出したのである。
 それはいってしまえば、金団長に対する明確な批難声明であった。
 関羽を第八旅団の総司令官に据えた任命責任を追及すると同時に、今回の騒乱の原因を造り出し、加えてヒラニプラ領内の経済を破綻させる教導団上層部の腐敗を排除出来なかった責任は重いとし、ヴラデルは金団長に対して、教導団の団長職返上を迫る発議を、ヒラニプラ家に提出することをも正式に発表した。
 当然ながら、驚いたのは教導団に所属するコントラクター達であった。


     * * *


 その夜。

「こんな馬鹿な話があるか!」
 バランガンの外側、もともと第八旅団が前線基地としていたテント群の一角で、スタークス少佐は激昂していた。
 関羽を総司令官に据えるよう、暗に示唆したのはスティーブンス准将なのである。
 しかるにスティーブンス准将は、最終的な任命権は金団長にあるのだから、当然、任命責任は金団長のみにあるという姿勢を鮮明に打ち出してきているのだ。
 つまりこれは――スタークス少佐が見るところ、クーデターであった。
 恐らくパニッシュ・コープスは、あらかじめスティーブンス准将を英雄に仕立て上げることで、合意していたのだろう。
 でなければ、あれ程簡単に無条件降伏するなど、考えられる筈もない。
 少なくともザレスマンは、対コントラクター戦に特化したヘッドマッシャー・アレスターを擁しているのであるから、徹底抗戦しようと思えば、出来た筈なのだ。
c「恐らく、ヴラデル・アジェンも最初から一枚噛んでいた、と見るべきでしょうね」
 ヴラデル周辺での調査を終えてスタークス少佐と合流した天音も、ヴラデル、スティーブンス准将、そしてパニッシュ・コープスの三者がグルになっていたことを見抜けなかった己の見通しの甘さを悔いている。
 だが、それは非常に酷な話でもあるだろう。
 第八旅団編成当初は、スティーブンス准将は関羽に対し、極めて献身的な態度を見せていたのである。あの光景から、今のこの局面を推測せよというのは、非常に難しいものがあった。
「しかしよくよく考えれば……御鏡中佐の隊は、スティーブンス准将の傘下にあったのだな。この時点で、彼らが裏で繋がっている可能性を考慮に入れておくべきだったのかも知れん」
 つまり、御鏡中佐はスケープゴートとしての役割を、見事に演じ切ったことになる。
 教導団内の裏切りを察知していたコントラクター達は、御鏡中佐やヴラデルばかりに目が行ってしまい、スティーブンス准将に対しては全くといって良い程に、ノーマークだった。
 これが全ての、敗因だった。
「こうしてはおれん……私は今から、領都ヒラニプラに戻り、事変発生を金団長にお伝えしなければならない。諸君は悪いが、ここでスティーブンスの監視をしてくれないか」
 スタークス少佐はいいながら、部下の一般シャンバラ兵を十数名選抜し、夜間の強行移動準備へと取り掛かった。


     * * *


 スタークス少佐が少数の部下だけを率いて急遽、領都ヒラニプラへ引き返すとの情報を受けて、レオンは一抹の不安を覚えた。
 妙な胸騒ぎがして、ならなかったのである。
「嫌な予感がする……レキ、理王、一緒に来てくれ」
 レオンの要請を受けて、ふたりは静かに頷いた。
 スティーブンス准将が露骨な程に金団長への対抗姿勢をあらわにしてきた以上、何が起きてもおかしくないといえる。
 この危機的な状況でスタークス少佐の身に何かあれば、それこそ致命的な結末を迎えるかも知れない。
 レオンの危機感が、レキと理王にも伝わっていた。
 ミアと屍鬼乃も同行することになり、五人のコントラクター達が軍用小型飛空艇を駆り、スタークス少佐の後を追った。
 闇の包まれた草原を疾駆する五台の小型飛空艇は、程無くして、前方に幾つかの人影を認めて速度を落としかけた。
 が、すぐにまた、全速力へと切り替える。
 星明りの中に浮かび上がってきた光景が余りにも異質過ぎた為、のんびり追いついている場合ではなかったのだ。
「スタークス少佐!」
 先頭を走るレキが、大声で呼びかけた。
 だが、返ってくるのは沈黙だけである。
 そして不意に、レキは急ブレーキをかけて迂回するよう舵を切り直した。
 突然、漆黒に彩られた巨躯が地面から沸き上がるようにして、屹立してきたのだ。
「ヘッドマッシャー!?」
 レキの叫びに、残る四台の小型飛空艇も慌てて方向転換し、一斉に散開した。
 五人のコントラクターの視界に飛び込んできた異質な光景――それは、十数人の国軍兵達の頭の無い遺体の群れが、絶妙なバランスを保ち、立ったまま絶命しているのである。
 だがその中で、ひとりだけ異なる姿勢の者が居た。スタークス少佐である。
「スタークス少佐!」
 理王が大声で呼びかけるが、反応は無い。
 一方、レオンはヘッドマッシャーが手にしている物体に、驚きの色を浮かべた。
「それは……俺の銃か!?」
 特徴的なデザインを見せる大口径の拳銃を、そのヘッドマッシャーは何故か握り締めていた。
 レオンは馬鹿な、と虚ろな表情で呻いた。
「そいつは、本部の寮に置いてきた筈だ。何故、貴様がそれを持っている!?」
 呆然とするレオンの傍らを、レキとミアが小型飛空艇から降り立ち、ヘッドマッシャー目がけて猛然と突っ込んでいった。
 彼女達はいわば、対ヘッドマッシャー戦のエキスパートでもある。
 人数的な不安はあったが、何とか互角の勝負に持ち込む自信はあった。
 ところが、ヘッドマッシャーは驚異的な跳躍力を発揮し、撤退運動に入った。
 レキとミアは追跡態勢に入ろうとしたが、理王がスタークス少佐に向けて必死に呼びかける声で集中力が僅かに切れてしまった為、それも叶わなかった。
「少佐! スタークス少佐!」
 理王の叫びが届いたのか、スタークス少佐は胸元を鮮血で真っ黒に染め、ほとんど虫の息ながら、辛うじて瞼を押し開いた。
「……レオン、居るか……?」
「はい、ここに!」
 ようやく我に返ったレオンが、慌てて駆け寄ってくる。
 スタークス少佐は、薄れつつある意識の中で、最後の力を振り絞った。
「奴は……お前を、犯人に……仕立て上げ……その上で……始末する、つもりら、しぃ……逃げるのだ……反撃の、機を……待て……」
 そこで、スタークス少佐はこと切れた。


     * * *


 領都ヒラニプラの教導団本部。
 白竜、羅儀そしてアキラの三人は、憲兵科による厳しい追及からようやく解放され、休憩室と思しき一室に通された。
 ある人物から通達がある、という指示だけを受け、この部屋で待つようにといわれたのだが、流石に落ち着く心境にはなれず、三人とも緊張した面持ちで、周囲の気配を探っていた。
 結局、彼らはバルマロ・アリーとは面会出来なかった。
 その直前に、暗殺されてしまったのである。しかも監視カメラに映っていた犯人は、白竜自身だったのだ。
 憲兵科に捕縛され、厳しい追及を受けていたのは、この映像によって白竜が容疑者となってしまったことに因る。
 しかし、どういう力学が働いたのかは不明だが、突然三人は憲兵科から釈放され、自由の身となった。
 何故解放されたのか――その理由は、すぐに分かった。
 室の扉が開かれ、不意にある人物が顔を覗かせたのである。
 金鋭峰団長そのひとであった。
 白竜と羅儀がまず慌てて立ち上がり、敬礼を送る。アキラも釣られて飛び上がり、不慣れな仕草でつい、敬礼を送ってしまった。
 対する金団長は、申し訳無さそうな面持ちで返礼してから、楽にするようにとの声を静かに発した。
「生憎だが、私が出来るのは、ここまでだ」
 白竜と羅儀は、金団長がいわんとしていることを、即座に理解した。つまり、憲兵科に命じて彼ら三人を釈放させたのは、金団長自身だったのである。
「何が、あったのですか?」
 喉がからからに渇く嫌な感じを覚えながら、白竜は思い切って訊いた。
 すると金団長は、バランガンでの一連の出来事と、メルアイル壊滅の一件について説明した。
 白竜達三人は、ただただ、言葉を失うしかなかった。
「英照は地球から離れられんし、関羽は連中の奸計によって身動きが取れなくなった。私もいずれ、動きづらい状況に陥るだろう。そしてこれも、つい先程入った情報だが」
 金団長はそこで一旦、言葉を区切った。
 次の台詞を口にするのが、躊躇われているような様子だった。
「スタークス少佐が、殺害された。何故か映像記録が残されているのだが、犯人は、レオン・ダンドリオン中尉だということになっている」
 白竜は、喉の奥で小さく唸った。
 最初は自分、そして次はレオンが、身に覚えのない殺人犯に仕立て上げられた、ということだろうか。
 そうなると真犯人の正体が、自ずと見えてくる――恐らくは、ヘッドマッシャー・プリテンダーの仕業であろう。
 そして更に、金団長は続ける。
 レオンは目下逃走中であるのだが、国軍としては証拠がある以上、レオンを国軍指名手配として捜索する義務があるのだ、と。
「レオンは恐らく、国軍以外の何かから身を守る為に、敢えて逃走しているのだろう。しかし私は、これ以上は動けん。済まないが、諸君で何とかレオンを謎の存在から守ってやって欲しい」
 そこまでが、金団長からの指示である。
 金団長は三人からの返答を待たずして、室を出ていった。時間的な制約があったに違いない。
 白竜、羅儀、そしてアキラの三人は重苦しい表情で、互いの顔を見合わせた。