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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【七 再考】

「ダンドリオン中尉、ちょっと良いかしら」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)大尉が、部下の一般シャンバラ兵達に装備編成の指示を出しているレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)中尉を手招きした。
 何事か、とレオンは訝しげに思いながらも、上官であるルカルカの声に応じて、足早に彼女のもとへと駆け寄ってゆく。
「少し、内密で話したいことがあるから、私の士官用テントまで足労願うわ」
「了解致しました」
 ふたりは、ルカルカにあてがわれた士官用テントに向かった。
 テント内にはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)といったルカルカのパートナー達の他、ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)少尉とクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)少尉の姿もあった。
「忙しいところ、御免ねレオン」
「いや、大体の指示は終わってたから……それより、何があった?」
 部下達の目がなくなったところで、ルカルカとレオンは階級上の隔たりがある公的な軍人同士としての口調から、日頃の友人同士の態度へと切り替えた。
 応じたのはルカルカではなく、ダリルである。
 レオンはダリルが無言で差し出してきたメモ書きを受け取ると、素早く目を走らせる。その表情が、ほとんど一瞬にして険しい色へと変じていった。
「……これは、本当なのか?」
「複数の潜入部隊が報告してきている。まず、精度の高い情報と見て良いだろう」
 ダリルの返答を、レオンは渋い顔で聞いている。
 カルキノスや淵も、この場で初めて耳にする情報という訳ではないが、矢張りその内心はレオン同様、未だに信じ難いという思いがあるらしく、レオンと同じような仏頂面をぶら下げていた。
「それで、どうするんだ?」
「作戦の一部変更は、避けられぬだろうな」
 淵がモニターテーブル上に、バランガンの見取り図を広げると、テント内の面々が一斉に覗き込んできた。
「俺は従前通り空から突入だが、全力で突っ込む訳にはいかなくなったなぁ」
 カルキノスが、頭を掻きながら小さくぼやいた。
 敵がテロリストだけだという前提で立ててきた全ての作戦内容に、大幅な修正が求められている。
 正面からの突入を受け持つルカルカの隊は、その影響を最も大きく受ける格好となった。
「うちはどっちかっていえば、陽動に近いもんだからな。その点では、あまり大きな変更はないな」
 ウォーレンが裏門を指差しながら、他の面々に視線を巡らせる。
 そのウォーレンの言葉に小さく頷き返しながら、しかしルカルカは尚も思案する素振りを見せた。
「対人戦闘も厄介だけど……ノーブルレディ対策の方は?」
 ルカルカは、クローラに面を向けた。
 水を向けられた形のクローラは、抱えていたノートパソコンをモニターテーブル上に据えて、LCD画面上に映し出される幾つかのデータを一同に指し示す。
「御鏡中佐から貰った、弾道予測図だ。他の街を狙うとすれば、城壁の高さと射出高度の相対関係から、設置場所は自ずと限定されてくるらしい」
 クローラの説明に、ルカルカとレオンは思わず、顔を見合わせた。
「意外だったわね。御鏡中佐がそこまで協力的だったなんて」
「まぁ、彼も一応は国軍の佐官だから、関羽将軍の手前、意味も無く協力を拒むことは出来なかったんじゃないかな」
 ルカルカの疑問に、クローラは苦笑気味に自らの推論で応じた。
 それならそれで問題はないが、だがそうなると、御鏡中佐が何を考えて第八旅団に参加してきたのか、その意図が余計に分からなくなる。
 ルカルカとダリルが渋い表情を浮かべているのは、相手の腹の内が読めないことへの不安が、最も大きな要因だった。
「ともかく、ノーブルレディの捜索と発射阻止は、クローラに一任するわね。残る問題は、市街戦をどう対応するか、だよね」
「こちらの突入に応じて、テロリストに味方している連中が人質に扮してしまえば、一方的な展開を強いられる可能性がある。頭の痛いところだ」
 ダリルが指摘するように、こちらは敵と人質を的確に見分ける手段がないのである。つまり、救出した人質の中から、いきなり背中を撃たれるような事態も想定しておかねばならない、という話であった。
「スタークス少佐から、レオンの隊と協力して、人質監視と突入を同時並行で進めるようにとの指示があったのよ。んで、人質監視はルカの隊から人員を割くから、突入にはレオンの隊を正面に据えさせて貰って良い?」
 ルカルカは幾分、申し訳無さそうな上目使いでレオンの長身を見上げた。
 しかしレオンは余裕に満ちた笑みを浮かべ、力強く頷く。
「寧ろ、そっちの方が余計なことを考えずに集中出来るから、有り難い。慎んでお受けするよ」
 レオンの快諾を得て、ルカルカはほっと安堵の吐息を漏らした。
 すると傍らからダリルが、だからいった通りだろうといわんばかりの視線を投げかけてくる。どうやらレオンの性格を鑑みて、こういう結果になることを、ダリルは事前に読んでいたらしい。
 しかしルカルカにしてみれば、敵の攻撃の第一弾を最初に受けることになるレオンの隊に、引け目のようなものを感じていたのである。
 だから、レオンの快諾はルカルカの心を大いに軽くしてくれた。

 作戦の修正を終えて、レオン、ウォーレン、クローラの三人はルカルカの士官用テントを出た。
 レオンはすぐさま自身の隊へと戻っていったが、ウォーレンはテントの外で待ち受けていたジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)張 コウ(ちょう・こう)清 時尭(せい・ときあき)らに、修正内容をその場で伝える必要があった。
「うちの基本的な戦術は、そう大きな変更はない。ただ、応戦してくる敵がテロリストだけとは限らなくなってきたからな、撤退を早めにする可能性はある」
 ウォーレンの説明を、ジュノが手早くメモに書き取る。
「パニッシュ・コープスは外部の連中だから撤退の可能性はありますが、市民や波乱の国軍兵は?」
「そこが、問題なんだよな」
 ジュノからの問いかけに、ウォーレンは一瞬、眉間に皺を寄せた。
 が、張が珍しく、自身の考えを口にした。
「誰が逃げようが深く考える考える必要はない。我々はただ、予定通りに退くだけだ」
 シンプルだが、しかしそれが全ての答えであった。
 下手にあれこれ考えるより、普通に指示通りの動きをすれば良く、後のことは制圧本隊に任せるべきだ、というのである。
 その発想には、確かに一理あった。
「じゃあ、基本的には予定通りって訳か。それなら俺は、閃光弾対策の遮光サングラス配布を進めておくよ」
 時尭はそれだけいい残して、足早にテント脇から去っていった。
 ウォーレン達も、裏口突入隊へ作戦の一部修正を伝えなければならず、いつまでもここに居座っている訳にはいかなかった。
 一方、クローラは自身のパートナーであるセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)の他、市街に突入して実際にノーブルレディの無力化戦闘を担当する董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)アル サハラ(ある・さはら)といった面々も呼び集めて、突入時の方針に対する微修正を伝えなければならなかった。
 幸いなことに、御鏡中佐からの情報支援によって、ノーブルレディの設置位置はかなり限定されている。後は実際に街中を走り回って、物理的に発見するばかりなのだが、この作業が最も厄介であった。
「下手をすれば、誰が敵で誰が救出すべき人質なのかが分からない、って訳ね」
 蓮華は渋い顔を作ったが、傍らのスティンガーとアルは、然程に深刻そうな様子は見せていない。
「武装してるなら、そりゃ普通に敵だろう。わざわざ弾頭周辺に人質を固めておくのも考え辛いから、疑わしきは撃て、じゃなくて寝かせの判断で良いんじゃないか?」
 成る程、と蓮華はスティンガーの呑気な顔を眺めつつ、感心して頷いた。
 この時クローラの部隊内用無線に、通信が入った。呼び出し主は、スタークス少佐であった。
『たった今、ルー大尉にも伝えたばかりなのだが、ノーブルレディ奪還班は三船少尉の地下掘削道を通って市街内に入ることとなった。その旨、実働要員に指示しておいて貰いたい』
「了解しました」
 クローラは復唱してから、通信を切った。
 目の前で聞いていた為、蓮華達もわざわざ聞き直す必要もなく、すぐさまバランガンの見取り図を開いて地下掘削道の予定導通ポイントに印を書き込む。
「上手い具合に、ノーブルレディ設置予測範囲の近くに出るみたいだね」
「そうね……そうなると、後は人質救出が一番手間がかかる作業になる、ってことになるかしら」
 アルに応じながら、蓮華は見取り図の端を指先で軽くはたいた。
 人質救出部隊の突入は極秘裏に行われるのだが、その人質の中に敵が紛れ込んでいたら、最早極秘でも何でもなくなる。
 第八旅団側の動きが全て筒抜けになることだって、十分に考えられるのだ。
「だから、そういう不測の事態を考えた上での地下掘削道からの突入、ってことになるんだね」
 セリオスも、片手でノートパソコンを開きながら、LCD画面に映し出される諸々の情報を覗き込む。地下掘削道の存在自体は、第八旅団の中でも限られた者にしか知らされていなかったのである。
 敵を騙すにはまず味方から、という訳でもないだろうが、今回は結果的にそういう形になりそうだった。
「じゃあ僕は、第三課に戻るよ。色々と監視しないといけないこともあるしね」
 セリオスはノートパソコンを閉じて、敬礼を送ると同時にその場を辞した。
 残る面々も、それぞれの準備に取り掛からなければならない。
 蓮華、スティンガー、アルの三人はまず、地下掘削道の侵入口へと向かわねばならなかった。
「俺も弾頭解除装備一式を揃えたら、そちらに向かう。先に行っててくれ」
 かくして、ノーブルレディ無力化班の実働部隊もいよいよ、行動に移り始めた。

 再び、ルカルカの士官用テント内。
 今度は直接ルカルカの指示のもとで突入部隊に参加する五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)の六名が説明を受ける為に呼び出されていた。
 さすがにどの顔も、市民や駐屯部隊の国軍兵がテロリストに加担しているかも知れないという情報を聞かされた時には一様に驚きの色を隠せなかったが、しかし起きてしまったものが仕方がないと、頭を切り替えるのも早かった。
 伊達に、幾つもの修羅場をくぐってきてはいない。こういう不測の事態に対する心構えは、流石にコントラクターだというべきであろう。
「ザカコさんとあゆみ達は、もともと人質救出の方にも手を割いて貰う予定だったからね。少し予定変更」
 ルカルカ曰く、敵に寝返った市民が紛れ込んでいるかも知れない人質への監視に、あゆみとヒルデガルト、そしてヘルの三人を当てよう、というプランを披露した。
「テロリストを警戒してると見せかけて、実は人質さん達を見張ってるって訳ですね。オッケーオッケー」
 あゆみの相変わらずな軽い調子に、ザカコとヘルは苦笑を禁じ得ない。
 だが実際、あゆみのいっていることはルカルカの思惑にぴったりと合致している。口調は軽いが、頭はしっかり切れている――それが、あゆみという人物の面白いところでもあった。
「しかしそうなると、正面切って突入して、テロリストと直接銃火を交える隊に負担が大きくなりますね」
「そこは、レオンの隊にある程度受け持って貰うことになったの。でも場合によっては、こちらから援護を廻す必要も出てくるから、その時はザカコさん、お願い」
 その可能性は大いにあると、幾分表情を引き締めてザカコは大きく頷いた。
 すると、それまでじっとバランガンの見取り図を見入っていた理沙が、不意にその面を上げて問いかけた。
「ところで今回は、ヘッドマッシャーの出現報告は無いのかしらん?」
「今のところはまだ、それらしい連絡はないわね」
 ルカルカも、その点は大いに気になっていた。
 パニッシュ・コープスが動くところには大体、あの不気味な漆黒の巨躯が蠢いていた。それが今回は、全くといって良い程に目撃報告が飛び込んできていないのである。
 居たら居たで非常に厄介だが、ここまで全く姿が見られていないというのも、それはそれで気持ちの悪い話であった。
「テロリストどもにレイビーズが使用されてる可能性は、どうなんた?」
「それは否定出来ないわね。実際に交戦して、見極めるしかないかな」
 ヘルの疑問に対しては、ルカルカも歯切れの良い答えを返すことが出来ない。こればっかりは、実際に戦ってみないと何ともいえないのである。
 それにしても、とザカコが意外そうな顔つきで仲間達の顔をひとつひとつ、眺めてゆく。
「今回は珍しいですね、回復担当がひとりも居ないなんて」
「そういえば、おっしゃる通りですわね」
 ザカコの言葉を受けて、ヒルデガルトは思わずセレスティアの大人しそうな顔立ちに視線を向けた。
 セレスティアも、清楚な雰囲気を漂わせているヒルデガルトの面を見つめ返してくる。
 実のところ、セレスティアもヒルデガルトも今回は突撃時の攻撃担当であり、ザカコがいうように、主立った顔ぶれの中では回復担当や後方援護担当が居ないのである。
 第八旅団という大きな組織の中でいえば、そういった役割の部署は専門に割り当てられているから大きな問題にはならないが、仲間内で誰も担当者が割り振られていないというのも、ちょっと珍しい。
 尤も、セレスティアにしろヒルデガルトにしろ、それぞれのパートナーがやや猪突猛進なところがあるから、それどころではないというのが正直なところなのかも知れないが。
「まー、良いんじゃない? あゆみ達はチョー強いんだから、テロリスト相手に回復役不在なんて、ノープロブレムよ。レンズもきっと大成功するって告げてるからね、クリア・エーテル!」
 ここまでいい切られてしまうと、最早笑うしかない。
 だが、あゆみのお気楽な声は逆に、仲間達の不安を一掃する効き目があった。
「後はもう、やるだけやるしかないってところですね」
 セレスティアのこのひと言が、全てを象徴していた。
 ここで幾ら議論を重ねたところで、状況は全く変化しない。役割が決まった以上は、後はもう、実際に行動するしかないのである。