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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 クリスタル捜索側が謎の敵の奇襲を受けて、再びクリスタルを見失ったころ。
 イルルヤンカシュを静めに向かった者たちは、まだかんばしい成果を出せずにいた。
 とり乱して鳴くイルルヤンカシュをどうすればいいか、有効な手立ても思いつかないまま、ひたすらとりまきモンスターを追い払う戦いをしている。
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)はギフトの刀を手に、オーガたちを相手に苦闘していた。
 醜い獣面を怒りでさらにゆがめ、上下の牙をむき出しにして、石のように固いこん棒をふるう。霜月をはるかに上回る巨体の持ち主ばかりで、人など一撃で即死させる膂力を持っているが、霜月の方が身軽だ。たとえ1対多であろうと敵ではない。
 しかし今日ばかりはそうもいかなかった。戦闘に集中できない心の乱れが彼の技を曇らせている。意思疎通ができないだけで、彼らは悪くない、必要以上に傷つけたくないという思いから急所を避け、手傷を負わせるにとどめていたが、そんな霜月の優しさは残念ながらオーガたちには通じていないようだった。
 ――ガアッ…!

 人間1人、いつまでも倒せないことに焦れて攻めてきた3体のオーガの攻撃を同時にさばきつつ、1体ずつ着実に気絶させていく。一撃で斬り伏せるわけにもいかないから手数が増え、体力の消耗が激しい。
「……くっ!」
 3体を倒したところで息を整える間もなく、ぶんと水平に振り切られたこん棒を身をかがめて避けた。通りすぎた腕めがけて斬り上げ、こん棒を落とさせると同時に蹴り飛ばす。オーガは吹っ飛んだ先で木にぶつかり、昏倒して起き上がってくることはなかった。
「クコ……深優はどこです…?」
 流れる汗を振り飛ばし、霜月は戦いのさなかいつの間にか視界から消えていた妻クコと娘深優の姿を探す。――いた。
 クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は少し先の森のなかで、拳聖らしく己の肉体を武器に数人の敵と戦っていた。
 周囲の木々を盾とし、効果的に用いながら獣人の素早さで敵の攻撃をかいくぐる。
「落ちないように、しっかり掴まっているのよ、深優」
 離れていては守れない。そう判断し、背負った愛娘の赤嶺 深優(あかみね・みゆ)に声をかける。
 深優はこくこくっとうなずいたあとで母が見えてないことに気付いて
「うんっ」
 と声に出して答えた。
 しがみついた手にぎゅっと力を込める。それを背中で感じて、クコは低くかまえをとった。愛する娘のにおい、ぬくもり。伝わってくるすべてがクコに力を与え、疲労感を吹き飛ばす。
「はああっ!」
 気合いとともに、クコは手近に迫った1人に連打を浴びせた。
 一見では相手は素手の人型だったが、向かいあえばそれが人であり得ないのは分かった。緑の髪、緑の肌。黒い穴のような両眼。森の民とも呼ばれるドリュアデスだ。視線による暗示で操ろうとする。そうと知ってからクコは森に飛び込んだ。幹や枝で彼らの視線をふさぎつつ、スピードで翻弄し、1体ずつ絶流拳でしとめていく。集団で襲ってきたときは、七曜拳を使った。
 しゅるるとヒモが伸びるようなかすかな音が後方から聞こえた。身をねじり、とっさに盾とした右手に、ドリュアデスの操る細い木の枝が巻きついた。ぎりりと締めつけ、先端が腕にもぐり込もうと突き刺さる。走った痛みに耐えるように身を固くした次の瞬間、クコは引き千切った。
「やああ!」
 自らドリュアデスの懐に飛び込み、枝の巻きついた腕で殴り飛ばす。
「まったく、しつこいわね」
「おかーさん、手っ」
 深優があわてて小さなかわいらしい手を伸ばし、回復魔法をかけた。
「ありがとう、深優。もう大丈夫よ」
 そこに霜月が駆けつけた。
「無事ですか、クコ、深優」
 ざっと目視で検分した霜月は、2人がけがらしいけがを負っている様子がないことにほっとする。クコはなんてことないと笑った。
「こんなやつら、敵にもならないわ。数が多いのが厄介だけどね」
「彼らも混乱しているんでしょう、イルルヤンカシュがあの様子では…」
 霜月は空を仰いだ。木々の枝葉を抜けてイルルヤンカシュを見る。イルルヤンカシュは落ち着きなく首を振り、そわついた様子で手足を動かしながら鳴いている。虹色の光を反射していた真珠色のウロコも、昨日と違い今日は光沢が落ちているように見えた。
 傷つき、憔悴して、途方にくれている。
「イルルヤンカシュ! どうか自分たちの声を聞いてください! 山に棲む彼らも、人間も、ここに集う全員があなたを心配しているんです!」
 ――ルルルルルルルロゥーッ! ルルルルルッ
 
 心の痛みをむき出しにした、イルルヤンカシュの痛切な鳴き声がこだまする……。
 それを聞いて。
「……んもー! 怒った!!」
 ついにリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がキレた。
「えっ?」
 それまで彼女と背中あわせになって戦っていた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、肩越しに振り返る。
「リーラ? 今何て言った?」
 嫌な予感ビンビン。
「おまえ、まさか…」
 おそるおそる背中に声をかける真司の前、リーラはDインストールをかぶ飲みする。
「これあげる〜」
 空き瓶を真司の手にポイ捨てした直後、リーラの体は巨大化した。
 しかもただの巨大化ではない。Dインストールとはドラゴニックインストールのこと。つまりドラゴンに変身できる薬なのだ。
 そばにいた真司はたまったものではない。
「うわっ!」
 大急ぎ、安全圏までとびずさった。
 巨大な竜と化したリーラは委細かまわずイルルヤンカシュへと近付くと、無防備な背中をいきなり蹴っ飛ばした。
 全く気付けていなかったイルルヤンカシュは、バランスを崩して前のめりに倒れる。そのままごろごろ転がって、転がった先の岩壁に当たって止まった。ぶるぶるっと首を振り、突然出現した竜を見てぽっかり口を開けている。
 リーラの傍若無人っぷりに人もモンスターも唖然となるなか、リーラは転んだままのイルルヤンカシュの元へ行くと、真上から怒鳴りつけた。
「さっきからギャアギャア鳴いてばかりで、うるさいってーーーのよ!! ちったあひとの言うことにも耳を貸したらどう!?」
 リーラは龍の咆哮を用いる。
「そんなふうに鳴いてばかりじゃあ、あなたの言いたいことなんかだれ1人理解できないわよ!!」
「お、おい、リーラ。無茶苦茶すぎるぞ」
 驚きも冷めやらないままに、真司は説得を試みる。
「うっさいわね〜! 腫れ物に触るみたいに扱ってたら、いつまで経っても平行線よ〜! こういうときは、ガツンとやるのが一番いいのよ!」
「たしかに混乱状態に陥った相手を落ち着かせるために頬をはたいてショックを与える場合もあるが、イルルヤンカシュは一応この地では敬いの対象なんだぞ。どこに人目があるかも分からない場所で、その崇拝の対象を蹴飛ばすなんて――」
 そのとき。
 ――ルルルルルルルルルーッ!!

 イルルヤンカシュが鋭い声を上げて立ち上がった。スミレの目がらんらんと異様な輝きを発し、鼻頭にしわを寄せてリーラをにらんでいる。
「ああ、ほら、やっぱりだ」
 さらに状況が悪化したと真司は顔に手をあてたが、リーラは動じなかった。
「なんでそんなに暴れてるか知らないけど、とにかくいったん落ち着きなさい。このバカ!」
 タックルをかけ、再度押し倒す。そしてそのままホールドした。
 イルルヤンカシュは首を伸びきらせ、リーラを押しやって抜け出そうともがくが、リーラは背後からがっちり決めている。その上で、うなじに噛みついた。
「暴れてちゃ分からないってさっきから言ってるでしょうが! いいかげん、そんなことしても無駄だと気づいたらどうなのっ!
 おおかたあのクリスタルに関係する事なんでしょうけど、とりあえず暴れるのはやめて、落ち着きなさい! 私たちにできることなら何でも協力してあげるから!!」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が操る聖邪龍ケイオスブレードドラゴンの上から見守っていた遠野 歌菜(とおの・かな)は、その光景を見てつぶやいた。
「龍の咆哮でも駄目なのかな」
「もしくは、それも通じないほど我を見失っているかだな。怒りにか、悲しみにかは分からないが」
 羽純が答え、ドラゴンを旋回させる。空の飛行型モンスターは光輝魔法と闇黒魔法、双方を操り攻撃するブレードドラゴンに畏怖し、攻撃をやめて遠巻きに見ているだけだ。
 リーラに抑え込まれたイルルヤンカシュはすでに傷だらけだった。周囲の状況も目に入らず、暴れた結果だ。森も傷ついたが、イルルヤンカシュも傷ついていた。
 荒い息を吐き出し、ヒュウヒュウとのどを鳴らしている。
 ぎゅっとつぶった目じりから涙がこぼれたのを見て、歌菜は決心した。
「歌菜?」
 すっくと立ち上がった気配を感じて、羽純が振り返る。
「リーラさんの薬がきれたら、またイルルヤンカシュは暴れ出しちゃう。そうなる前に、なんとかしなきゃ」
「ああ、それは分かるが…?」
 羽純は意図が分からないというように、とまどった表情で歌菜を仰ぐ。対照的に、歌菜の顔は決意に満ち、イルルヤンカシュをじっと見つめていた。
 さっと高く掲げた右手の先にまばゆい光が生まれ、そこからきらきらと星型の光が歌菜を包むシャワーとなってふりそそぐ。
(私は魔法少女アイドル! 歌はすべての生き物と心を通じあわせる手段よ!)
 目を開けていられないほどの強い輝きに包まれた一瞬後、魔法少女コスチュームをまとった歌菜が現れる。
 たとえ竜と人であっても。
 たとえ言葉は通じなくても。
 感じる思いはきっと同じ。
「……そうか」
 歌菜のそんな思いを理解して、羽純はふっとほほ笑む。
「羽純くんも。さあ、力を貸して。私たち、みんなの思いをイルルヤンカシュに届けるの!」
「ああ」
 羽純はエレキギター『月下美人』を取り出し、弾き始める。
 曲と、魔法少女アイドルが揃えば、いつでもどこでもすべてステージだ。
 アップテンポの伴奏につま先でリズムをとりながら、歌菜は心のなかで強く訴えた。
(さぁ、イルルヤカンシュ、こっちを見て!)
 歌菜は思いのたけを歌に変え、イルルヤカンシュに向けてリリカルソングを熱唱した。
「私たちもやるわよ、レーレ」
 イルルヤカンシュがピクピクと耳を動かし、もがく動きが遅くなったのを見て、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)二胡で音を合わせた。
 歌菜もすぐにそれと気付き、グリフォンの上の彼女に笑顔を向ける。
「行っておいで、レーレ。俺は大丈夫だから」
 武器形態をとり、セルマの手のなかにいたギフトレーレ・スターリング(れーれ・すたーりんぐ)が、ハンドガンの姿を解除して青い小鳥となって大空へと舞い上がる。
「クークー、クーククー」
 イルルヤンカシュの頭の上で、くるくる旋回しながら話しかけるように歌っていた。
 やがてリリカルソングが終わり、羽純が余韻を響かせながら演奏を終えるのに合わせて音を上げ、今度はシャオがメインとなって幸せの歌を奏でだす。
「イルルヤンカシュが反応してる…?」
 10分を切って、リーラはドラゴンから元の姿に戻っていた。しかしイルルヤンカシュはもうむやみに暴れたりせず、その場でじっと立ち止まっている。
 モンスターも攻撃をやめていた。
 クコの背中からすべり下りた深優が、つたない声ながらもシャオに合わせて幸せの歌を歌いだす。
「おかーさん、おとーさん。みんなも、一緒に歌お?」
 幸せの歌がこだまして、北カフカス山に満ちていく――。
「イルルヤンカシュ! 分かるでしょう!? こんなにもあなたのことを思っている者たちがいるのよ!」
 歌菜はオープンユアハート▽をバラード調で歌い始める。今度こそ、イルルヤンカシュの心に届くように。

     気を鎮めて
     どうしてそんなに混乱しているの?
     オープンユアハート
     お願い 私に貴方の心を見せて
     オープンユアハート
     大丈夫 私達、力になるよ


 エリシアが、セルマが、龍の咆哮を用いて語りかける。
(俺達は敵じゃないよ。きみの不安は一体何なの?)
(何かを探しているの? 俺たちも手伝おうか?)
(それは……あのクリスタルの銀髪の女性?)
(彼女に何かあったの?)
(彼女はきみの何なの?)


 ――ルルルルルルルロゥー
 
 まるで彼らとともに歌うように、イルルヤンカシュは美しい鳴き声を発した。