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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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 小一時間ほど話し合い、情報交換と考察を交わし合ったのち、彼らはそれぞれ思う所へ向かって散って行く。
「ネイトさん、ですか?」
 昨日教わった騎士長室へ向かって歩いて行く宵一について歩きながら、ヨルディアが不思議そうに言った。
「ああ。目撃されたのがカインならカインの単独説も可能だったが、セテカまでいてはな。そしてハリールの向かう先、北カフカス山にはもう1人12騎士がツアー・コンダクターとしている。
 あの地に東カナンの要人が3人集結しているんだ、これが偶然か?」
「偶然じゃないでしょうかね?」
「騎士長として、セテカの上司として、それは監督不行き届きだ」
「それを言って、問い詰めるんですか?」
 ヨルディアからの鋭い指摘に、宵一は一瞬言葉に詰まる。
 「北カフカスへの道中で、あんたの息子さん一般人相手に暗殺者やっていますぜ!」とか言えるはずもない。
「……言えんよな」
 まあせいぜいが休暇に入る前のセテカに何か不審な行動が見受けられなかったかどうか、というところか。
「にしても」宵一は足を止めて振り返る。「リイムのやつはどこに姿を消したんだ?」
「そういえば…。全然見ませんわね」
 ヨルディアも首を傾げた。



 もふもふ、もふもふ。
「ああ、すてきね、この手ざわり。いつまでもこうしていたくなっちゃう」
「いくらでもしていいのでふよ。なでられるのは好きなのでふ」
 ミフラグはひざだっこしたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の毛をブラッシングしていた手を止めて、ぎゅーっと両手で抱き締めた。リイムはムラサキツメクサの花妖精で頭にはしっかり紫色の立派なツメクサが乗っかっているのだが、全身ふかふかしたピンク色の長毛に包まれていることや40センチしかない体長から、どう見ても小動物、珍獣の類いである。
「あのね! 前に見たときも思ったんだけど! 梳かせてリイム!!」
 部屋を訪ねてきたリイムを見て、ミフラグはブラシを手に開口一番そう言った。
「い、いいでふよ」
 キラキラ目をして鼻息荒く言うミフラグの勢いに押されたリイムは、おとなしくひざに抱かれて毛を梳かれている。
「んんっ。やわらかくて繊細な毛並みね。高級なラノバの毛みたい」
「そうでふか?」
 ラノバというのがどういった生き物か知らなかったが、高級と言われるとうれしい。リイムは照れて顔を緩ませる。
「ええ。家で数頭飼ってるから分かるの。いつもこうしてブラッシングしてあげるのよ。摩擦で切れたりしないように、ゆっくり梳くの」
 そしてブラッシングしていたミフラグの手がゆっくり……だんだんと止まって、なでる方の手だけになった。
「ねえリイム? あなたの毛でコートを作ったら、どんな感じかしら?」
「……え゛っ?」
「いきなりコートは無理だから……そうね、マフラーとか手袋とか」
 ミフラグの手は梳き終わって艶を増したリイムの毛並みをなでているが、そのうっとりとした目つきといい、先までとはちょっと違った熱意がこめられているのは間違いない。
「マフもいいわね…」
「ミ、ミフラグちゃん…?」
 なんだか貞操の危機みたいなものを感じてリイムが軽く背をそらせたときだった。
 コンコンとノックする音がして、次の瞬間バンッとドアが勢いよく開いた。
「リイム、いるか!」
「宵一、そんな乱暴な。相手が開けてくれるまで待つものでしょう」
「いや、なにやらなかから切羽詰まっている気配を感じて――っと、リイム、やっぱりここか!」
「リーダー、迎えに来てくれたんでふか」
 リイムが見るからにホッとした様子でミフラグのひざから飛び降りて宵一たちに駆け寄った。
「迎えに来たんじゃない。捜していたんだ。勝手にいなくなったりするんじゃない。ここは広いんだ、迷子になるぞ」
「ごめんなさいなのでふ」
 リイムを抱き上げる動作で、ふと宵一の目が彼らを見守っているミフラグへと向く。
「うちのリイムが世話になった。ああそれから、昨日リカインから聞いたんだが、侵入した賊に襲われたとか」
 その言葉に、ミフラグはあきらかに強張った。
「あいにく賊はまだ捕まっていない。もう遠くへ逃げている可能性が強いが、まだ近くにいないとも限らない。十分注意してほしい、との伝言だ。騎士についてもらうなどして、なるべく1人にならない方がいい」
「……分かったわ。ありがとう」
「ミフラグちゃん」
 硬い声音に彼女のおびえを感じ取って、リイムが宵一の腕のなかから体を伸ばす。
「またあとで来るでふよ! リーダーやみんなと、一緒にお茶を飲むでふ!」
 リイムの言葉に、ミフラグは口角を上げてわずかにほほ笑んだ。
「ええ。おいしいお茶菓子を用意して、待ってるわ」



「リーダー、ごめんなさいでふ。カインさんのこと、聞き出せなかったでふよ」
 しゅんとなったリイムを見て、ああそのためにあそこにいたのかと納得した。
「あれはしかたないだろう。気にするな」
 先の反応を見た限り、まだ昨日のショックから立ち直りきれていないようだった。それと見てとった宵一は、気落ちしているリイムをなでながらあらためて騎士長室へ向かう。
 ドアの前にちょうどたどり着いたとき、なかから出てくるリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)とはち合わせした。
 ララは気難しい顔をしており、リリはなんだか不機嫌そうだ。肩越しに振り返り、閉まりかけたドアの隙間から室内を睨みつけている。
「リリ、ここにいても無駄だ。彼はあれ以上何も話さないよ」
「……分かっているのだ」
 だがそうたやすくは切り替えられない。そう言うように、苦虫を噛みつぶした表情を浮かべる。
「まあ、いいように扱われた感はあるな。しかし情報が全く得られなかったわけじゃない。
 まずは彼の言うとおり、スクウィムへ行ってみよう。地図を見た感じでは北カフカスに近い。帰りに寄ることもできる」
 そこでララは宵一たちに気付いた。
「やあ。きみたちもネイト殿にかい?」
「ああ。あんたたちもか」
「私たちの用件は終わった。とりたてて収穫と呼べるものはなかったよ」
 そこで宵一は美羽から聞いた話を彼女たちに報告した。
「そうか、セテカが…」
「セテカのそばにいる忍者といえば、カインなのだ! やはりこれはとんだ茶番なのだよ!」
「――しっ」
 ララは口元に人差し指を立て、ドアに視線を流した。ここで不用意に声を高くするなということだろう。リリもそれと察して口をつぐむ。
「とにかく、スクウィムへ向かおう。ここへ戻るか北カフカスでセテカを問いただすか、そのあと決めればいい」
「徒労に終わらなければなのだ」
 時間稼ぎ、ただ自分たちをここから追い払いたいだけのような気がして、リリは歯噛みする。だが現状、ララの言うとおりだった。そうするほかはない。
「行くのだ」
 リリはララを連れて足早に立ち去った。
 2人が話していたのはどういう意味だったのか。さっぱり分からない、とヨルディアと互いを見合う。答えてくれたのはネイトだった。
「おふたりには始祖の書の受け取りに向かってもらったんですよ」
 朝食を逃した2人のため、パンとお茶を用意しながらネイトは気軽に話す。
「見つかったんですか!?」
「そのようです。今朝早く、スクウィムの町の駐在兵から早馬が届きました。先ほどリリさんたちが始祖の書についてお尋ねに来られましたのでその話をしましたところ、おふたりにはわたしどもよりずっと早く町とこちらを往復できる手段をお持ちでしたから、お願いしたのです」
「そうですか。それはよかった」
「ええ。お客さまを使いに用いるなど大変恐縮ですが、物が物だけに、一刻も早く取り戻したいと思いまして」
 それであなた方は、わたしにどのようなご用件でしょうか」
 にっこり笑って、ネイトはあたたかな湯気をたてるカップを宵一の前に置いた。



「――そう、セテカの部屋に入る許可は下りなかったの」
 宵一からの報告を、リネンはたいして落胆もせずに受け取った。
 無理もない。セテカが殺し屋をしていると話さず――話したとしても証拠を提示できなければ信じてもらえないだろう――「息子さんの私室を見せてください」は、拒否されて当然だ。しかも未成年者ならともかく、相手は27歳の大人。
『わたしには許可を出す権利はありませんから』
 ネイトがそう言うのは当然だった。
 ユーベルやリネンの聞き込みも、ほぼ徒労だった。
『最近セテカさまとカナンからシャンバラの学園へ留学された方との間で、親しくおつきあいがあると聞いたものですから』
 というふうに、あえてエンヘドゥやハリールの名前は出さず、それとなく動向を伺ったりしたのだが、奥宮の召使いたちは異常に口が堅く、まるではんを押したように「わたくしは部屋付きではありませんので」「存じません」「騎士さま方のプライベートについてはお話しできません」の一点張りだった。
 奥宮に仕える召使いは三代以上前から城勤めの生粋の召使いばかり。召使いのなかでもさらに厳選された者たちばかりだが、数十名が全く同じ反応ということは、ここまでくると訓練が行き届いているというより何者かにそう答えるよう口止めされているのではと勘繰りたくなるのは疑心暗鬼だろうか。
(あるいは……そうね、昨日だったら聞けたのかも)
 まだ自分たちの訪問が不意打ち状態だったときなら。しかし今では遅すぎた。彼らに探られることを拒む何者かによって、手回しされたあとというわけだ。
 単純に考えれば、ナハル・ハダドかと思えた。バァル・ハダド(ばぁる・はだど)の友人である彼らを快く思っていない筆頭だ。しかしセテカが暗躍していることを考えると、だれでもその可能性は考えられる……。
「申し訳ありません、リネン」
 考え込んでいるリネンに、ユーベルが恐縮そうに肩をすぼめて謝罪する。
「あ。いいえ、いいの。成果はあったわ。まだこちらで動いている者がいるってことが分かったから」
 そこにフェイミィが戻ってきた。
「リージュにエンヘドゥとセテカのこと、口止めしてきたぜ。昨日エシムに注意されたこともあって、反省してるって言ってた」
『すぐ調子に乗っちゃうのが悪いクセなのよ。あなたも内緒にしておいてね』
 恥ずかしそうに笑って目配せするハワリージュの姿がかなりツボったというか、かわいくて――それに彼女の部屋で2人きりだったものだから――フェイミィはぐらりときたが、報告が先と、断腸の思いで退室してきた。
(もうしゃべっちまったんだが……まあ、城の者に言わなかったらセーフだよな、うん)
「ああそれから、ほかに何か気付いたことはあるか聞いてみたが、特に何もないそうだ。ハリールの名前を出してみたが、これも反応なしだな。名前を聞いたこともないそうだ。
 ただ、休暇をとる前に仕事で北カフカスへ調査に向かったのは確かだ」
「調査?」
「竜が目覚めたことでアタシュルク家を訪問しておく必要があると彼女の父親たちは考えたらしい。当主のバシャンが床についているのは有名だから、きちんと対話の巫女としての役目を果たすことができるか確認に行ったんだろうってリージュは言ってた。どう報告したかは分からないが、その後父たちが動く様子はないし、セテカも予定どおり休暇をとったから、きっと何もなかったんだろう、って」
 実際は何もなかったわけではなかったというわけだ。だから秘密裡にセテカは動くことを決めた……。しかし副騎士長アラム・リヒトの娘といえど、準騎士では得られる情報もそこまでか。
「そう。ありがとう」
「じゃあこれでオレは役目ごめんかなっ」
 一応隠そうとはしていたが隠しきれないうきうきとした声で、フェイミィはリネンから離れようとする。
「……どこへ行くつもり?」
 じとっと疑いの目が見つめる。
「いや、あの……オレ、もうできることないし。昼までちょっと休憩とろうかなー? なんて」
 そう、ベッドで怠惰に。どこのベッドになるかは、まあこれからの手腕ひとつでごにょごにょと。
「じ、じゃああとはよろしくなっ。何が出たか、あとで教えてくれよっ」
 そそくさ離れようとするフェイミィのえりをむんずと掴み止める。
「どこ行く気かしら?」
「え? あー、いや、そのぅ…」
「あなたもこっちよ。探索を手伝いなさい、このエロ鴉!」
「――あ、やっぱり?」
 そのままずるずる引っ張って奥宮にあるセテカの私室まで行くと、リネンはピッキングを用いてなかに侵入した。
 セテカの私室は寝室、リビング、執務室で構成されており、そのどこかに何か残してはいないか、くずかごまで覗き込む。しかし当然ながら召使いによってきれいに整えられた室内には丸められた紙1つ落ちていることはなく、ホテルのようにきれいなものだった。
 念のため、いくつかの物にサイコメトリも使用してみたが、掃除をする召使いの姿か、普通に生活しているセテカの姿しかない。
「覚え書きしたメモの類いもなし、か。徹底してるわね」
 まあ、あのセテカのことだから、そんなミスを犯すはずもないとは思っていたけれど。
 ユーベルやフェイミィがそれぞれの部屋の探索を終えて首を振るのを見て、リネンは嘆息し、手元の本を閉じた。