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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【二 続・バランガンにて】

 バランガンの市内は、一週間前に戦闘が行われたとは到底信じ難い程に、パニッシュ・コープスによる占拠前の状態へと回復していた。
 そこには矢張り、当初から激しい抵抗をしないという方針を掲げていたザレスマンの意向が最も大きく作用しており、破壊の憂き目に遭った街中施設はごくごく限られていた為、復旧にはものの数日程度しか要しなかったのである。
 勿論、まだ幾つかの戦闘痕はそこかしこに残されてはいるが、そのいずれもがほとんど気にならない程度の規模でしかなく、ひとびとが日常生活に戻るには何の支障も無かった。
 もともとがヒラニプラ第三の都市と呼ばれる程の規模であり、日が暮れても街の喧騒は昼間と変わらず、夜特有の異なる表情を見せつつも、往来は深夜まで賑やかなままである。
 そんな中、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は教導団員の制服を脱ぎ、ハルモニアからの出稼ぎ労働者を装って酒場に入り浸っていた。
 勿論、酒に酔って日々の憂さを晴らしたい、という訳ではなく、しっかり目的を持っての梯子酒である。
 酒場の客達は老若男女を問わず、そのほとんどが上機嫌な喋り上戸が揃っており、小次郎にとっては非常に仕事のし易い環境が整っていた。
 酒場客の多くが上機嫌なのは、矢張りスティーブンス准将によるバランガン統治が実現したことに因るところが大きいらしい。
 これで自分達の生活も安泰だ、という安心感が彼らの警戒心を余程に薄れさせているのか、小次郎が奢り酒で粘り強く与太話などに付き合っていると、次第に核心へと繋がる話題が彼らの口に登るようになってきた。
 その内容は、小次郎自身ある程度予測はしていたものの、こうして改めて証言という形で掻き集めてみると、矢張り驚きを隠せないものであった。
(結局、そういうことでしたか……)
 小次郎は酒場客達には酔っ払い特有の砕けた笑顔を向けながら、内心では戦々恐々たる思いを抱いていた。
 パニッシュ・コープスは最初から、バランガン駐屯部隊と手を組んでいたのであり、その情報は、パニッシュ・コープスに味方する市民達の間にも、公然と知れ渡っていたのである。
 見せかけ上はパニッシュ・コープスによるバランガン占拠という構図だったが、実際はバランガン駐屯部隊とバランガン市民による反乱籠城、というのが表現としては最も正しいだろう。
 中には、ノーブルレディが投下されて壊滅したメルアイルに同情する声も幾つか聞かれた。しかし小次郎にとって何より驚きだったのは、バランガンに持ち込まれた三発のノーブルレディは、いずれもパニッシュ・コープスではなく、第八旅団の兵員が極秘に運び込んでいたという事実であった。
(これが本当なら……准将のヒラニプラ家に対する信用は完全に失墜しますな)
 三発のノーブルレディは、装備管理課から盗まれたかのように偽装工作されていたに過ぎず、実際は第八旅団が運び屋となって秘かにバランガンへと持ち込んでいたというのが、真相であるらしい。
(ミサイル全体を持ち込むのは無理でも、肝心の弾頭部分だけなら分解して持ち込むことも可能……そして先行潜入調査部隊の一員に扮してバランガンに入り込み、あらかじめ用意しておいたミサイルに弾頭部を組み込んでしまえば、その場でノーブルレディの完成、という訳ですか)
 ミサイル自体は、バランガン駐屯部隊が守備兵装として所持しているものを使えば良く、発射台車両も同じく駐屯部隊のものを使えば良い。
 第八旅団の何も知らない者達にすれば、まさか自分の所属部隊がノーブルレディ運搬に関与していたなどとは露とも考えていなかったし、その一方で装備管理課はいわば完全なスケープゴートとして、捜査の目を逸らす為の囮として利用されたに過ぎない。
 装備管理課員にすれば、それこそ良い面の皮であったろう。
 ここまでくれば、もう完全に犯罪である。
 後は物証さえ揃えれば完璧なのだが、今はまだ、証言を掻き集めるだけで精一杯であった。
 ところで、小次郎は夜の情報収集の中で、ひとつ妙な情報が紛れ込んでいることに気づいた。
 このほど第八旅団に義戦の為に参戦している冥泉龍騎士団が、エリュシオンとは何の関係も無い完全独立集団であるという旨の内容が、随所で聞かれたのである。
(何故こんな情報が……? まぁ、別に邪魔になるような話でもありませんが……)
 小次郎は内心で首を傾げながらも、その出所についてはあまり詮索はしなかった。


     * * *


 夜の酒場や表通りなどで頻繁に聞かれる、冥泉龍騎士団がエリュシオンとは何の関係も無い独立集団であるとの情報を流していたのは、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)であった。
 サルガタナスは、夜のバランガン市内から安ホテルの一室に引き返してきた。
 室内では、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の巨躯が窮屈そうに身を屈めて、ベッドの端に腰を据えている。
 手にしている資料には、マルセランに関する情報が事細かに記されていた。
吸血男爵との異名を取り、好戦的で嗜虐的な性格で知られる人物、か。苛烈な主戦論者でもあるということらしいな……」
 しかも、一旦敵と見なした相手には尊大な態度を取ることでも知られており、かなり嫌味な性格をしているといって良い。
 だが逆に、これはと見定めた人物に対しては徹底的に恭順することも分かっている。
 今回の冥泉龍騎士団に関していえば、ギュイ・シド・ラヴァンセン伯爵に対する態度がその典型であろう。
 また貴族としての教育も受けていることから、賓客や同盟者に対する礼儀も弁えている。色々な意味で曲者と呼べる人物であるらしい。
怠け者男爵の異名を取るデュガン・スキュルテイン男爵は、冥泉龍騎士団には参加しておらんな。かの仁は現在も、恐竜騎士団に籍を置いておる」
「恐竜騎士団から冥泉龍騎士団へと移籍したのは、本当にごく一部の者だけ、と結論づけても宜しいのではないでしょうか」
 恐竜騎士団副団長であるジャジラッド自身も、恐竜騎士団の全龍騎士、及び従騎士を完全に把握出来ている訳ではない。
 実際のところ、恐竜騎士団は龍騎士団の中でも比較的、出入りの激しい集団であるともいえる。その為、組織名簿や団員記録などの帳簿類は、実情から微妙にずれているという有様であった。
 しかしサルガタナスがいうように、冥泉龍騎士団に参戦している元・恐竜騎士団の龍騎士達は、両手で数えられる程度に過ぎないのである。
 であれば、冥泉龍騎士団の母体は突龍騎士団であり、そこに、各所に散っていた帝国離反の龍騎士達が合流して現在の体制を創り上げた、と見る方が正しい。
「帝国内で不満を抱えたまま、我慢に我慢を重ねてくすぶるよりは、外に飛び出し、冥泉龍騎士団に参加して各所を戦い歩く……それが、彼らの選んだ道という訳か」
 その規模は、通常の龍騎士団のおよそ二倍近い数に上るという。この冥泉龍騎士団だけでも、弱小国家の総兵力に匹敵するか、或いは凌駕する戦力と見なすことが出来るだろう。
「これだけの力があれば、東カナンを攻め取るなど、容易いことのようにも思えるがな」
「……もしかすると、彼らはもっと違うところに視線の先を据えているのかも、知れませんわね」
 サルガタナスの推測を裏付けるかのようなデータが、ジャジラッドの手元にある。
 半ば当てずっぽう気味にいい放ったサルガタナスだが、思いがけず、ジャジラッドが真剣な表情で手元の資料を睨み始めたことに、多少の戸惑いを覚えた。
「本当に、何か別の視点があるのでしょうか?」
「まだ、確証を得た訳ではないのだが」
 そう前置きしてから、ジャジラッドはある文書閲覧記録をサルガタナスに見せた。
「これは……突龍騎士団がエリュシオン離反前に届け出た、文書閲覧記録と翻訳依頼届?」
 その内容はというと、ニルヴァーナ古代言語と、古代イコン史に関するものばかりであった。
 サルガタナスは、思わず小首を傾げた。この両者を結び付けるものが今ひとつ、ぴんとこなかったのだ。
 しかしジャジラッドは違う。彼はこのふたつの情報から、ある存在を既に割り出していた。
 ジャジラッドがその存在について静かにその名を告げると、サルガタナスはまさか、と小さく呻いた。
「でも、それですと元パニッシュ・コープス側が黙っていないのではありませんか?」
「さぁな。しかしこの推測が正しいとなれば、冥泉龍騎士団はとんでもない策士揃いだということだ」
 サルガタナスはしばし、呼吸も忘れてその場に棒立ちとなった。
 それからややあって、彼女はジャジラッドが手にしている望遠レンズ撮影画像を覗き込んだ。
 そこに映し出されている、幾つもの異形の影……もしこれらが本当に関与しているとなると、今回の騒乱は全く予想外の方向に転がっていくのではないかという予感が、自ずと湧き出してきていた。


     * * *


 再び、視線を夜のバランガン駐屯基地へと戻す。
 弾頭開発局第三課に協力し、ノーブルレディの機構回復、及び定期整備補助を任されていたクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)を伴って、弾頭ミサイル保管庫へと足を運んでいた。
 保管庫の入り口では、臨時で弾頭弾装備管理班に廻されていた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の両名が、クローラとセリオスの庫内作業に立ち会うこととなった。
 丈二とヒルダは、弾頭弾のような兵器関連については全くの門外漢なのだが、しかしそんなふたりをして、クローラとセリオスの作業内容がいささか、不自然なように思われたのは、一体どういうことか。
 実際のところ、クローラはノーブルレディの機構回復など、端から進めるつもりはなかった。
 回収した二発のノーブルレディの構造や材質をくまなく調べることで、一体どのようにしてパニッシュ・コープスがこの新型機晶爆弾を入手したのかを調べる腹積もりだったのだ。
 そして彼はこの場に於いて、ミサイルそのものはバランガン駐屯基地に配備されていた小型弾頭弾であることや、弾頭部内の各部品が後から組み込まれた事実を探り出すに至っていた。
(何ということだ……このノーブルレディは、持ち込まれたものじゃない。このバランガンで『製造』されたんだ!)
 どうやって製造されたのかという点については、夜の酒場で情報を仕入れている小次郎からの報告が拡散されるのを待たねばならないが、少なくともクローラの中では、装備管理課からノーブルレディが盗み出されたという事実は無かったという結論を得るには、然程の時間を要しなかった。
「クローラ、これを……」
 セリオスが、御鏡兵衛の執務室に忍び込んで事前に入手しておいた工具箱を取り出し、ノーブルレディの表面に張りついているクローラに手渡した。
 クローラは、受け取った工具箱とノーブルレディを並べ、その両方にサイコメトリを仕掛けた。
 もうここまでくると丈二もヒルダも、クローラが単純に技術将校としての任務に就いている訳ではないことを理解せざるを得ない。
 だが何をしているのかまでは分からない為、ただ息を呑んで、クローラ達の様子をじっと眺めることしか出来なかった。
 しばらく、重苦しい沈黙が流れた。
 それからややあって、クローラがほっと息を吐き出しつつ、セリオスに面を向ける。
 セリオスはクローラが手早く書き留めたメモを受け取り、その内容をノートPC上に開いたメーラーに転記していった。
(ノーブルレディは当初から第八旅団が弾頭を運搬し、そして……ヘッドマッシャーがバランガン内に持ち込んだ!?)
 クローラのメモをメールに転記する最中、セリオスは思わず手を止めてクローラの無表情な面をつい、凝視してしまった。
 しかしクローラのサイコメトリに、誤りがあるとは思えない。
(御鏡中佐の配下に、ヘッドマッシャー・プリテンダーが二体も居た……ということは、御鏡中佐もまた、パニッシュ・コープスの一員だったという訳か!)
 これだけでも十分、驚愕に値する内容であったのだが、メモの最後には更にセリオスの背筋を冷たく凍らせるような内容が記されていた。
『御鏡中佐はこちらの正体に気づいている』
 工具箱には、御鏡中佐がわざと残したメッセージのようなものが記憶されていた。
 どのような方法を用いたのかまでは分からないが、どうやらセリオスが御鏡中佐の執務室に潜入した時点で、御鏡中佐はクローラとセリオスが自分にとっては敵であることを、見抜いていた節があるのだという。
 この工具箱を入手したのは二度目の潜入の時だったから、恐らくは最初の潜入時点で既に見破られていたのだろう。
「作業の方は、終わりましたでしょうか?」
 緊張に強張るクローラとセリオスに、丈二が幾分遠慮がちに声をかけた。
 すっかり手が止まってしまっていたクローラは、動揺を完璧に面から消し去り、能面のような無表情さでゆっくりと立ち上がった。
「失礼。こちらの作業は完了した」
「それでは、この書類にサインをお願いします」
 ヒルダが差し出す作業完了報告書にサインを入れながら、クローラはちらりとセリオスの横顔を覗き見た。
 セリオスは、覚悟を決めた様子で静かに頷き返してきた。
(いずれ近いうちに、ヘッドマッシャーが襲ってくるかも知れないな……)
 クローラも腹を括った。こうなった以上は、腰を据えて待ち構えるしかない。
 相手がヘッドマッシャーであるならば、じたばたしたところで何の解決にもならないのだから。