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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【五 それぞれの方向性】

 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)は、東カナン西部の街ベルゼンへと赴いていた。
 この街の太守ネグーロ・ジーバスとの面会を果たす為である。
 シャンバラ教導団員としての正式な立場を表明したふたりは、取次の家士の案内を受け、若干待たされはしたが、無事に応接室へと通された。
 応接室では頑健な体格が特徴的な、四十代半ばの中年男性がふたりを出迎えた。この人物が、太守ジーバスであった。
「お待たせして申し訳ありませんでしたが、私も何かと忙しい身でしてな。あまり時間も取れません故、単刀直入に用件を伺いましょう」
 どうやら、何かと飾り立てるのが好きな貴族という訳ではなく、実務的な政治家という言葉の方がよく似合う人物であるらしい。
 こういう対応をしてくれる方が、クエスティーナとしてもやり易かった。
「それでは率直にお伺いします……こちらのサイアスがシャンバラ政府の行政広報から仕入れた情報によりますと、今回南部ヒラニプラで起きている内戦が終結した暁には、復興予算を確保して、外部との交易にも耐え得るだけの産業を起こそうという動きがあるようです。そこで私共としましては、南部ヒラニプラが対外交易の道を開こうとした場合、東カナンに新たな交易ルートを築くことが出来る可能性があるのかどうかを、是非太守様にお聞きしたい所存です」
 クエスティーナが説明を加えている隣りで、サイアスはシャンバラの行政広報部から仕入れてきた諸々の復興案を記載した資料を、応接テーブルに並べている。
 太守ジーバスはそれらの資料にじっと視線を落としながら、クエスティーナの言葉に耳を傾けていた。
「単純に可能性の有無という観点からいえば、あるともいえますし、無いともいえます。東カナンとしては、需要のある交易品であれば受け入れる準備を整えることも出来るでしょう」
 逆をいえば、東カナンで全く需要の無い産業が起こされた場合は、打つ手が無くなるということでもある。
 現時点ではシャンバラ政府としても、まだ具体的な復刻策を取りまとめている訳ではなく、様々な案が飛び交っている最中であった。
「聞けば、南部ヒラニプラは北部ヒラニプラとは異なり、農業もそれなりに盛んであるということですな。であれば、こちらとしては食料品や衣類などの生活用品で、且つ東カナン単独では中々手に入れづらいものを輸入したいところですな」
 更に曰く、東カナンの一部の商人連合の間では、シャンバラ側と正式な交易ルートの開通を模索する動きもあるのだという。
 だが、領主や太守といった各地方都市に於ける行政の長が、シャンバラとの交易開始に踏み込んだ判断を見せていない為、商人連合だけでは勝手に動けず、やや手詰まり感が漂っているのだという。
 その点この太守ジーバスは、シャンバラとの交易には前向きな姿勢を見せている様子であった。
「可能性はあり、とそちらの上司や政府関係者に伝えて頂いても構いませんが、次にあなた方がこちらを訪れる際には、正式な交渉権限を持つ外交官を派遣して頂きたい」
 外交官を連れてこいという発言は即ち、交渉の用意があると見て間違いない。
 クエスティーナとサイアスは、表情を明るくして互いの顔を見合わせた。
 基本的に六首長家はそれぞれ独立した政治的権限を持っているから、南部ヒラニプラとの通商ルート開拓に関する交渉には、ヒラニプラ家の名代を連れて来れば良いという話になる。
 問題は誰を連れて来るのかという部分に絞られてくるのだが、家格からいえば、管理行政官レベルの貴族を代表として派遣して貰う方が良かろう。
 サイアスは表情を引き締めて、太守ジーバスに頷きかけた。
「分かりました。何とかして外交官を派遣して貰えるよう、上の者に掛け合って参ります」
「頼みます……まぁ個人的な話をさせて頂ければ、ここ数年シャンバラは、地球からの美味なデザートが多く出回っているようですな。実に羨ましい。確か、スイーツという呼び方が流行っているのですかな? いや、私こう見えても、甘いものには目がありませんでな。恐らくベルゼン市民も、シャンバラの珍しいお菓子には目を輝かせることでしょう」
 要するに太守ジーバスは、交易品としてスイーツの類を用意せよ、と暗に要求している訳である。
 これにはクエスティーナも苦笑を禁じ得なかったが、しかしとにかく、道は開けそうであった。


     * * *


 シャンバラ教導団本部内の、とある休憩室。
 恐ろしく疲れ切った様子の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)大尉は、ダイニングソファーに体重を預け、天井を仰ぎ見る勢いで上体を後方に反らせていた。
 そこへ資料の束を抱えたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、幾分呆れた様子を歩を寄せてきた。
「カーリーってば……何サボってんのよ」
「せめて、休憩ぐらいはさせてよ……」
 ゆかりが疲れ切っているのには、立派な理由がある。
 彼女は、親・団長派(即ち、反スティーブンス派)の教導団員達が、スティーブンス准将の取った行動に対して憤慨し、何か行動を起こす――即ち、暴発して逆クーデターに近しいような暴挙に出るのを防ぐ為に、各部署を巡って事態を静観するようにと説いて廻っていたのだ。
 ゆかりの心配は半ば的中しかかっていたといって良く、一部の親・団長派の将校や兵士などが、スティーブンス准将の率いる第八旅団討伐隊を編成しようという動きもあった。
 しかし、今ここで下手な動きを見せてしまえば、それこそ金団長に塁が及ぶとして、ゆかりは必死に彼らを説得し、何とか暴発を未然に防ぎ切っていた。
 当然その説得活動には、恐ろしい程の精神力と体力が要求される。
 ゆかりが見せているとてつもない疲労には、そういった事情が根底にあったのだ。
 勿論マリエッタとて、ゆかりの疲労困憊の理由は最初から理解している。しかし敢えて厳しい言葉を投げかけることによって、まだ気を抜ける段階ではないということを暗に示していたのである。
 ゆかりとしても、そうそういつまでも脱力している訳にはいかないことは、重々承知していた。
「それはそうと……アレステル・シェスターさんの調査は、どんな感じ?」
「大体、調べるところは調べたよ。まぁ何ていうか、金団長派っていうぐらいだから、あたし達コントラクターに対しても好意的な態度を持ってるみたいだね」
 但し、南部ヒラニプラに対してはあまり関心らしい関心は持っていないようで、バランガンや南部諸国、或いはかつて黒羊郷と呼ばれた地方に於ける経済的疲弊や、民衆の鬱憤などが積もり積もっている事情があることは理解しているものの、それらを処置しようという腹積もりはほとんど持っていない様子でもあった。
 領都ヒラニプラに拠点を置く貴族の大半は、アレステルと同じような感覚で南部ヒラニプラを見ているとのことである。
 こういう政治的感覚の鈍さが、南部ヒラニプラの民衆を怒らせる要因であったし、スティーブンス准将の決起を促す結果にも繋がっていたのである。
 ある意味では、今回このようにして自分の立場が少しずつ悪くなり始めているのは、自業自得といえなくもなかった。
 と、その時。
「あ……丁度良いところにいらっしゃいました。憲兵科の大尉殿でありますね?」
 不意に、休憩室の入り口からゆかり達に声をかける者が現れ、にこやかな表情で足早に近づいてきた。
 マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)である。
 彼女は、ゆかりが腰を下ろしているダイニングソファー前までやってくると、許可を得た訳でもないのに、勝手にノートパソコンを開いて、自身が独自に入手したある映像を再生させ始めた。
「是非、憲兵科の大尉殿の目から見ての不審な点を、洗い出して頂きたいのです」
 マルティナが広げたノートパソコンのLCD上には、シャンバラ刑務所内で起きたバルマロ・アリー殺害の瞬間と、その前後に連なる時間帯で撮影された監視カメラの映像が、幾つもの動画ファイルとして同時に再生されていたのである。
 ゆかりとしてはもう少し休憩を挟みたかったところだが、マルティナに憲兵科大尉としての存念を問われてしまっては、これを無碍に断ることも出来なかった。
 マリエッタが横から覗き込む中、ゆかりはマルティナのノートパソコン上に映し出される監視カメラの映像をじっと凝視し、その時間帯に於ける一連の映像を最後まで見続けた。
「その……如何でしょうか? この映像がどういうルートで漏れたのか、そこも大いに問題となるポイントだと思うのですが」
「漏れたというよりも、横流ししたといった方が正確でしょうね。尤も、意図的に横流ししたと白状する者は居ないでしょうから、パニッシュ・コープスがハッキングして映像を盗み出した、ということにしてしまうんでしょうけど」
 成る程、とマルティナは素直に感心して頷いた。
 アリー殺害の瞬間の前後では、他に不審な点は一切見当たらない。寧ろアリー殺害の瞬間だけが映像としては妙に独立しており、そこに至る経緯が全くといって良い程に発見出来なかった。
 こうなると、何の脈絡も無しにいきなりアリーが殺害され、そのシーンの映像だけが不思議と残されている、という表現にしかならない。
 ゆかりは、アリー殺害の件にはヘッドマッシャーが絡んでいると早くから見抜いている。
 プリテンダーがシャンバラ刑務所の職員に次々と姿を変えながらアリーの独房へと接近していったのなら、誰にも怪しまれず、そして監視カメラの映像ですら全く不自然とはならないままに、殺害を実行するまでの経緯を隠し通すことも出来るだろう。
「いずれにしても、この映像だけでは准将を糾弾する材料にはなり得ないでしょうね。もっとこう、決定的な証拠でも掴まない限りは、ね」
「はぁ……」
 そのスティーブンス准将に対しては、マルティナは情報流出の原因を探らない限り、教導団としては作戦立案もままならないからと理由をつけて、監視映像の流出経路に関する調査を実行する旨を届け出てある。
 准将からは特段の注意も出されなかった為、こうして自由に調べまくっている訳だが、プリテンダーの完全な変装能力を相手に廻しているという仮定に立ってしまうと、ただ映像を調べるだけではどうにも手詰まり感が一杯であった。
「シャンバラ刑務所は、厳密にはシャンバラ政府の管轄ですから、軍事作戦立案のセキュリティとはまた別物だという理屈を通されると、この映像の流出経路を調べる意味はあんまり無いかも知れませんね」
 ゆかりの指摘に、マルティナはがっくりと項垂れた。
 項垂れているといえば、もうひと組、同じ休憩室内で力無くぼんやりとしている者達が居る。
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の両名であった。
 このふたりは、ヒラニプラの電波網をジャックした上で、スティーブンス准将を糾弾する声明を読み上げようとしていたのだが、ゆかりの憲兵科大尉としての権限と能力によって、未然に防がれてしまったのである。
 ゆかりにしてみれば、牡丹とレナリィがやろうとしていたことは言語道断であった。
 スティーブンス准将を糾弾するような電波ジャック放送は、それこそ新・団長派将校や兵士達の暴発を助長するだけであり、いよいよもって金団長の立場を危うくさせるだけのものに過ぎない。
 勿論、牡丹とレナリィは慎重に慎重を重ねて、用意周到に電波ジャックを試みたのだが、いくらこのふたりが全ての技術を総動員してみたところで、憲兵科大尉として優れた内偵能力を誇り、豊富な経験を積み重ねてきているゆかりの前では、子供だましに等しかった。
 結局ふたりはすぐさま居場所を特定され、ゆかりが派遣した憲兵達に取り押さえられ、教導団本部にまで連行されてきてしまった。
 但し、ゆかりは牡丹とレナリィを罪に問うつもりはなかった。
 とにかく、今はただおとなしくしていてくれれば、それで良かったのである。


     * * *


 叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)のふたりは、教導団本部の法務局へと足を運んでいた。
 面会の相手は、法務局の局長を務めるマグナス・ヘルムズリー大佐であった。
「レオン・ダンドリオン中尉の指名手配撤回と、身柄の保護をという要求には応じられない」
 ヘルムズリー大佐の返答は、にべも無かった。
 白竜は、金団長からレオンを守るようにとの指令を直に受けたのであり、そして現時点では金団長が国軍の総司令官であるから、この命令は絶対であるとの理論を展開したが、しかしヘルムズリー大佐は白竜の主張を一蹴した。
「貴様のいう金団長の指令とは、正式な通達を伴っているのか? 内々に出された個人的な指示であれば、それは教導団の団長としての指令ではなく、あくまでも個人的な頼みごとに過ぎん。貴様は金団長に恥をかかせるつもりなのか?」
 ヘルムズリー大佐はいう。
 金団長は、今の時点では正式な通達での命令を出すことが出来ない。
 そこで白竜の力量と情報能力を大いに買って、裏で秘かにレオンを守り抜けると見込んだからこそ、個人的に指示を出したのだ、と。
 しかるに、こうして公的機関である法務局に話を持ってくるということは、金団長の信頼を裏切る行為に相当し、且つ金団長にひとを見る目無しと公に宣言しているようなものであった。
 半ば説教に近いヘルムズリー大佐の言葉に、白竜と羅儀はただただ茫然と、執務デスクの前で佇むしかなかった。
「ダンドリオン中尉の国軍指名手配は、第八旅団によって発令された。つまり、この指名手配撤回には第八旅団の公式な同意が必要だ。如何に金団長とはいえ、それを無視することは職権乱用に当たる。そのことを団長閣下はよく御存じだからこそ、貴様らにダンドリオン中尉を守れと頼んだのだ。その想いを、貴様らは理解出来ないばかりか、疎かにすらしようとしている。よくよく、考えるが良い」
 白竜も羅儀も、返す言葉が見つからない。
 ヘルムズリー大佐も、スティーブンス准将のやり方が法に則っていないことは重々承知しているようではあったが、だからといって金団長側も同じレベルで無法なやり方を通せば、教導団の秩序は崩壊してしまう。
 目には目を、という訳にはいかないのだ。
 しばらく、ヘルムズリー大佐は厳しい表情で白竜と羅儀の黙然とした様子をじっと眺めていたが、不意に表情をふっと和らげ、白竜が提出した嘆願書の添付書類を手に取った。
「しかし、貴様の情報力は大したものだな……よもや、ハダド家がグレムダス贋視鏡を持ち出してきていようとはな。これならば、スティーブンス准将の錦の御旗とやらをへし折ることが出来る」
 グレムダス贋視鏡の証拠能力については、ヒラニプラ家も公式に評価を出している。その贋視鏡による映像解析ともなれば、ヒラニプラ家内の反・団長派を黙らせることも可能であろう。
「ですが、ダンドリオン中尉は指名手配を受けています。グレムダス贋視鏡による解析映像がヒラニプラ家に届けられるかどうかは、今の時点では五分五分なのでは」
 白竜の不安に対して、ヘルムズリー大佐はやれやれと仕方なさげに小さく肩を竦めた。
「もう少し、大人になれ、大尉。指名手配は解除出来なくても、指名手配犯に対して厳しい捜索の手を伸ばすかどうかは、法務局と憲兵科の匙加減に任されているのだ。団長閣下が貴様に求めていたのは、そういう要求を水面下で出すことが出来るかどうかという部分だ。自分が何を期待されているのか、その辺を理解しろ」
 ヘルムズリー大佐は言外に、ダンドリオンの逃走に協力するといっているのである。
 正式な指名手配撤回には至らなかったが、主要な目的は大方、達成出来たといって良い。
「憲兵科には、私から話を通しておく。貴様は引き続き情報の統括に当たり、ダンドリオン中尉の行動に阻害無きよう、慎重に検討を進めろ」
 ヘルムズリー大佐の言葉に謝意を示しつつ、白竜と羅儀は大佐の執務室を後にした。
 法務局内の廊下を出口方面に向かって歩きつつ、羅儀はほっとひと息ついて白竜に笑いかける。
「あのヘルムズリー大佐って、強面のいかついおっさんだったけど、案外良いひとみたいだな」
 いいながら羅儀は、無精髭を剃り落とし、すっかり清潔な容貌となっている白竜の頬に、軽く拳を打ちつける仕草を見せた。
「その気合、大佐には通用したってとこじゃないか?」
「いえ……どちらかといえば、こちらの未熟さに同情してくれたといった方が正しいかも知れません」
 白竜は、とても手放しでは喜べない。
 まだまだ自分は青い、と己を戒める気持ちの方が遥かに強かった。