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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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【四 決戦の幕】

 翌、未明。
 第六師団が、動いた。

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)を指揮官とする前衛突入部隊が本営地を進発し、一個連隊規模の兵員を動員してオークスバレー・ジュニアへの攻撃を開始した。
 だが、その少し前――。
 ある部隊が第六師団の本格的な作戦行動を前にして、敵要塞へ奇襲を仕掛けていた。
 黒乃 音子(くろの・ねこ)フランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が中心となって率いる、黒豹空挺部隊であった。
 北側にそびえる峻険な山岳斜面を一気に降下し、オークスバレー・ジュニアの前衛要塞部に突入を仕掛けてきたのである。
 音子もフランソワも、この降下作戦を完全な奇襲戦法と考えていた。
 天然の要害を防御とする為、要塞内への突入は敵側も全く想定していないという推測のもとでの行動であったが、それがそもそも間違っていた。
「流石に教導団だな。こんな急斜面を突っ込んでくるなんて、普通じゃ考えられないぜ」
 城壁の中央に立つ尖塔から周囲360度、あらゆる方角に警戒の視線を送り続けていた武尊が音子達の奇襲をいち早く見抜き、即座に戦闘態勢に入るよう、前衛要塞内に指示を出していたのである。
 奇襲とは、攻撃の瞬間に敵側の防御が整っていない状況があって、初めて成功する。
 今回のように、武尊に見抜かれて防御が完全に整えられてしまっては、それは最早奇襲などではなく、絶望的な結果だけをもたらす特攻に過ぎなかった。
 果たして音子とフランソワ率いる奇襲部隊は、態勢を整えて待ち構えていた御鏡 兵衛(みかがみ ひょうえ)中佐とリジッド兵によって、難なく対応されるという憂き目に遭ってしまった。
「そんな……どうして!?」
 完全なる奇襲の成功だけを頭の中に思い描いていた音子は、自分達の攻撃が読み切られていたことに愕然たる思いを抱いた。
 御鏡中佐のヘッドマッシャーとしての能力は数人のコントラクターを相手に廻しても尚、余りある程の実力があることは、通常のヘッドマッシャーの戦闘力から鑑みても、容易に想像がつく。
 しかも周囲には数十人という規模のリジッド兵が包囲陣形を敷いており、如何にフランソワが黒豹軽竜騎兵二個小隊を懸命に指揮しようとも、御鏡中佐の脳波によるコントロールで一糸乱れぬ統制を見せるリジッド兵の前では、本来の実力の半分も出し切れていなかった。
「馬鹿な……如何にレイビーズで戦闘力を上げ、人格崩壊していようとも、軽竜騎兵を相手に廻して尚、統制の取れた指揮系統を維持できるなどとは、あり得ない筈だ!」
 フランソワが、喉の奥で苦しげに呻いた。
 これに対し御鏡中佐は、自らのこめかみを軽く指差しながら、薄く笑った。
「どうやら貴様らは、レイビーズの基本概念を理解出来ておらんようだな。仮に奇襲が成功していたとしても、そのざまではいずれ失敗していただろう。いわば、不運な情報分析ミスだ」
「それでも……あの城門だけは!」
 指揮系統への打撃は不可能と悟った音子は、本来の目的である城門破壊へと標的を切り替えた。
 これが出来なければ、自分達は一体何の為にこれだけの危険を冒して突入してきたのか、全く分からない。
 だが、そんな音子の想いを打ち砕くように、別の影がふたつ、眼前に飛び出してきた。
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)と、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)のふたりであった。
「まさか……コントラクター!?」
 刹那達の出現も、想定外であった。
 しかし現実に、オークスバレー・ジュニアに味方し、防衛戦力として控えている者が少なからず存在していたのである。
 不運というものは一度重なり始めると、徹底的に折り重なってゆくものらしい。
 万事休すであった。
 御鏡中佐のブレードロッドがまずフランソワを昏倒させ、次いで刹那との戦いを強いられる音子に襲いかかった。
 作戦が失敗し、音子以外は全員意識不明という壮絶な結果に終わった黒豹奇襲部隊だが、どういう訳か処刑命令は出されなかった。
「殺さんのか?」
「仮にも一度は、部下として働いてくれた連中だ。感謝の意味も込めて、今回は放免しておこう」
 淡々とした調子で問う刹那に、御鏡中佐は小さくかぶりを振った。
 音子は刹那と御鏡中佐のやり取りを、取り押さえられて身動きが出来ない中で、火が噴くような視線でじっと凝視していた。
「良い目だ。その意地があれば、再び戦場で相まみえることもあるだろう……連れていけ」
 最後のひと言は、刹那とイブに向けて放ったものであった。
 刹那はイブに頷きかけ、リジッド兵達と共に、黒豹奇襲部隊を城壁の外側へと連れ出していった。

 黒豹奇襲部隊の作戦失敗は、しかし、戦局には然程の影響を及ぼした訳でもない。ルカルカ率いる突入連隊は予定通りに城門前を目指し、怒涛の勢いで迫ってゆく。
「三船少尉から連絡のあった、城壁の発破位置は?」
「この二点だ」
 司令官用のハンヴィー内で、ルカルカが助手席から後部座席のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に振り向いて問いかけた。
 ダリルは素早く見取り図を取り出し、ルカルカに説明しながら城壁のある二点をペン先で指し示す。
 敬一達が事前に地下掘削道を掘り進み、城壁の基礎部分に仕掛けておいた爆薬の位置を、ルカルカはその場で頭に叩き込んだ。
 と、そこへザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)からの暗号化通信による連絡が届いた。
『こちら、ザカコ。先程、黒豹奇襲部隊の作戦が、失敗に終わりました』
「そう……被害は? それと、敵の対応状況についても教えてくれる?」
 ザカコは、見たままの状況をルカルカに伝えた。
 後部座席ではダリルが、ザカコからの報告を手早くHCに入力していき、何が起きたのか、早速分析にかかった。
『敵はどうやら、奇襲部隊の突入に備えていた模様です』
 意外な報告に接し、ルカルカは眉間に皺を寄せた。
「ってことは、内通者? いや、それはちょっと考えにくいかな……警戒網は、どうなってるのかしら?」
『それについては、俺から報告させて貰うぜ』
 ザカコに代わって、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が同じ無線チャネルを使用して割り込んできた。ザカコとは距離が離れているが、三者通信をあらかじめ設定していたらしい。
『やっこさん、相当に目が良い奴を歩哨に立たせてるみたいだな。どうやら俺の位置も割れてるみたいで、何度か威嚇射撃を受けちまってるんだ』
 ヘルの報告に、ルカルカはますます表情を険しくしてゆく。
 もしもヘルの報告通りであるならば、空撃部隊を投入しての作戦が、敵に読まれてしまう可能性が非常に高いといわざるを得ない。
 ルカルカはオークスバレー・ジュニアの前衛要塞部の見取り図をじっと眺めながら、ザカコの無線チャネルに切り替えて、曰く。
「ねぇ、そのとんでもなく目の良い歩哨ってのを、そっちで見つけられない? そいつを何とかしないと、消耗戦に突入してしまうわ」
『了解、何とか探してみます』
 そこで、通信は一旦途切れた。
 近代戦に於いては、情報力は戦局を左右する。この場に於いては、敵側の歩哨がそれに当たるだろう。
 後部座席でダリルの隣に座っている夏侯 淵(かこう・えん)が、しかめっ面を浮かべてルカルカに声をかけてきた。
「カルキには、知らせておいた方が良くないか? 接近する前に狙撃でもされては、目も当てられん」
「それもそうね」
 淵の指摘を受けてカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)との通信回線を開くと、驚くような状況がスピーカー越しに伝わってきた。
『ルカ、済まねぇ! 今それどころじゃねぇんだ!』
「どうしたの!?」
 慌てて問い返すまでもなく、すぴーかーの向こうから聞こえてくる砲撃音から、何が起きているのかが容易に理解出来た。
 敵は上空を先行して移動する空撃部隊の存在にいち早く気づき、早い段階から迎撃砲弾を畳み掛けてきていたのである。
 ハンヴィーのエンジン音に掻き消されていた為、あまり気にはしていなかったのだが、先程から聞こえてきている砲撃音は、どうやら敵の威嚇射撃などではなく、移動中の空撃部隊に対する迎撃音だったようだ。
 思わぬ形で先手を打たれた格好となった第六師団だが、しかしここで冷静さを失ってしまうようでは、指揮官の器に疑問がつく。
 ルカルカは努めて冷静に、カルキノスに対して指示を出した。
「カルキ、一旦陸戦隊の後方まで退がって。このまま進み続けては、作戦に支障が出るわ」
『了解した!』
 通信を終えて、ルカルカは小さく吐息を漏らした。
 後部座席のダリルが、HCのLCD画面をじっと睨みつけながら、低い声音を絞り出す。
「敵もさるもの、だな」
「……黒豹隊が失敗したのは、単に不運だったとか、そういうレベルじゃ済まないわね」
 ルカルカは、表情を引き締めた。
 この戦い、余程に腰を据えてかからないと、相当に手痛いしっぺ返しを食うのは明らかだった。

 空撃部隊は一旦陸戦隊の後方まで退がれという指示を受けて、上空からの戦闘を担当していた朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)夜霧 朔(よぎり・さく)朝霧 栞(あさぎり・しおり)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)といった面々は、前衛要塞部から雨あられと降り注いでくる無数の砲火を必死でかわしながら、何とか射程圏外へ後退しつつあった。
 ザカコからの報告によれば、敵の監視歩哨は前衛要塞部の城壁のどこかに居るらしいことまでは分かっているのだが、その正確な位置がまだ分からない為、迂闊に飛び込むのは危険だという話になっていた。
「道理で、いきなり正確な砲撃を仕掛けてきた訳だぜ」
「でも、一体何者なんだろうね? 距離や位置まで正確に割り出すなんて、相当な技術の持ち主だよ」
 垂とライゼが互いにぼやき合う隣で、小型飛空艇を駆る真一郎は前方に鋭い視線を据え続けている。
 真一郎の目測では、ここから前衛要塞部の城壁までは、十数キロ程度は離れている。恐らくは最大望遠での軍用双眼鏡か何かを用いているのかも知れないが、それでもこれだけの距離があるにも関わらず、正確な砲撃位置を指示出来るというのは、相当な技量の監視歩哨が敵側に味方していると考えなければならなかった。
「確か、その監視歩哨は城壁のどこかに潜んでいるという話でしたね……それならば、例の地下掘削道で仕掛けた発破用爆薬で基礎部分を破壊した上で砲兵を総動員し、とにかく外郭城壁だけでも何とかすれば、その脅威はしばらく免れる、という話になりませんか?」
 真一郎の意見に、垂達は一瞬呆気に取られたような表情を見せたが、しかしすぐにその有効性を認識するに至り、それぞれが成る程と相槌を打ち始めた。
 栞は特に感心した様子で、真一郎の顔をまじまじと眺める。
「そりゃ確かに、理に適ってるな。流石、大尉の旦那だ」
「早速、ルカルカ大尉に連絡を取りましょう」
 いうが早いか、朔が機晶姫の軍用オプションユニットのひとつである内蔵通信回線を開き、真一郎の案を即座に伝えた。
 周辺の砲撃音は相変わらず鼓膜を叩き割る程の勢いで轟々と鳴り響いているが、朔が連絡を取っている間、何故かこの空間だけは妙に静かな雰囲気が漂っていた。
 それからややあって、朔が垂に面を向け直した。
「返答がありました。今から三十分後に砲兵隊が配置につきますので、それまでは決して前方に突出しないようにとの指示です」
 朔経由でのルカルカからの指示を受けて、垂達はそのまま後方へと移動を開始したが、真一郎はふと何かの気配に気づき、後退し始めていた小型飛空艇を宙空で停止させた。
「……どうしたんだ?」
「いや……何か、嫌な気配を感じたもので……」
 真一郎は己の直感に従い、オークスバレー・ジュニアの東方へと伸びる広大な渓谷地に、視線を馳せた。
 まだ時間は未明をようやく過ぎようとする時間帯である為、天空はほとんど闇色に近い藍色に覆い尽くされている。
 そんな中で、真一郎は凝然と視線を前方に固定し、その気配の正体を探り出そうとした。
 するとその傍らで、朔が何かの存在を捕捉したらしい。幾分強張った表情で、小さく唸った。
「鷹村さんが感じた気配の正体が、分かりました……」
「何だ? 何が居たんだ?」
 妙な焦燥感に駆られて、垂がその正体について早く報告しろと朔を急かした。
 朔は相変わらず緊張に硬くなったまま、それでもはっきりと、その名を口にした。
メガディエーターです。オークスバレー・ジュニア東方の渓谷地上空から、一気に降下しながら接近してきています。このままですと、陸戦隊との接触まで、あと三分弱です」
 その場に居る全員の表情が、さっと青ざめた。
 メガディエーターの突進力は、事前のブリーフィングで耳にタコが出来る程に聞かされている。
 ここであの四十メートル級の超巨大鮫の突撃を受ければ、突入連隊に甚大な被害が出てしまうだろう。
「メガディエーター対策チームは、連隊に同伴していた筈ですね?」
 真一郎の問いかけに対し、垂は幾分自信無さげに頷いた。
「確かその筈だ。朔、すぐにルカルカに連絡を!」
「もう、やってます」
 垂にいわれるまでもなく、朔は再びルカルカとの暗号化通信回線を開いていた。
 事は、一刻を争う。のんびりしている余裕など無かった。